冒険恋愛小説ドキュメンタリー “エメラルド王、勇者の愛”

Eishi_Hayata

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第15話 前科者、ビクトルと一悶着

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僕がマージャンで店をあけ、監督の目が行き届かなくなっていた間、宿直の従業員の一人が夜間に在庫のビールを持ち出していた。

売上高と在庫の数が合わないのに気がついたのは一ヶ月もたってからという不始末で、あるじである僕の体たらくぶりが一晩平均2ダースもの泥棒を許していた。

ホセが責任を感じ、この男をコテンパに伸して叩き出したが、くだらないことが起きるとまた続きがあるものだ。

このバリオ(下町)にビクトルという名の札付きのゴロツキがいた。

四十がらみのいかつい白人の男であるが過去に二人の人殺しをやってアメリカから逃げ出してきたとうそぶいている町のダニで、その真偽の程は定かでないとしても腕力があり、街の飲み屋では毛嫌いされていた。

難癖つけて飲み代を払わないのだ。

その男が僕の店へやって来てテキーラを四、五杯呑んだあと、

「どこのバーも俺からカネを取らない」

と豪語して、飲み逃げを制止しようとした従業員の腕を強引に振り払いトンズラしたのである。

その直後に負けマージャンから戻った僕は怒り心頭、血が逆流した。

こういう奴らに舐められたら次から次に、同じゴロツキ無銭飲食の輩に集中攻撃を受けかねない。

なにしろ、酒を提供する前に、

「カネを持っていますか?」

といちいちお客に訊く訳にもいかないし、呑み代を踏み倒された後警察に訴えてもラチがあかない。

腕を強打された従業員のアントニオがたまたまこの男の住所を知っていたので、かねがね夜盗に備えて常備している特性の木刀を彼に持たせてビクトルの家へむかった。

玄関のドアを開けっ放しのまま居間でテレビを見ていたビクトルの脇へ、僕は訪いも告げず素速く歩み寄った。

「ビクトル、飲み代を払ってもらおう」

「払わねえ、と言ったら」

「ここでお前を叩き伸ばして、警察に連行する」

「ヤッてもらおう」

居直ったビクトルはソファーに斜めに足を上げ、腕を広げて踏ん反り返った。

「よーし」

と応えた僕は、片手をアナトニオの前にかざして受け取った木刀をす早く彼の頭上にかざした。

ハーッと大きく息を吸い込み、仁王の顔立ちをして今にも打ち据えんとすると、その気迫に気圧されたか、

「わ、分かった、やめろ!」

と手を前にさえぎり、

「今払ってやる」

と立ち上がって、トリンチャンテ(戸棚)の引き出しからゴソゴソと金を取り出し、床に投げた。

それを拾って、金額をかんじょうしたアントニオが、

「エスタ ビエン(十分です)」

と言ったあと、

「もう二度とウチの店に寄るな、ビクトル」

と僕は言い残して、早々に引き上げた。

しかし金を投げ捨てたと同時にビクトルは奥の部屋へ急いで入っていったが、いっときの間が空いたのが幸いした。

「アントニオ、急げ!アイツは銃を取りに行ったんだ」

「アクエルド(同意)、急ぎましょう」

角地にある彼の家から右手に折れて緩やかな坂道を30メートルほども行ったところで、後方から、

「チーノ(東洋人)!これを喰らえ!」

と、ビクトルが腰をかがめ仁王立ちになって拳銃を構えている。

時どき後ろを振り向きながら、すでに察知していた僕は、アントニオへ叫んだ。

「飛べ、壁際に!」

ダッ、ダーン、と銃声二発の轟音が街路に轟いた。

「走れ、アントニオ!」

我々は脱兎のごとく走り出した。

百メートルも行ったところで後ろを振り返ってみたが、追ってくる様子もないので急ぎ足に変えて店に戻ってきた。

「こうなったらタダじゃ置かない、逆襲してふん捕えて、警察に突き出そう」
とホセや残った従業員と協議して決行することにした。

しいては多勢の方がいい、銃撃戦になれば有利だ。

もとよりガルデイア・ルラール(地方警察)の係官二人がバーを訪れた時にはっきりと約言を残していった。

「ビクトルには我われもすっかり手を焼いている。この男が何か問題を起こしたら、うまく処理してほしい。あなたの空手で始末してくれ、コイツがどうなろうと我われは捜査をしない。あなたの正当防衛が成立する」

まだ世の中にはこういうところもあるもんだと、愉快になった。このエスカスにやって来てからも前
よりは上品なバーレストランになったとはいえ酔客はどこも似たようなもので、たまには酔っ払いどうしのケンカがあり僕の得意の回し蹴りや拳突きでケンカ騒ぎを収めていた。

しかし噂は広まり、通りの斜め前かどにある安直なカンテイナーのあるじのチュペタソから度々援軍を頼まれていた。

僕とホセで二丁の拳銃を携えて、総勢5人でさー出かけようかとドアに向かうと、たまたまドアが外からノックされた。

アントニオが覗き窓を開け外を見ると一人の妙齢の婦人が眼前に立っていた。

「セニョール ハヤタに話しがあります」

と彼女は神妙に言った。

僕が窓越しに顔を向けて、

「僕がそのハヤタだけど、何用ですか?」

と丁寧に問うと、

「私のバカ亭主のビクトルがとんだ不始末をしでかし、謝りに来ました.どうか許してください」

「今からお宅に行って、ビクトルを引っ捕え警察に引き渡そうと、出かけるところでした」

「どうか、このバカに何もしないでください。彼が殺されたり、しょっぴかれたりすると、私とこの子どもが路頭に迷い餓死します」

と言って、腕に抱いていた赤子を持ち上げて僕に見せた。

「ビクトルは何処にいるんですか?」

僕が問うと、

「ほれ、あんた、セニョール ハヤタにちゃんと謝りなさい」

と横を向き、ドアの陰に隠れていたビクトルを小窓の前面に突き出した。

こうべを垂れた男が、

「セニョール ハヤタ本当に申し訳ないことをやりました.すみません、許してください」

あまりの神妙な態度に唖然とした僕はしばし絶句して、間をおいたあと、

「こんな素晴らしい美人の奥さんを持って、あんたは幸せな亭主だ。今日のところはこの奥さんとベビーに免じて忘れてやろう。奥さん、もう何も心配しないで、ベビーが夜風にあたっては良くないからお引き取りください」

「セニョール ハヤタ、ムチッシマス グラシアス、ブエナノチェ (本当に有難う御座います、おやすみなさい)」

の言葉を残して、3人の家族は帰って行った。

僕は警察にはそれを報告しなかった。

そしてビクトルは二度と僕の店に来ることはなかった。

しかしその噂が町中に広がったのは言うまでもない。

それから他の店でのビクトルの乱行は耳にしなくなった。
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