高度10キロメートルの告白・完全版

赤井ちひろ

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第一章・イージスの盾・

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「涼……寝たの?」  
 五分程の沈黙があっただろうか……。
「涼……寝たの?」
 何度か声をかけるが、答えは返ってこない。
 安心したように悠は話し始めた。
「疲れているよね。毎日俺を気にしてくれてさ」
 たまたま空いている飛行機なのもあり、辺りに人はいない。ビジネスだからなのかもしれない。
 離陸もとっくに終わってシートベルトもはずせたから、俺は涼の胸に顔を埋めた。
「大好き……。涼がいつ俺を捨てても、涼がいつ子供が欲しいと思って他の女性と結婚しても、俺は気にしないって頑張れるよ! だから涼……俺に縛られないで……」
 飛行機の窓から眼下に雲が見えた。吸い込まれるほどの世界に、このまま一緒に消えることが出来たら良いのに、とさえ思えた。
「もう返しきれない程の愛を貰ったから。俺は……お前が幸せなのが一番嬉しいんだ」
 悠が涼の手に手を置きながら、ゆっくりと誰にも聞こえない愛を紡ぐ。
「はじめて貴方を見た時に、俺はこんなカッコいい奴居るのかよ! って思ったんだ。知らなかっただろう。子供の頃から、お前は最高にカッコよかった」
 クスクス笑う可愛い顔を飛行機の小窓から空にさらす。
「リコやコニーや皆の誕生日に涼がいつも作ってくれたシチューは、そりゃ旨かったけど……俺の一番のご馳走は……普段孤児院で俺に作ってくれる薄いシチューなんだ。前に羽柴戦で最高のシチューってお題がでた時、俺は、涼は誕生日のシチューを作ると思っていた。俺にとって最高のものでも、他から見たら大したことはないのかもしれないと思い込んでいたから。でも涼は俺と同じ事を考えていた。どれだけ嬉しかったか分かる? お前が靖二を選んだ時、どれだけ死にたいと思ったか、お前に分かるかよ……」
 悠の目から涙の一滴が流れていた。
「でも靖二やラファエルや皆のおかげで俺はお前を手に入れた。だから俺はお前がバカにされるなら聴衆の前で全裸にもなれるし、お前のためなら、知らないやつにだって抱かれてやれる。だって……俺を傷つけられるのは、涼、貴方だけだから……。貴方は滅多に中に出してくれないし、出しても俺がお腹いたくなるってすぐに精液掻き出しちゃうしさ」
 温かなブランケットが二人を包む。
「ねえ、一度でいいから、俺の中に沢山の精子が欲しいよ。あの時、俺を孕ませたいって言ってくれたの……嬉しかったんだ」
 男同士、子供なんか望んでも叶わない。
「分かっているんだ」
 だから……せめて夢だけでも見たいじゃないか……。
 悠の本気の告白を目を瞑り、知らないふりをしていた涼は一滴の涙を流した。
「出してやるよ。お前が望むなら……」
 涼の言葉は小さな泡の様に儚く消えた。
 頭の中でこだまする。
 涼の声……
 ————俺だって欲しいさ。

 涼という男に惚れたあの日、俺は男の本能を捨てた。
 人類の種の保存という大役を捨て、愛に生きると決めた。
 それも自分の気持ちはひた隠しにして、ただあいつが幸せになればいいと思っていた。
 人間ってのは貪欲なもんで、一つ手に入れば次が欲しくなる。諦めているつもりでも、もしかしたらと思ってしまう。
 そして一番欲しかったものを手に入れたら、今度は怖くなるんだ……。
 ————失うかもしれないって……。
「いや、行かないで! 俺を捨てないで————。いや————」
「おい、悠! 悠!」
 揺れ動かす大きな手に、温かさが伝わってきて、深淵から引っ張りあげられるような気がし、俺は目を開けた。
「……涼?」
「びっくりしたぞ、大丈夫か? うなされていたから」
 夢を見ていた。
 涼に捨てられる夢……。
 しかもみっともなく縋る夢……。
 最悪————。
「俺……なんか言っていた?」 
 俺は涼に聞くと、うなされていただけだ……と教えてくれた。
