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お揃いの服を着た私とステファンさん

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 ステファンさんの挙動不審状態が落ち着いてきたころのこと。
 私は猫たちが皆で仲良くお昼寝をしている間を見計らってお隣の手芸屋さんに来ていた。

「極力頑丈で肌触りのいい生地が欲しいんです」

 店主のおば様にそう言うと、彼女はいくつか布を持ってきてくれた。

「作る物にもよるけど、この辺なんかいいんじゃないかねぇ」

 私は頭の中に作りたい物を思い浮かべながら、布をじっくりと見せてもらう。
 触り心地が良くて引っ張っても大丈夫で、あとは猫の爪が引っ掛かってもそう簡単に破れないものだとありがたい。そして黒だと猫たちの抜け毛が目立つので色は明るいほうがいい。

「あ、これ」

 わりと理想通りの生地があった。しかもオレンジ色の。
 オレンジ色ということはダイダイちゃん色である。買うしかない。
 というわけで、私はその布と、あとは他にもいくつか可愛い布があったのでそれらを衝動買いしつつミシンも買うことにした。
 ミシンは前々から欲しかったのだ。カーテンやソファカバーの応急処置とかもやらなきゃいけないし。応急処置で追いつけるかどうかはわかんないけど。

「よし、とりあえずこれだけください」

「はいはい。布は紙袋に入れておくね」

「ありがとうございます!」

 猫ちゃんたちが喜びます!

「荷物多くなっちゃったけど大丈夫? ステファンくんも連れてくれば良かったのに」

「隣ですし大丈夫です。あと今日はお休みなのでステファンさんいないんですよ」

「あら、いつも一緒にいるわけじゃないのねぇ」

「さすがにいつも一緒ってわけではないですねぇ」

 いつも一緒にいると思われてたのか。
 ちなみにこちらの手芸屋のおば様もうちの常連さんだったりする。
 ほぼ一人で手芸屋を経営してるからカフェのほうにはなかなか来られないけれど、外の屋台によく来てくれているのだ。だからなのかステファンさんのことをステファンくんと呼んでいる。
 そしてそれは彼女だけでなく、近所のおば様方はわりと皆ステファンくんと呼んでいるらしい。
 ステファンさんが外でクッキーなんかを売ってくれている時、私は室内にいるので噂程度にしか聞いたことがないのだけれども。
 ステファンくんって呼ばれてるステファンさんはなんかちょっと可愛い。

「ただいまー」

「んにゃーーーーーーん」

 寝てると思っていたダイダイちゃんがいつのまにか起きていたようだ。

「はいはいごめんねお留守番出来て偉かったねぇ」

「にゃーーーーー」

 にゃーの長さから不服が滲み出ている。
 とりあえずダイダイちゃんが側にいる状態でミシンを使うのは危険だから作業を進めるのは猫ちゃんたちが寝ている時だけにしよう。

「よし、皆起きてるみたいだしおやつタイムにでもしようか」

 私がそう言うと、猫ちゃんたちはおやつという言葉に反応してざわざわし始める。
 ごはんとおやつを食べている時は静かだしちょっとくらいなら作業出来るかもなぁ、なんて思いつつ、昨夜こっそり用意しておいたペースト状のおやつをお皿に分けていく。
 ペースト状のおやつ、要するに某「ちゅ」のつくおやつを再現してみたやつである。喜んでくれるといいけど。

