御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記

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幕間1

哲太の一日

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「おっちゃん終わったぜ!」
「あいよ。お疲れさん。これ、いつものやつだよ。持って帰んな」

 俺は定期的に仕事をくれる一膳飯屋で作業を終えると、店主のおっちゃんに声をかけた。
 店内には入らず、裏庭から大声で。

「いつもすまねえな」
「良いってもんよ。むしろ、こっちこそ昨日の残り物で悪いな」

 そう言いながら、おっちゃんは、竹皮の包みを持ってきてくれる。
 店の残り物が俺の報酬だ。
 いつものってのは、昨日余った煮物ってこと。

 こう言っては何だけど、この店は、庶民がフラッと食いに来る飯屋だから、丼飯に汁、おかずは煮物という組み合わせが基本。
 小鉢のような洒落たもんはなくて、おかずは一品だけ。

 違いといえば煮物の具材が変わる。こんにゃくだったり、蓮根だったり豆腐だったり。
 けどな、具材は違っても味は一緒。醤油で煮しめた茶色いやつさ。

 それでも食えるだけ文句ない。
 供え物の腐った饅頭食って腹を壊すか、飢餓を耐えるか。

 浮浪児の日常なんて、そんなものさ。
 己を知り、身の程をわきまえるってやつだな。

「俺の働きじゃ、これが相応さ。むしろ俺みたいなのに仕事を割り振ってくれて助かってるよ」
「最初は浮浪児が来て何事かと思ったけどな。気は利くし、マメだし助かってるよ」

 おっちゃん、顔が怖いくせに変に優しいんだよな。
 俺みたいのを褒めてくれるから、こそばゆくてしょうがねえや。

「やめてくれよ! 尻がむずがゆくて堪らねえ」
「食い物屋なもんで表には出せねえから、大した銭を渡してやれんのが気の毒だが」

 仕事をくれるだけでもありがたいのに。
 おっちゃん、そんな申し訳ない顔しないでおくれよ。

「俺みたいのを使ってくれるだけ、ありがたいよ。ありがとうな、おっちゃん」
「よせやい。また頼むぜ」

「まいど!」

 神田で一膳飯屋をやっているおっちゃんは、口は悪いが優しい人だ。
 俺みたいな浮浪児が仕事を探したところで、たいてい嫌な顔をされて追い払われる。
 ましてや、おっちゃんのところみたいな飯屋なら、なおさらだ。

 汚い、臭い。どれだけ気を使って水浴びしても、野宿が基本の浮浪児には清潔さと程遠い。
 それでもおっちゃんは、俺でもできる仕事を割り振ってくれた。
 裏庭の掃除と薪割り。それがココでの俺の仕事ってやつよ。

 正直、俺じゃなくても良いし、人を雇うほどじゃない。
 それでも雇ってくれてるのは、俺に食い物を渡すためなんだ。

 小さな矜持だが、俺は施しを受けないと決めている。
 それが仲間に苦労を掛けるのは承知だが、それだけは譲れないんだよ。

 おっちゃんは、最初飯を恵んでくれたんだけど、俺の気持ちを伝えたら仕事を割り振ってくれた。本当に感謝している。

 俺ら浮浪児は、子供だから町の人に許されて生かされているに過ぎないんだ。
 もし、ただの物乞いに成り下がってしまったら、いくつになっても、その生活から抜け出せないと感じている。
 そうなれば、未来はない。一生、物乞いとして生きていくしかないんだ。

 もちろん、浮浪児である俺らが見られる未来なんてもんは、大したことないさ。
 だけど、自分で決められる可能性が少しでもあれば、自分で決める方が何倍も良いだろ?

