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第1章 卵が暴れるソーサレス
「直撃させてないのに、どうして怒られなきゃなんないのよ!?」
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別の大地から力を引き出し、奇跡にも似た結果をこの大地にもたらす技術。魔法。
そんな魔法によって繁栄しているのが、この境界の国である。それはさておき。
「なああああああ!」
怒号じみた叫び声が、最高導師クリフォード――大魔法院の理事長であり、アレクシアの師でもある――の研究室に響く。
最高というだけあって、研究棟の最上階全てが彼の研究室に割り当てられている。つまり、最上階全体を震わせるほどの声量で、彼は絶叫していた。
「加減とか手加減とかほどほどそこそこって言葉を知らんのかのぉ!?」
絶叫から叱責までを息継ぎなしで叫び終えた齢六十の老人はクリフォード。
”破壊の”クリフォードの異名を持つ破壊魔法の使い手であり、最強の魔法使いの一人でもある。
大魔法院の教師が彼の怒声を聞いたなら、全魔法を駆使してその場からの逃走を試みるだろう。生徒であれば、泣きながら震えるか、気を失うかのどちらかしか選択肢はないと言い切れる。
唯一の例外を挙げるとすれば――
「直撃させてないのに、どうして怒られなきゃなんないのよ!?」
アレクシアだった。
「余波とは言え魔法で生徒を張り倒せば、そりゃ怒るわい!」
「ていうか、魔法のぶつけ合いを試験に選んだのは大魔法院でしょ!?」
例外中の例外とでも呼ぶべき少女は、魔神もかくやという形相のクリフォードを真っ向から睨み返して反論を展開した。さらに続ける。
「それなのにあいつの髪の毛が、ぽわぽわになった位でがたがた言うなんて理不尽よ」
「戦意喪失させた時点で止めれば良かったじゃろう!? 教師が周りをかためていたにしても、何か起きていたらヨランダは施術院のベッドで深い夢の中をさ迷っておったぞ!?」
「何か起きたってわたしなら対処できるわよ」
「魔法使いの卵が言い切るか!?」
「金の卵なんだから言い切るわよ!?」
角すら生えんばかりの最高導師と、赤い髪の少女が机を挟んで睨み合うことしばし。
先に動いたのはクリフォードだった。椅子に座り直すと、どうしたものかといった表情をアレクシアに向ける。
(宮廷に進んでもこの調子なのかのぉ……?)
大魔法院の主席卒業者は、宮廷入りが約束されていた。それは魔法を学ぶ者たちにとって、最も名誉あることと認識されている。
そして、アレクシア・ライラメルは入学してからの約五年間、主席の座を死守しており、再来月の卒業式をもって宮廷へ見習いとして入ることが内定していたのだが――次席であるヨランダ。彼女の実家から物言いがついた。
当主ロードリック・サレイ曰く。
『あの娘は感情の起伏が激しく気高さに欠ける。宮廷に送るには不適切である』
ヨランダは古くから首都近郊を治める大貴族の娘であり、そんなサレイ家からの再考要求を無視するのは、いかに大魔法院と言えども困難だった。
だが、幸いにも――というかなんというか――アレクシアの母方の祖父は、現役の王宮魔法使いにして孫を溺愛する祖父である。
そんな最強のおじいちゃんは、サレイ家の横槍を魔法の杖で受け止めた。
こちらも曰く。
『庭師は庭を守っておればよい』
おまけに、王宮魔法使いはこの言葉をサレイ家当主に直々に伝えたというのだから大騒ぎである。
境界の国を代表する二大勢力が首都で打撃戦を始める前に事態を収拾しようとクリフォードが提案したのが、今回の魔法力による力比べだった。
『はた迷惑じゃな』
どこか不満げな彼の言葉に心動かされたのか、それとも手っとり早いと思ったのかは不明だが、どちらも異議を唱えなかった。
ちなみにアレクシアの父曰く。
『子供の喧嘩に付き合っている暇はない』
子供というのはアレクシアとヨランダのことではなかったようだが、幸いにもそこに注目する者はいなかった。単に厄介ごとをこれ以上大きくしたくなかっただけかも知れないが。
なんにせよ、特別考査の勝者はアレクシアなのだから――
「宮廷入りはわたしのものよね?」
「そうじゃな。あそこまでこてんぱんにされては、サレイとて文句はつけられまい」
「安心したわ。第二ラウンドがなくて、ヨランダも安心してるでしょうね」
宮廷へと進む権利を勝ち取ったアレクシアは、優越感丸出しの笑みを浮かべると、クリフォードに"じゃあね"と手を振り、研究室から立ち去りかけ――
「アレクシアよ、少し急ぎすぎてはおらんかのぉ?」
「はい?」
最高導師の疲れたような声で立ち止まった。
振り返った彼女は、これでもかと眉をひそめて問いかける。
