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第1章 卵が暴れるソーサレス

「私の出番ね!?」

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「さっき襲ってきた死体も持って帰るなんてことは……ないわよね」
「持って帰るよ。丸ごとじゃないけどね」
「うあ……冒険者って大変なのね」 
 最初の戦闘で見た色々を思い出したらしいアレクシアは、頬を引きつらせた。
 そんな少女に苦笑いを向けつつ、グローリーは最後の尻尾を切り落とした――瞬間、彼女の脳裏に臭いの無い死体のことが浮かんだ。

(本当に死体だったのかね……? そういやあの戦闘でアレクシアは、クマの形をした魔法を使ったけど……)
 赤いクマのぬいぐるみ。名前はジェシカ。
 魔法に、自分の思い通りの姿をさせることができるのか――そう尋ねようとしたグローリーは、巨大な何かが動く気配を感じて背後を振り向いた。

「みんな、こっちに来な!」
「どしたんすか?」
 そして、巨大な石像があった開けた場所に駆けるが――

「なくなってるぜ……!」
「うそでしょ!?」
 女性を模した巨象が置かれていたはずの台の上には何もない。

 がらっ!

「――!」
 グローリーの中で”嫌な予感”が破裂せんばかりに膨らんだ――その瞬間、彼女はアレクシアの手を汗ばむ右手で思い切り掴んだ。そして、少女を引っ張って走りながら、ディゴとジェイコブに叫ぶ。

「振り返らずに走りな!」
『へ、へい!』
 鋭い声で突きさされ・・・・・、男たちは訳も分からず駆け出したがディゴは走りながら、ふと背後を振り返ってしまった。そこには――

 ずしんっ!

「はあああああああああ!?」
 前かがみの体勢で着地ーー天井に張り付いていたのだろうーーした直後の、悪趣味な巨象がいた。彼女?は上体を素早く反らすと、全力疾走でディゴとの距離を詰めた。豪快なドロップキックを見舞う。

「ぐえっ!?」
「うげっ!?」
 超重量による蹴りで背中を一撃されたディゴは、前方を走っていたジェイコブに砲弾のような勢いで激突した後、二人揃って地面を派手に転がった。
 駆けていたのが幸いしてか、どちらも致命傷を負ってはいないようだが、やれやれと立ち上がることはできそうない。

「先に行ってな!」
 洞窟の出口寸前にまでたどり着いていたグローリーは、舌打ちしつつ後方に振り向くと、アレクシアの手を離してから仲間の元へと全力疾走で駆けつけた。
 倒れたまま動かないディゴとジェイコブを、左右それぞれの手で引っ掴んで立たせようと試みる――巨象は飛び蹴りでも見舞ったのか仰向けに倒れたままであり、急げば逃げ切れるのかも知れない。

「あ……姉御、世話になりました」
「とっとと立つんだよ!」
『へいっ!』
 グローリーが鬼のような形相で叫ぶと、負傷している二人はしゃきっ・・・・と立ち上がった。
 三人は揃って走り出したが――少し進んだところで、ディゴが膝を突いてしまった。

「あたしが食い止めるから、お前らは行きな!」
「へい! ほら、帰れば報酬がたっぷりだぜ! 立て!」
 ジェイコブが肩を貸したものの、彼自身も負傷しているらしく、進む速度は遅々としている。
 グローリーが二人を肩に担いで全力疾走できれば話は早いが、彼女の筋肉は鋼ではない。

「ちくしょう! 嫌な予感には従っておくもんだね!」
 短刀を抜き放ったグローリーは、ゆっくりと立ち上がった悪趣味な巨象と対峙した。
 やはり巨象はゆっくりと迫ってくる――その速度でしか動けないと言うよりは、その必要がない。そんな様子だった。
 ゆっくりと迫ってくる死を前に、グローリーは急いで対抗策を考え始めるが――

(巨象が粉になるまでナイフで削るなんて無理さね! 爆薬も持ってないし……どうする!? どうすりゃいいんだい!?)
 現実的な対抗策は浮かんでは来ない。
 と――巨象はグローリーまで数メートルほどのところで止まると、急速に空気を吸い込み始めた。
 見上げるほどの巨体とはいえ、どこにそんな空き・・があるのかというほどに吸い込み――吐き出す。

 ぐおおおおおっ!

「ふざけんじゃないよおおおおおお!?」
 グローリーは、洞窟内を吹き荒れる烈風に吹き飛ばされながら、庇うように頭部を両手で覆い――凄まじい風圧は、そんな彼女を洞窟の外に放り出した。


「げほ……悪趣味にもほどがあるね……さて?」
 グローリーは、全身を激しく打ちつけられたにしては痛みが少ないことを不思議に思いつつ、上半身を起き上がらせた。
 ふと臀部のあたりを見やれば、ディゴとジェイコブが倒れ伏している――彼らに受け止められたのだろう。
 女性冒険者の尻の下で、ディゴが呻く。

「役得? 役得かこれ?」
「もう少し柔らかい尻の方が……」
「受け止めてくれたとこ悪いんだけど、あんたらのためにも役得ってことにしておきな」
 グローリーはきっちりと指摘などしつつ立ち上がったがふらふらとしており、ナイフを握るのもやっとと言った状態である――巨象は急ぐ素振りすら見せずにゆっくりと洞窟を出ると、思い切り飛び上がった。落下する先には、身動きできない冒険者が三人――

「わたしの出番ターンね!?」

 ぼんっ!

 だが四人目が放った魔法の砲弾が、巨象の腹部に命中し、その巨体を洞窟の奥まで吹き飛ばした。
 少しして、何やらけたたましい衝撃音が広場にまで響いてくる――魔法を放ったのは腐った死体ではなく、魔法使いの卵。

「アレクシア!?」
「わたしの破壊魔法の前には全力疾走するだけの巨象なんて、ただの巨象同然だってことを証明してあげるわ!」
 金の卵を自称する少女は嬉しそうな声を発しながら、三人に駆け寄った。

「逃げろと言ったろう……」
「嫌よ!」
 彼女は仲間の生存を確かめると、右手に赤い光を灯したまま洞窟の入口へと走っていく――

「どこ行く気だい!? 今のうちに逃げるんだよ!」
「大丈夫! わたしに任せてそこで休んでなさい!」
「アレクシア!?」
 グローリーは全力で叫んだが、少女は洞窟に消えた。
 呼吸するのも辛い――そんな様子のディゴが、寝ころんだままグローリーに言う。

「俺は大丈夫ですんで、お嬢ちゃんをお願いします……」
「なんかあったら叫ぶんだよ」
「急ぎましょう」
 武器を拾ったジェイコブに手を引かれ、グローリーは歯を食いしばって洞窟に向かった。
 二人の姿が見えなくなるのを確認すると、ディゴが苦し気に呻く。

「いくら貰えるんだ、これ……」

 びゅうっ!

 冷えた風は何も答えず、ただ彼の体から体温を奪っていった。
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