冒険恋愛小説ドキュメンタリー “エメラルド王、勇者の愛”

Eishi_Hayata

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第16話 コーヒー栽培

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首都のサンホセから一歩郊外へ出ると、そこはコーヒー園の始まりで一面の緑の園がえんえんと連なり切れ目なく緩やかな丘のスロープを覆いつくしていた。

南国の陽光を受けた若木の葉っぱが燃えるような活力を発散して、鮮やかな緑色に輝いている。

それに見惚れている僕に伝播して、心の内に新たな活気を呼び起こしていた。

どっぷりと浸っていた水商売の匂いから離れて、今日は久々にアウレリアと一緒に半歳になった赤子のカタリーナを抱いてサントドミンゴの叔父さんのうちへベイビーのお披露目に出かけていくところであった。

運転は義父のヘルマンがやり、僕ら三人は助手席に体を寄せ合って郊外の景色に見とれていた。

子供の世話につきっきりのアウレリアにとって,しばしの息抜きで顔が上気しているのを見て僕もホッとした安堵の気分に満たされていた。

高校を卒業したばかりというのに自分の子供とはいえ,育児に専念しなければならない主婦に一足飛びにさせてしまった罪悪感が僕の胸を痛めていた。

でもアウレリアの腕に抱かれた愛の結晶であるカタリーナの顔を見ると、愛くるしい目をパッチリと開けて両親を凝視している。

「これでいいんだ、これが愛の証だ」

と、独白に僕自身納得していた。

生まれて初めて持った子供に深い感慨を感じながら、物思いにふけっていた。

この一年近く新婚生活のために忙しく働いてきて、赤ん坊の世話をアウレリア一人に押し付けてきたことを申し訳なく思っていたが、言葉にだして謝意を告げることもなく、彼女の気持ちに寄り添うように気遣いをするのも十分ではなかった。

- - - オレは本当にダメな人間だな。だから最後には愛する女性に愛想を尽かされるんだ- - - もうこれが最後だ。今度またフラれたら、もう次はないぞ - - -

という強迫観念が時々頭をもたげてきた。

しかしまた、こういう自責の念が強い僕みたいな人間に限って普段、相手を傷つけていることに意外と気がついていないものである。

そういう無神経な性格であるから後になって後悔するのだ。

カタリーナを抱きかかえるアウレリアの手が伸びてきて僕の手をぎゅっと握りしめた。
「あなた何をさっきから考えているの?」

「あっ、ウーン、君にばかりベイビーの面倒見させてすまないと思っていたんだ」

「なんだ、そんなことだったの、それだったらいいのよ、あなたが仕事さえしっかりやってくれれば。私はまたあなたが新しい仕事でもしようと考えているのかなと、思ったわ」

「あー、そりゃ面白いね。コーヒー農園でもやろうか?」

眼前に広がるコーヒー畑を指差しながら応えた。

「楽しそうな仕事よね。私も高校生の時アルバイトでコーヒー豆のもぎりをやったことがあるわ。でもコーヒー園となると相当の資本金が要るんじゃないの?」

「そうだろうね、どのくらいあれば一年分の生活費が出るか、今度フランシスコに訊いてみるよ」

日産ピックアップが街道沿いのコーヒー園をあとにして、サントドミンゴの住宅街に入っていった。

ここに住んでいる叔父さんのロベルトは、アウレリアの母の弟である。

政府の交通局に勤めている公務員であるけど、厳密には鉄道員である。

結婚していて三人の子持ちであるが、日本と違って公務員の下級職は生活にあまりゆとりが無い。

アウレリアのママであるグロリアに面差しが似ていてロベルトは性格がとても善良で気さくであった。

父側のヘルマンの親戚筋には結構な金持ちが何人かいた。

コスタリーカの旧都のカルタゴ市でバスを200台以上も所有し、バス会社を運営しているエンリケや250台のラジオタクシーを持って広大な土地を所有しているナノは大富豪であった。

しかし、肝心のヘルマンは酒癖とロテリア(宝くじ)が災いして金を貯めることがなく、経済的には中流の下のクラスに甘んじていた。

アウレリアはそういう父の生活態度を批判していた。

そういう生き方は家族をないがしろにして自分の欲望を満たす利己的な人生で決して褒められたものではないけれど、男の生き方として僕には決して憎めなかった。

なぜなら僕にとって守銭奴人生ほど嫌いなものはなかったからだ。

だから気が合ってヘルマンとはよく飲み食いに出かけたものであった。

義父は気前がよく、金払いがよかった。

宵越しのカネを持たない江戸っ子みたいなところがあり男として魅力があった。

一メートル八十を越す巨躯は筋肉質で背筋がピンと伸びていた。

泰然自若として世の中と向き合い、家族の期待には沿わず自分の道楽をつきとうしていたが、周りの者からはとても尊敬され好かれていた。

ロベルトの家の前に車が止まると、玄関のドアを開けて家族が全員飛び出して来て我々を歓迎した。

三歳に五歳の女の子にもう一人がヨチヨチ歩きの男の子でとても可愛い。

スペイン系白人の彼の奥さんは大柄で気さくな女性であった。

昼前であったが、ガジョピント(コスタリーカ風赤飯)とプラタノフリート(食用バナナのフライで甘い)の昼食が供され、アワカテ(アボガド)とオニオンのサラダにチャヨーテ(コスタリーカ独特のウリみたいな野菜)のスープがあっさりして食欲が湧いた。

