王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第1章 交差点【クロスロード】

11.逃げた花嫁を捕まえろ!

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疱瘡《ほうそう》とは、現代の言葉で天然痘の事を言う。当時の医学では致死率が20%から50%の死の病であった。

感染力が強く、流行し多くの者が死ぬため、医学の発達していない昔の世ではは、疱瘡神ほうそうがみという悪神の仕業であると人々は本気で信じていたくらいである。

飛沫ひまつ感染や、接触感染により感染する。初期症状は、40度近い高熱と激しい頭痛である。

初期症状の高熱が一旦(初期症状発症より4日目ぐらいを目処)収まるのだが、解熱後頭部又は顔面を中心に肌色、若しくはやや白色の水泡が出てくる。

症状は人によっては個人差ががあるが、その水疱はやがて全身に広がる。

初期症状発症より7日から9日目に再度40度以上の高熱が出るという。

この時、重症化した者は命を落とす可能性が高い。

2,3週目には、膿疱のうほう瘢痕はんこん(あばた、もしくは傷跡の意)を残し治癒へ向かうのであるが、その瘢痕は一生消えなかった。

その為、煕子が疱瘡にかかったという事を聞いた明智家の者達は、煕子が死ぬ可能性が高いという事も覚悟したし、もし生き残ったとしても、美しかったあの顔に、傷跡が残るのでと、煕子の不運を悲しんだのであった。

しかし、更に一か月後、嘘のような吉報が明智城に届く。

煕子が快方に向かい、しかも奇跡的に瘢痕は残らなかったという。使者は、そういうと、以前の約束通り、十兵衛と煕子の祝言を執り行いたいという旨も伝えたのであった。

明智城の多くの者が、吉報とこれから行われる吉事を思い、歓喜したのは当然であった。

しかし、その中で十兵衛だけは浮かれた表情はせず、心配そうな顔をしていたのである。

その顔をみて、十兵衛の伯父光安は『吉報だらけでは、無いか、何故そんな浮かない顔をしておる。もっと喜べ!。』と言い十兵衛の背中を叩いた。

『はッ、スミマセヌ。』と十兵衛は、叔父に調子をあわせ、その場で笑顔を作ってみせたが、十兵衛の気持ちは冴えなかった。

煕子の元気な顔を確認するまで、安心できなかったのであった。

十兵衛が煕子を心配する日々は続いたが、一ヵ月もすると煕子の輿入れの日になったのである。

祝言の日、明智家の者達が整列してまっている場所に煕子の乗る籠が到着する。

新郎である十兵衛だけは、その場におらず、祝言する部屋で待っていた。

御付きの侍女の中に、料理修業の時の気骨のあるあの侍女の姿がない事に気づいた者が何人いただろうか。そんな些細な変化を注意して見ている者等いなかったのである。

籠から出てきた花嫁の顔を見て、その場にいた多くの者が大きな歓声を上げた。

其処には、疱瘡にかかった後の者にでる、痘痕あばたが何一つない、一人の美しい花嫁の姿があったからである。

『煕子殿、よく来られた。お身体にお変わりがなく、ワシらみんなが貴女の事のを心配していたのですよ。』と、伯父光安が、その場にいた総て者達の気持ちを代弁するように煕子に声をかける。

『叔父上様、御心配をおかけ致しました。申し訳ございませんでした。』と、美しい花嫁はその場で深々と頭を下げる。

『いやいや、煕子殿がお元気なだけで、満足じゃよ。』と、笑顔を絶やさぬまま、光安は煕子に頭を上げる様に近寄る。

煕子を後ろに、新郎が待つ部屋へと案内する光安。それ以外の者も、二人の後に続き城内へ入っていく。

光安が、煕子を案内したのは城の中で一番大きい部屋である。

花嫁を連れ、誇らしげに先導する光安と、その後ろにいる花嫁の姿を見た十兵衛は、煕子の姿をはやく確認しようと、立ち上がり早歩きで花嫁に近づく。

花嫁衣裳の頭巾をかぶっている為、顔が少し隠れている煕子の顔を十兵衛は見つめる。

そこには、変わらぬ煕子の顔があった。いや、ある筈であった。

『貴女は、煕子殿ではありませんね。煕子殿は、どうして此処に来られぬ。いや、今何処におられるのですか?。』と十兵衛の瞳は、叔父光安の姿を捕らえていない様に、花嫁の顔だけを見つめる。

その目は、確信の光を帯びていたのである。

『十兵衛、何をふざけた事を申しておる。戯言はやめ・・。』

光安が、甥っ子の冗談を諫めようとしようとした時、花嫁衣裳を来た女性はその場で座り込み。

低い声で、泣き出したのである。

何がなんだか、理解できない光安は、戸惑って、唯見つめる事しか出来なかった。

『申し訳ございませぬ、私は、煕子の妹、範子と申します。今日は、父と姉から頼まれ、姉の身代わりとして明智家へ嫁いで参りました。・・・うう。』

『・・・・・。』

雰囲気が固まり、その場にいた誰もが、何を言っていいのか、何をしていいのか、思考が止まる中、十兵衛だけが冷静に、泣いている範子に問いただす。

『煕子殿は、御無事なのだな、何処におられる?。』

範子と名乗る、花嫁が小さな声であるが、ユックリと答える。

『姉は、無事です。しかし、疱瘡の痘痕がお顔に残ってしまい、それを苦にして、十兵衛様のお嫁さんにはなれないと、その立場を私に譲るときかなくて、私だってそんな事したくなかったのですが、姉があまりにも可哀そうで・・・誰か、姉を、煕子を助けてあげて下さい。』

泣き出す、範子。最後の言葉は、彼女の中の溢れる思いが総て出てきてしまい、多くの者は、何となくわかるが、何を言いたいのか正確に理解した者はいなかった。

その中で、十兵衛だけが、理解したのであった。

十兵衛は、伯父光安に、大きな声で自分の考えを伝える。

『叔父上、どうやら、私は本物の花嫁に逃げられそうです。此処は武士の名に懸けて、捕まえてきたいと思っているのですが、お時間を頂けますか?。3日頂ければ、必ず本物の花嫁を連れて戻って参ります。』

甥っ子の力強い目をみた光安は、状況を察し、勢いで同意してしまったのである。

『十兵衛、よくぞ言った。必ず、煕子殿を連れて戻れよ。祝言はお主らが戻ってくるまで延期じゃ。』

『者ども、早馬を用意せよ。十兵衛の着替えを手伝うのだ。』

『他の者は、料理を無駄にするな、きっちり食べきるのであるぞ、残した者は打ち首じゃ!!。』

そんな事をいいながら、光安の調子はどんどん上がる。自分の言葉に酔っている、そんな様子であった。

『有難き幸せ、叔父上、この御恩忘れません!。』と言うと、十兵衛は服を着替えにその場を駆け足で離れたのであった。

『捕まえるまで、戻る事は許さんぞ!!。』と、後ろで光安の興奮した声が響いていた。

着替えた後、十兵衛は、一騎のみで、花嫁を捕まえに妻木城へ向かったのであった。
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