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第2章 雛を育てるソーサレス
「……治したり殴ったりなんなのよ……!」
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アレクシアは豪快に壁へと叩きつけられたが、大図書館を閉ざしている死滅魔法が蝕んでくることはなかった。
それを”幸いにも”と表現してよいのかどうかは女の嗜虐的な表情を見る限り、微妙なところである。
「……治したり殴ったりなんなのよ……!」
残忍な笑みを浮かべた女に怒声でも張り上げようとしたらしいアレクシアだったが、全身を走る寒気がそれを許さなかった。床に手をついて立ち上がろうにも、小刻みに震える体は言うことを聞かない。が――
「ふざけんじゃないわよ!?」
魔法使いの卵は怒りを奮い立たせて立ち上がると、思考の真ん中にちらつく言葉を隅まで蹴飛ばして気合を入れた。次いで倒れたままのヨランダを抱き起こした――瞬間。
「ちょ、ちょっと……うそでしょ……!?」
奮い立たせたばかりの怒りが凍りつく。
ヨランダの腹部はコルセットをどれだけ強く締めたとしてもこうはならないだろうというほどに、べこりとへこんでいた。生命魔法を照射しようとそこに触れてみれば、筋肉という筋肉が破壊されてしまったのか、異常に柔らかい。
「がふ……!」
そしてヨランダが吐き出した大量の血がアレクシアの右手を真っ赤に染めた。
血液の生暖かさとぬめった感触が、再びあの言葉を思考の真ん中に引っ張り寄せる――死。
「だめよ! 死んじゃだめだって! 気合入れなさいよ!」
「健気ねぇ……でも死んじゃうのよ? 可哀想に。んふ♡」
「お――お前が死ねば解決でしょっ!」
全身全霊。全力全開。身体にある魔法力のすべてを解放し、アレクシア・ライラメルは自身の限界ぎりぎりの雷撃を編み上げる――だが視線の先にいたのは金髪の女だけではなかった。
「いつの間にこんな化け物が……産んだの!?」
「生まれたばかりでこのサイズな訳ないでしょっていうか、産めるかっ!?」
『ギャアアアアアア!』
それは蜥蜴の頭部に二本の脚をくっつけたような化け物だった。眼はない。その代わりかは不明だが、びっしりと並んだ牙は異様に長い。
手のひらサイズなら”不気味な蜥蜴”で済む話だが、大図書館が手狭に感じる程の巨体ではそうもいかないだろう。
そんな化け物は数回の足踏みの後、顎を全開にし、前傾姿勢で突っ込む――対するアレクシアは、頭の上で交差させた両手に全魔法力を収束させた。繊細に編み上げられた雷撃で、単純に標的を消し飛ばす破壊魔法。両手を前方へと突き出すと同時に、放つ。
「まとめてくたばれぇえええ!」
ばりばりっ!
『ギャヒィイイッ!?』
繊細――つまりは高密度の雷撃は化け物の鱗を貫き、内側の肉を盛大に焼き払った。
舐めるんじゃないわよ。アレクシアは口の端をにやりと歪め、雷撃を次の標的へと移す――だが絶命させたはずの化け物が咆哮を上げた。断末魔などではない。
『ギャアアアアア!』
「気持ち悪いんだけど!?」
化け物はおぞましいほどの再生能力を発揮し、破壊された肉体を端から再生し始めた。
アレクシアは雷撃を放ち続けたが、足止め程度にしかなっていない。破壊魔法の寵児とも呼ばれたアレクシアにしてみれば、敗北以外の何物でもないだろう。敗北の先は――
「ジェシカ! あいつの足を縛って――えっ!?」
びゅるんっ!