「そっか、小さな頃の夢でも見たのかもしれないね……」
 悠は、コーヒー飲みたいな。とCAさんを探す。
「俺が頼んできてやる。小腹はすかないか? 一緒にサンドイッチでも食うか?」
 涼……着替えたんだな。少し冷えたし、なんてぼうっと考えていたら、コツンと頭から小さなげんこつがおりてきた。
「頼んできたから、ちょっと待っていろ。なあ悠……そこ少しだけ開けてごらん」
 窓に下がるようにしまっていた、ブラインドを少しだけ上にあげると、飛行機の翼の下に綺麗な雲がかかり、それはキラキラとホログラムのように光っていて、ふわふわの絨毯の上にいるみたいで、綺麗な光が斜めに刺す空は……まるで別世界の様だった。
 CAさんがあつあつのコーヒーにサンドイッチを運んで来てくれるのを待っていたら、スクリーンではタイタニックが流れ始めた。
「今からタイタニックって、まだ当分つかないです、って言ってるようなもんだよね」
「実際つかないしな。一緒にタイタニック見ないか?」
 と珍しく涼からお誘いがあった。
 涼の左手が俺の右手に重ねられ、滅多にしてくれない、恋人繋ぎになっていたのを……俺は気恥ずかしくて振り払おうとした。
「悠……お願い、払わないでくれないか。心臓が止まってしまう」
 その言葉に今度は俺の心臓がドクンと跳ねた。
「タイタニックって実在したんだったっけ」
 涼が間抜けな質問をする。
 コーヒーを飲みながら俺はサンドイッチを半分づつにして『うん』と言うと、イヤホンを耳に付けた。
「これも半分こにしないか?」
 涼は俺の左耳からイヤホンを取ると自分の耳にはめて俺の肩を抱いた。
「なに……どうしたの?」
 俺はちょっとびっくりして恥ずかしくなってつい、辺りを見回した。
「いや、抱きしめたいなと思ったから、そうしただけだ」
「涼らしくないよ」
「そうか?」
 少し伸びた前髪をオールバックにした涼は、俺の頬に優しくキスをして、もしかしたら俺たちの前世はここに乗っていたかもしれないぜ? とか言うもんだから、つい想像してしまった。
「なあ、実在したっけ?」
 よほど気になるのか、涼はパソコンで調べようとカバンを開けた。
「だからしたってば。調べなくても俺が知っている事でいいのなら教えるから、一緒に見ようよ」
 さっきは恥ずかしくて離そうとした手を、もう一度繋ぎなおし、ぎゅっと力を込めた。
「タイタニック号は今から百年以上前に実際有った不沈艦だったんだよ」
「浮沈艦? 浮いたり沈んだり?」
 いやいやそっちじゃなくて『不沈な』っと太ももに『不』の字を書き、沈まないって意味さと言った。
「でも沈んだんだよな」
「うんまあね。確か沈んだのはニュージーランド島沖で氷山にぶつかって沈没したんだったと思うよ。千五百人以上の人たちの命が失われた未曾有の大事故だよ。でもこの船の残骸が発見されるには七十年以上かかっているんだ」
 音楽が耳元で流れ出した。
「この豪華客船が沈んだ経緯とかは、そこからさらに時間を要したし、いまだに明らかになっていないものもあるだろうな……」
「救命ボートって普通皆がのれる数装備するんじゃないのか?」
 あーそれな、と映画を見ながら悠が二十だと言った。
「二十? 何が」
 涼は自分の分のサンドイッチをサクッと平らげ、俺のものに手を伸ばしながら聞き返す。
「人の食うなら、キュウリは残しておいてよ」
 俺はカマキリじゃないとか言うもんだから、瞬間的に頭をたたいて言った。
「そもそもカマキリってキュウリ食うの?」
 俺が涼に言うと、「知らないよ」といい加減な返事が返ってきた。
 タイタニックの壮大な音楽にカマキリって合わないよなと思いながら、適当に返事をした。
「二十はボートの数だよ。一艘には六十四人分の装備があったらしいけど、仮にそれが百%稼働しても1500人は無理だったよね」
 悠が暗算で答えると
「それにたくさん乗ったら沈むとか人の想いって色々あるんだろう。だって最初に避難したボートには二十八人しか乗っていなかったってここに書いてあるぞ? 人間だからな……」
「涼……そんな悲しい事言うなよ……。自分が良ければ良いみたいで、聞いていて嫌な気持ちになるじゃないか」
