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第9章 世代交代への動き
7.熱田羽城(あつたはじょう)での対面【後編】
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その日、信長は竹千代と長い時間話をした。
熱田羽城城主の加藤順盛とその娘松は、二人が話をする部屋の外の廊下でジッと待っていた。
二人の話が終わり、部屋から竹千代が出て来るのを見ると順盛はすかさず松に竹千代を連れて行く様に合図を送ると、自分は信長の居る部屋に入って行った。
『信長様、此度の事は・・・何卒御内密に』
順盛の額からは、緊張の為か大量の汗が出ていた。
『・・・・此度の件とは』
『竹千代さ‥殿を部屋に幽閉せず、自由にさせていた事でございます』
『某、加藤順盛、イエ、我が加藤家には二心は有りませぬ!』
『・・・・二心とは、たわけた事を、・・・・しかし、承知した、竹千代の幽閉の仕方についてはオレからお主へ命令したと、オヤジには伝えておく、それで良いか?』
頭の回転が速い信長は、順盛の意を直ぐに理解し、そう答えた。
『ハッ、お心遣い有難うございまする』
順盛は、その場でしゃがみ込み、身を丸くする様にしてひれ伏す。
『順盛、・・・・しかしお主に聞きたい』
『ハッ、何なりと』
『二心無きお主が、何故松平家の人質を丁重にもてなす・・可哀そうだけではオレは納得できん』
信長の声の質が変わった。
『・・・・』
順盛は、信長の言葉に冷たい殺気を感じ、緊張のあまり直ぐに言葉が出ず、沈黙してしまう。
『答えられんか?、・・・・それでも良いが・・』
沈黙する順盛に対し、信長は冷たい声で、見捨てる様にそう呟いた。
『・・商いの経験と、我が加藤家の辛い体験からでございまする』
『商いの経験、加藤家の辛い体験とな・・・面白い、聞かせろ・・』
『ハッ、・・・』
順盛は、信長に問われ、その胸にしまっていた思いを信長に伝えた。
『某、イエ私めは、元々は商人でございまする』
『商人という者は、人に優しくするモノでございます』
『商人というのは浮世の浮き沈みを上手に渡って行かなければなりませぬ』
『上手に渡っていけず、深く沈んでしまう商人もザラにおります』
『溺れる者は藁をも掴む、商人は藁ではなく、人の手にしがみつきまする』
『溺れた時に、手を差し伸べてくれる人を少しでも増やす為、日々人に優しく、誠実に商売をするのでございます」
『溺れた時に、誰からも手を差し伸べられない商人は、周りの者から信頼されていない商人です、そういう者は、一度の失敗で総てを失います』
『私め、イエ我が加藤家は、武士として一度失敗し、商人として大成致しました』
『周りの方は、私めに商才があったと持ち上げてくれておりますが、何のことはない』
『溺れていた処に、私めに、手を差し伸べて下さった方達がいただけでございます』
『私めは、その方々の手に、無我夢中でしがみついて、その手を離さぬ様に、一生懸命、その方達の信頼を裏切らない様に、誠実に生きて来ただけ・・』
『野垂れ死にしていた運命もございましたが、運よくこうして・・』
順盛は、そう言うと両手を広げ、自分を見て下さいという様な素振りをする。
『竹千代どのも、今は幼く、か弱き御子なれど、何年か先の事は解りませぬ』
『金も、人への施しも天下の回りモノ、何時かは又自分に帰って来るモノ・・』
『私め、イエ某は、そう思っておりますので、竹千代様は、人質としてではなく、一人の客人としてお世話させて頂いております』
『・・・ウム、お主の道理、良く分かった、一理ある。今後ともそれを通す事、オレが認める』
(何と凄まじい威圧感じゃ、これがワシの娘と同じぐらいの年の子か・・)
(まるで、信秀様と話している様じゃ・・)
信長の容認の言葉を聞きながら、順盛は驚いていた。
驚きながらも信長の容認の言葉を聞き、心の中で胸を撫でおろす。
『しかし、二つ条件がある』
(・・・・条件??)