それを避けようと創り出したジェシカは雷撃の縄を編む前に長い舌に巻かれ、化け物の口の中に消えた。
彼女がぐしゃぐしゃになるまで咀嚼されて呑み込まれた時、アレクシアの魔法力は尽きていた。戦意すら。
「ママ……たすけて……」
アレクシアは瀕死のヨランダの隣にぺたりと腰を下ろし、両目から大粒の涙を溢れさせた。
眼のない化け物はなにかでそれを察知したらしく、ずしんずしんと床を鳴らしながらゆっくりと向かっていく。
そして――
『ギャアアアアア!』
巨大な化け物はアレクシアの十メートルほど前にいる。
共に戦ったヨランダは死にかけている。魔法力は底を突き、ただ一人の友人は化け物の腹の中である。床に転がっている盾を兼ねた杖などなんの役にも立たない――アレクシアの絶望に満足したのか、女は満足そうな顔で手を振った。
「そうそう、私はヒュール。この子はベザリア君っていうのよ? お友達にも教えてあげてね♡」
『ギャア!』
魔物は”よろしくな”とでも言うように大きく頷くと、巨大な顎を振り上げた。少女たちに喰らいつこうと飛び掛かる――寸前。
ずがんっ!
何の前触れもなく、アレクシアたち背後の壁が破壊され、巨大ななにかが図書館に飛び込んできた。
涙が目一杯にためられた瞳をそちらに向ければ、全高四メートルほどの騎士像が立っている。燐光を放つ石で形作られたと思しき騎士像――ではなく全身鎧。創造魔法で創り出されたものだろう。
「ヴィオラ……」
それをまとっているのが彼女だと分かったのは、強い輝きを灯した瞳が兜のバイザーごしに見えたからだった。
鎧を着た魔法使いはアレクシアの呟きには答えず、標的へと一直線に向かった。醜悪で強力な化け物を前にしても怯えた様子など微塵も見せず、当たり前のように右の拳を振りかぶる。
「お前、愛読書とか聞くだけ無駄なやつだろ?」
『ギャアアアア!』
突如として出現した脅威に対し、ベザリア君とやらも戦闘態勢に入った。凶々しい牙が無数に並んだ顎を全開にし、ヴィオラへと喰らいつく――
ばぎょっ!
だがヴィオラの振り下ろしに頭頂部を強烈に殴打され、床にべしゃりと叩きつけられた。
拳には破壊魔法が込められていたらしく、殴られた場所は派手に破裂している。
『ギャヒィィッ!?』
ベザリアは涎をばら撒きながら悲痛な鳴き声を上げたが、ヴィオラは容赦のない二撃目を叩き込む。
「ちなみにオレの愛読書は『魔物の悲鳴大全』だ。いや、冗談だけどな」
ごぎぃっ!
どうということのない冗談に続いてブチ込まれたのは、恐ろしい威力の回し蹴りだった。
生命魔法によって筋力が強化されているらしく、ベザリアは壁にへばりつくように叩きのめされ――喰い殺されかけたアレクシアですら憐憫を感じつつある中、ヴィオラは魔物へと両手を向けた。本気の声音で告げる。
「オレの愛読書は『正しい魔物の殺し方』だ」
『ギ――!?』
告げた瞬間、再生しかけていたベザリアは漆黒の球体に包み込まれた。
巨体の化け物は激しく暴れたが、球体内は強力な酸――死滅魔法だろう――で満たされているらしく、あっという間に骨まで溶解されて息絶えた。
ヴィオラの戦いを見ていたアレクシアが、かたかたと震え始める――ベザリア君の凄惨な殺され方に恐怖したわけではなく、強烈な生命魔法でヨランダが瞬時に治療されたからでもなさそうである。
「ヴィオラが大魔法使い……信じられないわ」
全系統の魔法を高い水準で使いこなす魔法使いはそう呼ばれている。が――境界の国で最高の魔法使いたる称号で呼ばれたはずのヴィオラは鎧の中で首を傾げた。
「……大魔法使い? 背が高いとそう呼ばれるのか?」
「はあっ!? 知らないとか嘘よね!?」
