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プロローグ
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このN市には摩訶不思議なカフェがある。
アップルパイだけは絶品。
口コミランキング一位。
甘いケーキは一年通してそれ1つ。
他はあまじょっぱい系、なんなら塩しか勝たんのケーキがメニューに並ぶ。
今の世の中にあっているのか、スパイスケーキもよく注文が入るし、テイクアウトもよく売れる。あまじょっぱい目当てにお客が開店前から並ぶほどで、ケーキの見た目は破壊級、インスタ上げれば万バズなんか当たり前。
このカフェのメニューは最先端をいっているのだろう。
ところがだ、店主がいただけない。
いや、いただけないは言い過ぎだ。
ちょっとばかり愛想がない。
可愛い! キレイ! 気が利く! 珈琲もおいしければ料理もうまい。最高だと思うだろう。
しかしながらだ、破壊級に口が悪い……。
しかも特定の相手にだけ。
これが今目の前にいる男の、どうやら僕の情報らしい。
最近良くいらっしゃるお客様がいる。わりかし一見さんも多いこの店では、10回続けばよく目立つ。この男、あたりの女性達が浮足立つほどには男前だと思われた。
いつもは奥の二人席に一人で座りメモとペンを机に置き、文庫本片手に珈琲を優雅に飲んでいる。
今日はたまたま、早くから混み始め、カウンターしか開いていなかったからか、僕の目の前に座って、なぜか僕をガン身中だ。
「見物料取られたいですか」
「いくら払えば舐めていい」
「馬鹿に興味はありません」
「脳みその出来はまぁまぁだと思うがな」
「少し黙って」
「はいはい」
彼はそういうと、先ほど頼んだロコモコ丼ハワイアーンスパイシー風を食べていた。
一口食べては何やらノートに書いている。
「何をされているんですか」
「君を見ながら、ハワイあーんを食べているよ」
「なにその馬鹿な言い方」
「そのボードにそうやって書いてある」
茶化されたのが悔しくて、僕はメニューボードの長音を消した。
「そうじゃなくて、毎日暇人で、何しているんだと聞いている」
「フリーターだ」
「フリーター? いやいや、フリーターというのはあくまでも働いている人のことを言うんです」
そんなたわいもない会話を繰り広げるカウンターの内と外。僕はおもむろにテレビをつけた。
「またこのチョコレートですか」
そこには新商品のコマーシャルが流れていた。
今話題の五人組の少年が歌って踊りながら小さなチョコの包みを開け、お互いに食べさせ合っている羨ましいほどにピュアなものだ。
あまりの純粋さに辟易として、愚痴るように言葉が漏れ出た。
「どんな味なんでしょうね」
「気になるのか。買ってきてやろうか」
「そんな風に聞こえましたか」
横から覗き込むように男の切れ長の目が揺れる。
「羨ましい。甘い空気に包まれたい。そう聞こえた」
その目の中に、わずかばかりの期待が見え隠れし、しまったと口を噤んだ。
節くれだった大きな手に別段小さくもないはずのマグカップを、さもデミタスカップのように持つ嫌味な男は、最近同じマンションの隣りに引っ越してきたいくらか年上の男性だった。
なぜその彼が今ここに居るのか、それは簡単なことだった。僕がこのカフェの店主で、なぜだか彼は僕の作るアップルパイが好きらしかった。
「まだおられたんですか」
「まだお金を払ってないよ。今ここに居なかったら無銭飲食になってしまうだろう。それに食べ終わっておらん。追い出すなよ」
「たったそれっぽっち、早く召し上がってください。それにトイチでツケという事にしておくので、お代はさして困りませんが」
「トイチ? 偉く暴利だなぁ。それはこちらが大いに困る」
「大して困っている風にも見えません。いつも分厚い財布を持っているくせに」
「これか? レシートだったらどうする?」
