王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

文字の大きさ
82 / 168
第6章 土岐家の名君

5.人材収集の哲学

しおりを挟む
十兵衛と帰蝶が大桑城へ入城して、既に3ヶ月が過ぎていた。

驚くべき事に、既に3ヶ月が過ぎようとしているにもかかわらず、頼純よりずみはほぼ毎日必ず帰蝶の部屋を訪れていた。

大桑城の城内では、そんな頼純に対し、心無い噂が広がっている。

心無い噂とは、大の大人である頼純が、毎日未だ幼子である帰蝶の部屋に訪れる理由は二つあり、一つは頼純が大人の女性に興味がなく、童女が好きだからだという噂である。

もう一つは、頼純が帰蝶の父道三を恐れるあまり、道三のご機嫌を損なわぬ様、律儀に未だ幼い正妻の部屋に足しげく通っているというモノである。

城内の噂は、もちろん十兵衛の耳にも入ってきていた。

実際、美濃の国を治めているのは道三であり、頼純は、道三の指示どおり、言われた処に承認の署名をするという事が彼の仕事であった。

周囲の者は、その実情から想像し、いや印象だけで頼純を心の中でさげすんでいたのである。

頼純よりずみが帰蝶の部屋に毎日来るので、当然十兵衛と頼純は毎日顔を会わせる。

十兵衛が見る実際の頼純と、噂で語られている頼純像は大きな差があった。

彼は傀儡くぐつ【操り人形】を演じているが、自分の署名する書にはきちんと目を通し、道三の指示の意図を理解する努力をしていた。

又、頼純は時間が有れば大桑城の領地を回る。一芸に秀でている者がいると聞くと、その者に会いに行く。

聞くところによると、その一芸に秀でた者が数名の家来が登用され、頼純はその者達を手元に置いた。

鉄砲、弓、槍の名手、連歌の名手、城づくりの名人と呼ばれる者もいた。

一芸に秀でるその者達は、その道にだけ身を捧げているという者が多く、人に媚びず不愛想な者が多く、言葉は悪いが変人の集まりである言う者達も多かった。

そんな彼らを、頼純は可愛がるので、頼純も変わっている主君と見られていた。

ある日、十兵衛は頼純の口から直接、彼らとの交流の感想を帰蝶に伝えている事を聞いた事があった。

『とかく、人間というのは欲張りなモノで、総ての事を卒無くこなす者を有能と思ってしまう』

『十兵衛には、悪いが、正に十兵衛の様な者じゃ』

『しかし、そんな者ばかりだと、平時は良いが難局になった時、逆に困るとワシは思う』

『難局を打破する時には、その道を究めた様な者達が必要だとワシは思うのじゃ』

『例えば、援軍が欲しい、その援軍を呼ぶ為には、足がまあまあ速いでは駄目なのじゃ、誰もが勝てない韋駄天の様な男、そういう男が必要なのじゃ』

『難局を迎えた時、その時頼りになる男を、そういう手駒をワシは多く集めたいのじゃ』

『卒なく熟す者は、難局に弱いというのがワシの持論じゃ!』

『頼純様、十兵衛兄様が、ここ一番で頼りにならないと言うのは酷いですわ!』

『そうは、言っておらん、・・・スマヌ、言葉のあやじゃ、十兵衛も、気を悪くするなよ』

頼純と帰蝶がそんな会話をしながら、二人で自分の表情を伺うので、十兵衛は苦笑いをしながら、気にはしていない事を伝えたのである。

(一理ある・・この若君の言っている事は、私にも学ぶべき事である)

土岐頼純という男を知れば、知るほど、十兵衛は頼純の人柄、能力、考え方に惹かれている自分を感じ始めていた。

しかし、そんな3人の平穏な日々はそれから間もなくして終わったのであった。

ある日を境に、頼純が帰蝶の部屋を訪れなくなったのである。

頼純が越前の朝倉家、尾張の織田家の者達と頻繁に会っているという噂が、十兵衛の耳に入って来たのはそれから間もなくだった。

(やはり、頼純様は、道三様と合戦を・・)と十兵衛は今後の展開を予想すると心が暗くなった。

『十兵衛兄様、頼純様は今日も会いに来てくれないのかしら・・・』

十兵衛に問いかける帰蝶の表情も、何か不穏なモノを感じている様であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...