「助けたのに礼を言われるどころか、嘘を疑われたオレの方こそ『嘘だろ』って気持ちだが?」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「う……なんかお腹の次は……耳が痛いですわ……うーん……」
『……』
耳元で絶叫されたヨランダが眠ったまま眉をひそめた時、アレクシアの胸元からジェシカがやれやれと言った様子で這い出てきた。
それを目の当たりにして驚愕狼狽――というわけではなかっただろうが、ヒュールの悲鳴が大図書館を震わせた。
それを”幸いにも”と表現してよいのかどうかは女の嗜虐的な表情を見る限り、微妙なところである。
「……治したり殴ったりなんなのよ……!」
残忍な笑みを浮かべた女に怒声でも張り上げようとしたらしいアレクシアだったが、全身を走る寒気がそれを許さなかった。床に手をついて立ち上がろうにも、小刻みに震える体は言うことを聞かない。が――
「ふざけんじゃないわよ!?」
魔法使いの卵は怒りを奮い立たせて立ち上がると、思考の真ん中にちらつく言葉を隅まで蹴飛ばして気合を入れた。次いで倒れたままのヨランダを抱き起こした――瞬間。
「ちょ、ちょっと……うそでしょ……!?」
奮い立たせたばかりの怒りが凍りつく。
ヨランダの腹部はコルセットをどれだけ強く締めたとしてもこうはならないだろうというほどに、べこりとへこんでいた。生命魔法を照射しようとそこに触れてみれば、筋肉という筋肉が破壊されてしまったのか、異常に柔らかい。
「がふ……!」
そしてヨランダが吐き出した大量の血がアレクシアの右手を真っ赤に染めた。
血液の生暖かさとぬめった感触が、再びあの言葉を思考の真ん中に引っ張り寄せる――死。
「だめよ! 死んじゃだめだって! 気合入れなさいよ!」
「健気ねぇ……でも死んじゃうのよ? 可哀想に。んふ♡」
「お――お前が死ねば解決でしょっ!」
全身全霊。全力全開。身体にある魔法力のすべてを解放し、アレクシア・ライラメルは自身の限界ぎりぎりの雷撃を編み上げる――だが視線の先にいたのは金髪の女だけではなかった。
「いつの間にこんな化け物が……産んだの!?」
「生まれたばかりでこのサイズな訳ないでしょっていうか、産めるかっ!?」
『ギャアアアアアア!』
それは蜥蜴の頭部に二本の脚をくっつけたような化け物だった。眼はない。その代わりかは不明だが、びっしりと並んだ牙は異様に長い。
手のひらサイズなら”不気味な蜥蜴”で済む話だが、大図書館が手狭に感じる程の巨体ではそうもいかないだろう。
そんな化け物は数回の足踏みの後、顎を全開にし、前傾姿勢で突っ込む――対するアレクシアは、頭の上で交差させた両手に全魔法力を収束させた。繊細に編み上げられた雷撃で、単純に標的を消し飛ばす破壊魔法。両手を前方へと突き出すと同時に、放つ。
「まとめてくたばれぇえええ!」
ばりばりっ!
『ギャヒィイイッ!?』
繊細――つまりは高密度の雷撃は化け物の鱗を貫き、内側の肉を盛大に焼き払った。
舐めるんじゃないわよ。アレクシアは口の端をにやりと歪め、雷撃を次の標的へと移す――だが絶命させたはずの化け物が咆哮を上げた。断末魔などではない。
『ギャアアアアア!』
「気持ち悪いんだけど!?」
化け物はおぞましいほどの再生能力を発揮し、破壊された肉体を端から再生し始めた。
アレクシアは雷撃を放ち続けたが、足止め程度にしかなっていない。破壊魔法の寵児とも呼ばれたアレクシアにしてみれば、敗北以外の何物でもないだろう。敗北の先は――
「ジェシカ! あいつの足を縛って――えっ!?」
びゅるんっ!
