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2 甘胡とレイモンド 前編
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今日のお江戸は天気も良く、秋空に沢山のトンボがとんでいる。
「良い天気だなー」
「あのトンボはすごいスピードですっぱそうだ」
つい口から出た一人ごとに寺小屋から出てきた子供達が一斉にこちらをみた。
「やべ、九条の俊太郎だ。近寄るなよ」
「変人俊太郎だー」
寺小屋帰りの子供達の賑やかな笑い声は、まさに幸せの象徴だった。
しかし今のこの瞬間の彼らの眼差しと含み笑いは羨望ではなく嘲笑。
甘いか辛いかといったらやはり味は辛いにはいる。しかも辛さ☆5つ。
僕は物質や感情に味をつけるのが大好きで、「あの空の雲は綿菓子みたいだから甘いとか、あの星は迫って来そうだから辛いとか」見合い相手とでもそんな会話しかしないもんだから、大抵、「私なんか九条家の若旦那様とは到底釣り合いませぬ」と仲介をへて連絡をいただく。謙遜されているようで、体よく変な人はごめんなさい。と言う訳だ。
九条家と言えばそこそこ名のしれた名家なのだが、ビビッとくる令嬢とお会いした事がない。
父上は俺の代で九条を潰させる気か……と嘆いておられた。
九条家を潰すかどうかは、さてさていかがなものだろう。
実は僕にはあまり人には言えない秘密がある。
その秘密とは、超が何個もつく位……俺は榊家のかんこが大好きだと言うことだ。
「いやいや何が秘密って?恋、良いじゃないか」
天の声がする。
「普通のおなごならな」
かんこは全然普通じゃない。
出戻りのくせに、誰に悪びれるでもなく堂々としていてそりゃカッコイイ!(世間体的にどうやらだめらしい)
彼女の本名は榊 甘胡。名前に負けず劣らず甘いもの好きで卵焼きは元より、こいつの作る煮魚も何故か甘辛ではなく……甘々だ。
榊家ではだいたいに応じて不評なようで、そんなんだから出戻りになったのだ!とお父上殿は酒を飲んじゃ愚痴を溢している。
砂糖の量で離縁なんかされるもんか。
もっとどでかい理由があるのだろうが、さすがにご内密と言った塩梅だ。
貰えるものなら貰いたいよ……おじさん。
一人そんなことを考えてぽーっと歩いていたら、この本通りを少し進んだとこでケンカをしている。
見て見ぬふりは出来ない性分を呪いつつ、足早に人の溜まっているあたりに行った。
明らかに年下の、しかも男を相手にケンカをしている……おなご……がいる。
3歩下がって歩くのが当たり前のこの時代に、信じられないじゃじゃ馬だ。そんなおなごには説教をくれてやろうと顔を見た。……って、かんこ馬……。
いいとこ見せてやる!って気張ったまではいいけれど
「無理だろう……」
僕は一歩が踏み出せない。
だって相手が悪い……。あれは近松の……
「ちょっと外野!何見てんのよ!見せ物じゃないんだから!」
啖呵を切るかんこに相手はさらに追い討ちをかける。
「女のくせにそんなだから捨てられるんだよ」
「可愛げがないぞ!男より前を歩くな!」
「おなごなんか何もできないくらいでちょうどいいんだ!産むしか能がない癖に」
かんこの頭の中で何かが切れた。
「産むしか能がない癖に?親の七光りのバカ息子!産むことすら出来ない癖に偉そうにしんなや!」
外野はまずいだ、やばいだ、顔を青ざめたものも一人や二人ではない。
長屋からも人が出てきてちょっとした騒ぎだ。
「小太郎、なにを騒いでいるのだ」
空気が凍る。多分5度は下がった。
「あっ父上、このおなごが私の影を踏み、あまつさえ私の前を歩いたのです。その上バカ息子呼ばわりを」
「お主、それは本当か?この者が近松家の嫡男と知っての狼藉か?」
「知っているからバカ息子と申したのです!産む道具だなどと言われて黙っていられるほど無能ではありませぬ」
かんこは近松の当主の顔を真っ向から見据え言いはなった。相手が悪い……。
「かんこのやつ、馬鹿が……」
僕は足が動かなかった。
「斬られる」
「なんだと、そこへなおれ!」
近松 八十助殿は片手を腰のものに添え、斬りかかる勢いだ。
