【約束の還る海】――性という枷。外れ者たちは、ただ一人の理解者を求め合う。

天満悠月

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第二章

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 俺の予感は的中。若者向けの服屋に入るなり、他の客の視線がリオンに集まった。そもそも、リーン人の容姿だとか雰囲気だとかをアウリー人は好む傾向がある。加えて絶世の美形と来たら、見るなと言っても無理だろう。自分が注目を集めていることにリオン本人は気づいていないのか、気づいていて完璧な無視を決め込んでいるのか。たぶん後者な気がする。多方向からやって来る視線のどれともその目を合わせないようにするには、相当気を使う必要があるだろうからな。

「あの……、どういったものをお求めですか?」

 服屋の娘が上目遣いにリオンへ声を掛けてきた。リオンは答えない。なんて賢明なやつだ。

「上から下まで一式。何着かあったほうが良いな。予算は四千以内で、似合いそうなの見繕ってくれよ。本人、無頓着なんで」

 ほら、代わりに答えてやったぞ。店員とのやり取りくらいは自分でしても良いんじゃないか。

「えっと……、それじゃあ……。中性的な雰囲気にしてみるのはいかがですか?」
「変人に見られなければ何でもいい」

 なんともそっけない返事だな。まあ、そういう格好は似合うだろうと俺も思う。本人が嫌じゃないなら、見てみたいもんだ。

 しかし、『変人』か。この顔立ちで服装まで揃えたら、完全に性別不詳な見た目になるに違いない。アウリー人受けは殊更良くなりそうなもんだが、フォルマでは受け入れられ難いのかもしれない。

 店員がリオンを連れ回すのに付いていきながら、俺も時々自分の琴線に触れた衣服を手にとってみたりした。そう言えば、作業靴の底がすり減ってきていたんだった。今日じゃなくても、後で靴屋に行かなきゃな、なんて思いながら、嬉々とした店員の着せ替え人形になっているリオンを眺め、時々口を挟んで過ごした。

 無事に予算内で会計を終え、その内の何着かは本人に着せて、残りは家に郵送してもらうことにした。この後も歩き回ることを考えると、俺もあまり荷物を持っていたくはない。

 新調したばかりの服を着たリオンは、ちょっと隣に並ぶのが憚られる感じになってしまった。さっきまでは俺のくたびれた古着が、こいつをかろうじて生身の人間らしく見せていたものだが。白が基調の、少し古風な意匠を取り込んだローブだ。青と黄の装飾模様が藍色のベルトと上手く調和している。真鍮塗りのサンダルはこいつの髪色とも合っているし、歩を進める度に細い折り目がつけられた裾から生白い足首が見え隠れする。あの店員は良く解ってる。

 エドアルドが描いた雷神像が脳裏に浮かぶ。或いはロザリアの白大理石の神像彫刻か。いずれにしても、それらは静止した芸術品だから感嘆できるのであって、動いたとしたら恐怖ものだろう。つまり、今のリオンをまともに直視したら寒気がする。先まですれ違えば一瞬で視線を釘で打ち付けられたみたいにリオンを眺めていた通行人は、今は視界に入った瞬間に明らかにギョッとした反応をして目を逸らすから、俺と同じような感覚を抱いているんだと思う。

 二件隣の本屋に、俺たちは入った。リオンの本命だ。本棚の列が無数の壁になっていて、上の二、三段は俺たちくらいの背丈があっても届かない。

 俺はリオンの金が入った財布を渡した。まだ二千エラス以上残っているから、十分だろう。少なくとも今日のところは。

「好きに歩いてこいよ。西の方に休憩場所があるから、用が済むか疲れたらそこにいろ。俺も適当に見てくるから」

 本屋なら喧しく絡まれることもないだろうと思ったので、別行動をすることにした。俺も本屋は久々だ。大体、仕事のために使うとなると専門性を要しすぎるんで、こういう一般的な書店で取り扱っているものはあまり役に立たない。仕事以外で本を読もうとも思わない。俺は全く読書家とかではないから。公立図書館で借りてくるくらいなら気楽なものだが、わざわざ金を払って、自室を狭くしてまで手元に置いておきたいと思うような発見に至ることもない。借りて読んで、よほど気に入れば探しに来ることもあるが、大体が古書なので結局見つからない。

 まあ、たまには人気のある大衆向けの本でも見てみるかと、会計所近くの棚を眺めた。なんとなく、装丁や題名などを見て、気が向いたものを手にとって開いてみる。新しい紙とインクの匂いも悪くない。なるほど、最近の本は分かりやすいなと、古い言葉を読むことに慣らしてしまった頭で思う。だが、やはりさほど惹かれない。結局棚に戻した。

 リオンはどの辺りに行ったのだろう。本棚の壁で作られた通路を覗き込みながら歩いて、リオンを探した。難なく、歴史書の書籍列にいるのを見つけられたので、そばに行ってみる。また分厚いのを持っているな。