いたってポピューラーなコスタリーカの日常食であるが、気取った豪華な外国モノより僕はこちらのほうが好みだった。

アウレリアと僕の恋物語が歓談のテーマになり若い新妻の恥じらいの顔がとてもいじらしかった。

でも、もう一児の女親だ。

これからは彼女に優しくて強い母親になってもらうことを期待した。

スコールの雨上がりの後、爽やかな夕刻がおとずれ、「もっとゆっくりしていって」と引き止めるロベルト夫妻の申し出を辞退して帰宅の途についた。

久々の丸一日に及ぶ休日で命の洗濯をした僕らは、その晩、夜がふけるのも忘れて語り合い、肌を寄せ合った。

思案中の計画に従い僕はフランシスコの農園を訪れた。

殺虫剤の散布用意をしていた彼は手を休めオフイスへ僕を案内した。

農事作業のスケジュールがびっしりと書き込まれた黒板を前にコーヒー栽培の
手ほどきを懇切丁寧に説明してくれた。

「何はともあれ、もうじきコーヒーの灌木が実をつけ始めるので、2、3ヘクタール(2、3万平方メートル)のコーヒー畑を譲るから実際に自分の手で栽培してみるといい」

と提案してくれた。

まさに持つべきは友人で、彼のオファーをありがたく受けて、やってみる事にした。

彼が提示した良心的な農地の値段は相場以下の安価であった。

いずれ近いうちにカタリーナの顔見せと、腎臓病を患って血液透析を繰り返えしている病状悪化の僕のお袋のお見舞いに日本へ帰ろうと計画していた。

遠路はるばる帰国すれば、半年や一年はすぐに経ってしまうだろうと予測して、その間のレストラン営業を他人に任せるのはとてもおぼつかなく、店を売ってしまおうと決断していた。

新聞に広告を出すと立地条件がいいので早速にも買い手が付いた。

店の営業は最盛期ほどはいかなくともそこそこに利益が出ていたので良い値で売れた。

コーヒー畑の土地代を払っても十分お釣りが来て、それを建築中の家の完成費用に当てた。

コーヒー園とすれば猫の額ほどの広さでしかなかったが、試験的経験とすれば十分であった。

彼の好意でコーヒーの粒が結実し、熟す手前のコーヒー農園を売ってくれたので、さして畑の農作業をする間もなくコーヒーの実は赤く色づき始めた。

ふっくらとした実がさらに大きく膨らみ赤みを増して、枝に溢れんばかりにたわわに、鈴なりになった時に第一回目の収穫を行なった。

付近に住む農家の主婦や若い娘たちが十数人、パートタイムのコーヒーもぎりに駆けつけ、熟練した彼女らの手によりたちまちに赤実はもぎ取られて、一日にして収穫作業は終わった。

その手際の良さといったら例えようもない手練で、両手を同時に使いまだ青みで熟していない実は残して、赤実だけを手にギュッと掴み、腹の前に抱えた籠の中へシャッシャッともぎり落としていく。
そのスピードが目にも留まらぬ迅速さなのである。

各自の収穫量に応じてアルバイト料が支払われるから、それも道理である。

収穫されたコーヒーの実をピックアップの荷台に積み込み、近場のコーヒー煎倍業者のところに買ってもらうために持ち込んだ。

荷台に山ほども積み上がった収穫物が五百ドルにも満たないのである。

これでは一年間を食べていくには諸経費を引くと五、六十倍の収穫がなければ家業としては成り立たないということが分かった。

場所にもよりけりであるが、都市近郊では土地代として初期投資に1千万円ほどは必要である。

遠くにいけば土地代は安く上がるが、出張に費やする労力と運送器具類の出費がばかにならない。

都市近郊ならば土地の値上がりが期待できるので、やるならサンホセの郊外である。

興味深い実習経験で得た結果をアウレリアと協議の元で下した結論は、将来ヒマになったらやろうかということであった。

そうこうしている間にもお袋の病状は悪化して、彼女が会いたがっているから早く帰って来いとの兄弟からの催促で踏ん切りをつけて帰国の準備にかかった。

コーヒー農園の保持は農作業の手間を考えると困難なので売ってしまうことにした。

フランシスコのお陰で彼からの買値以上で売れて、コーヒー収穫分はまるまる儲けとなった。

建築中途の未完成のマイホームは帰国の間賃貸しようと思い、予算的に安仕上がりのきらいがあったが完成を急いだ。

一戸建ての外観はそこそこの出来上がりであったけど、屋内の造作の見栄えが良くなく、クローゼットや各部屋の建て具も貧弱でなかなか借り手が見つからなかった。

ようやくカナダ人の原油探索技師という中年の白人男性と賃貸契約をかわすことができた。

カナダのカルガリーから単身赴任で来ている彼は、

「雨露がしのげてゆっくり寝れるところがあれば良い」

といういかにも職人気質のざっくばらんな男であった。

もっとも一年後に家を受け渡してもらう際に床の油のシミなどを発見した時、彼の会社にとっては計測機器保管所と社員住宅の一挙両得の契約であったということが窺い知れた。
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