地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】

野松 彦秋

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第2章 改名

1.将軍様が到着した日(疲弊した男)

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将軍足利義昭あしかが よしあき一行が備中の国高松城へ到着したのは、小早川隆景から書状が届いてから1週間後であった。

義昭を迎える事になった宗治は、権威が衰えたとはいえ、時の将軍、武士社会の頂に立つ御方のお世話ができる名誉に感激していた。

『殿、将軍様が御付きになりました。』と久之助が息を切らして宗治の部屋を訪れ、部屋の前で伝えた。
襖をあけると、そこには正装で着飾った宗治が準備万端で待っていたのである。

『そうか、直ぐ参るぞ!!』と二人は小走りで出迎えに向かったのであった。

宗治をはじめ、清水家一同が城の門の前で整列し、義昭一行を迎え入れたのである。

義昭の乗る御輿がつくと皆一斉に各人の前の地面に敷いてある薄い茣蓙ござの様な敷物の上に膝をつき、頭を下げる。2月の寒空の下、雪は前もって退けていたが、雪の下から出てきた土は冷えており、頭を突いた部分から冷気が伝わってくる。

『皆の者、苦しゅうない、面を上げよと義昭様が仰せじゃ。』と義昭の近習きんじゅう細川輝経てるつねが大きな声で皆に伝えた。その声を聞き、宗治が顔を上げると、其処には高貴な衣装を着た男が立っていた。足利幕府第15代将軍足利義昭その人であった。

義昭は、その年39歳。少し瘦せている印象を受けた宗治だった。

『我が足利義昭である。本日は皆役目大義である!今日はよろしく頼む!』と頭を軽く下げたのであった。義昭の声は心なしか、弱々しく聞こえ、彼の目には生気がないように見うけられた。

『ハッハハァ、有難き幸せ、将軍義昭様のお世話ができる事、我が一族末代までの誇りでございます。私はこの城の城主、毛利家家臣清水宗治でございまする。』

『狭い城にて大変ご不便をお掛け致しますが将軍様におかれましては存分に足を伸ばされ、長旅のお疲れを少しでも癒して頂ければこの上ない幸せでございまする!』と口上を述べ義昭とその一行を城へ招き入れたのであった。

宗治は先頭に立ち、進行方向を手で指しながら義昭一行を先導する。

城の門をくぐり、城の入り口に来た時、後ろに着いて来ていた義昭が、ヨロめき転びそうになった。『義昭様!!。』と直ぐ傍にいた細川輝経が慌てて義昭を受け止め、その後、自身の肩を貸しながら義昭と共に歩いた。

『どうされましたか?』と慌てた様子で義昭の様子を確認する宗治に、義昭は疲弊しており沈黙をしたままであったが、輝経が代わりに『大丈夫だ。唯、長旅のお疲れがでたのであろう…。』と答えた。

義昭を高松城の中で一番良い部屋に通し、その近くの部屋へ従者達を通した。義昭一行の総勢は50名。
一泊であったが、この人数を世話する事は高貴な身分の者達という事、又義昭の体調が良くない事が高松城の人々へのおおきな重圧プレッシャーになり、皆の緊張は最高潮ピークに達していた。

義昭が高松城へ来た時点で、心身共に疲弊していた理由は彼のその長い流浪生活だった。

義昭は、1573年に京都で信長打倒を目的として2度兵を挙げ、2度共破れ、最後は京都から落ち延びたのである。

落ち延びた義昭であったが、彼を助けかくまってくれる者も多く、義昭は彼らの庇護ひごを受け備中の国迄辿り着いたのである。

しかし、信長の勢力が日増しにつよくなり、力が及ばない彼らの拠点に長くいると、信長に知られその匿った者が滅ぼされてしまうという危機感から、彼は支援者の拠点の一か所にはとどまる事が出来ず、2年の間信長の追手から逃れる様に流浪したのであった。

心が折れそうになっていた原因はもう一つ有り、それは彼が画策して築き上げた反信長同盟が、参加していた有力大名たちが次々と滅ぼされ、事実上瓦解がかいしてしまった事である。高松城についた義昭は、正に心が折れる寸前だったのであった。

義昭の大まかな状況は、彼が訪れる前に宗治の元にも情報として入って来ていたが、本人の状態を目の当たりにした宗治は、事態が彼の想像より深刻で驚き、そんな義昭に同情したのである。

そんな宗治から、何とか義昭を励ます方法は無いかと相談を受けたのが久之助であった。

夕食までに何か喜ばれる事を考えてくれと宗治の要望に久之助は頭を抱えた。

久之助は、高松城の普段人が来ない武器庫に籠り、鶴姫に相談を持ち掛けたのである。

『鶴姫様、何か良い案はございますか?お知恵を御貸し頂けませぬか?』と言う久之助の言葉を聞き、『何じゃ、何じゃ、どうしたのじゃ??』と姐御肌あねごはだの幽霊が耳を傾けたのであった。
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