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ステファンは、混乱していた

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 にゃんぽん。
 にゃんぽーん。
 ……にゃんぽーん。
 ……いやにゃんぽーんってなんだよ!!
 可愛いも休み休みお願いしたい。

 平日の午前中は暇である。
 まぁ俺の仕事は基本的に見張りのようなものなので、開店中はそれほど忙しくない。
 俺が忙しくなるとしたら開店準備と閉店作業の時くらいのものだ。
 だから、平日の午前中が多少暇そうなのはイリスさんのほうだ。
 そして手が空いたイリスさんは、猫たちと戯れ始める。
 猫たちも相手を見ているのか、イリスさんと戯れるときは俺相手の時と違って大人しい。
 バタバタと暴れまわるよりもゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えていることのほうが多いし。

「ダイダイちゃーん」

 まぁあんな優しくて可愛い声で名前を呼ばれれば、そりゃあ甘えたくもなるよな。
 ダイダイ様が少し羨ましい、そんなことを考えていたら、アオがおもちゃをくわえて駆け寄ってきた。
 遊べという催促らしい。
 丁度柄の先に紐がついた長いおもちゃだったので、その場に立ったまま振り回せばアオが暴れ始める。
 暴れるついでと言わんばかりに俺の足に体当たりをしてきたりもするので、もしかしたら俺の煩悩がバレていて、戒めのための体当たりなのかもしれない。地味に痛い。

 いやしかし可愛いなと思うだけだから、そのくらいは許してほしい。
 イリスさんはアランさんのことが好きなのだろうし、俺はこっそり可愛いなと思うだけ。
 別に二人を邪魔するつもりはないし、あの雑貨屋に何か起きてアランさんがここで働くようになれば俺はそっと退場するつもりだし。
 思えばイリスさんに一目惚れをしてからなんやかんやでここで働けるようになって、二人でこうして働けているというだけで贅沢なのだ。
 それ以上を望めば罰が当たるだろう。
 と、そんなことを考えていると、お隣のヴェロニカさんがものすごく静かにご来店してきた。

「外からちらっと見たらイリスちゃんとお姫様がいちゃいちゃしてるみたいだったから邪魔しないように静かに来たわ」

 なるほど。

「いらっしゃいませ」

「可愛いわねぇイリスちゃんとお姫様」

 俺のいらっしゃいませを華麗に無視したヴェロニカさんが言う。
 お姫様というのはダイダイ様のことだろう。

「可愛いわね、ってば」

「あ、はい」

 俺のいらっしゃいませは華麗に無視したのに俺の返答は強要するのか。
 そう思いながら返事をすると、彼女は満足そうに頷いた。

「近所にも、結構多いのよ。イリスちゃんのこと可愛いって言ってる人」

「え」

 いや、そりゃこれだけ可愛ければ、そうだよな。

「うちの父とかね」

「……あぁ」

 なるほど、と小さく呟いていると、ヴェロニカさんがくすりと笑う。

「あからさまにホッとしたでしょ、今」

「……え、いや」

 もしかしたら、いや、もしかしなくても俺の気持ちはバレバレだったりするのだろうか……?

「イリスちゃん可愛いものねぇ」

「……はい」

「でも本当にイリスちゃんを狙ってる輩がいないわけでもないしちゃんと守ってあげてくださいねぇステファンさん」

「え、はい」

「いつ好きって言うの? 言ってないんでしょ?」

「言いませんよ。……あ、いや」

 やっぱりバレてるんだな!

「なんで?」

「いやなんでってイリスさんにはアランさんがいる」

 ……俺は今、誘導尋問に引っ掛かっているな?
 やめてもらえますか、という気持ちを込めてヴェロニカさんのほうを見ると、彼女はなんとも輝かしい笑顔を湛えていた。
 何がそんなに面白かったのだろうか。
 問いただしたい衝動に駆られたけれど、イリスさんがヴェロニカさんが来ていることに気付いてしまったので俺は口を噤むことにした。
 口を噤んでいる間にヴェロニカさんからお説教的なものを食らったが、俺はその説教内容よりも自分の気持ちがイリスさんにバレるんじゃないかと気が気でなかった。