「レシートを貰って帰る事なんて、ないじゃないですか」
「よく見ているなぁ」
「観察は仕事です」
僕が淡々とそう言ってシンクの中のカップを洗っていると、たまにはやろうかとカウンター越しに大きな手が伸びて、覗き込まれたその表情に、僕の顔が赤くなる。
「お客様ですよ。やめてください」
水のついた手でやんわりと払いのけると、ぐっと手を掴まれ、パッと離された。
「すぐ赤くなるのだな。俺の事を意識しているのかと、勘違いしたくなってしまうよ」
「していません。自意識過剰すぎますよ。いい男だとでも勘違いしていませんか」
「そもそも同性だが、そこは問題じゃないのか」
男が2つ目のアップルパイを頬張りながら親指の腹をぺろりと舐めた。
「マイノリティの問題に口出し不要です」
「俺はゲイだ。隠してもいない」
「聞いてません」
「聞かれてはいないな」
そう言うと何事もなかったかのように、目の前の隣人はタオルで濡れた手を拭き、横にあった文庫本に目を落とした。
バクバク脈打つ心臓はこれでもかというほどに膨れては縮んでいた。
「おかしな人ですね」
「ありがとう」
「褒めてなんかいませんよ」
この男、初めて引っ越しの挨拶に来た時、ハンドルネームを名乗ったおかしな男で、名を金烏と言った。
別段本名を知らないからと言って困らなかったし、男に興味も無かった。今では当人でさえ、僕が名前を知らない事を忘れているだろう。
「どうかしましたか」
本を読んでいるふりをしながら、ちらちらと見てくる煩い視線にくぎを刺した。
「なんか焦げ臭くないか」
「え?」
嫌な予感がしてオーブンに近づいた。
嫌な臭いが隙間から漏れ出て、とっさにオーブンへ手を伸ばした。
「やめろ!」
言われた時には遅かった。
店内は黙々と煙に覆われ咳が止まらない。
「窓開けるぞ」
男は眉をひそめ、窓を開けた。
開いた窓に顔を突き出し、飲み込むように息を吸う。
「大丈夫か」
若干声のトーンがいつもと違う?
「もしかして、心配してます」
アップルパイだけは絶品。
口コミランキング一位。
甘いケーキは一年通してそれ1つ。
他はあまじょっぱい系、なんなら塩しか勝たんのケーキがメニューに並ぶ。
今の世の中にあっているのか、スパイスケーキもよく注文が入るし、テイクアウトもよく売れる。あまじょっぱい目当てにお客が開店前から並ぶほどで、ケーキの見た目は破壊級、インスタ上げれば万バズなんか当たり前。
このカフェのメニューは最先端をいっているのだろう。
ところがだ、店主がいただけない。
いや、いただけないは言い過ぎだ。
ちょっとばかり愛想がない。
可愛い! キレイ! 気が利く! 珈琲もおいしければ料理もうまい。最高だと思うだろう。
しかしながらだ、破壊級に口が悪い……。
しかも特定の相手にだけ。
これが今目の前にいる男の、どうやら僕の情報らしい。
最近良くいらっしゃるお客様がいる。わりかし一見さんも多いこの店では、10回続けばよく目立つ。この男、あたりの女性達が浮足立つほどには男前だと思われた。
いつもは奥の二人席に一人で座りメモとペンを机に置き、文庫本片手に珈琲を優雅に飲んでいる。
今日はたまたま、早くから混み始め、カウンターしか開いていなかったからか、僕の目の前に座って、なぜか僕をガン身中だ。
「見物料取られたいですか」
「いくら払えば舐めていい」
「馬鹿に興味はありません」
「脳みその出来はまぁまぁだと思うがな」
「少し黙って」
「はいはい」
彼はそういうと、先ほど頼んだロコモコ丼ハワイアーンスパイシー風を食べていた。
一口食べては何やらノートに書いている。
「何をされているんですか」
「君を見ながら、ハワイあーんを食べているよ」
「なにその馬鹿な言い方」
「そのボードにそうやって書いてある」
茶化されたのが悔しくて、僕はメニューボードの長音を消した。
「そうじゃなくて、毎日暇人で、何しているんだと聞いている」
