5 / 5
炒め玉ねぎの魔法のケーキと外の雨
しおりを挟む「どうしてこんな近くに作るんだよ!」
星蓮はカフェのフライヤーを見て文句を言った。新しくできたカフェに興味を持ったのは、最初はちょっとした好奇心からだった。何度もフライヤーを見ているうちに、だんだんその存在が気になり始め、三ツ星シェフが手がけるケーキの文言に心がくぎ付けになった。「炒め玉ねぎの魔法のケーキ」気にならないわけがない。
「くそ!」
「荒れてるな。なんでそんなに気にするんだ」
「だって、どうしても気になるんだ」
星蓮は軽く呟くと、太陽が軽く笑いながら言った。
「気になるなら行けばいいだろう。一緒に行くか」
「美味しかったらどうするんだ。お店がつぶれたら僕はどうしたらいいんだよ」
「美味しかったら技術を盗めばいい。ヘタレだなあ」
「失礼ですよ。だいたい盗むったって、僕の味覚おかしいの知っているじゃないですか」
「そのために俺がいるんだろ。もっと頼ってくれよ」
「あなたに何ができるんですか」
「味見!」
「は?」
「段々元気が戻ってきたじゃないか」
「役立たず」
星蓮はどこか呆れたように言ったが、太陽のあっけらかんとした物言いに幾分救われているのは確かだった。
「なあ、行こうじゃないか。デートをしよう。せっかく半年ぶりに帰ってきたんだ。こんなウキウキした気持ちお互いに久しぶりだろ」
「別にそんなにウキウキなんかしていませんから」
「素直になれよ。ほら行くぞ。店閉めて」
星蓮は一瞬言葉を詰まらせたが、太陽の嬉しそうな顔を見て結局頷いてしまった。
新しくできたカフェに到着すると、その店内は想像以上にお洒落で、落ち着いた雰囲気だった。シンプルで洗練されたデザインが、空間全体を包み込んでいる。丸い木のテーブルに大きなソファ、そこに並んで座りながら、星蓮はどこか緊張した様子でメニューを見た。目の前には、驚くほど多くの種類のケーキが並んでいた。
「どうする?」
太陽が横から尋ねる。
「うーん、これも食べてみたいし、あれも食べてみたいけど、やっぱり『炒め玉ねぎの魔法のケーキ』は頼まないと」
少し迷いながらも、メニューを指差した。
「よし、それじゃあ俺がそれにしようかな。で、星蓮は他に食べたいやつを頼んだらいいだろう。一緒に食べよう」
太陽は微笑んで、星蓮の反応を見た。
「頼みすぎとか、文句禁止だからね」
「言わないよ」
星蓮は照れくさそうに言いながら、さらにいくつかのケーキを指差した。
「桃のコンフィチュールとバケットを使った三層ケーキと、あと柑橘のスパイシーアップサイドダウンケーキも食べてみたい!」
星蓮は自分でも驚くほど、ケーキの名前を次々と言い出した。普段なら、こんなにたくさん頼む事はなかったのに、太陽と一緒だと、ついつい欲しくなってしまう。
味を感じない事などこの時の星蓮はすっかり忘れていた。そのくらいこの時間が星蓮にとって大切なものだったのなろう。
「フードファイター並だな」
太陽が笑いながら言うと、星蓮は少し恥ずかしそうに頷いた。
「だって、食べたいんだ。一緒に食べてくれるんだろう」
普段はあまり自分の欲望を素直に表現しないけれど、この瞬間は無理に我慢する必要すらないような気がした。
「いいぞ、じゃあ、全部頼んでみよう!」
楽しげに言った。
ケーキが運ばれてくると、二人は目を見開いた。三層になった桃のコンフィチュールとバケットを使ったケーキは、見た目からして美しい。真ん中に桃のコンフィチュールがとろりと広がっていて、その上には、じゅわっとしみた様なバケットが層になっている。そして最上層にはふわふわのスポンジが乗って、全体的に色合いも絶妙で、まるでアートのようだ。携帯のカメラを起動すると多角的写真を撮っていく。
「すごいね、これ……」
太陽が一口食べてみると、その味に驚き、そして感動した。
星蓮は瞳を輝かせてフォークに刺したそれを口に運んだ。
「どうだ?」
沈黙が流れた後、星蓮は首を横に振った。
そうだ。味がしなかったのだ。
