王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第7章 遅れてやっときた二人の新婚生活

16.未だ死ねない二人

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道三と雪斎の交渉は、開始早々、直ぐに終了してしまった。

両者共に国としての利害が一致したからである。

駿河を治める今川家は、隣国である三河の国を実質的に属国にしたい。

かたや美濃の国を治める斎藤家としても、当時、土岐家という内乱の火を強引に消したばかりであった。

しかし火元を消しても、未だ消し切れない残り火が残っており、道三自身その残り火を消す時間、美濃の国を一つにする時間が欲しかったのであった。

残り火は、人の心の内で隠れて燃えているのであり、時間をかけ、自然に鎮火する様に懐柔していくのが最良であった。

そんな時、織田家に自分の領土にチョッカイを出させなくする事が、道三が先ず解決しなくてはいけない難題であったのである。

空になった雪斎の茶椀を、受け取り、もう一杯の茶をてる。

交渉の筋道が既に決まってしまったが、茶会を直ぐに終わらせる事も出来ず、道三は何気なく、話題を変えた。

点てた茶を、雪斎に差し出し、道三は何気なく、雪斎に年を問うた。

『・・・・、雪斎様、先程、少し口にされていたが、年老いたとは、貴方様は今年でお幾つになられたのかな?』

『52でございます』

『何と、ワシとそれほど、変わらんではないか?』

『道三様は、お幾つになられましたか?』

『・・・54でござる』

『全然、見えませぬ。私より、全然お若く見える・・。羨ましい事です』

雪斎は、穏やかな表情で軽く世辞を言う。

『・・・ワテ・・ワシなぞ、50を過ぎてからは、何時お迎えが来るか、ビクビクしております』

『仏に仕える者となる事を決めた日に、とうに煩悩は捨てた筈なのですが、正直、死ぬのが怖いですわ』

雪斎は、そう言うと、少し恥ずかしそうに、人指指と親指で、耳たぶを触ると、人指指を忙しく動かした。

『・・・それはワシも同じじゃ』

『ワシも、元々は、仏の道を歩むつもりじゃった。それを止め、油売りになり、そして武士になり、そして今は、こうしておる』

『若い時は、己の命など、何時失おうとまったく怖くは無かったのじゃ、自分がどれだけの器か、天に問いかけ、その返答が死でも、それがサダメと受け入れる気骨があった』

『しかし、・・・今は怖い。本音を言えば、怖くてたまらん。ワシが死んだら、ワシが守って来た者達は、どうなると考えるからじゃ』

道三の口調は穏やかで、まるで自分以外の者となり、今の自分を冷静に分析している様であった。

『斎藤家には、義龍様という立派な御嫡男が居られるではありませんか?』

『そろそろ、家督を御譲りになり、後継者とし、一歩下がって支えられても、宜しいのではありませんか?』

『そうする事が、死への恐怖を無くす事、この世への未練を無くす道では・・・』

雪斎は、不思議がる様に、道三へ正直な気持ちを投げかけた。

『道三様には、血縁の方がいらっしゃいます。もし、ワシが道三様であったら、何を悩んでいるのかと思います。無条件に、自分の息子に家督を譲れば、良いではござらんか?』

『ワシなんぞは、ワシに代わって今川家を守っていける者を、探し、育てなければなりません』

『そんな重い宿命を、赤の他人が譲りうけてくれるかと、正直ダメ元ですわ・・・』

『それには、人柄っちゅうモンがある』

『能力も大事だが、その重い宿命を、生真面目に背負おうという人柄を持っている人が・・』

『本当に少ないのが現実や・・』

『実の息子はんであれば、少なくても、いや、嫌がっても、それが宿命さだめとして受けてくれる。他人には、それが無い。』

『両方持っているモンなんか、本当に居るのかと、仏さんに聞きとうなります・・』

『仏はん、はよせんと、ワシ本当死んでまうでっていうのが本音どす』

雪斎は、自分の胸に抱えた悩みを正直に道三へ語った。

(あの男は、そういう面で見所が・・、見ず知らずのワテを、あの若い男は様、よう担いだわ・・・)

そう言っている雪斎の脳裏に、養老の滝まで自分を担ぎ、苦しそうに息を吸っていた十兵衛の顔を思い出していた。

『・・・フフ、ワシと雪斎様が、同じ様な悩みを持っているとは・・』

『息子、義龍には、ワシを越そうという気概が足りん、ワシから譲り受けるのではなく、ワシから国を奪ってやろうという気概を、あ奴には、欲しいモノです。フフフッ』

『お互いに、マダマダやらなければならない事が多いようですな、簡単には死ねませんな・・』

その日、道三と雪斎は、暫く互いの立場を忘れ、生い先を考える同年代の男として、互いに楽しく雑談したのであった。
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