33 / 51
幕間1
哲太の一日
しおりを挟む
「おっちゃん終わったぜ!」
「あいよ。お疲れさん。これ、いつものやつだよ。持って帰んな」
俺は定期的に仕事をくれる一膳飯屋で作業を終えると、店主のおっちゃんに声をかけた。
店内には入らず、裏庭から大声で。
「いつもすまねえな」
「良いってもんよ。むしろ、こっちこそ昨日の残り物で悪いな」
そう言いながら、おっちゃんは、竹皮の包みを持ってきてくれる。
店の残り物が俺の報酬だ。
いつものってのは、昨日余った煮物ってこと。
こう言っては何だけど、この店は、庶民がフラッと食いに来る飯屋だから、丼飯に汁、おかずは煮物という組み合わせが基本。
小鉢のような洒落たもんはなくて、おかずは一品だけ。
違いといえば煮物の具材が変わる。こんにゃくだったり、蓮根だったり豆腐だったり。
けどな、具材は違っても味は一緒。醤油で煮しめた茶色いやつさ。
それでも食えるだけ文句ない。
供え物の腐った饅頭食って腹を壊すか、飢餓を耐えるか。
浮浪児の日常なんて、そんなものさ。
己を知り、身の程を弁えるってやつだな。
「俺の働きじゃ、これが相応さ。むしろ俺みたいなのに仕事を割り振ってくれて助かってるよ」
「最初は浮浪児が来て何事かと思ったけどな。気は利くし、マメだし助かってるよ」
おっちゃん、顔が怖いくせに変に優しいんだよな。
俺みたいのを褒めてくれるから、こそばゆくてしょうがねえや。
「やめてくれよ! 尻がむずがゆくて堪らねえ」
「食い物屋なもんで表には出せねえから、大した銭を渡してやれんのが気の毒だが」
仕事をくれるだけでもありがたいのに。
おっちゃん、そんな申し訳ない顔しないでおくれよ。
「俺みたいのを使ってくれるだけ、ありがたいよ。ありがとうな、おっちゃん」
「よせやい。また頼むぜ」
「まいど!」
神田で一膳飯屋をやっているおっちゃんは、口は悪いが優しい人だ。
俺みたいな浮浪児が仕事を探したところで、たいてい嫌な顔をされて追い払われる。
ましてや、おっちゃんのところみたいな飯屋なら、なおさらだ。
汚い、臭い。どれだけ気を使って水浴びしても、野宿が基本の浮浪児には清潔さと程遠い。
それでもおっちゃんは、俺でもできる仕事を割り振ってくれた。
裏庭の掃除と薪割り。それがココでの俺の仕事ってやつよ。
正直、俺じゃなくても良いし、人を雇うほどじゃない。
それでも雇ってくれてるのは、俺に食い物を渡すためなんだ。
小さな矜持だが、俺は施しを受けないと決めている。
それが仲間に苦労を掛けるのは承知だが、それだけは譲れないんだよ。
おっちゃんは、最初飯を恵んでくれたんだけど、俺の気持ちを伝えたら仕事を割り振ってくれた。本当に感謝している。
俺ら浮浪児は、子供だから町の人に許されて生かされているに過ぎないんだ。
もし、ただの物乞いに成り下がってしまったら、いくつになっても、その生活から抜け出せないと感じている。
そうなれば、未来はない。一生、物乞いとして生きていくしかないんだ。
もちろん、浮浪児である俺らが見られる未来なんてもんは、大したことないさ。
だけど、自分で決められる可能性が少しでもあれば、自分で決める方が何倍も良いだろ?