「卒業して次に進む。このステップに急ぐもなにもないと思うんだけど?」
「そうとも限らんぞ。立ち止まって――そうじゃ、旅でもして色々な経験を積んでからでも遅くはあるまい? この国には多くの遺跡が――」
「遺跡なんか見てなんになるのよ? スタンプラリーが開催中だとしても興味ないわ」
ひそめていた眉をハの字に開いたアレクシアは、呆れたような声を出した。クリフォードが言ったことを欠片も理解できなかったようである。
それを予測していたクリフォードも驚いてはいなかったようだが――僅かな希望が潰えたことに胸中で嘆息していた。
(五年前から変わらんな。どっちに似たのか、それとも似なかったのか)
アレクシアは自己中心的な上に、気丈に過ぎる性格である。それは彼女が大魔法院に入学した時から変わっていない。
強い自我と強靭な精神。
戦いにおいてはこれらが良い方向に働くこともあるのだろうが、他人との関わりを強固にするには悪い方向にしか働かない。
つまり、思慮深さや思いやりといった要素を欠くアレクシアは、友情を育み、信頼できる仲間を得る――そういったことに、とことん向いていない。魚に登山をさせる程に向いていない。
(どうしたものかのぉ……)
アレクシアが宮廷に入れば、最初に割り当てられる仕事は雑用である。
例え祖父が王宮魔法使いであろうと、選りすぐりの魔法使いたちがひしめく宮廷では、いきなり部下を率いる立場にはなれない。
扱いに多少の優遇を受けられるにしても、簡単な書類の受け渡しや資料の整理、時には使い走りのような扱いを受けることもあるだろう――
『いい加減にして!』
クリフォードには、激怒したアレクシアが上司に跳び蹴りを見舞う姿が容易に想像できていた。
(王宮に身内がいるというのも、こうなっては不幸じゃな……)
彼女が癇癪を起こしても、王宮魔法使いである祖父なら簡単にもみ消してしまうだろうが、そんなことが何度も続けば、誰もアレクシアに近づこうとはしなくなる。
そして、人への脅威となる存在の排除も魔法使いの役目であり、宮廷仕えともなれば、魔物討伐などの危険な任務も命じられることもある。
そういった際、独り者は無事に帰還することはできない――例え最初の数回は乗り切れたとしても、そんな幸運は何度も続かない。さらに言うのであれば、強い権力に守られた厄介者は嫉妬や嫌悪の対象になることが多く、意図的な不運が降りかかるかも知れない。
「遺跡行脚は置いておくとして……お前には足りないものがある。それを良く考えてみることじゃな」
「しつこいわよ」
寂しげなクリフォードの視線を不快に思ったのか、アレクシアは不機嫌さを隠すことなく、扉を乱暴に開けて出ていった。
と――
『危ないでしょ!?』
クリフォードが深いため息を吐いた時、廊下の方からアレクシアの怒声が響いてきた。
そんな魔法によって繁栄しているのが、この境界の国である。それはさておき。
「なああああああ!」
怒号じみた叫び声が、最高導師クリフォード――大魔法院の理事長であり、アレクシアの師でもある――の研究室に響く。
最高というだけあって、研究棟の最上階全てが彼の研究室に割り当てられている。つまり、最上階全体を震わせるほどの声量で、彼は絶叫していた。
「加減とか手加減とかほどほどそこそこって言葉を知らんのかのぉ!?」
絶叫から叱責までを息継ぎなしで叫び終えた齢六十の老人はクリフォード。
”破壊の”クリフォードの異名を持つ破壊魔法の使い手であり、最強の魔法使いの一人でもある。
大魔法院の教師が彼の怒声を聞いたなら、全魔法を駆使してその場からの逃走を試みるだろう。生徒であれば、泣きながら震えるか、気を失うかのどちらかしか選択肢はないと言い切れる。
唯一の例外を挙げるとすれば――
「直撃させてないのに、どうして怒られなきゃなんないのよ!?」
アレクシアだった。
「余波とは言え魔法で生徒を張り倒せば、そりゃ怒るわい!」
「ていうか、魔法のぶつけ合いを試験に選んだのは大魔法院でしょ!?」
例外中の例外とでも呼ぶべき少女は、魔神もかくやという形相のクリフォードを真っ向から睨み返して反論を展開した。さらに続ける。
「それなのにあいつの髪の毛が、ぽわぽわになった位でがたがた言うなんて理不尽よ」
「戦意喪失させた時点で止めれば良かったじゃろう!? 教師が周りをかためていたにしても、何か起きていたらヨランダは施術院のベッドで深い夢の中をさ迷っておったぞ!?」
「何か起きたってわたしなら対処できるわよ」
「魔法使いの卵が言い切るか!?」
「金の卵なんだから言い切るわよ!?」
角すら生えんばかりの最高導師と、赤い髪の少女が机を挟んで睨み合うことしばし。
先に動いたのはクリフォードだった。椅子に座り直すと、どうしたものかといった表情をアレクシアに向ける。
(宮廷に進んでもこの調子なのかのぉ……?)
