王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第6章 土岐家の名君

1.頼純という男【1】

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1546年9月、土岐頼純よりずみ頼芸よりのり、道三との間で和議が成立した。

越前の朝倉家、尾張の織田家、それぞれの利害を考え室町幕府に働きかけたものであった。

利害とは、すなわち美濃攻略の為の布石である。

和議が成立すると、越前より土岐頼純の美濃への帰還は許され、元々土岐頼芸よりのりが居城としていた大桑おおくわ城へ入る事が決まり、入城早々、帰蝶との祝言が行われたのである。

祝言の日、大桑城へ入った道三は祝言の部屋に先に入り、わざと上座に座り、新郎新婦を迎えた。

それは、現在の美濃の国は我が物であるという事を見せつける意思表示であった。

新郎として部屋に入って来た頼純は、そのしゅうとの態度に不満を持つような態度は一切見せず、二人の祝言は粛々と行われた。

新郎の土岐頼純はその年23歳、色白で痩せている若者である。目が小さい為か、ぱっと見印象に残らないような顔である。顔に貫録をつける為か、若いが鼻下には左右、上品な髭を伸ばしている。

武士というよりも、公家のような高貴さを持つ顔であった。

祝言がつつがなく進み、新郎の頼純と舅となる道三が親子の盃を交わす事になった。

『舅殿、未熟な私を、どうかお見捨てなき様、後ろから御支え下され』と新郎の親子の盃を交わす際の挨拶を聞き、道三も友好的に笑みを見せる。

『頼純様、恐れ多い事、美濃がやっと正しき形になる事、ワシの悲願じゃった、これほどめでたい日はない。この道三、美濃の為、頼純様の為なら、何でもやりますので遠慮なく御頼り下され』と言いながら、頼純が持って来た屠蘇器とそきより道三の盃へ酒を注ぎ、その後、その屠蘇器を道三がもらい受け、頼純の持つ盃へ注ぐ。

作法から言えば、舅である目上の道三が先ず盃の酒を飲み干さなければならないのだが、道三は頼純の面子を立てる様に、先に飲むようにと丁重に頭を下げる。

頼純は、2度断るが、3度目は無礼とわきまえそれではと、一気に盃の酒を飲み干す。

道三は、それを確認すると頼純をたたえる様に拍手し時間を稼ぎ、その後ユックリと自分の盃をあけたのであった。

空けた後、道三は自分の盃を逆さにしてみせ、飲み干した事を皆に見せつけた。

飲み干した後の二人は、笑顔である。とても楽しそうに二人で笑いあう。

その場に出席している者で、笑顔でない者はいなかった。腹の底は誰も見せなかったのである。

その場で一番辛そうにしていたのは、やはり一番幼い帰蝶であった。

幼い帰蝶にとって、長時間花嫁衣裳を着て黙って座る事がどれだけ大変であるかは、誰がみても明白であった。

しかし、この幼い貴婦人は気丈に最後までその責務を全うしたのであった。

祝言が終わり、帰蝶は今日初めて会った頼純の部屋に案内されする

彼女にとって祝言の時よりも緊張する時間であったのは言うまでもない。

付き添いとして十兵衛が行きたがったが、それは許されず御付きの侍女が同行する。

半刻もしない内に、夫となる頼純がユックリと部屋に入って来たのである。

『帰蝶殿、お主、祝言の時、何も食べていなかっただろう・・・美味い物を持って来たぞ・・』

『これはな、朝倉家自慢の料理人が作った饅頭というモノじゃ。ワシと一緒に食べようぞ』と言った夫となった頼純の顔はとても優しい表情をしていた。

帰蝶は、頼純の心遣いが直ぐには理解できず、とにかく礼儀作法にならい、挨拶を始めようとした。

『土岐頼純様、斎藤道三の娘、帰蝶と申します。不束なものでえすがぁ、今日から宜しくお願いいたしまするぅ』

『偉いぞ、良く言えた!、ワシの名は、土岐頼純じゃ、言いにくい名じゃろう』

『お前が良かったら、ヨリヨリでいいぞ、ズミズミじゃ音が悪いから、勘弁してくれ!』と頼純は人懐っこい笑顔で、妹に話しかける様に気さくに挨拶をしたのであった。

『お互い腹ペコじゃろ!、とにかく腹ごしらえじゃ』

『侍女の者、スマヌ、お茶を持って来てくれ、あまり熱くないお茶を頼む』

『饅頭が喉に詰まった時、熱いと直ぐに飲めんからなぁ!二人分、いや4人分くらいもってきてくれぃ』

侍女に指示を出す頼純の声もとても優しい。

『・・・』

頼純が気づくと、帰蝶は声も出さず涙を零していた。

『泣きたいのも当然じゃ、お主は今日誰よりも頑張っていたからな、スゴイ女子じゃ!!』

『泣け泣け、好きなだけ泣け、落ち着いたら、先ず二人でこの饅頭を食おう』

『うえええん』と帰蝶の泣き声が部屋が所狭しと響く。

その時、何日かぶりに緊張から解放された帰蝶は、やっと幼子に戻れたのであった。
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