だからさ、どれだけ嫌がられても働き口を探すのさ。
いつか俺らのような浮浪児でも雇ってくれるって奇特な人が見つかるようにさ。
さあ、飯を仲間に届けたら、働き口を探しに行くとするか。
※ ※ ※
いつものように神田の街を練り歩く。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~!」
この掛け声もいつもの通りだ。
表通りから裏通り、長屋の中まで受け持ちの区域を隅々までな。
表通りは仕事は多いけど、俺ら浮浪児を嫌いことが多い。
そりゃそうだ。
だから長屋の路地まで行って困っている人を探すんだ。
本当に困っていれば、浮浪児でも仕事をくれる人がいるからな。
これは、代々浮浪児集団に伝わってきた、やり方だ。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~! いかがっすか~」
今日もいまいちだ。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~~!!」
※ ※ ※
「さあさあ、みなさん気張ってくださいよ!」
「へぇーい」
くそ暑い日だからか、差配さん(長屋の管理人)は一声かけると自身の部屋へと引っ込んでった。
今日はドブ攫い。俺ら浮浪児でも任せてもらえる大事な仕事だ。
長屋のドブは長屋の中央を横断し、下水機能を一手に引き受けている。
代理役は一人分なんだけど、今回は俺とおみよの二人で参加。
他は住人の男たち七人。
おみよがいるのは、この間の事件のせいで見知らぬ人と接することが出来なくなってしまった。
そこで今回は社会復帰の一環ってことで俺と掃除に来ている。
裏長屋のドブは、木の樋を埋め、蓋代わりに板を載せただけの簡易的な下水である。
しっかりした造りでもないし、木製という自然物のため、定期的に樋を掃除しないと詰まってしまう。
本来は、長屋の住人総出で行うのだが、用があったりすると参加できない。
参加しないにしても、今後も住んでいくには肩身が狭い。
だから代役を立てるんだけど、ドブ攫いなんてやりたがる奴なんていない。
汚水にまみれて、少しの手間賃だけなんて割に合わないもんな。
そんな仕事するくらいなら、人足仕事でもしてた方が、何倍も儲かる。
ってわけで、汚れるのも厭わなくて、少ない手間賃でも構わないってのは浮浪児くらい。
だから俺らにお鉢が回ってくるってこったな。
暑い日にドブ掃除なんて、しんどいし臭くて堪んねえけど、大事な現金収入源。
弱音なんて吐いてらんねえ。
「ふう~。もう少しだな」
ようやく終わりかけってくらいで、近づいでくる人の気配がした。
よく知っている。小さな足音。
「哲太にぃ……ん、これ」
言葉少なにおみよが声をかけてきた。
汚れまみれな小さな手を出しながら。
その手には、汚れて見えにくいけど、一文銭(通貨。25円程度)があった。
「おっ、えらいな! おみよ。ネコババしないで教えてくれたんだな!」
「ん!」
おみよは、まだ表情は硬いけど、褒められて嬉しそうだ。
もっともっと褒めてやりたいけど、俺の手もドブまみれ。
いつものように頭を撫でてやることはできないから、これくらいだ。
こうやってドブ攫いをしていると、たまに小銭を拾うことがある。
だれも一文銭を落としたくらいで下水に手を突っ込むやつはいないからな。
んで、こうして見つけた小銭は、拾った人の懐に入るわけだけど、それは同じ長屋の住人だから許されること。
単なるお手伝いで、その長屋に住んでいない俺らが懐に入れたらネコババだ。
絶対に俺らが落としたものじゃないからな。
みんなからしたら、大した金額じゃないけど、俺らからすると大金。
喉から手が出るほど欲しい気持ちは十分わかる。