大魔法院の主席卒業者は、宮廷入りが約束されていた。それは魔法を学ぶ者たちにとって、最も名誉あることと認識されている。
そして、アレクシア・ライラメルは入学してからの約五年間、主席の座を死守しており、再来月の卒業式をもって宮廷へ見習いとして入ることが内定していたのだが――次席であるヨランダ。彼女の実家から物言いがついた。
当主ロードリック・サレイ曰く。
『あの娘は感情の起伏が激しく気高さに欠ける。宮廷に送るには不適切である』
ヨランダは古くから首都近郊を治める大貴族の娘であり、そんなサレイ家からの再考要求を無視するのは、いかに大魔法院と言えども困難だった。
だが、幸いにも――というかなんというか――アレクシアの母方の祖父は、現役の王宮魔法使いにして孫を溺愛する祖父である。
そんな最強のおじいちゃんは、サレイ家の横槍を魔法の杖で受け止めた。
こちらも曰く。
『庭師は庭を守っておればよい』
おまけに、王宮魔法使いはこの言葉をサレイ家当主に直々に伝えたというのだから大騒ぎである。
境界の国を代表する二大勢力が首都で打撃戦を始める前に事態を収拾しようとクリフォードが提案したのが、今回の魔法力による力比べだった。
『はた迷惑じゃな』
どこか不満げな彼の言葉に心動かされたのか、それとも手っとり早いと思ったのかは不明だが、どちらも異議を唱えなかった。
ちなみにアレクシアの父曰く。
『子供の喧嘩に付き合っている暇はない』
子供というのはアレクシアとヨランダのことではなかったようだが、幸いにもそこに注目する者はいなかった。単に厄介ごとをこれ以上大きくしたくなかっただけかも知れないが。
なんにせよ、特別考査の勝者はアレクシアなのだから――
「宮廷入りはわたしのものよね?」
「そうじゃな。あそこまでこてんぱんにされては、サレイとて文句はつけられまい」
「安心したわ。第二ラウンドがなくて、ヨランダも安心してるでしょうね」
宮廷へと進む権利を勝ち取ったアレクシアは、優越感丸出しの笑みを浮かべると、クリフォードに"じゃあね"と手を振り、研究室から立ち去りかけ――
「アレクシアよ、少し急ぎすぎてはおらんかのぉ?」
「はい?」
最高導師の疲れたような声で立ち止まった。
振り返った彼女は、これでもかと眉をひそめて問いかける。
「卒業して次に進む。このステップに急ぐもなにもないと思うんだけど?」
「そうとも限らんぞ。立ち止まって――そうじゃ、旅でもして色々な経験を積んでからでも遅くはあるまい? この国には多くの遺跡が――」
「遺跡なんか見てなんになるのよ? スタンプラリーが開催中だとしても興味ないわ」
ひそめていた眉をハの字に開いたアレクシアは、呆れたような声を出した。クリフォードが言ったことを欠片も理解できなかったようである。
それを予測していたクリフォードも驚いてはいなかったようだが――僅かな希望が潰えたことに胸中で嘆息していた。
(五年前から変わらんな。どっちに似たのか、それとも似なかったのか)
アレクシアは自己中心的な上に、気丈に過ぎる性格である。それは彼女が大魔法院に入学した時から変わっていない。
強い自我と強靭な精神。
戦いにおいてはこれらが良い方向に働くこともあるのだろうが、他人との関わりを強固にするには悪い方向にしか働かない。
つまり、思慮深さや思いやりといった要素を欠くアレクシアは、友情を育み、信頼できる仲間を得る――そういったことに、とことん向いていない。魚に登山をさせる程に向いていない。
(どうしたものかのぉ……)
アレクシアが宮廷に入れば、最初に割り当てられる仕事は雑用である。
例え祖父が王宮魔法使いであろうと、選りすぐりの魔法使いたちがひしめく宮廷では、いきなり部下を率いる立場にはなれない。
扱いに多少の優遇を受けられるにしても、簡単な書類の受け渡しや資料の整理、時には使い走りのような扱いを受けることもあるだろう――
『いい加減にして!』
クリフォードには、激怒したアレクシアが上司に跳び蹴りを見舞う姿が容易に想像できていた。
(王宮に身内がいるというのも、こうなっては不幸じゃな……)
彼女が癇癪を起こしても、王宮魔法使いである祖父なら簡単にもみ消してしまうだろうが、そんなことが何度も続けば、誰もアレクシアに近づこうとはしなくなる。
そして、人への脅威となる存在の排除も魔法使いの役目であり、宮廷仕えともなれば、魔物討伐などの危険な任務も命じられることもある。
そういった際、独り者は無事に帰還することはできない――例え最初の数回は乗り切れたとしても、そんな幸運は何度も続かない。さらに言うのであれば、強い権力に守られた厄介者は嫉妬や嫌悪の対象になることが多く、意図的な不運が降りかかるかも知れない。
「遺跡行脚は置いておくとして……お前には足りないものがある。それを良く考えてみることじゃな」
「しつこいわよ」
寂しげなクリフォードの視線を不快に思ったのか、アレクシアは不機嫌さを隠すことなく、扉を乱暴に開けて出ていった。
と――
『危ないでしょ!?』
クリフォードが深いため息を吐いた時、廊下の方からアレクシアの怒声が響いてきた。
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