王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第4章 狂王の末路

11.対面

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次の日、1万の兵を乗せた船団が芝罘しふうの海に所狭しと浮かんだ。

100名の兵士を乗せた船が100隻。

浜辺に設置された陣所を中心に左右に50隻ずつ、一本の道を作る様に並列しその時を待つ。

船には大量の松明と、兵達が所有する強弩と、そして支給された毒矢が置かれていた。

その日の海は穏やかで、船はそれ程揺れず、こんな穏やかな場所に何が来るのだと、兵達は上層部から下された命令が分らず、ただただ、時間潰しをする様に、地の果てまで続きそうな海原を眺めていた。

やがて、太陽が沈み、漆黒の闇が海を覆うとすると、将軍である李覚の声をあげる。

李覚の声が上がると、船にいた100人の者が、同じ言葉を大声で叫ぶ。

その声を聞いた隣の船が、同じように大きい声を出す。

一つの船が叫び終わると、直ぐにその隣の船が声をあげる。連続した声が先に走り、声を出す業務を終えた船の者達は、松明に火を灯す。松明の灯りが、声の波の後、光の波となって広がっていく、そんな状況であった。

両側の松明の光に照らされた海を、一隻の小船が進む。

その船には、4名の漕ぎ手の者と始皇帝が乗っている。

兵の者達の全てが、始皇帝を始めてみる。

冕冠べんかんと呼ばれる始皇帝の帽子には、りゅうと呼ばれる玉飾りが垂れており、ひときわ目立っていた。

しかし、遠くから眺める兵達は、その者が高い役職の者である事は推察できたが、まさかそれが自分達を支配する始皇帝であると認識出来る者いなかった。

始皇帝が、護衛を連れず外に身を現すなど、想像してもいなかったのである。

将軍の李覚のみだけが、それを始皇帝であると分かり一人だけ驚愕していた。

船が船団が作る列の半ばを過ぎる時、突然、始皇帝の乗る船の前に影が現れる。

その影は小柄な女性であると認識した時、李覚は驚きのあまり声を出す。

『あの女、宙を浮いている』

海を浮遊しているその影は、悠々と船の上に降り立ち、始皇帝へ向かっていく。

フォンミンは、慌てて楷を持ち飛びかかろうとする男達の気配を察すると、『Ō』と声を発する。

その音を聞いた男達は、気を失いその場で倒れる。

船には、仙女とそれに睨まれる始皇帝のみとなる。

不思議な事に、李覚を含め総ての者達の耳に声が聞こえて来た。

(何だ、この声は・・・。女の声と男の声が・・聞こえる)

船にいる、仙女の法力なのか、初老の男の声と低い女の声がしっかりと李覚には聞こえた。

『お主らも、聞こえるのか?』と李覚は、側近の兵達に聞く。

聞かれた兵達は、驚いた様子で頷きを繰り返す。

その時、遠く離れた姜文の家にも異変が起こる。

フォンミンからもらった青色の鱗が、青白い光を放ったのである。

『これは、どういう事じゃ』と姜文は驚き、光る鱗に触れると、頭の中に一つの情景が浮かん出来たのである。

それは、誰かの視界を通してみているような感覚であった。

目を閉じると、それは鮮明になる。気がつくと、姜文の前に高貴な帽子と衣装の初老の男がいた。

姜文は一目で、その男が幼き日に見た始皇帝である事が分かった。

老いてはいるが、その眼差し、特徴のある声は脳裏に刻まれていたからだ。

姜文が視界の情報に驚いていると、耳にも声が聞こえてきた。

『これは、これは仙女様。今日は、真人に、何かご用か』

その声を聞き、姜文は子供の時に聞いた声を、その時を思い出す。

(これは、今フォンミンの見ている光景か、フォンミンは何のために始皇帝と会っているだ?)

青い鱗を通し、姜文の頭に芝罘しふうでの状況が入ってくる。

『昨日、お主には一枚の布を渡しておる。我の目的が何か、お主は知らんというのか?』とフォンリンは言い、冷静な視線で始皇帝を見つめる。

それは、品定めをする様な目であった。

『もしかすると、もしかしたら、ウヒョッ、真人、この真人に、不老不死の霊薬を与えて下さるために来たのですか?』

始皇帝は、嬉しさを抑えられない様に、自分の願望を告げる。

『・・・・・』

『お主が自分を真人と称すのは勝手、しかし其方が本当に真人かどうか、試してやろう』

『・・・・』
フォンミンの上から申すような言い方に、始皇帝は一度冷酷な顔に戻る。

しかし、直ぐにその顔を隠し、下手したてな笑顔で答える。

『ハツ、何なりと、ところで、霊薬は持っておられるのですか?』

『・・・・』、フォンミンはその問いに答えず、沈黙を通すと、始皇帝は突然狂った様に叫ぶ。

『答えよ!、れ・い・や・く・は、あるのじゃろうな?』

しかし、フォンミンは相手にしない。

『我がこの場から、去れば、霊薬有るなしは関係なくなるのだが、お主はそんな事もわからないのか?』

『真人をお主と呼ぶとは、仙女のクセに真人を脅すか?・・・』、そう話す狂王の顔は怒りに歪んでいた。

姜文、船団の兵達が自分の声を聞いているとは知らず、狂王は本性を現そうとしていたのである。
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