けどな、そんなことはしないぜ。
だから俺らの集団では見つけたら、ちゃんと報告するように徹底している。
黙ってればバレないかもしれないけど、俺らは仕事を貰って来てるんだ。
少なかろうと盗むことなんてできるわけがない。
あとで差配さんに返すんだ。
おみよはひどい目にあったけど、性格は変わらず真っすぐなままで良かった。
器量も良いし、きっと大きくなったら幸せになるはずさ。
なんとかして俺が良い勤め先を見つけてやらなきゃ。
さて、ドブ攫いはあと少し。
さっさと終わらせて、今日は少し良いものでも食えるといいな。
汚れまみれだけど、今日は気分が良いや。
「哲太の一日」 了
「あいよ。お疲れさん。これ、いつものやつだよ。持って帰んな」
俺は定期的に仕事をくれる一膳飯屋で作業を終えると、店主のおっちゃんに声をかけた。
店内には入らず、裏庭から大声で。
「いつもすまねえな」
「良いってもんよ。むしろ、こっちこそ昨日の残り物で悪いな」
そう言いながら、おっちゃんは、竹皮の包みを持ってきてくれる。
店の残り物が俺の報酬だ。
いつものってのは、昨日余った煮物ってこと。
こう言っては何だけど、この店は、庶民がフラッと食いに来る飯屋だから、丼飯に汁、おかずは煮物という組み合わせが基本。
小鉢のような洒落たもんはなくて、おかずは一品だけ。
違いといえば煮物の具材が変わる。こんにゃくだったり、蓮根だったり豆腐だったり。
けどな、具材は違っても味は一緒。醤油で煮しめた茶色いやつさ。
それでも食えるだけ文句ない。
供え物の腐った饅頭食って腹を壊すか、飢餓を耐えるか。
浮浪児の日常なんて、そんなものさ。
己を知り、身の程を弁えるってやつだな。
「俺の働きじゃ、これが相応さ。むしろ俺みたいなのに仕事を割り振ってくれて助かってるよ」
「最初は浮浪児が来て何事かと思ったけどな。気は利くし、マメだし助かってるよ」
おっちゃん、顔が怖いくせに変に優しいんだよな。
俺みたいのを褒めてくれるから、こそばゆくてしょうがねえや。
「やめてくれよ! 尻がむずがゆくて堪らねえ」
「食い物屋なもんで表には出せねえから、大した銭を渡してやれんのが気の毒だが」
仕事をくれるだけでもありがたいのに。
おっちゃん、そんな申し訳ない顔しないでおくれよ。
「俺みたいのを使ってくれるだけ、ありがたいよ。ありがとうな、おっちゃん」
「よせやい。また頼むぜ」
「まいど!」
神田で一膳飯屋をやっているおっちゃんは、口は悪いが優しい人だ。
俺みたいな浮浪児が仕事を探したところで、たいてい嫌な顔をされて追い払われる。
ましてや、おっちゃんのところみたいな飯屋なら、なおさらだ。
汚い、臭い。どれだけ気を使って水浴びしても、野宿が基本の浮浪児には清潔さと程遠い。
それでもおっちゃんは、俺でもできる仕事を割り振ってくれた。
裏庭の掃除と薪割り。それがココでの俺の仕事ってやつよ。
正直、俺じゃなくても良いし、人を雇うほどじゃない。
それでも雇ってくれてるのは、俺に食い物を渡すためなんだ。
小さな矜持だが、俺は施しを受けないと決めている。
それが仲間に苦労を掛けるのは承知だが、それだけは譲れないんだよ。
おっちゃんは、最初飯を恵んでくれたんだけど、俺の気持ちを伝えたら仕事を割り振ってくれた。本当に感謝している。
俺ら浮浪児は、子供だから町の人に許されて生かされているに過ぎないんだ。
もし、ただの物乞いに成り下がってしまったら、いくつになっても、その生活から抜け出せないと感じている。
そうなれば、未来はない。一生、物乞いとして生きていくしかないんだ。
もちろん、浮浪児である俺らが見られる未来なんてもんは、大したことないさ。
だけど、自分で決められる可能性が少しでもあれば、自分で決める方が何倍も良いだろ?
