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四面楚歌
我想う:半兵衛さんの結婚話
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父は何を考えているのでしょうか。
私が他人と暮らすことなど出来ようもないのは分かっているでしょうに。
しかしまあ、父の遺言となれば従わざるを得ません。生前、書ばかり読んで暮らす私を許してくれた御方ですから、遺言に従うこともやぶさかではないのです。いくら社交性が皆無といえども、それくらいは分かってます。
もちろん、私としても父が望む息子であろうと努力もしてましたよ?
武士たるもの剣を遣えねば、と言われたので免許皆伝まで習得しましたし。汗をかくのは、あまり好きではなかったので、やはり書を読んでいる方が良いのですけれど。
なのですけれどねぇ。私が祝言とは。書を読む時間が減ってしまうではないですか。
はぁ、気が重い。
嫁入りやら何やらの煩わしい段取りは新郎抜きで行われる。
私は着替えるのもそっちのけで書を読み暇を潰す。
本当は着替えなければなりませんが、私を呼びに来てからで良いでしょう。
三々九度を終え、寝所へ。
まともに顔を見たのは今が初めて。声すら聞いていない。
どちらともなく、床に座りお互い向かい合う。
薄暗い寝所の灯りに照らされた彼女は、まるでリスのようにクリクリとした瞳を逸らさず私を見つめてくる。
小柄でふっくらとした体形も、リスを想像させる。
彼女は好奇心を隠せない様子で、じっと顔を見つめてくるのだ。何を考えているのやら。
「不束者ですがよろしくお願いしますね。半兵衛様」
「不束者というなら私の方が似合うでしょう」
「うふふっ。お噂通り不思議な御方ですね。そこらの武辺者とは全く違います」
「そうですね。私はそこらの者とは違いますよ」
「はい。私の旦那様は唯一無二の武士ですから」
ああ、穢れのない笑顔とはこういうのを言うのでしょうか。ひねくれ者の私には眩しすぎます。
稲葉山城内でこのようなことを言えば、鼻で笑う人たちばかりなのに、この愛らしい奥ときたら。
「そこまで言ってくれますか。奥が私の味方でいてくれるのは嬉しいものですね」
「奥という呼び方は好きではありませぬ。阿古とお呼びくださいな」
おやおや。見た目からして、愛らしく従順な女子かと思っていたら、思いの外、お転婆さんのようですね。私のような変わった男には、彼女のような変わった女子が合っているのかもしれませんね。
「では、阿古。私には大それた野望も無ければ、立身出世を望むこともありません。おだやかに書を読み、暮らしてゆければそれで満足なのです。そんな私でもついてきてくれますか?」
「はい! もちろんです!」
今まで他人は邪魔でしかありませんでしたが、阿古は側にいても良いのではと思ってしまいました。
弟の久作ですら、暑苦しくて邪魔なのに。阿古は私にとってかけがえのない女子になりそうですよ。
私の予感は良く当たるのです。
「では床に入りましょうか。明日は親族たちにお披露目ですから。他人と会うのは、少々気が重いのですがね」
「私がお支えしますから。半兵衛様は、半兵衛様が良いと思う道をお進みください」
その後の話は野暮というもの。何とかお披露目を乗り切って、阿古と穏やかに暮らしていますよ。
お披露目がどうだったかですか? ああいう酒宴を盛り上げるのが面倒なのですよね。酔っぱらいの相手も疲れますし。
だから弟の久作に裸踊りでもさせておくのですよ。
そうすれば、勝手に盛り上がりますから。
私は阿古の隣で静かにしています。
それで充分です。
私が他人と暮らすことなど出来ようもないのは分かっているでしょうに。
しかしまあ、父の遺言となれば従わざるを得ません。生前、書ばかり読んで暮らす私を許してくれた御方ですから、遺言に従うこともやぶさかではないのです。いくら社交性が皆無といえども、それくらいは分かってます。
もちろん、私としても父が望む息子であろうと努力もしてましたよ?
武士たるもの剣を遣えねば、と言われたので免許皆伝まで習得しましたし。汗をかくのは、あまり好きではなかったので、やはり書を読んでいる方が良いのですけれど。
なのですけれどねぇ。私が祝言とは。書を読む時間が減ってしまうではないですか。
はぁ、気が重い。
嫁入りやら何やらの煩わしい段取りは新郎抜きで行われる。
私は着替えるのもそっちのけで書を読み暇を潰す。
本当は着替えなければなりませんが、私を呼びに来てからで良いでしょう。
三々九度を終え、寝所へ。
まともに顔を見たのは今が初めて。声すら聞いていない。
どちらともなく、床に座りお互い向かい合う。
薄暗い寝所の灯りに照らされた彼女は、まるでリスのようにクリクリとした瞳を逸らさず私を見つめてくる。
小柄でふっくらとした体形も、リスを想像させる。
彼女は好奇心を隠せない様子で、じっと顔を見つめてくるのだ。何を考えているのやら。
「不束者ですがよろしくお願いしますね。半兵衛様」
「不束者というなら私の方が似合うでしょう」
「うふふっ。お噂通り不思議な御方ですね。そこらの武辺者とは全く違います」
「そうですね。私はそこらの者とは違いますよ」
「はい。私の旦那様は唯一無二の武士ですから」
ああ、穢れのない笑顔とはこういうのを言うのでしょうか。ひねくれ者の私には眩しすぎます。
稲葉山城内でこのようなことを言えば、鼻で笑う人たちばかりなのに、この愛らしい奥ときたら。
「そこまで言ってくれますか。奥が私の味方でいてくれるのは嬉しいものですね」
「奥という呼び方は好きではありませぬ。阿古とお呼びくださいな」
おやおや。見た目からして、愛らしく従順な女子かと思っていたら、思いの外、お転婆さんのようですね。私のような変わった男には、彼女のような変わった女子が合っているのかもしれませんね。
「では、阿古。私には大それた野望も無ければ、立身出世を望むこともありません。おだやかに書を読み、暮らしてゆければそれで満足なのです。そんな私でもついてきてくれますか?」
「はい! もちろんです!」
今まで他人は邪魔でしかありませんでしたが、阿古は側にいても良いのではと思ってしまいました。
弟の久作ですら、暑苦しくて邪魔なのに。阿古は私にとってかけがえのない女子になりそうですよ。
私の予感は良く当たるのです。
「では床に入りましょうか。明日は親族たちにお披露目ですから。他人と会うのは、少々気が重いのですがね」
「私がお支えしますから。半兵衛様は、半兵衛様が良いと思う道をお進みください」
その後の話は野暮というもの。何とかお披露目を乗り切って、阿古と穏やかに暮らしていますよ。
お披露目がどうだったかですか? ああいう酒宴を盛り上げるのが面倒なのですよね。酔っぱらいの相手も疲れますし。
だから弟の久作に裸踊りでもさせておくのですよ。
そうすれば、勝手に盛り上がりますから。
私は阿古の隣で静かにしています。
それで充分です。
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