「ちょっとお待ち下さい」
後ろからバリトンの良い声がした。その西洋の出で立ちをした男は遠く大海を思わせるような大らかな印象だった。
「なにやつだ!我を近松八十助と知ってか?」
「お初にお目にかかります。我が名はレイモンドと申します。先日横浜港を賑わせましたペリー艦隊で随行しております」
近松の当主はグッと口を結ぶとそれでもゆっくり言った。
「このおなごは出来の悪いおなごでして、此度もあろうことか男である息子を馬鹿呼ばわり。こやつの榊家は九条より格下でありながら口の利き方を知らんので、躾なおさねばと……」
「刀は何故出されたか?」
「いや、これは終うところでございます」
「父上、何をこんな」
「黙りなさい。小太郎」
「でも」
「今はペリー提督のお仲間と揉めるのは近松にとっても嬉しくはないのだよ。お前のプライドより大切なのだ。逆らうのか」
「今日のところはあなたの顔に免じて、ひかせていただく」
「それはありがとう。流石は近松のご当主だ」
にっこりと微笑むレイモンドに背筋の寒さを感じたが、とりあえず今は、納得がいかない息子を連れてその場を後にした。
「お嬢さん大丈夫かい?」
あまりのいい声にボーっとしていた甘胡は、慌ててお礼を言った。
「thank-you」
ビックリするほど流暢に響いた【ありがとう】に、レイモンド氏はにこにこ笑い、手を伸ばした。
「英語が出来るのですか?素晴らしい!」
甘胡は言った。
「いつか海の向こうに渡りたいんよ」
「アメリカに?」
「今はおっか―を残してはいけん。でもいつか……」
甘胡は遠い空の遥か彼方を見ていった。
「遠い空の先にはな、ケーキいうもんがあるんよ。白い雲のように綺麗でトロトロでな……そこには赤い丸い小さな粒粒がのるんよ」
レイモンドは甘胡を見つめ、じっと話を聞いていた。
「食べた事ある?」
「ええ」
「羨ましいわ……」
「食べたいのですか?」
甘胡は少し考えて、ゆっくり口を開いた。
「食べたいのも勿論あるけれど……私は作りたいのです」
きらきらひかる大きな目をした、口の悪い……しかし日本人形のような整った顔のこの少女は自分の何かを変える天使かもしれないとレイモンドは思った。
「明日船にいらっしゃいませんか?」
「船に?」
「ええ、来れば解ります。あなたはきっと気に入るでしょう」
「今日のところは一先ずご自宅まで送ってまいります。どちらへ行けばよろしいですか?」
「あの角に【天天】という一膳めし屋があるのですが先にそこに行きたいです……」
レイモンドは物怖じしないこの少女の頭をポンポンと叩き口元を少しばかり上げた。
「私は運命なんて信じていなかったのですが、今は運命という存在に感謝をしているのですよ」
頭の上で何かを言っていたが、その瞬間にふいた一陣の風に全てが連れ去られたような気がした。
「今日はおっかーが少し元気だから、【天天】に寄ってお惣菜を分けて貰っていくのです。おいしい卵が入ったと連絡を頂いて、あまーい卵焼きしてもらうつもりなのです」
「お母さんは……ご病気なのですか?」
えらく不躾な質問だった。それにも関わらずこのレディはきちんと人の目をみ、それは柔らかく微笑んで言った。
「そんなに長くはありません。それでもまだ今は私が解るし、美味しいものを食べると幸せそうに笑えます」
なんと素敵なレディであることか……。凛とした背筋と日本の女性にしてはかなり高めの背も、自分とならしっくりくる。
「母親に食べさせてあげたいという一膳飯やか」
自分も一緒に行きたくなり、二人で仲良く店の扉をあけた。
「いらっしゃい」
「あっカンチャン!」
「おやおやこれまたビックリだ」
レイモンドの言葉にすぐに反応した天ちゃんは言った。
「ビックリってなにがなん?」
「粋という言葉が似合う女性に2人も出会ったからさ」
「口が上手いなー」
けらけらと笑うと甘胡を振り返り、ずいっと顔を前に付きだす。
「綺麗な人といるのねー。友達?」
「初めまして、レイモンドと申します」
「助けてもらったんよ」
甘胡が道であった一部始終を話すと、この一膳飯やの天ちゃんなるレディは凄く怒っていて、ホントに優しいいい子を友達に持っている聡明な女性だと思った。
