王になりたかった男【不老不死伝説と明智光秀】

野松 彦秋

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第10章 マムシの怨霊退治

14.殉愛(じゅんあい)【6】

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道三が声の聞こえた方向をみると、かなり離れた位置に異国の国の服を着た男が立っていた。

不思議な事に、道三と男との距離は離れてはいたが、男の声は道三の耳にしっかりと聞こえる。

『お主が、お主がワシを操り、深芳野を殺めさせたのか!』

道三は、男に怒鳴りつける様に問う。

『・・・・・、朕がそうだと言えば、お主は喜ぶのだろう』

『残念ながら、そうではないのはお主も分かっておろう・・・』

男の声は、冷静で淡々とそう答えたが、次の一声で別人のように声の様子が変わった。

ワザと、子供の様な高い声を使い、男は道三を小馬鹿にする様な口調でこう切り出した。

『・・・・あの女を喰らったのは、お主自身じゃよ・・・』

『忘れたのかぁ??・・まるで一匹の獣のようじゃったぞぉおお』

『空腹の獣が、無防備な羊に飛びかかり喰らうかのようにぃぃ、女の首元にぃぃい、喰らいつき』

『骨までしゃぶりつくすかのようにぃぃ、あの女の生気を吸い尽くしたではないかぁ』

『・・・忘れてはおるまいぃぃぃい」

嫌悪感を刺激する男の声が、その空間に響き渡る。

道三が、憎しみを込めて男の立っている方角を睨みつけるが、男の言葉に本心を突かれているようで、何も言えなかった。

道三が、何も言い返さないのを理解した男は、更に言葉を続けた。

今度は、又一転して、普通の大人の落ち着いた声であった。

『弱き者よ、側室の一人を殺めた事ぐらいで泣きじゃくる弱き者よ』

『其方の様な弱き者に、天下は取れぬ』

『朕に渡せ、弱き者よ!』

『其方が其方の身体を、朕に捧げるのであらば、お主の名はこの国を支配する者の名となるであろう!』

『しかも、永遠にじゃ』

『どうじゃ、こんな良い話はあるまい・・)

そう言って、男は道三の方に握手を求める様に手を前に出す。

すると、男の手がグングン伸び、道三の前まで近づいてくる。

(なんじゃ、コレは・・錯覚か?バケモ・・)

伸びて来た男の手が道三の目の前で止まった。

『さあ、取れ、朕の手を・・・、朕の手を取れば、何かも朕が上手くやってやるぞ』

『お主が忘れたい記憶も、朕ならお主から取り除く事ができる』

『其方は、何も考えず、朕の一部になって、栄華を、朕の覇業を見続けれるじゃ』

(この手をとれば、この苦しみから逃れられるのか・・・)

(この手を取れば、楽になれるのか・・・)

(楽・・・・・に)

愛する深芳野殿を自身の手で殺めてしまった深い罪悪感が、道三の心を死に体※とさせていた。

催眠術に掛けられた様に、ユックリと道三の手が動き始めた・・。

その時、突然パッと眩しい閃光が辺りを包んだ。

道三は、その光で一瞬硬直すると、視界を失った。

視界を失った道三に、何者かが飛びかかってきたのである。

(これは・・・ナニモノ)

道三は、倒されその場で仰向けにされたのである。

誰が自分に飛びかかって来たのかを確認しようと目を開ける。

道三が目を開けると、其処には美しき若き女性の顔があった。

道三の首にしがみつき、彼を押し倒したのは殺めてしまった筈の深芳野殿、若き日の彼女であった。

『殿、イエ、新九郎様、私の貴方様へ捧げた命、無駄にされる事だけはお止めください』

『ミヨシィノ、其方生きておったのか?』

道三は、彼女の背中にまいた両腕に力を込め、震える声で彼女に問う。

『・・・・』

深芳野殿は、道三の問いには答えす、彼女もまた道三の首に巻いている両腕に力を込めただけであった。

自分の問いに、その行動で答えた深芳野殿の真意を悟ってしまった道三は、泣いた。

恥も威厳も考えず、心のまま泣いた、そして泣き叫んだ。

『ミヨシィノ、助けてくれ、ワシは苦しい、苦しいのじゃ、もう楽にしてくれぇい』

『ワシをお主と共に連れて行ってくれ、頼む、頼むから、頼む・・・ミヨシィノ』

そんな、道三を深芳野殿は更にキツク抱きしめ、彼女もまた震える声でこう言った。

『新九郎さま、アナタの苦しみ、私を想う御心は、私は知っております。』

『ありがとうございました。今生にてアナタ様と巡り合えて、私は幸せになれました』

『主家を追放し、国を盗んだと、美濃の蝮などと蔑まされ、人に嫌われながらも、その傷を、痛んだ心を微塵も人に見せず』」

『それでも、民の為に懸命にこの国を治めるアナタ様の姿が大好きでした。」

『アナタ様を嫌う者は多いかもしれぬが、私は好きですぞ、私は、ワタシはそんな新九郎様が大好きです』

『アナタは、弱き者では有りません。人を愛する事のできる、人の上に立つべき人です』

『人を愛せない者が、他の人が愛する家族を、この美濃の国の民を守れるわけが有りません』

『あんな男のいう事に、惑わされないで下さい、私の魂は何時も貴方と共におりますので・・』

そういうと、深芳野殿の身体がどんどん薄くなりはじめた、やがて道三に覆いかぶさっていた深芳野殿の身体は消えてしまった。

『チツ、あの女め、邪魔をしおって・・・』

男は、憎々しげに男の声が聞こえ、やがて男の気配も消えてしまった。

道三は、また一人になった夢の中で、暫くそのまま泣き続けていた。

※死に体・・・相撲用語で、体勢を崩して自分では立て直すことができない状態をいう。 相撲以外においても、回復が困難な状況・状態を表す言葉
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