 コーヒーに口をつけるのを途中で止めて、俺がそういうと、「そういうとこな」と笑われた。
「お前を構成している物質は、全てオキシトシンなのかとたまに本気で思う時があるな」
 オキシトシン? 悠が首をかしげる。
「なんだろうな、愛情ホルモンみたいなもんかな。雨宮悠、主食オキシトシン、構成物質オキシトシン……かな」
「くだらない。そろそろ映画に集中しようよ」
 この演奏良いよなー。そう言いながら体がリズムを刻むように小刻みに揺れる。
「さすが悠は音楽をやるだけあるな、イマイチどこがいいか俺にはよくわからん」
 涼は音痴ではないし、音階はきちんと取れるし、歌はすごく上手い。なのにどうやら本気で音楽の良し悪しは理解出来ないらしい。
「タイタニックに乗船していた演奏家たちはね、一等客室の乗客が何をリクエストしてもいいように、三百五十二曲の暗譜が求められたんだよ」
 俺が感嘆の声をあげながらスクリーンを見ていると、隣の食い意地のはった男は本当にキュウリ以外完食して、不愉快を通り越して感心してしまう。
「楽譜見ればいいのにな」なんて吞気に言っっていた。
「何言ってんだ! そんな数の楽譜をどこだっけ―なんて探す時間ねーだろが」
「なあこれ最後まで本当に演奏していたのか?」
 涼はフィクションだと思ったようで……流石にまさかだよなと言った。
「このシーンさ実際にあったシーンだよ。不沈なんて言われたタイタニック号が沈んでいく中、想像を絶する恐怖だよね。全員は助からなかったわけでしょ? 涼は音楽にはどんな力があると思っている?」
「食いもんなら生きる力って答えるけどな……、音楽となるとさっぱりわからん」
 考える事すら放棄して、どこからもらってきたのか一人勝手にワインを飲んでいる。
「音楽はね、人の心を穏やかにする力があるんだよ。この曲『主よ、御許に近づかん』はさ……私達は死んでいくんじゃない、イエスキリストの御許に近づくんだって、だから悲しまないでってそんなメッセージだろ?」
 俺は涼に諭すように言った。
「まぁ解らんでは無いがな、でも俺なら嫌だな」
「何が?」
 涼はぼそぼそ喋った。
「俺ならな、そんな崇高な思考回路は要らないから、お前に帰ってきて欲しい」
 演奏家として職務を全うしました。そして亡くなりました、とかは嬉しくないという事らしい。
「涼……」
 むすっとしてまさに憮然って感じ。
「涼、俺は一人で豪華客船なんか乗んないし、仮に一緒に乗って、俺が残るならお前も道ずれだから気にすんな」
 と言ってやった。
 全く……全然映画が頭に入らない。
「涼これから良いシーンだから、チャチャ入れたら一週間禁欲生活だからね」
「チャチャなんか入れてないぞ? 人の熱烈な愛情表現だろ」
「わかったわかった」
 俺は映画のキスシーンに合わせ涼の唇を甘く食(は)んだ。
 馬鹿だなぁ、一週間の禁欲生活なんて、俺が持つわけないじゃないか。
 今だってキスしているだけで……もう体中うずいて仕方がないのに。
「涼……」
 俺はブランケットを胸からかけて胸元が見えないようにずり上げた。それを合図だと思ったのか、見えないようにシャツの下から涼の手が乳首に伸びる。
「コリコリして、エッロ」
 ヤバい、俺の好きなバリトンボイス。
「こっちも触って……」
 俺は甘くおねだりしていた。
 タイタニックを見てたはずなのに……
「カウパーがベットベトで尻まで滴ってるよ……我慢って知ってるか?」
 涼はわざといやらしく言った。
「ズボン脱いで、悠」
 後一時間でチューリッヒだよ?
「一時間も可愛がってやれるなぁ。良かったな、飛行機降りるときはお前ノーパンかもな」
 クスクス笑うと……
 涼の指が俺の敏感なところを良いリズムで叩く。
 映画のエンディングテーマに合わせんなよ!
「もう…… 一時間って長いようで短い。小腹へったよ、涼のせいでお腹すいたままじゃないか」
「だから腹一杯にしてやるから脚を拡げろって……」 
 イヤらしい涼のせいで、中が疼きまくりだ。
 膝頭をきゅっと閉じて、中心に力を入れた。
「嫌だ」 
 絶対開かないからな!
「悠……」
 耳にキスを落とし、胸元から指をバレないように差し込み、乳首をコリコリ小さく小刻みにまわす。
 凄く小さい乳首なのに、感度は抜群で、悠は特に乳首が顕著に肥大する。
「おっきくなってきた。可愛いよ」
 涼は顔を近づけて、より敏感な左乳首を執拗に舐めた。乳首に集中すると、中はさらにピクピクっと動く。
 いくら周囲に人が居なくても、ゼロじゃないんだから、声なんかは出せない。
 我慢が出来ずに自分の腕を噛んでいたら、涼が自身の腕を出してきた。
「噛むなら俺を噛め!」
 涼に寄りかかるように体を丸めると、涼は見えなくなった乳首をさらに擦るように扱き、敏感になりすぎている乳首に氷を当てられ、俺は瞬間的に声をあげた。
「ひぃ————」
 その声を拾ったCAさんが慌てて様子を見に来てくれて、俺は顔があげられない。
「お客様……大丈夫ですか?」
 恥ずかしさで悠は声も出せず、何も喋られないまま涼に抱きついている。
「すいません、大丈夫です。ちょっと怖い夢を見た様だ」
「そうですか、何か召し上がりますか?」
 涼は少しばかり考えていたが、ブドウはありますか? と聞いた。
「ございます。おいくつほど要りますか?」
「二十個、あと氷を少し、できるだけ丸いものを頂けますか」
「かしこまりました」
 物の数分で手元にきたブドウは、とてもつやつやした良い粒だった。
「少しゆっくりしたいから、近寄らないでくれないか?」
 と人払いをすると、悠に耳打ちをした。
「ほら、お前の希望通り、ブドウだぞ?」
「頼んでない。ヤな予感しかしないよ」
「そう言うな」
「エロ親父かよ」
「何を想像したんだ? まだ何も言ってないだろう」
「きたないな」
「お褒めの言葉、感謝する」
「クソッ」
「耳まで真っ赤だぞ」
「言ってろ」
「ほら、折角人払いしたんだ。気持ちいい事しよう」
 悠は半分不貞腐れる様に、それでも素直にズボンを脱ぐ。
「イイコにはご褒美だ」
 涼の胸ポケットから出てきたチューブを一センチ程指にだす。
「膝を抱えて」
俺は言われたまま長い足を抱えた。
 中が痒くて逝きたくて仕方がない。
 露になる尻の穴に指をヌチャヌチャ出し入れを繰り返す。
 通路側に尻を向けさせ、顔は俺の胸に向けさせ、乳首をなめさせた。
「下手くそだな、こんなんじゃ肥大なんか一生かかってもしないぞ?」
 かつかつ、かつかつ、靴音だ。
 俺達の後ろにトイレがあるのでたまには人も通る。
「大丈夫、これをかけていたら見えないよ」
 悠は下半身にブランケットをかけて貰い、安心して乳首を舐めていた。
 横を通りすぎる男は、黙って通り過ぎようとしたその時、涼に声をかけられる。
「すいません。これをここに挿れて頂けませんか?」
 先ほどのブドウを一粒渡すとブランケットに手をかけた。
 悠はびくびくっと身体が縮こまり、舐める舌も止まる。
「こらこら、乳首を舐める舌はとめてはならんよ」
 通行人はびっくりして目を見開いたが、ブランケットをめくられた悠の色気ある肢体を見せられて、尻に手を添えた。
「勘が良い方は好きですよ」
「どこまで触っていいのですか?」
「嫌だ、触らないで」
 哀願するように、涙で濡れた瞳が訴える。
「お願い、嫌だよ。お前がいいんだ、涼。ただお前だけが」
 小さいけれど確かに聞こえる拒絶の声を通行人の男性も、そして勿論、涼も 聞き逃さなかった。
「悠? どうした? いつもは喜んでいるだろう」
一生懸命体を固くし、何とかやめて貰おうと必死さが伝わってくる。
 通行人の男性はブドウを返し言った。
「大変素敵なお誘いですが、一度彼と話し合われた方が良いように思います」
 男性は悠に聞こえるようにゆったりした口調で話した。
「大丈夫ですよ、やりませんから……」
 悠は安心したように力を抜いて、涼の膝に倒れ込んだ。
 まさに紳士と言うような風体の、白髪交じりのスリーピースを着た男性は、ゆったりした物腰でもって、涼に言った。
「彼の不安を解消出来るのは、世界広しといえど貴方だけではないですか?」
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