店内からこそこそと声が漏れる。
「外人さんとラシャメンや」
「ラシャメンって誰のことを言っているの?私の友達バカにせんときー」
甘胡がいうより先に天ちゃんが言っていた。
表情は眉間にしわが寄りほっぺたをぷくーっと膨らませた天ちゃんは大切なお客様を店から放り出す勢いだ。
瞬間バリトンが綺麗な音色で文字を紡いだ。
「ラシャメンとは妾の事だと聞いた。ならラシャメンではない。ハニーにしたいのだからな」
持っていたお盆がすごい音を立てて、落ちていく。
がららららららららーん。
いつまでも地べたで回転し続けるお盆から、丸いこんにゃくがコロコロ転がってこんにゃくころりんだ。
「honey?」
耳まで真っ赤にして恥かしさに死にそうな甘胡に、英語はちんぷんかんぷんの天ちゃんは
「ハニーってなに?ちょっとおいしそうなアンテナが働くんだけど」
「蜂蜜のことだよ」
後ろから隼人に声をかけられた。
「蜂蜜?あの高級食材?甘胡の何処に高級感あるんだろうね」
ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
まるで魔女のような高らかな笑いをぶちかました天ちゃんは、甘胡が恥かしマックスで今度は顔を膝の間に埋めてしまったのをじっと見ていた。
「……笑いかた」
呆れたように言う隼人は天狐を軽く無視して入り口をみる。
可愛そうな男が一人立っていた。諦めきれずに付いてきたのか……。
「動けなかった段階で君の敗けだ」
隼人は小さな声で俊太郎にだけ聞こえるようにいった。
「……」
この状況を味で表すのならさしずめブラックコーヒーだ……
苦くて苦くてとてもそのままでは飲めない。
あたる前から砕けた感じ。
入り口の俊太郎を軽くチラ見したレイモンドは、武器であるバリトンを巧みに使い見せつけるようにいった。
「ハニーとは恋人のことさ。Lady、私のhoneyになっておくれ」
「レイモンド……」
甘胡はゆっくりと甘ーい匂いを載せて答えた。
「my knight、明日は船を見せてくれるのでしょう?」
「おそらく君が喉から手が出る程欲しいものがそこにある」
「良い天気だなー」
「あのトンボはすごいスピードですっぱそうだ」
つい口から出た一人ごとに寺小屋から出てきた子供達が一斉にこちらをみた。
「やべ、九条の俊太郎だ。近寄るなよ」
「変人俊太郎だー」
寺小屋帰りの子供達の賑やかな笑い声は、まさに幸せの象徴だった。
しかし今のこの瞬間の彼らの眼差しと含み笑いは羨望ではなく嘲笑。
甘いか辛いかといったらやはり味は辛いにはいる。しかも辛さ☆5つ。
僕は物質や感情に味をつけるのが大好きで、「あの空の雲は綿菓子みたいだから甘いとか、あの星は迫って来そうだから辛いとか」見合い相手とでもそんな会話しかしないもんだから、大抵、「私なんか九条家の若旦那様とは到底釣り合いませぬ」と仲介をへて連絡をいただく。謙遜されているようで、体よく変な人はごめんなさい。と言う訳だ。
九条家と言えばそこそこ名のしれた名家なのだが、ビビッとくる令嬢とお会いした事がない。
父上は俺の代で九条を潰させる気か……と嘆いておられた。
九条家を潰すかどうかは、さてさていかがなものだろう。
実は僕にはあまり人には言えない秘密がある。
その秘密とは、超が何個もつく位……俺は榊家のかんこが大好きだと言うことだ。
「いやいや何が秘密って?恋、良いじゃないか」
天の声がする。
「普通のおなごならな」
かんこは全然普通じゃない。
出戻りのくせに、誰に悪びれるでもなく堂々としていてそりゃカッコイイ!(世間体的にどうやらだめらしい)
彼女の本名は榊 甘胡。名前に負けず劣らず甘いもの好きで卵焼きは元より、こいつの作る煮魚も何故か甘辛ではなく……甘々だ。
榊家ではだいたいに応じて不評なようで、そんなんだから出戻りになったのだ!とお父上殿は酒を飲んじゃ愚痴を溢している。
砂糖の量で離縁なんかされるもんか。
もっとどでかい理由があるのだろうが、さすがにご内密と言った塩梅だ。
貰えるものなら貰いたいよ……おじさん。
一人そんなことを考えてぽーっと歩いていたら、この本通りを少し進んだとこでケンカをしている。