「何を読んでるんだ?」
「『帝国から見たフォルマ史』」

 ようやく『フォルマ』の名前を出してきた。活字に気を取られているようだから、意図せずってところか。こいつの前には、棚から引っ張り出して積んだらしい、これまた分厚い本たちがある。『アルディス帝国史』に『神話と宗教・政治』、『我が帝国の神話と古代史の関連についての論述』、『皇帝と王と三大神』――。俺も読んだことがあるものばかりだ。仕事で必要だったので、書き込み過多で本文がすっかり読みにくくなった親父のものを敢えて借りた。ここに積んだものを全部買うとなったらなかなか大変だ。二千エラスでは足りない。

 その歴史書を積み上げた横には、また数冊の本が重ねてある。文学書だ。なるほど、文学にも興味があるのか。

 と、俺はふと思い立って隣の列に移動した。たぶん、あるとしたらこの辺りだろうと、背の高い本棚を上から下まで眺めながら通路を進んでいったら、思ったとおり。アウリー王立図書の『文学アルビオン神話全集』のための一角がある。それの終わりの方に、『メレーの子』の題が印字された本が三冊あった。他の題は一冊、乃至抜けがあるのに、これだけは在庫を切らさないようにと気遣っている辺り、やはりここもアウリー王国の書店だなと思う。

 と言っても、これが流通しているのはアウリー国内だけだ。ファーリーンでは〈アルビオンの書〉は神聖書物だから、こんな風に脚色されたものは受け入れられない。難解で重くて義務感でもなければ読む気にもならないような本で尻込んでしまうくらいなら、多少本来の形と違っていても面白いほうが良いんじゃないかと俺は思うんだが。そもそも、『本来の形』が現代訳版の『原書』に残っているのかも怪しいじゃないか。と、昔のアウリーの偉い人たちも考えたんだろう。だからこんなものがあるわけで、実際一般庶民に限って言えば、ファーリーン人よりアウリー人の方がアルビオン神話には詳しい。間違いなく、この本たちのお陰だろう。

 俺は『メレーの子』を一冊手にとって、リオンのところに戻った。

「なあ、これ今朝少し話した本なんだけどさ」
「メリウス王の?」

 リオンは分厚い本を置いて、俺の手から『メレーの子』を取った。中を開いて流し読んでいる。俺はその本を横から覗き込んで、また新装されたのかと思った。俺が子供の頃に読み込んでいたものより、紙は厚そうで、文字も大きい。挿絵なんかも入っている。もしかしたら、対象の年齢層を下げたのかもしれない。だとしたら、本文にも修正が入っているのだろうか。

「……面白いね」

 リオンが呟いて、閉じた本を俺に手渡してきた。冒頭から最後まで、ページの抜けがないかを確認するくらいの速さで捲りきって、その一言とは恐れ入る。

「今の時間で読んだのか?」
「いや、概要を掴む程度。そういうものは掘り下げる余地があるだろ。原書と比較しながら読めば興味深いと思う」

 リオンの言葉に俺は驚愕したやら感嘆したやら。ちゃんと読んでるじゃねえか。いかにも、この本は帝国神話への入り口になり得るものだが、これ自体が十分に神話について語っている。そこには数多の学者・神官による解釈が交えられていて、隣国の宗教家たちからは蛇足的と評価される。しかし、だからこそ興味深い。原書の一節を究極的に追求した者もいれば、長大な神話全編の繋がりを調べた者もいる。特定の地域で長らく信仰を集めた一柱の神について研究した者もいる。それらの集大成なのだ。このアウリー王国がその国家を挙げて挑んだ帝国神話に対する解釈は、この国の歴史の一節そのものだ。

「家にあったら読むか? 俺もこいつをまた手元に置いておこうかなと思ったんで」
「借りられるなら」

 よし、なら買おう。俺はさっさと会計を済ませた。他に欲しい物もない。

 通路に戻れば、リオンは手持ちの金で買えるだけの本を選んでいた。どれも親父が持っているんだが、書き込みが無いものの方が間違いなく読みやすいだろう。結局、リオンが選んだのは『アルディス帝国史』と『皇帝と王と三大神』、そして『帝国から見たフォルマ史』だった。千九百エラスだ。こいつの趣味と読む速さを考えると、公立図書館を紹介したほうが良い気がする。滞在証があれば月五百エラスでいくらでも借りられる。アウリー国籍があれば無料だが。ちなみにアウリー外の帝国籍なら月額三百エラスだ。

 会計所から戻ってきたリオンと共に本屋を出たところで、俺は手を差し出した。

「重いだろ。二冊持ってやるよ」
「ああ……、ありがとう」

 細い腕じゃあ家まで運ぶのも大変だろう。俺は分厚い三冊の内の二冊を受け取って、小脇に抱えた。流石に疲れたのか、少しリオンの顔が青白い。照明のせいかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。もう日も暮れる。もしまだリオンに余裕があれば、この辺りで夕食でも買ってみようかとも思ったが、今日は家に帰ることにした。
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