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第1章 卵が暴れるソーサレス

「卒業式はどこか遠くで迎えなさい!」☆

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 魔法で栄えるこの境界の国において、最高の魔法使い育成機関であるフェーン大魔法院。
 その中庭で、二人の少女が睨み合っていた。

「……」
 左右に縛った赤い髪を、自らの魔法力で激しくたなびかせながら、アレクシアは対峙する少女に意識を集中させていた。強気な性格だと、そして友人を募集中ではないのだと、ひと目で分かる鋭い目つきを更に尖らせ、少女――ヨランダを睨みつける。

「最初に言っておきますが、お互いに怪我などさせないように。聞いてますか?」
 睨み合う少女たちに、黒いローブを着た男が陰鬱な声で問いかけた。

「やれやれ……」
 彼はこの大魔法院の教師であり、一流の魔法使いでもある。魔物の大群れに囲まれたとしても、ここまで嫌そうな顔はしないだろう。
 なんにせよ、教師として、そしてこの考査・・の監督官としての義務を全うするために――陰鬱な声で――続けた。

「一般的に、算術の試験で血は流れません。この考査はそれと同じものだと認識して――」
「つまり、ちょこっと大怪我しても考査中の事故ってことよね?」
「ええ、ちょこっと全治一カ月でも考査中の事故ですわ」
 だが、返ってきたのは期待したものと真逆の答え。
 流血を期待する者の笑みを浮かべたアレクシアとヨランダに、監督官は深々と嘆息した。

「……そろばんを持たせておくべきでした」
 陰鬱なぼやきが終わる――聞いてすらいなかったろうが――と同時、少女たちは全身から魔法力を放出した。そして、両者の表情にはどす黒い感情が刻まれる。

「わたしに勝てると思わないことね!」
 にやりとした笑みを浮かべたアレクシアは、突き出した両手のひらに赤い輝き――別の次元に在る大地から破壊の力を引き出した。

「最後《おわり》が良ければすべて良し! 積年の借りもここでお返し致しますわ!」
 対するヨランダも同じような笑みを浮かべ、黒い輝き――死滅の力を引き出す。

「そろそろ止める奴はいないのか?」
 少女たちを遠巻きに取り囲んでいる教師たちのなかの一人が深刻な口調で呟いたが、言った本人も含めて誰かが動き出す様子はない。
 少女たちの表情、そして放出されている魔法力の量を見れば、考査などという平和なものではないというのは一目瞭然であり、中断させるべきなのだろうが――

「私は家のローンが残ってます! そこのところに留意してくれぐれも怪我などしたりさせたりしないように! 始め!」
 この考査の全責任を追う監督官は、悲痛な声で開始を宣言した。

『くたばれえええええ!』
 開始宣言に添えられていた、極めて深刻な内情など聞こえてもいなかったのか、少女たちは相手の絶命を願う叫びと共に、それぞれの輝きを紡ぎ、織りなし、魔法に変えた。
 先に魔法を編み上げたのはアレクシア。少女の右手のひらから、赤い電撃が盛大に放たれる――


「身の程ってものを教えてあげる!」
「このチャンス! 絶対に逃がしませんわ!」
 対するヨランダも、わずかに遅れて黒水晶の塊を撃ち出した。

 がががががっ!

 電撃と水晶が二人の中間で激突し、彼女たちの仲の悪さを表すように激しくせめぎ合う。
 だが――

「勝てる……勝てますわ……!」
 激突から数秒後、ヨランダは”信じられない”といった表情で呟いた。
 視線の先には、電撃を弾きながら少しずつアレクシアへと迫っていく黒水晶がある。さらにその先には、ヨランダとは正反対の意味で”信じられない”といった表情のアレクシア――

「こ、こんなことが……!?」
「ほーほっほっほっ! 卒業式はベッドで迎えるとよろしいですわ!」
 黒水晶がアレクシアまであと数メートルにまで迫った時、ヨランダは勝利の哄笑を上げ、アレクシアは悔しげに頬を歪ませた――ただし、ほんの一瞬の間だけ。

「なんてね?」
「え!?」
 頬の歪みを別のものに変えたアレクシアは、ふっ、と軽く嘆息すると、左手で髪をかきあげた――つまり、ヨランダの全力を右手一本で抑え込んでいるということであり、凶悪な笑みを浮かべたアレクシアが、空いた左手を髪を整えるためだけに使っておしまいというはずもない。

「そんなっ!」
「ふふふふふ」
 そういう訳で、アレクシアは左手におどろおどろしい色――赤ではあるが、りんごというより血の赤である――の光球を出現させ、ヨランダは深刻な悲鳴をあげた。なにやら表情に闇を増し、アレクシアは左手をヨランダへと向けて続ける――

「私に勝てると思ったの? ちょこっとそう思わせようとしただけに決まってるでしょ」

 ごっ!

「きゃあああああっ!?」
 アレクシアが容赦なく放った二発目の電撃は、最初に放った電撃と合流し、黒水晶をあっさりと破壊した。せめぎ合う相手を失った破壊の奔流は、ヨランダとの距離を一気に詰める。

「あり得ませんわ! こんな威力をどうやって!?」
 ヨランダは魔法力の防壁でなんとか電撃を押し留めたが――それはアレクシアが手加減していただけなのだと、すぐに分かった。

 ぱりんっ!

「卒業式はどこか遠くで迎えなさい!」
 微笑むアレクシアが言い終わると同時、ヨランダの魔法力の防壁は木っ端微塵に粉砕されてしまったのだから、分からざるを得なかっただろう。

「ちょ、ちょっと、アレクシアさん!?」
「ごきげんよう!」
 そして、アレクシアが背筋を凍らせるような笑みを浮かべた瞬間、ヨランダを中心とした半径三メートルほどが、電撃の渦に呑み込まれた。
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アレクシアとヨランダです。
よろしくお願い致します。
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