やっと一息つけた処だったので、警戒感が強くなる。
(何じゃ、条件とは・・)
『・・・条件、それはどのような』
『又、オレはこの城に竹千代に会いに来る、その時にも、お主の商人としての経験を聞きたい』
『ハッ、その様な事は容易き事、・・もう一つは』
『竹千代は武士の子じゃ、馬の乗り方を、あ奴に教えてやってくれ』
『・・・馬の乗り方ですか、・・ハッ、畏まりました、が・・宜しいのですか?』
信長の真意を確かめるべく、順盛は、恐る恐る信長の顔を見上げる。
それは、人質の竹千代の城外への外出をも認める名目になる為である。
『ウム、良い。しかと頼んだぞ、今度来た時オレは。竹千代と一緒に馬に乗り、遠出がしたい』
『その時、もし竹千代が馬から転げ落ちる様な事があれば、お主たちの命はないぞ・・肝に命じるのじゃ』
信長の言葉と、顔は正反対である。爽やかな笑顔であった。
(この御方は、竹千代殿を城内にだけ幽閉せず、外を見させろと・・そう私におっしゃっているのだ)
(・・何とも、恐ろしい、が、何とも良い笑顔をする方じゃ)
順盛は信長の心遣い、そしてその大人びた顔をみて、理屈ではなく商人の本能である事を直感する。
未だ若く、周囲の者からその態度で大ウツケとバカにされているこの少年が、尾張の次代の当主になる事を。彼の頭の中で、その未来像が想像できたのであった。
『ハッ、この加藤順盛、身命にかけ』
順盛は、その日、主君の子にではなく、次期主君になる男に忠誠を誓ったのであった。
『ウム、頼んだぞ』
『今日は、竹千代とお主に会えて、楽しかったぞ』
天文17年(1548年)の春の事である。
この年6歳の竹千代は、この年父松平広忠を病で失う事になる。そして松平家は、織田家よりも斎藤家よりも早く当主が変わる事になるのであったが、この日、誰もそんな事を考えていなかった。
熱田羽城城主の加藤順盛とその娘松は、二人が話をする部屋の外の廊下でジッと待っていた。
二人の話が終わり、部屋から竹千代が出て来るのを見ると順盛はすかさず松に竹千代を連れて行く様に合図を送ると、自分は信長の居る部屋に入って行った。
『信長様、此度の事は・・・何卒御内密に』
順盛の額からは、緊張の為か大量の汗が出ていた。
『・・・・此度の件とは』
『竹千代さ‥殿を部屋に幽閉せず、自由にさせていた事でございます』
『某、加藤順盛、イエ、我が加藤家には二心は有りませぬ!』
『・・・・二心とは、たわけた事を、・・・・しかし、承知した、竹千代の幽閉の仕方についてはオレからお主へ命令したと、オヤジには伝えておく、それで良いか?』
頭の回転が速い信長は、順盛の意を直ぐに理解し、そう答えた。
『ハッ、お心遣い有難うございまする』
順盛は、その場でしゃがみ込み、身を丸くする様にしてひれ伏す。
『順盛、・・・・しかしお主に聞きたい』
『ハッ、何なりと』
『二心無きお主が、何故松平家の人質を丁重にもてなす・・可哀そうだけではオレは納得できん』
信長の声の質が変わった。
『・・・・』
順盛は、信長の言葉に冷たい殺気を感じ、緊張のあまり直ぐに言葉が出ず、沈黙してしまう。
『答えられんか?、・・・・それでも良いが・・』
沈黙する順盛に対し、信長は冷たい声で、見捨てる様にそう呟いた。
『・・商いの経験と、我が加藤家の辛い体験からでございまする』
『商いの経験、加藤家の辛い体験とな・・・面白い、聞かせろ・・』
『ハッ、・・・』
順盛は、信長に問われ、その胸にしまっていた思いを信長に伝えた。
『某、イエ私めは、元々は商人でございまする』
『商人という者は、人に優しくするモノでございます』