「桃のコンフィチュールとバケットの三層がこんなに合うなんて……。甘さと、バケットの食感がすごくいいバランスだ。あってる?」
「凄いな。見た目でそれだけ想像できるのか」
星蓮は頷き、次に柑橘のスパイシーアップサイドダウンケーキを食べた。
「これは塩味が勝つんだ。わかるさ。スパイシーだけど、柑橘の香りがすごく爽やかだ。甘味はほぼ感じない。まるで、夏のあ風を感じているみたい……」
「だろ? 俺も最初食べたとき驚いたよ。甘くないケーキって、こんなに面白い味がするんだな」。
「本当に……これ、すごい。他も全部食べてみたい」
「いいんじゃないかな。その気持ちは重要なファクターだろ」
星蓮は次々と運ばれてくるあまじょっぱいケーキに夢中になりながら次々に完食していった。
そのどれも新鮮で、どこか異国的な香りが漂っていた。
二人があり得ない量のケーキを注文していくと、店員さんが目を丸くしながらケーキを運んできた。星蓮は嬉しそうにそれらを食べ、その強烈な香りが会話に花を咲かせた。
「かわいい顔だ」
「かっこいい顔です」
「かっこいいか? 絶賛カワイイ中だろう」
「うるさいですよ」
首まで真っ赤に染めながら、太陽と一緒に過ごす時間にどんどん心を開いていった。
ケーキの皿もきれいさっぱり空になり、ふと外に目をやるといつの間にやら雨が降っていたようで、路面がびっしょり濡れていた。雨脚はみるみる強くなりここから出るのは困難を極めた。
「もうこんな時間か……」
星蓮が雨…………すごいですよ。と言うと、太陽は外を見て驚いた様な顔をした。
「本当だ、全然気づかなかったな。雨、すごいな」
二人の間にまったりとした空気が流れる。ため息と共にふわりと甘い香りが漂った。
「良い匂いがするな」
「何の匂いですか」
「お前?」
首筋に鼻を押し付けクンクンと匂いをかいだ。
「ちょっと離れてください」
そんなことをしている間に雨はさらにひどくなる。
言いながらも、二人は席を立とうとした。しかし、外の雨が強くなり、どうやらしばらくは止まない様子だった。
「どうしよう、雨、強いね……」
「……帰りたくない?」
ニヤリと笑う。
「帰りたくない……なんて言わないけど、どうしようとは思うでしょう」
星蓮は少し照れくさそうに言った。
「じゃあ、もう少しここで話すか。閉店まででも居座ってやろうぜ」
やがて太陽が提案し、二人はそのまま、ケーキの話や自身の事をいろいろと話しながら時間を過ごした。
やがて閉店時間が近づき、店内が静まり返った頃、帰れオーラの空気がいたたまれず重い腰を上げ二人は外に出た。大雨はますます強くなり、目の前が白く霞んで見える程だった。30分も歩けば自分の家に着くはずなのに、この雨では到底無理だ。星蓮は軒下で雨宿りをしようとたたずんだ。
「どうする?」
耳孔に響く低いいい声が10センチほど高いところから降ってくる。その声に導かれる様に顔を上げると彼の眼はどこか焦っているように見えた。
星蓮は少しびくつくと肩をすくめて言った。
「太陽さん」
「近くにホテルがある。少し雨宿りして、服を乾かそう」
「大丈夫だよ」
「風邪をひくだろう。できない相談だ」
星蓮は押し切られる形で雨宿りのために、近くのホテルに向かって歩き出した。
ホテルに到着すると、星蓮は上着を脱ぎハンガーにかける。太陽は少し離れた場所で椅子に腰かけ、ふとぼんやりしていた。その姿を見ていた星蓮は、落ち着かず心ここにあらずだった。
「ちょっと休んで服乾くまで待とう」
「太陽さんのほうがい先にシャワーをどうぞ」
「お前が先にお行っておいで」
「わかりました」
星蓮が言うと、太陽はうなずいて近くのソファに座った。
太陽は耳だけシャワールームのほうへ向け、水の打ち付ける音を聞いていた。体の中心が反応した。
「まいったなぁ」
◇◇◇
「さっきのケーキ、本当に美味しかったな……」
太陽がぽつりと呟いた。
星蓮は少し顔を赤くしながら、軽く笑った。
「君の食べてるところが可愛かったから、ますます美味しく感じたのだろうよ」