だからさ、どれだけ嫌がられても働き口を探すのさ。
いつか俺らのような浮浪児でも雇ってくれるって奇特な人が見つかるようにさ。
さあ、飯を仲間に届けたら、働き口を探しに行くとするか。
※ ※ ※
いつものように神田の街を練り歩く。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~!」
この掛け声もいつもの通りだ。
表通りから裏通り、長屋の中まで受け持ちの区域を隅々までな。
表通りは仕事は多いけど、俺ら浮浪児を嫌いことが多い。
そりゃそうだ。
だから長屋の路地まで行って困っている人を探すんだ。
本当に困っていれば、浮浪児でも仕事をくれる人がいるからな。
これは、代々浮浪児集団に伝わってきた、やり方だ。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~! いかがっすか~」
今日もいまいちだ。
「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~~!!」
※ ※ ※
「さあさあ、みなさん気張ってくださいよ!」
「へぇーい」
くそ暑い日だからか、差配さん(長屋の管理人)は一声かけると自身の部屋へと引っ込んでった。
今日はドブ攫い。俺ら浮浪児でも任せてもらえる大事な仕事だ。
長屋のドブは長屋の中央を横断し、下水機能を一手に引き受けている。
代理役は一人分なんだけど、今回は俺とおみよの二人で参加。
他は住人の男たち七人。
おみよがいるのは、この間の事件のせいで見知らぬ人と接することが出来なくなってしまった。
そこで今回は社会復帰の一環ってことで俺と掃除に来ている。
裏長屋のドブは、木の樋を埋め、蓋代わりに板を載せただけの簡易的な下水である。
しっかりした造りでもないし、木製という自然物のため、定期的に樋を掃除しないと詰まってしまう。
本来は、長屋の住人総出で行うのだが、用があったりすると参加できない。
参加しないにしても、今後も住んでいくには肩身が狭い。
だから代役を立てるんだけど、ドブ攫いなんてやりたがる奴なんていない。
汚水にまみれて、少しの手間賃だけなんて割に合わないもんな。
そんな仕事するくらいなら、人足仕事でもしてた方が、何倍も儲かる。
ってわけで、汚れるのも厭わなくて、少ない手間賃でも構わないってのは浮浪児くらい。
だから俺らにお鉢が回ってくるってこったな。
暑い日にドブ掃除なんて、しんどいし臭くて堪んねえけど、大事な現金収入源。
弱音なんて吐いてらんねえ。
「ふう~。もう少しだな」
ようやく終わりかけってくらいで、近づいでくる人の気配がした。
よく知っている。小さな足音。
「哲太にぃ……ん、これ」
言葉少なにおみよが声をかけてきた。
汚れまみれな小さな手を出しながら。
その手には、汚れて見えにくいけど、一文銭(通貨。25円程度)があった。
「おっ、えらいな! おみよ。ネコババしないで教えてくれたんだな!」
「ん!」
おみよは、まだ表情は硬いけど、褒められて嬉しそうだ。
もっともっと褒めてやりたいけど、俺の手もドブまみれ。
いつものように頭を撫でてやることはできないから、これくらいだ。
こうやってドブ攫いをしていると、たまに小銭を拾うことがある。
だれも一文銭を落としたくらいで下水に手を突っ込むやつはいないからな。
んで、こうして見つけた小銭は、拾った人の懐に入るわけだけど、それは同じ長屋の住人だから許されること。
単なるお手伝いで、その長屋に住んでいない俺らが懐に入れたらネコババだ。
絶対に俺らが落としたものじゃないからな。
みんなからしたら、大した金額じゃないけど、俺らからすると大金。
喉から手が出るほど欲しい気持ちは十分わかる。
けどな、そんなことはしないぜ。
だから俺らの集団では見つけたら、ちゃんと報告するように徹底している。
黙ってればバレないかもしれないけど、俺らは仕事を貰って来てるんだ。
少なかろうと盗むことなんてできるわけがない。
あとで差配さんに返すんだ。
おみよはひどい目にあったけど、性格は変わらず真っすぐなままで良かった。
器量も良いし、きっと大きくなったら幸せになるはずさ。
なんとかして俺が良い勤め先を見つけてやらなきゃ。
さて、ドブ攫いはあと少し。
さっさと終わらせて、今日は少し良いものでも食えるといいな。
汚れまみれだけど、今日は気分が良いや。
「哲太の一日」 了
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる