高度10キロメートルの告白・完全版

赤井ちひろ

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プロローグ

1

涼、お前のその声で、俺は息が出来ない程苦しくなる。
      それなのに、その声が無いと
     俺はどうやって息をしていたのかも
       もう思い出せないんだ


夢はかなうものだと、初めて知った。元来神様なんか信じていない俺は、良い事と悪い事は同じ確率で起きると思っていた。
 涼に恋して三〇年以上、涼のそばから離れたくないと思う一方、幸せにできるのは自分なんかじゃないと思ってきた。みっともないほどしがみついて、得たものは仕事のパートナーという、恋する男としては情けないほどの不動のポジション。
今更、悔し涙なんか出てこない。
だって、俺にとってはそれだけで余るほどの幸せだったから。
この段階で、これ以上いい事なんか起きない。
むしろ反動が怖い。
それなのに、結婚?
目の前のこの男はにやついた顔で、見下ろす様に俺を見ていた。
ベッドにドカリと胡坐をかき、これでもかと甘い声で俺を呼ぶ。
「悠」
 この顔にこの声は反則だ。
 バリトンボイス属性に、真ん中からフワッと分かれる柔らかな黒髪が、誰にも言ったことは無いけれど、実は涼の好きなパーツのベスト5。図に乗るから本人にも絶対に教えてはやらない。
「なんだよ」
「愛している、悠」
「真顔でそんなこと、良く恥ずかしくないな。しかも今迄セフレだった相手に、いやもう別にいいから」
「なんでだ。愛しい男に、好きだと伝えているだけだ。恥ずかしいわけがないだろう。お前ももっと言って良いんだぞ」
「言わないし」
「そのツンデレは恥かしさの裏返しか」
「ほんとやめて、涼」
 ————いるのが当たり前になったら、もし次お前が誰かを好きになったら、もう生きていけないんだって。頼むよ。
「ずっと好きだ。ずっとそばにいる」
「はいはい」
「流すなよ!」
俺は余りにも拗れた関係に甘んじていたから、あいつの本質を忘れていた。涼は昔から純粋で一途で、そう言えばバカなんだったと俺は思い出して、不覚にもクスッと笑ってしまった。
「なにがおかしい? 愛している。好きだ。俺のことだけ見ろよ」
俺は、そうだねと頬に軽いキスを落とした。
涼はいつでもどこでも恥じとかない。
小さな頃、俺達の育ての親代わりだったエマの誕生日を祝おうと、市場に盛大に投げキッスをして沢山の貢物を貰ってきたような奴だ。
本当に純粋なのだと思う。
未だに結婚の実感の湧かない現実に戸惑いを隠せない俺を見て、涼はアホな事を言い出した。
「新婚初夜だな」
「はぁ? それはどう見ても違うだろ」
 俺は存外冷静に答えたと思う。
「初夜だよ」
「散々セックスしてて? あんなこともこんなことも」
「言い方。情緒もへったくれもねぇな。それに全く違うだろう。ご所望ならもっとあんなこともこんなこともしてやるよ」
「望んでないから。普通でいい」
「物足りなくなるように躾てやる」
「躾って、ペットじゃない。だいたい涼お前、情緒はどこ行った」
 情緒なんか知らない俺が、つい、一番似合わない言葉を使う。
「その言葉まんま返すわ。お前にだけは言われたくないと思っているよ」
「はいはい」
「でもこれで堂々と開発できるだろ」
 はぁぁぁぁぁぁ————————?
 俺はどこから出たのかわからないような素っ頓狂な声をあげて、その場に固まった。
「ちょっと待て開発って……」
「え? 勿論、悠の身体を開発するんだが何か問題でもあるか」
「問題しかないだろ! 絶対に嫌だからな」
「悠、お前、俺の夢、応援するって言ったじゃないか」
「それと何の関係があるんだよ」
 クルンと緩やかにカーブする長めの前髪を、オールバックにかき揚げた黒髪は、風呂上がりで甘い香りが漂い、乱雑に拭きあげられた髪からはまだしずくが滴っていた。
「世界一になる夢は、いくらでも応援するし、力も貸す。でもこれは違うだろ?」
「違わねーよ。俺とのセックス好きだろう」
「それはそうだけど」
「俺も」
 そんなに可愛く言われても、俺はかわいく答えられない。
「俺もじゃない……」
「これも俺の夢の一つだよ。嘘はついてない! 一生添い遂げる相手を俺なしじゃいられない体にしたいんだ。もう二度と離れられないように」
「離れたりしないから」
「信用できない。なんかあったらお前絶対、自分のこと犠牲にする」
「そんな優しくないから、気のせいだ」
「気のせいじゃねぇ。だから躾タイムにしような。悠」
「ふざけんな」
 俺は気を逸らそうとテレビの電源を入れた。
 薄暗い部屋の真っ黒い画面に、青白く光ったように見える捕食者の目が映り込み、緊張が走った。手の先までこわばり何度も空唾を飲み込む。 
「往生際が悪いぜ。愛してるよ、悠」
「涼……」
 内容は調教してやる位の勢いなのに、紡ぐ言葉はとても甘く、今までの動物的なセックスはなんだったのかって思うくらいに甘やかされている。
 見たくもないテレビをつけた俺の手を、リモコンごと掴むと、耳元でふっと息を吹きかけられた。
 甘い空気に大好きなバリトンボイス、不必要なテレビの音さえスパイスになっている。
「テレビ見たいのか?」
「ああ」
 とっさに嘘がでた。
「へー、じゃあ見ていていいぜ。勝手にするから」
「待ってよ……」
 ベタベタとくっついていたと思ったら、涼がおもむろにベッドから立ち上がり、数歩歩き、何やらテレビの下の引き出しから出してきた。
「なんだそれ」
「あー、お宝映像その①だ」
 立ち上がりディスクを入れ、再生ボタンを押した。
『アンッ、ンフ、ンンン————』
 何これ……。
『ア————、ぐちゃぐちゃしてる————』
 画面の中の俺は、目を背けたくなるくらい卑猥だった。
「なんだよ……これ……」
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