「フリーターだ」
「フリーター? いやいや、フリーターというのはあくまでも働いている人のことを言うんです」
そんなたわいもない会話を繰り広げるカウンターの内と外。僕はおもむろにテレビをつけた。
「またこのチョコレートですか」
そこには新商品のコマーシャルが流れていた。
今話題の五人組の少年が歌って踊りながら小さなチョコの包みを開け、お互いに食べさせ合っている羨ましいほどにピュアなものだ。
あまりの純粋さに辟易として、愚痴るように言葉が漏れ出た。
「どんな味なんでしょうね」
「気になるのか。買ってきてやろうか」
「そんな風に聞こえましたか」
横から覗き込むように男の切れ長の目が揺れる。
「羨ましい。甘い空気に包まれたい。そう聞こえた」
その目の中に、わずかばかりの期待が見え隠れし、しまったと口を噤んだ。
節くれだった大きな手に別段小さくもないはずのマグカップを、さもデミタスカップのように持つ嫌味な男は、最近同じマンションの隣りに引っ越してきたいくらか年上の男性だった。
なぜその彼が今ここに居るのか、それは簡単なことだった。僕がこのカフェの店主で、なぜだか彼は僕の作るアップルパイが好きらしかった。
「まだおられたんですか」
「まだお金を払ってないよ。今ここに居なかったら無銭飲食になってしまうだろう。それに食べ終わっておらん。追い出すなよ」
「たったそれっぽっち、早く召し上がってください。それにトイチでツケという事にしておくので、お代はさして困りませんが」
「トイチ? 偉く暴利だなぁ。それはこちらが大いに困る」
「大して困っている風にも見えません。いつも分厚い財布を持っているくせに」
「これか? レシートだったらどうする?」
「レシートを貰って帰る事なんて、ないじゃないですか」
「よく見ているなぁ」
「観察は仕事です」
僕が淡々とそう言ってシンクの中のカップを洗っていると、たまにはやろうかとカウンター越しに大きな手が伸びて、覗き込まれたその表情に、僕の顔が赤くなる。
「お客様ですよ。やめてください」
水のついた手でやんわりと払いのけると、ぐっと手を掴まれ、パッと離された。
「すぐ赤くなるのだな。俺の事を意識しているのかと、勘違いしたくなってしまうよ」
「していません。自意識過剰すぎますよ。いい男だとでも勘違いしていませんか」
「そもそも同性だが、そこは問題じゃないのか」
男が2つ目のアップルパイを頬張りながら親指の腹をぺろりと舐めた。
「マイノリティの問題に口出し不要です」
「俺はゲイだ。隠してもいない」
「聞いてません」
「聞かれてはいないな」
そう言うと何事もなかったかのように、目の前の隣人はタオルで濡れた手を拭き、横にあった文庫本に目を落とした。
バクバク脈打つ心臓はこれでもかというほどに膨れては縮んでいた。
「おかしな人ですね」
「ありがとう」
「褒めてなんかいませんよ」
この男、初めて引っ越しの挨拶に来た時、ハンドルネームを名乗ったおかしな男で、名を金烏と言った。
別段本名を知らないからと言って困らなかったし、男に興味も無かった。今では当人でさえ、僕が名前を知らない事を忘れているだろう。
「どうかしましたか」
本を読んでいるふりをしながら、ちらちらと見てくる煩い視線にくぎを刺した。
「なんか焦げ臭くないか」
「え?」
嫌な予感がしてオーブンに近づいた。
嫌な臭いが隙間から漏れ出て、とっさにオーブンへ手を伸ばした。
「やめろ!」
言われた時には遅かった。
店内は黙々と煙に覆われ咳が止まらない。
「窓開けるぞ」
男は眉をひそめ、窓を開けた。
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「大丈夫か」
若干声のトーンがいつもと違う?
「もしかして、心配してます」
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