見て見ぬふりは出来ない性分を呪いつつ、足早に人の溜まっているあたりに行った。
明らかに年下の、しかも男を相手にケンカをしている……おなご……がいる。
3歩下がって歩くのが当たり前のこの時代に、信じられないじゃじゃ馬だ。そんなおなごには説教をくれてやろうと顔を見た。……って、かんこ馬……。
いいとこ見せてやる!って気張ったまではいいけれど
「無理だろう……」
僕は一歩が踏み出せない。
だって相手が悪い……。あれは近松の……
「ちょっと外野!何見てんのよ!見せ物じゃないんだから!」
啖呵を切るかんこに相手はさらに追い討ちをかける。
「女のくせにそんなだから捨てられるんだよ」
「可愛げがないぞ!男より前を歩くな!」
「おなごなんか何もできないくらいでちょうどいいんだ!産むしか能がない癖に」
かんこの頭の中で何かが切れた。
「産むしか能がない癖に?親の七光りのバカ息子!産むことすら出来ない癖に偉そうにしんなや!」
外野はまずいだ、やばいだ、顔を青ざめたものも一人や二人ではない。
長屋からも人が出てきてちょっとした騒ぎだ。
「小太郎、なにを騒いでいるのだ」
空気が凍る。多分5度は下がった。
「あっ父上、このおなごが私の影を踏み、あまつさえ私の前を歩いたのです。その上バカ息子呼ばわりを」
「お主、それは本当か?この者が近松家の嫡男と知っての狼藉か?」
「知っているからバカ息子と申したのです!産む道具だなどと言われて黙っていられるほど無能ではありませぬ」
かんこは近松の当主の顔を真っ向から見据え言いはなった。相手が悪い……。
「かんこのやつ、馬鹿が……」
僕は足が動かなかった。
「斬られる」
「なんだと、そこへなおれ!」
近松 八十助殿は片手を腰のものに添え、斬りかかる勢いだ。
「ちょっとお待ち下さい」
後ろからバリトンの良い声がした。その西洋の出で立ちをした男は遠く大海を思わせるような大らかな印象だった。
「なにやつだ!我を近松八十助と知ってか?」
「お初にお目にかかります。我が名はレイモンドと申します。先日横浜港を賑わせましたペリー艦隊で随行しております」
近松の当主はグッと口を結ぶとそれでもゆっくり言った。
「このおなごは出来の悪いおなごでして、此度もあろうことか男である息子を馬鹿呼ばわり。こやつの榊家は九条より格下でありながら口の利き方を知らんので、躾なおさねばと……」
「刀は何故出されたか?」
「いや、これは終うところでございます」
「父上、何をこんな」
「黙りなさい。小太郎」
「でも」
「今はペリー提督のお仲間と揉めるのは近松にとっても嬉しくはないのだよ。お前のプライドより大切なのだ。逆らうのか」
「今日のところはあなたの顔に免じて、ひかせていただく」
「それはありがとう。流石は近松のご当主だ」
にっこりと微笑むレイモンドに背筋の寒さを感じたが、とりあえず今は、納得がいかない息子を連れてその場を後にした。
「お嬢さん大丈夫かい?」
あまりのいい声にボーっとしていた甘胡は、慌ててお礼を言った。
「thank-you」
ビックリするほど流暢に響いた【ありがとう】に、レイモンド氏はにこにこ笑い、手を伸ばした。
「英語が出来るのですか?素晴らしい!」
甘胡は言った。
「いつか海の向こうに渡りたいんよ」
「アメリカに?」
「今はおっか―を残してはいけん。でもいつか……」
甘胡は遠い空の遥か彼方を見ていった。
「遠い空の先にはな、ケーキいうもんがあるんよ。白い雲のように綺麗でトロトロでな……そこには赤い丸い小さな粒粒がのるんよ」
レイモンドは甘胡を見つめ、じっと話を聞いていた。
「食べた事ある?」
「ええ」
「羨ましいわ……」
「食べたいのですか?」
甘胡は少し考えて、ゆっくり口を開いた。
「食べたいのも勿論あるけれど……私は作りたいのです」
きらきらひかる大きな目をした、口の悪い……しかし日本人形のような整った顔のこの少女は自分の何かを変える天使かもしれないとレイモンドは思った。
「明日船にいらっしゃいませんか?」
「船に?」
「ええ、来れば解ります。あなたはきっと気に入るでしょう」