その言葉に星蓮は少し驚いたが、なんだか恥ずかしさがこみ上げてきた。太陽がそうやって素直に自分の気持ちを言ってくれるのが、少し照れくさくも心地よくもあった。
「ここにおいで」
ソファの横をポンポンと叩く。
そのまま二人はしばらく静かに座っていた。外の雨音が、何とも不思議な静けさを作り出している。太陽がそっと隣の星蓮に近づき、その目線が少しずつ星蓮の顔に向けられた。
「どうしたんですか、太陽さん」
星蓮は軽く首をかしげながら尋ねる。
太陽は少し息を呑み、目をそらしながらも、少しだけ星蓮に近づいた。
「俺、やっぱり……」
太陽が小さな声で言った。
星蓮は一瞬、何を言おうとしているのか分からず、小首をかしげ視線を合わせた。
その瞬間、太陽の唇が星蓮の頬に触れ、明確に温かな熱をもって啄み緊張が二人を包む。次の瞬間太陽は星蓮の頬に優しくキスをした。
星蓮は目を大きく見開き、驚きで声を出す暇もなかった。太陽の軽いキスが、思った以上にドキドキして、星蓮はその場で固まってしまった。
唇が離れ頬に置かれる両の手が燃えるほどの熱を持つ。強引なほどの熱いキスなのに、その目は捨てられた子犬のようにおびえていた。
「ごめん、辛抱が足らんな」
星蓮はその言葉に驚き、瞬間的に立ち上がり、上着を手に脱兎のごとく駆け出した。
「星蓮!」
星蓮は振り返らずにただひたすら走り続けた。
何分走っただろう。無我夢中で走り続け偶然見つけたベンチに腰かけた。星蓮は心臓がドキドキと速く打っているのを感じながら、キスの意味について想いを巡らすも、理由について想い当たる節がなかった。頭の中が混乱して、呼吸が荒くなり、目を閉じればその時の光景だけが脳裏に浮かぶ。
雨粒が額に落ちて、体がびしょ濡れになっていく。足元も滑るような感覚の中で、星蓮は立ち止まり、少し息をついた。
「どうして、こんな……」
心の中で何度も繰り返すが、心臓がどうしてもその気持ちを整理できないでいた。
その瞬間、後方から太陽の声が聞こえた。走りながらやってきた太陽は、汗をかきながらも星蓮をじっと見つめていた。
「ごめん、びっくりしたよな」
太陽は、真剣な顔で言った。不安からか顔が少し青ざめているような気がした。
星蓮はその顔色を見た瞬間なんだか急に冷静になり、さっきまでは驚きと動揺を抱えたままで立ち尽くしていたが、今は太陽の真剣な目に見つめられた事で自然と心が落ち着いていったのだ。
「驚いたっていうか……」
星蓮は震える声で言った。
「でも、どうして急に」
太陽は息を切らしながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「お前が可愛くて仕方がなかった。近くにいるとドキドキして、でも怖がらせたくなくて、我慢していたんだ。でも最後にこんなことしてちゃ我慢もくそもないな」
「でも、どうして……」
と、星蓮は少しだけ声を震わせた。
太陽はそのままゆっくりと、星蓮に歩み寄り、再びその手を優しく取った。
「ごめん、星蓮。言い訳するわけじゃないけど、俺が悪かったと理解している。二度としないから嫌わないでくれないか」
「え?」
「嫌がることはしたくない」
「太陽さん本当に馬鹿ですね」
「そんなこと言うことないだろ」
「イヤなんて言ってないって言っているんです」
「星蓮?」
「いつ僕が嫌いなんて言いました」
「怒ってないのか」
「びっくりはしましたけど、怒ってはいないです。ただ少し動揺しているだけです」
そして、二人は雨の中で顔を見合わせた。二度目のキスをしようとしたその瞬間、星蓮の肩がピクンと動いた。
「お願いだ。怖がらないでおくれ」
見つめ合う二人の唇はゆっくりと甘くそしてそっと食んだ。
「さあ、冷えるよ。……帰ろうか」
手のひらを大きく広げ、それに星蓮が手を重ねる。
太陽が少し微笑んで言うと、星蓮は嬉しそうにうなずきながら、体をそっと寄せあった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる