召喚された勇者様が前世の推しに激似だったので今世も推し活が捗ります

蔵崎とら

文字の大きさ
16 / 28

改めて見るとアレはやっぱり本当にクソ

しおりを挟む
 少し緊張した面持ちの勇者様にエスコートしていただいて、会場に入る。
 ざわざわとしたざわめきの中、輝くシャンデリアの下で、お揃いのタキシードとドレスはとても目立っている。
 勇者様を見て「素敵」と呟いているご令嬢がいて、それを聞いた私は「わかる~」という気持ちだし、出来れば分裂してそっちからも見たいという気持ちである。
 勇者様の隣なんて特等席ではあるのだけれど、隣だとじっくり眺められない。
 アップも嬉しいけど引きで見たい。そしてそれを写真に収めて部屋中に飾りたい。
 もう勇者様のことが好きすぎてどうしようもないな。なんて思っていたところ、厳しい瞳をしたお兄様と目が合った。
 うっかりデレデレしてしまっていただろうかと驚いたが、そうではないようだ。
 お兄様の視線が、厳しいまま私たちの背後へと移る。アイコンタクトだな。おそらく私たちの背後にアレがいるのだろう。絶対に振り返らないようにしなければ。

「綺麗だね」

 妖精王との約束の日、その一連の儀式を見ながら、勇者様がぽつりと呟く。私はそれに小さく頷いて返した。
 妖精王のためにと用意されたたくさんの種類の花々、そして大小様々なサイズの水晶玉が、シャンデリアの光を乱反射させていて会場内は光で溢れている。
 妖精は花と光がお好きだから、という理由でこの花と水晶玉が飾られて、魔術師たちが光を増幅させているらしい。
 しかしキラキラした会場内で一際輝く勇者様は最高に尊い。天才。顔が天才。
 考えてみれば、この飾りは前世のクリスマスイルミネーションを彷彿とさせる。前世ではイルミネーションを誰かと見に行くなんてことしなかったが、まさか生まれ変わった後に推しとこんなに綺麗なイルミネーションが見れることになるとは。
 人生何があるか分からない……死なずに頑張ってみるもんだな。いや一回死んでるんだけど、前世のは別に自殺とかじゃなかったはずだし。
 なんてことを考えていたら、今日の主役であるお兄様の頭にお花と小さな水晶玉のビーズで作られた冠が乗せられて、一連の儀式が終わっていた。
 それからは歓談の時間だ。ちなみにこの夜会はダンスをしない。ダンスが出来ないと言っていた勇者様があからさまにホッとしていたのがかわいかった。
 しかし今後の夜会ではダンスも必要になるかもしれないから、とこの先しばらく私も一緒にダンスの練習をすることになっている。私の心臓が止まるかもしれない。日程も決まっていない今からもうすでに緊張し始めている。

「勇者様!」

 そんな時だった。
 勇者様とお近づきになっておきたい貴族たちが、挨拶をしに続々と集まって来た。
 彼らは当然のように無能の私をスルーして、わらわらと勇者様を取り囲む。まぁいつものことなのでどうということもない。
 私は邪魔にならないように、ほんの少しだけ勇者様から離れた。本当にほんの少しだけ。
 でも、アレはその隙を狙っていたらしい。

「痛っ」

 突然勢いに任せて髪を引っ張られた。そう思って振り返ると、そこにはアレがいる。しかもいるだけではない。アレはあろうことか私の髪飾りを握っている。
 髪を引っ張られたのではなく、髪飾りを力任せに引っ張られた痛みだったのだ。

「返し、あっ」

 取り返そうと手を伸ばしたけれど、アレが即座に踵を返して歩き出したので届かなかった。

「待って」

 アレを追いかけた先は、人気のないバルコニーだ。おそらくこれがアレの狙いだったのだろう。

「なぜお前が幸せそうにしてやがるんだ!」

 幸せだからである。

「そんなことより髪飾りを返してください」

 よく見たら髪飾りにちょっとだけ私の髪の毛ついてるじゃん。円形脱毛になってたらお前のせいだからな。っていうか今までだって円形脱毛症になっててもおかしくないレベルのストレスをお前から与えられてたんだからな。
 と、心の中では私の文句が大暴走中だ。人の気配もないことだし、全部ぶちまけてしまいたい。

「うるさい! 俺はお前のせいで人生が台無しになったんだ!」

 私はお前のせいで常にストレスしか感じてませんでしたけど! そう反論をしたいところだけれど、アレはわなわなと怒りで体を震わせている。ちょっと危ないかもしれない。
 人がいるところまで逃げるべきだ。逃げるべきなのだと分かっている。でも、アレの手には私の大切な髪飾りがある。私はどうしてもあの髪飾りを取り返したい。

「父親には殺されかけるわ女にはフラれるわ、こっちは散々なんだよ!」

 そんなこと私に言われたって知らない。
 私との婚約が立ち消えた時、心の底から嬉しそうな顔をしていたじゃないか。
 まぁでもその時はまだフラれるとは思っていなかったのだろうな。でもよく考えても見てほしい。借金まみれの家にわざわざ嫁ぎたいという女はなかなかいないということだ。当たり前のこと。
 今までなら少し顔がいいってだけで女が寄ってきていたけど、結婚となると話は別。貴族のご令嬢なんて大体そんなものなのだ。
 少しでもいい家柄、お金持ち……顔も年齢も地位や名誉のためならばある程度妥協する、それがこの国の貴族令嬢たちの当たり前。
 アレはそれを理解していない。それどころか、自分の家が借金まみれだという現実を理解しようとしていないのかもしれない。都合の悪いことは見ないふりをするような男だから。

「お前が王に何か言ったんだろう?」

 私が、なんだって? と、アレの言葉を一瞬理解することが出来なかった。

「お前が! 王に、俺との婚約をなかったことにしろって言ったんだろう!」

 理解した。結局私が悪いって言いたいだけなんだ、と。

「私は」
「黙れ!」

 いや言わせろよ。お前今疑問符投げつけてきてたじゃん。

「お前が! 全部、全部お前だけが悪いんだよ!」

 アレはそう言って、腕を高く高く振り上げた。
 そして、その手に握られていた私の大切な髪飾りを、地面に叩きつけた。
 私は情けないことに、驚きに身を固まらせたままその様子を見ていることしか出来なかった。




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊
恋愛
冷徹と噂される辺境伯令嬢リシェル。 彼女の隣には、幼い頃から護衛として仕えてきた幼なじみの騎士カイがいた。 直系の“身代わり”として鍛えられたはずの彼は、誰よりも彼女を想い、ただ一途に追い続けてきた。 だが政略婚約、旧婚約者の再来、そして魔物の大規模侵攻――。 責務と愛情、嫉妬と罪悪感が交錯する中で、二人の絆は試される。 「縛られるんじゃない。俺が望んでここにいることを選んでいるんだ」 これは、冷徹と呼ばれた令嬢と、影と呼ばれた騎士が、互いを選び抜く物語。

当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。 「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」 エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

処理中です...