 だからさ、どれだけ嫌がられても働き口を探すのさ。
 いつか俺らのような浮浪児でも雇ってくれるって奇特な人が見つかるようにさ。

 さあ、飯を仲間に届けたら、働き口を探しに行くとするか。


 ※ ※ ※


 いつものように神田の街を練り歩く。

「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~!」

 この掛け声もいつもの通りだ。
 表通りから裏通り、長屋の中まで受け持ちの区域を隅々までな。

 表通りは仕事は多いけど、俺ら浮浪児を嫌いことが多い。
 そりゃそうだ。

 だから長屋の路地まで行って困っている人を探すんだ。
 本当に困っていれば、浮浪児でも仕事をくれる人がいるからな。

 これは、代々浮浪児集団に伝わってきた、やり方だ。

「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~! いかがっすか~」

 今日もいまいちだ。

「小間使いに掃除、店番に子守り。何でもしますよ~~!!」


 ※ ※ ※


「さあさあ、みなさん気張ってくださいよ!」
「へぇーい」

 くそ暑い日だからか、差配さん(長屋の管理人)は一声かけると自身の部屋へと引っ込んでった。

 今日はドブ攫い。俺ら浮浪児でも任せてもらえる大事な仕事だ。
 長屋のドブは長屋の中央を横断し、下水機能を一手に引き受けている。

 代理役は一人分なんだけど、今回は俺とおみよ・・・の二人で参加。
 他は住人の男たち七人。

 おみよ・・・がいるのは、この間の事件のせいで見知らぬ人と接することが出来なくなってしまった。
 そこで今回は社会復帰の一環ってことで俺と掃除に来ている。

 裏長屋のドブは、木のといを埋め、蓋代わりに板を載せただけの簡易的な下水である。
 しっかりした造りでもないし、木製という自然物のため、定期的に樋を掃除しないと詰まってしまう。

 本来は、長屋の住人総出で行うのだが、用があったりすると参加できない。
 参加しないにしても、今後も住んでいくには肩身が狭い。

 だから代役を立てるんだけど、ドブ攫いなんてやりたがる奴なんていない。
 汚水にまみれて、少しの手間賃だけなんて割に合わないもんな。
 そんな仕事するくらいなら、人足仕事でもしてた方が、何倍も儲かる。

 ってわけで、汚れるのも厭わなくて、少ない手間賃でも構わないってのは浮浪児くらい。
 だから俺らにお鉢が回ってくるってこったな。

 暑い日にドブ掃除なんて、しんどいし臭くて堪んねえけど、大事な現金収入源。
 弱音なんて吐いてらんねえ。


「ふう~。もう少しだな」

 ようやく終わりかけってくらいで、近づいでくる人の気配がした。
 よく知っている。小さな足音。

「哲太にぃ……ん、これ」

 言葉少なにおみよ・・・が声をかけてきた。
 汚れまみれな小さな手を出しながら。

 その手には、汚れて見えにくいけど、一文銭(通貨。25円程度)があった。

「おっ、えらいな! おみよ・・・。ネコババしないで教えてくれたんだな!」
「ん!」

 おみよ・・・は、まだ表情は硬いけど、褒められて嬉しそうだ。
 もっともっと褒めてやりたいけど、俺の手もドブまみれ。
 いつものように頭を撫でてやることはできないから、これくらいだ。

 こうやってドブ攫いをしていると、たまに小銭を拾うことがある。
 だれも一文銭を落としたくらいで下水に手を突っ込むやつはいないからな。

 んで、こうして見つけた小銭は、拾った人の懐に入るわけだけど、それは同じ長屋の住人だから許されること。

 単なるお手伝いで、その長屋に住んでいない俺らが懐に入れたらネコババだ。
 絶対に俺らが落としたものじゃないからな。

 みんなからしたら、大した金額じゃないけど、俺らからすると大金。
 喉から手が出るほど欲しい気持ちは十分わかる。

 けどな、そんなことはしないぜ。
 だから俺らの集団では見つけたら、ちゃんと報告するように徹底している。

 黙ってればバレないかもしれないけど、俺らは仕事を貰って来てるんだ。
 少なかろうと盗むことなんてできるわけがない。

 あとで差配さんに返すんだ。

 おみよ・・・はひどい目にあったけど、性格は変わらず真っすぐなままで良かった。
 器量も良いし、きっと大きくなったら幸せになるはずさ。

 なんとかして俺が良い勤め先を見つけてやらなきゃ。

 さて、ドブ攫いはあと少し。
 さっさと終わらせて、今日は少し良いものでも食えるといいな。

 汚れまみれだけど、今日は気分が良いや。


 「哲太の一日」 了
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