「今日のところは一先ずご自宅まで送ってまいります。どちらへ行けばよろしいですか?」
「あの角に【天天】という一膳めし屋があるのですが先にそこに行きたいです……」
レイモンドは物怖じしないこの少女の頭をポンポンと叩き口元を少しばかり上げた。
「私は運命なんて信じていなかったのですが、今は運命という存在に感謝をしているのですよ」
頭の上で何かを言っていたが、その瞬間にふいた一陣の風に全てが連れ去られたような気がした。
「今日はおっかーが少し元気だから、【天天】に寄ってお惣菜を分けて貰っていくのです。おいしい卵が入ったと連絡を頂いて、あまーい卵焼きしてもらうつもりなのです」
「お母さんは……ご病気なのですか?」
えらく不躾な質問だった。それにも関わらずこのレディはきちんと人の目をみ、それは柔らかく微笑んで言った。
「そんなに長くはありません。それでもまだ今は私が解るし、美味しいものを食べると幸せそうに笑えます」
なんと素敵なレディであることか……。凛とした背筋と日本の女性にしてはかなり高めの背も、自分とならしっくりくる。
「母親に食べさせてあげたいという一膳飯やか」
自分も一緒に行きたくなり、二人で仲良く店の扉をあけた。
「いらっしゃい」
「あっカンチャン!」
「おやおやこれまたビックリだ」
レイモンドの言葉にすぐに反応した天ちゃんは言った。
「ビックリってなにがなん?」
「粋という言葉が似合う女性に2人も出会ったからさ」
「口が上手いなー」
けらけらと笑うと甘胡を振り返り、ずいっと顔を前に付きだす。
「綺麗な人といるのねー。友達?」
「初めまして、レイモンドと申します」
「助けてもらったんよ」
甘胡が道であった一部始終を話すと、この一膳飯やの天ちゃんなるレディは凄く怒っていて、ホントに優しいいい子を友達に持っている聡明な女性だと思った。
店内からこそこそと声が漏れる。
「外人さんとラシャメンや」
「ラシャメンって誰のことを言っているの?私の友達バカにせんときー」
甘胡がいうより先に天ちゃんが言っていた。
表情は眉間にしわが寄りほっぺたをぷくーっと膨らませた天ちゃんは大切なお客様を店から放り出す勢いだ。
瞬間バリトンが綺麗な音色で文字を紡いだ。
「ラシャメンとは妾の事だと聞いた。ならラシャメンではない。ハニーにしたいのだからな」
持っていたお盆がすごい音を立てて、落ちていく。
がららららららららーん。
いつまでも地べたで回転し続けるお盆から、丸いこんにゃくがコロコロ転がってこんにゃくころりんだ。
「honey?」
耳まで真っ赤にして恥かしさに死にそうな甘胡に、英語はちんぷんかんぷんの天ちゃんは
「ハニーってなに?ちょっとおいしそうなアンテナが働くんだけど」
「蜂蜜のことだよ」
後ろから隼人に声をかけられた。
「蜂蜜?あの高級食材?甘胡の何処に高級感あるんだろうね」
ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
まるで魔女のような高らかな笑いをぶちかました天ちゃんは、甘胡が恥かしマックスで今度は顔を膝の間に埋めてしまったのをじっと見ていた。
「……笑いかた」
呆れたように言う隼人は天狐を軽く無視して入り口をみる。
可愛そうな男が一人立っていた。諦めきれずに付いてきたのか……。
「動けなかった段階で君の敗けだ」
隼人は小さな声で俊太郎にだけ聞こえるようにいった。
「……」
この状況を味で表すのならさしずめブラックコーヒーだ……
苦くて苦くてとてもそのままでは飲めない。
あたる前から砕けた感じ。
入り口の俊太郎を軽くチラ見したレイモンドは、武器であるバリトンを巧みに使い見せつけるようにいった。
「ハニーとは恋人のことさ。Lady、私のhoneyになっておくれ」
「レイモンド……」
甘胡はゆっくりと甘ーい匂いを載せて答えた。
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「おそらく君が喉から手が出る程欲しいものがそこにある」
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