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長蛇の列を作り上げた屋台

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 店の前に、長蛇の列が出来ている。

「大繁盛ねぇ」

「あはは……」

 店内でお茶を楽しむおば様の言葉に、私は渇いた笑いを零した。
 なぜなら、あの長蛇の列の原因は私の思い付きであり、その長蛇の列の対応をステファンさんに任せるしかなかったから。
 長蛇の列の原因は、先日学生さんたちに試食してもらったクッキーだ。
 平日の午前中がとっても暇なので店前に小さい屋台を出してクッキーを売ってみようか、という話になった。
 そして店内を無人にするわけにはいかないから交代で店番をしようか、という話でまとまった。
 デカい窓から見える場所に屋台を出して、クッキーを並べる。そうすれば店内から様子を見ることが出来るし、何かあればお互い助け合える。
 最初は話し合いの通り、二人で交代しながら店番をしたりランチの仕込みをしたりとゆったりペースで進んでいた。
 流れが変わったのはボニーの一言がきっかけだった。

『私がステさんさんのお手伝いをするのはどうでしょう?』

 そんな一言。
 それを聞いた私は、営業スマイルスキル皆無のステファンさんの隣に猫ちゃんを添えてみたら微笑ましいかもしれないな、と思ってしまった。
 深いことなんて考えていない。かわいいとか微笑ましいとか、そんなことしか考えていなかった。
 まさかそれが本当に好評であんな長蛇の列になるなんて……。

 猫ちゃんが大人しく座って接客をすると賢過ぎるので、クッキーの隣に籠とクッションを置いてボニーに丸くなってもらう。
 それだけで尋常じゃないくらいかわいい。
 店内から見えるゴツい男の背中とかわいい猫ちゃんのお耳の組み合わせ最高にかわいい。
 と、思っていたら、ステファンさんのもとにおば様が近寄ってきた。
 私は店内にいたのでおば様が何を言っているのかは分からない。
 私が行って助け舟を出すべきか悩んでいたら、おば様がボニーの頭をなで始めた。
 サリーと目が合ったので「大丈夫そう?」と尋ねれば『はい』というお返事がある。
 しかしその後すぐに大丈夫じゃなくなった。
 私たちはおば様たちのコミュニティを甘く見ていたのだ。
 最初に来たおば様が「かわいい猫ちゃんがいるわ」ともう一人のおば様に声をかけ、そのおば様がまた一人、さらにまた一人と声をかけ、いつしか屋台に……というかボニーの周辺に人だかりが出来た。
 誰もいなかったころは皆遠巻きに見るだけだったのだが、こうして人だかりが出来ると無関係な人も寄って来たりする。
 そして寄ってきたついでにクッキーを買っていく人もいる。
 猫をなでたくて寄ってきて、クッキーの匂いに釣られて買っていく人もいる。
 それからこの長蛇の列になるまで、それほど時間はかからなかった。
 クッキーをきっかけにうちの店について興味を持った人たちが店のシステムなんかを聞いてくれたりして、店内に入ってきてくれる人も増えた。
 その結果、ステファンさんに長蛇の列の対応を任せるしかなくなってしまった。ステファンさんは店内業務を一人で回せないから。
 しかしまぁ、この長蛇の列対応も数日やっているからステファンさんのほうも少し慣れてきたみたいだけど。

「猫ちゃんにおやつをあげたいのだけど」

「はーいただいま用意いたします」

 いやぁ、まさか私の思い付きでこんなに忙しくなるとは。

 クッキーが売り切れたため、ステファンさんが店内に戻ってくる。

「お疲れ様、ステファンさん」

「ありがとう」

 よく冷やしたお水を手渡すと、ステファンさんはごくごくと勢いよく飲み干す。

『ステさんさんは今日もよく頑張っていました』

「ボニーもお疲れ様」

 ボニーにはおやつのささみをあげる。
 はぐはぐとささみを食べるボニーを見ていると、ステファンさんの「いて」という小さな声がする。
 どうやらアオとアイの突進が決まったらしい。
 ちょっと前まで午前中は暇だったのでずっとステファンさんに遊んでもらっていたからな。
 遊んでもらえてなくて寂しいのだろう。
 最近子猫たちのステファンさんへ向けたアタックがちょっと強い。

 その日の夕飯時。
 今日は少し元気なアランがやってきた。

「ステファンさん、疲れてます?」

 白猫まみれのアランが言う。

「午前中、クッキーを売ってまして」

「国の英雄がクッキーを売る……」

 信じられないものを見るような目でこっちを見ないでほしい。

「いや、まさかこんなことになるとは思わなくてね……」

 私だってちょっと申し訳ないなと思ってるよ。

「俺は別に気にしてませんよ」

 ステファンさんはアランに向けてそう言った。

「いやぁ、でもステファンさんに負担をかけすぎてるような気はしてるのよね」

「ですよね」

 ステファンさんは首を横に振っていたにもかかわらず、アランがすかさず口を挟んでくる。

「もう一人従業員がいたらいいんだけど。……どう? アラン」

「え」

「え?」

 アランが驚くのは想定内だがステファンさんまで驚くとは思わなかった。
 しかしアランが来てくれればサリーたちも喜ぶしなぁ。

「いや、でも俺がここに来ることになれば慰謝料運びが出来ませんし」

「うーん、まぁそうだけど」

 慰謝料はきっちり貰っておきたいもんなぁ。
 でも見知らぬ人を連れてきて猫ちゃんたちが嫌がる可能性を考えると、アランが適任というか。
 誰か他にいい人材がいればいいのだが。