『商人というのは浮世の浮き沈みを上手に渡って行かなければなりませぬ』
『上手に渡っていけず、深く沈んでしまう商人もザラにおります』
『溺れる者は藁をも掴む、商人は藁ではなく、人の手にしがみつきまする』
『溺れた時に、手を差し伸べてくれる人を少しでも増やす為、日々人に優しく、誠実に商売をするのでございます」
『溺れた時に、誰からも手を差し伸べられない商人は、周りの者から信頼されていない商人です、そういう者は、一度の失敗で総てを失います』
『私め、イエ我が加藤家は、武士として一度失敗し、商人として大成致しました』
『周りの方は、私めに商才があったと持ち上げてくれておりますが、何のことはない』
『溺れていた処に、私めに、手を差し伸べて下さった方達がいただけでございます』
『私めは、その方々の手に、無我夢中でしがみついて、その手を離さぬ様に、一生懸命、その方達の信頼を裏切らない様に、誠実に生きて来ただけ・・』
『野垂れ死にしていた運命もございましたが、運よくこうして・・』
順盛は、そう言うと両手を広げ、自分を見て下さいという様な素振りをする。
『竹千代どのも、今は幼く、か弱き御子なれど、何年か先の事は解りませぬ』
『金も、人への施しも天下の回りモノ、何時かは又自分に帰って来るモノ・・』
『私め、イエ某は、そう思っておりますので、竹千代様は、人質としてではなく、一人の客人としてお世話させて頂いております』
『・・・ウム、お主の道理、良く分かった、一理ある。今後ともそれを通す事、オレが認める』
(何と凄まじい威圧感じゃ、これがワシの娘と同じぐらいの年の子か・・)
(まるで、信秀様と話している様じゃ・・)
信長の容認の言葉を聞きながら、順盛は驚いていた。
驚きながらも信長の容認の言葉を聞き、心の中で胸を撫でおろす。
『しかし、二つ条件がある』
(・・・・条件??)
やっと一息つけた処だったので、警戒感が強くなる。
(何じゃ、条件とは・・)
『・・・条件、それはどのような』
『又、オレはこの城に竹千代に会いに来る、その時にも、お主の商人としての経験を聞きたい』
『ハッ、その様な事は容易き事、・・もう一つは』
『竹千代は武士の子じゃ、馬の乗り方を、あ奴に教えてやってくれ』
『・・・馬の乗り方ですか、・・ハッ、畏まりました、が・・宜しいのですか?』
信長の真意を確かめるべく、順盛は、恐る恐る信長の顔を見上げる。
それは、人質の竹千代の城外への外出をも認める名目になる為である。
『ウム、良い。しかと頼んだぞ、今度来た時オレは。竹千代と一緒に馬に乗り、遠出がしたい』
『その時、もし竹千代が馬から転げ落ちる様な事があれば、お主たちの命はないぞ・・肝に命じるのじゃ』
信長の言葉と、顔は正反対である。爽やかな笑顔であった。
(この御方は、竹千代殿を城内にだけ幽閉せず、外を見させろと・・そう私におっしゃっているのだ)
(・・何とも、恐ろしい、が、何とも良い笑顔をする方じゃ)
順盛は信長の心遣い、そしてその大人びた顔をみて、理屈ではなく商人の本能である事を直感する。
未だ若く、周囲の者からその態度で大ウツケとバカにされているこの少年が、尾張の次代の当主になる事を。彼の頭の中で、その未来像が想像できたのであった。
『ハッ、この加藤順盛、身命にかけ』
順盛は、その日、主君の子にではなく、次期主君になる男に忠誠を誓ったのであった。
『ウム、頼んだぞ』
『今日は、竹千代とお主に会えて、楽しかったぞ』
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