それを避けようと創り出したジェシカは雷撃の縄を編む前に長い舌に巻かれ、化け物の口の中に消えた。
彼女がぐしゃぐしゃになるまで咀嚼されて呑み込まれた時、アレクシアの魔法力は尽きていた。戦意すら。
「ママ……たすけて……」
アレクシアは瀕死のヨランダの隣にぺたりと腰を下ろし、両目から大粒の涙を溢れさせた。
眼のない化け物はなにかでそれを察知したらしく、ずしんずしんと床を鳴らしながらゆっくりと向かっていく。
そして――
『ギャアアアアア!』
巨大な化け物はアレクシアの十メートルほど前にいる。
共に戦ったヨランダは死にかけている。魔法力は底を突き、ただ一人の友人は化け物の腹の中である。床に転がっている盾を兼ねた杖などなんの役にも立たない――アレクシアの絶望に満足したのか、女は満足そうな顔で手を振った。
「そうそう、私はヒュール。この子はベザリア君っていうのよ? お友達にも教えてあげてね♡」
『ギャア!』
魔物は”よろしくな”とでも言うように大きく頷くと、巨大な顎を振り上げた。少女たちに喰らいつこうと飛び掛かる――寸前。
ずがんっ!
何の前触れもなく、アレクシアたち背後の壁が破壊され、巨大ななにかが図書館に飛び込んできた。
涙が目一杯にためられた瞳をそちらに向ければ、全高四メートルほどの騎士像が立っている。燐光を放つ石で形作られたと思しき騎士像――ではなく全身鎧。創造魔法で創り出されたものだろう。
「ヴィオラ……」
それをまとっているのが彼女だと分かったのは、強い輝きを灯した瞳が兜のバイザーごしに見えたからだった。
鎧を着た魔法使いはアレクシアの呟きには答えず、標的へと一直線に向かった。醜悪で強力な化け物を前にしても怯えた様子など微塵も見せず、当たり前のように右の拳を振りかぶる。
「お前、愛読書とか聞くだけ無駄なやつだろ?」
『ギャアアアア!』
突如として出現した脅威に対し、ベザリア君とやらも戦闘態勢に入った。凶々しい牙が無数に並んだ顎を全開にし、ヴィオラへと喰らいつく――
ばぎょっ!
だがヴィオラの振り下ろしに頭頂部を強烈に殴打され、床にべしゃりと叩きつけられた。
拳には破壊魔法が込められていたらしく、殴られた場所は派手に破裂している。
『ギャヒィィッ!?』
ベザリアは涎をばら撒きながら悲痛な鳴き声を上げたが、ヴィオラは容赦のない二撃目を叩き込む。
「ちなみにオレの愛読書は『魔物の悲鳴大全』だ。いや、冗談だけどな」
ごぎぃっ!
どうということのない冗談に続いてブチ込まれたのは、恐ろしい威力の回し蹴りだった。
生命魔法によって筋力が強化されているらしく、ベザリアは壁にへばりつくように叩きのめされ――喰い殺されかけたアレクシアですら憐憫を感じつつある中、ヴィオラは魔物へと両手を向けた。本気の声音で告げる。
「オレの愛読書は『正しい魔物の殺し方』だ」
『ギ――!?』
告げた瞬間、再生しかけていたベザリアは漆黒の球体に包み込まれた。
巨体の化け物は激しく暴れたが、球体内は強力な酸――死滅魔法だろう――で満たされているらしく、あっという間に骨まで溶解されて息絶えた。
ヴィオラの戦いを見ていたアレクシアが、かたかたと震え始める――ベザリア君の凄惨な殺され方に恐怖したわけではなく、強烈な生命魔法でヨランダが瞬時に治療されたからでもなさそうである。
「ヴィオラが大魔法使い……信じられないわ」
全系統の魔法を高い水準で使いこなす魔法使いはそう呼ばれている。が――境界の国で最高の魔法使いたる称号で呼ばれたはずのヴィオラは鎧の中で首を傾げた。
「……大魔法使い? 背が高いとそう呼ばれるのか?」
「はあっ!? 知らないとか嘘よね!?」
「助けたのに礼を言われるどころか、嘘を疑われたオレの方こそ『嘘だろ』って気持ちだが?」
「えええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「う……なんかお腹の次は……耳が痛いですわ……うーん……」
『……』
耳元で絶叫されたヨランダが眠ったまま眉をひそめた時、アレクシアの胸元からジェシカがやれやれと言った様子で這い出てきた。
それを目の当たりにして驚愕狼狽――というわけではなかっただろうが、ヒュールの悲鳴が大図書館を震わせた。
応援ありがとうございます!
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