「とりあえずクッキーの量を減らして様子を見よう」

「え、いえ、俺は今のままでも」

「ステファンさんがずっと外にいたら子猫たちが寂しそうなのよねぇ」

「……あぁ」

 ステファンさんの視線が、ごはんを食べているアオとアイに向く。
 今日突進を決めていた二匹だ。

「……ということは、俺がここに来たら外でクッキーを売るのは俺がやるってことですね」

「そういうことになるね。店内業務回せるなら交代でもいいけど」

「いや、イリスさんが店内にいるべきでしょう。……そうか、俺が来れば英雄にクッキー売りなんてさせずに済む……」

 アランも案外乗り気のようだ。

「今すぐは無理かもしれないけど、頭の隅にでも入れておいて」

 こうしてお客さんも増えたことだし、あの男から無理矢理給料を奪わなくてもやっていける目処は立っている。
 ここがこれ以上忙しくなるようだったら、アランを引き抜くことにしよう。
 あっちにとっては金を払うよりもアランを引き抜かれたほうがダメージは大きいだろうし。
 皆夕飯を食べ終えたので、私は食器を片付けるために立ち上がる。
 するとダイダイちゃんがととと、と私の足元に駆け寄ってきた。

「ダイダイちゃんごはん食べた?」

「にゃーん」

 ちらりと猫ちゃんたちのごはん皿を見たところ全て空っぽになっているので食べたようだ。

「イリスさん、猫と会話できるんですね」

「……ん? あ、あぁ、ダイダイちゃんでしょ? ダイダイちゃん天才だからお返事出来るのよ。ねー」

「にゃー」

「普段からよく会話してますよね」

「……ダイダイちゃんと?」

「はい」

「まぁ、ダイダイちゃんとは会話みたいになるよね。お返事上手だから」

「ンー」

「甘ったれなんですね、そいつ」

「そう。べったりなの」

 ははは、と笑いながらキッチンへと向かう。
 サリーたちと会話してるのがバレたのかと思った。
 いや、まぁアランにならバレても大丈夫だとは思うけど。

「……いいな。サリーも返事してくれたりしないかな。サリー」

『はーい』

「え、返事した」

 私には思いっ切り『はーい』って返事が聞こえたが、アランにはきっと「ニャーン」という返事が聞こえたのだろう。実に嬉しそうである。

「猫って賢いんだな」

 アランは嬉しそうにそう呟きながらサリーをなで回している。

「あぁ、猫は賢いよ。あのやんちゃな子猫たちは俺に向かって突進してくるが、イリスさんには絶対にそんな当たり方しない」

「そうなんですか」

「そう。イリスさんには甘えに行くのに俺には突進してくる。そして痛い」

「人を見てるんですね」

「明らかに人を見てる。俺もたまには甘えられたい」

 甘えられたいんだ、ステファンさん。

『イリスさんが甘えてあげるのはどうでしょう』

「んぐっ」

 モニカの言葉に、私は思わず「なんで!」と口に出してしまいそうになった。
 いや、だってなんで私が。
 ステファンさんは猫ちゃんに甘えられたいのであって私に甘えられたって「それは違う」ってなるでしょうよ。

「イリスさん、何か言いました?」

 私の変な声がアランに聞こえてしまったらしい。

「いや、ダイダイちゃんに頭突きされただけ」

「ンー」

「そうですか」

 されてないけど。ダイダイちゃんはただただ私の肩の上で己のおててをぺろぺろしながらゴロゴロ言ってるだけだけど。超かわいい。

「……はぁ、明日も忙しいしそろそろ帰らないとだな。じゃあサリーまた来るな」

『はーい』

「また返事した。かわいいな、ニャーン」

 アランが仏頂面でニャーンって言った。今ナチュラルにニャーンって言った。

「それじゃあ、ごちそうさまでした」

「はいはい。じゃあね」

「俺も帰ろう」

「あ、じゃあそこまで一緒に行きましょう」

「あぁ」

 ステファンさんとアランはそんな会話をしつつ帰っていった。
 私は店内を片付けて、寝る準備を始める。

『イリスさん』

「ん?」

 声をかけてきたのはボニーだった。

『今日ステさんさんと外にいた時、変な人を見ました』

「変な人?」

『ステさんさんをどうやって連れて行こうって話をしていました』

「連れて行く? 誘拐ってこと?」

『そうかもしれません』

 ボニーが言うには、少し離れた場所からこちらを見ている人間が数人いたらしい。
 そしてその人間たちがこそこそと会話をしていて、その会話の内容がステファンさんをどうやって連れて行くかというものだったとのこと。
 猫は耳がいいので遠くで話している声も聞こうと思えば聞けるんだとか。

「ステファンさんを連れて行きたい人間、かぁ」

『身なりのいい人間でした』

「……王宮の関係者かもなぁ。西の洞窟の件の続報も新聞には載ってないし、今頃王宮内はぐっちゃぐちゃだったりして」

 なんて、笑っていられたのはその時だけだった。





 
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