「はい、どうぞ」

 まぁ気に入らなくて残しちゃうようだったらささみは沢山常備してあるわけだし、今から茹でればいいだろう。

「にゃーん」

 アオが即座に鳴いたのでこれは気に入らなかったんだな、と視線を落とすと、そこにあるアオの皿は綺麗になっているし隣にいたアカの皿を狙っているではないか。

「おおおこらこらそれアカのだから盗み食いしちゃだめ」

「ううう……」

 鼻の頭に見事な皺を作りながら唸っている。

「あああアイも、それはミドリのだからだめだって」

「ふんふんふんふん」

 興奮状態一歩手前の鼻息だ。これはヤバい。

「あ、ダイダイちゃん食べ終わったんだね、うん、あの今両手塞がってるから、あ、ジャンプで肩の上に乗っちゃうのね」

 両手が塞がった状態の私を見たダイダイちゃんは、私のお尻側に回って肩の上まで飛び乗ってきた。賢い。賢いけど重たい。
 アオとアイを抑えている間に皆早く食べてくれ! という気持ちで野獣化一歩手前の二匹を抑えていると、今度はムラサキとキーロが近寄ってくる。
 食べ終わったからなでて、という催促だ。
 どどどどどうしよう、と思ったその瞬間、私の迷いを察知したアイが私の手元からするりと抜け出して弾丸のように皿へと飛んでいく。
 しかし残念ながらアイが飛んでいった先にあったのはムラサキの皿で、そこに中身は残されていなかった。
 そしてアオとアイが執念深く全員の皿を確認している間に、アカもミドリも食べ終わっていたようだ。良かった。

『とてもおいしいおやつでした』

 と、ボニーが言う。

「それは良かった。大好評だったみたいだからまた作るね」

 ただし、次に作るときはステファンさんがいるときにしようと心に決めた私だった。

 さて、その日の深夜のこと。私は黙々と作業を進めていた。
 ミシンを手に入れてしまったので、使いたくて仕方がなかったのだ。
 この世界のミシンは動力がまるで違うくらいのもので、基本的な使い方は日本にあったものと大差ない。
 ただ、たしかかつての私の家にあったミシンは年代物だったので重いわうるさいわで深夜になんか使えなかったなぁ。

「うーん……肩の部分は微調整も必要だしとりあえず手で縫っとくか……」

 調整するために軽く手縫いで、しかし破れてはいけないのでしっかりと。

「まぁ、なかなか」

「んなーん……」

 試作品第一号を見ていると、ドアのほうから寂し気な鳴き声がする。
 こんな時間にどうしたんだろうと思いつつドアのほうへと視線を向ければ、そこには可愛い可愛いダイダイちゃんがいた。
 深夜の猫たちはだいたい一階で固まって寝ているか猫たちだけで大運動会を開いているのだが、今日のダイダイちゃんは寂しがり屋さんモードなのか私が恋しくなってしまったらしい。かわいい。
 いつも私にべったりなダイダイちゃんも何故だか夜は気を遣っているのかなんなのか一階で寝てるんだよな。気遣いのできるお利口さんで、それはそれでかわいいのだが、私としては同じお布団で一緒に眠ったりもしたい。

「おいで」

「にゃーん」

 呼んだら勢いよく私の足元まで走って来た。天才か?
 私は手元の糸や針を急いで片付けて、そして試作品第一号をそっと着てからダイダイちゃんを抱き上げる。

「ダイダイちゃんさ、ちょっとここに入ってみて」

 私はそう言いながら、ダイダイちゃんをお腹のところに付けたポケットにそっと入れた。
 そう、私が作っていたのは、猫が入る用のポケットを付けた服だったのだ。

「くぁわいい~」

 ポケットの中からきょとんとした顔で私を見上げるダイダイちゃんのなんとかわいいことか。
 紙袋が大人気なわけだから、猫たちは袋状のものに入るのが好きなのである。
 だからきっとこのポケットの中でゆったりと過ごしてくれるはずで……あれれ。

「んんにゃ」

 ポケットはともかくとして膝の上がお気に召さなかったらしいダイダイちゃんが私の肩を目掛けてよじ登ってくる。
 ですよね。ダイダイちゃんの指定席はそこですものね。
 しかし私もそれは想定内なのである。

「肩のところにもポケットあるよ」

 最初はパーカーを想定していたので、そこにはフードがあったのだが、フードでは垂れ下がってしまうし私の首も絞まるのでポケットにしてある。
 しかしポケットにしたとはいえ全く垂れ下がらないわけではないので一応の補強はしてある。

「ふんふん……」

 ポケットの中の匂いを確認している模様。
 このまま入ってくれるかもしれない。ダイダイちゃんは空気も読める猫ちゃんなのである。天才。
 肩越しに様子を見ていると、ダイダイちゃんが本当にすぽっとポケットの中に入ってくれた。
 まぁまぁ重いけど補強が功を奏したようで首は絞まっていない。

「ダイダイちゃんも今後はもっと大きくなるし肩に乗れなくなるかもしれないからねぇ」

 肩に乗ってもらうのは好きなのでいつまででも乗せておきたい気持ちはあるけれど、私の肩や首がいつまでもつかは分からない。
 私がそんなことを考えている間、ダイダイちゃんはずっとポケットの中でもぞもぞしている。ポジションが決まらないのだろうか。
 ポケットが気に入らないようならさっさと出てきていると思うのだが。