 その日の帰り道でのこと。
 ヴェロニカさんは何か贈り物でもしたら、と言っていたし、俺も確かに日々の感謝の気持ちを行動で示すのも大切だと思った。
 イリスさんはいらないと言っていたけれど、何か気の利いたものがあればな、と思いつつふらりと寄り道をすることにする。
 とはいえもう時間も遅いし開いている店は少ない。
 そもそも女性に贈り物なんかしたことがないのでまず何を買えばいいのかも分からない。
 女性が好みそうなもの……宝石か?
 宝石を石のまま渡すわけにもいかないからアクセサリーか。
 ……付き合っているわけでもないのにアクセサリーなんか貰って嬉しいのか?
 気持ち悪いと思われる可能性のほうが高くないか?
 いやでも月白や紅緋は豪華な石が付いたアクセサリーを姫たちに贈っていたな。
 あいつら別に付き合ったりしてなかったけど。
 ……いやでも、石が付いたアクセサリーは高価だ。
 俺としては、イリスさんが単純に喜んでくれるのなら俺の財布が許す限り、いくらだって出せる。
 しかし、付き合ってもないやつからそんな高価なもの貰ったら引くのではないか?
 引くわ。
 俺なら引く。
 自分のことをどうこうしようとしているのでは? と思われてもおかしくない。
 そんなこと思……ってない。思ってないのに。思ってないのか?
 ……いや、思ってない。思……って、うーん、もしもアランさんがいなければ……思っ……何を考えているんだ俺は。
 俺はイリスさんのことを可愛いと思っている。
 そしてアランさんとこの先ずっと仲良くいてくれればいいと思っている。
 そう、俺は二人を見守っている。
 ただそれだけだ。
 そしてイリスさんには感謝をしている。感謝をしている相手に渡す贈り物を考えているんだ。そうだ。
 ここは無難な、日用品か、食べ物もいいかもしれない。
 軽めのお菓子ならばさくっと食べてすぐに忘れてしまえるだろう。
 ずっと手元に残せる高価なものは重い。多分。
 ……何を渡せばいいか、ヴェロニカさんに相談すればよかったのでは?
 いや、別にそう仲がいいわけでもない俺から相談されても怖いだけだろう。
 自分で考えよう。

「お菓子だお菓子」

 今まで考えた中で一番マシであろうお菓子に狙いを定めることにした。
 この時間もまだやっている店は限られているので急いで探さなければ。
 と、思っていた俺の視界に、とんでもないものが飛び込んできた。

「あれは……アランさんと、魔女か」

 アランさんと、魔女……アイナと言っていたか。
 なぜあの二人が一緒にいるんだろう?
 そういえば先日、あの二人が妙に仲良さげに店のソファに座っていたっけ。
 ……まさか、アイナさんとやらもアランさんのことが好き……なのか?
 とはいえアランさんにはイリスさんがいるわけで……と、思っていたらアイナさんとやらの手がアランさんの腕を掴んだ。
 何を話しているかは分からないけれど、彼女はアランさんに縋るようにしっかりと腕を掴んでいる。
 アランさんのほうは、何を考えているのか分からない。
 どういうことだ?
 イリスさんはアランさんが好きで、アイナさんとやらもアランさんが好きで?
 ちょっと待てよ。
 先日勇者が相談に来た時、勇者は魔女が好きなのだと言っていた。
 魔女を守ることが出来る奴を選びたいと相談されたから。
 そしてその話を聞いて人を守ることに特化した技を持っている人物が開いている道場に通っていたはずの男の名があったからそいつを薦めた。だから俺の記憶は間違っていないだろう。
 だから……イリスさんはアランさんが好き、アイナさんとやらはアランさんが好き、勇者はアイナさんとやらが好き、アランさんはおそらくイリスさんが好き、俺はイリスさんが好き……ぐちゃぐちゃでは?
 俺を省くとしても……やっぱりぐちゃぐちゃでは?

 この場合、俺は一体どうしたらいいんだ……!?

 と、とりあえず、アランさんとアイナさんとやらに見つかる前に逃げよう。それがいい。
 このまま逃げると、お菓子は買えないけれど背に腹は代えられない。そっと逃げよう。
 それで、とりあえず明日にでもヴェロニカさんに相談しよう。
 彼女ならきっといい助言をくれるに違いない。説教込みかもしれないけれど。
 そしてついでにいい贈り物についても相談させてもらおう。
 そもそもイリスさんは料理やお菓子作りが得意なわけだから、ヴェロニカさんの店にある調理器具を贈るのもいいかもしれないじゃないか。
 高価な物じゃなく。
 普段から使えて、どちらかといえば消耗品に近いものを。それがいい。うん、そうしよう。

 そう決めた俺は、翌日ヴェロニカさんを頼って彼女の店に行くことにしたのだった。




 
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