「ダイダイちゃん大丈夫?」

 そう声をかけると、ダイダイちゃんの前足が私の左肩にかかる。ということはポケットから出て肩に戻ってくるのか。

「ふすっ」

 満足気な鼻息が聞こえた。しかし私の肩にかけられたのは両前足のみである。

「え、どうなってるの?」

 部屋の姿見に己の背中を映してみると、そこには下半身をポケット内に収めながら両前足を私の肩に引っかけているスーパーかわいいダイダイちゃんがいた。

「なんだこの完璧すぎるかわいさ」

 かわいいを捏ねまわして作り上げた? 主成分かわいい。原材料かわいい。
 そんなかわいいの塊は、満足気に前足をぺろぺろしている。その仕草もまたかわいい。

「お気に召しましたかダイダイちゃん」

「ンー」

 お気に召してくださったそうです。

 そんなこんなで数日後。手縫い部分をミシンで縫ったり補強部分にあれこれ手を入れたり、あとかわいいかなと思って尻尾を付けてみたりして、猫ちゃんぽっけ付きパーカーもどきが出来上がった。
 ダイダイちゃん用の肩ポケットと、母猫も入れるサイズのお腹ポケット。お腹ポケットのほうは子猫たちがギリギリ三匹くらいまで入ると想定して補強をしてあるので布が伸びてびろびろになることは……なければいいな。
 奮発したんだよ、重さを軽減出来る風の魔石ビーズ。
 ちなみにちょっと大きい風の魔石ビーズを尻尾の先につけたので、魔力を通せばふりふりすることも出来る。

「今日からこれ着て開店準備しようかな」

 と、呟きながら着た途端、ダイダイちゃんが足元で抱っこをせがんでくる。ひょいと抱き上げれば、ダイダイちゃんは一度肩ポケットに入ってから両前足を私の肩に乗せてくつろぎ始めた。
 完全に自分用のポケットであると理解してくれたようだ。
 ルンルンでランチの仕込みをしていると、ムラサキが足元にやってきた。どうやらポケットに入ってくれるらしい。
 ちゃっちゃと仕込みを済ませてお腹ポケットに入れると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら潜っていった。
 ポケットの端からかわいい尻尾がちょろっと出ていてそれはもうかわいいかわいい。

「おはようイリスさ……ん?」

「あ、おはようステファンさん!」

「ダイダイ様が収納されている」

「肩に乗せやすいようにポケット作ったの」

「あれ、え、そのお腹の……はみ出た尻尾はムラサキ?」

「そう! かわいいでしょ」

「かわいい。……とても」

 ステファンさんはムラサキのちょろ見え尻尾を見ながらほんのりと微笑んだ。

「……それでね、ステファンさん」

「ん?」

 きょとんとするステファンさんをその場に置いて、私は足早にソファへと向かう。
 そしてそこに置いていたものを手に、ステファンさんのほうへ向き直る。

「これなんだけど」

「……嫌な予感がする」

「ステファンさんサイズのも作っちゃった」

「やっぱり……!」

「着てくれない?」

「この顔で!?」

 顔は別に関係なくない?

「だって私だけだとお腹のポケットで猫渋滞が起きちゃうから」

 分散させてもらえると助かるんだけどな。
 ちなみに他の猫ちゃんが肩ポケットに入ろうとするとダイダイちゃんが怒るので私の肩ポケットはダイダイちゃん専用ポケットとなっております。

「いや、まぁ、それは大変だろうけど……尻尾付き……」

「かわいいかなと思って」

「そりゃあイリスさんが着ればかわいいけど……!」

「……着てくれない? 頑張って作ったんだけど……お揃いで着て、猫ちゃんも入れて、かわいいと思って」

「……っ、ああもう! 着る!」

「やったー!」

 私の押しに負けたステファンさんは、何やらぶつぶつと呟きつつ、そして真っ赤な顔をしつつ猫ちゃんぽっけ付きパーカーもどきを着てくれたのだった。

「似合うよステファンさん。ステファンさんには水色が似合うと思ったんだー」

「どうもありがとうございます」

 それはそれは心底不服そうな「ありがとう」だった。




 
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