地縛霊に憑りつかれた武士(もののふ))【備中高松城攻め奇譚】

野松 彦秋

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最終章 冠山城の戦いと備中高松城攻め

21.高松城攻め【5】(嘆願書)

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安国寺恵瓊が高松城に降伏するように伝えに来た日は外は雨だった。

毛利の陣より船が出され、それを織田方軍が静観している時点で使者の目的は推測できた。

(毛利家と織田軍で何らかの話がついたのだろう。)と、ゆっくりと近づいてくる船を見ながら、急いで出迎えの準備をする。

高松城では、水が城内迄浸水し、立て籠る兵達の顔は、疲労と将来の不安から暗くなっていた。

船が門まで近づいたので、迎え入れる為に城門を開きたいが、門を開けが大量の水が入ってきてしまうため、城門の上から縄を落としそれを安国寺恵瓊に掴ませる。

恵瓊が縄を掴むと、門番の者が3人で縄を引っ張る。

縄で引っ張り上げられながら恵瓊は慎重に門を登り、やっとのこと、高松城へ入城してきた。

『お初にお目にかかる。安国寺恵瓊と申します。』

『高松城城主清水宗治と申します。お手数をお掛け申した。』と宗治も名乗り、手で本丸の入り口を指し、恵瓊を城内へ招きいれる。

宗治は、恵瓊を連れ、末近信賀と月清、宗忠達が待つ部屋に向かった。

部屋に入り、他の3名との挨拶が終わると、恵瓊は訪問の目的を告げる。

『皆様におかれましては、援軍の来ない中、よくぞここまで持ちこたえて下さった。輝元様、吉川元春様、小早川隆景様も皆、皆様に感謝しておりましたぞ。』と恵瓊が4人に各主君からの労いの言葉を伝える。

『小早川隆景様は、支援が出来ず、援軍も遅れ、申し訳無いと宗治殿、信賀殿に謝っておられました。』

『言い訳になりますが、水軍の頼みにしていた来島の村上水軍や一部の水軍が、織田方の調略を受け、織田方に寝返ってしまい、それらの対応に追われ、皆様に対する援軍が後手になりました。申し訳ございませぬ。』と、恵瓊は状況を説明した後、深く頭を下げ謝罪した。

『恵瓊殿、状況は分かり申した。』と末近信賀が恵瓊に言葉をかける。

『過去の事を言っても今更仕方が無い。ワシらが知りたいのは、今後の方針じゃ。』と、月清が恵瓊の物言いにまどろっこしさを感じたらしく、急かすような物言いで恵瓊に、訪問の目的を聞く。

『恵瓊殿、兄の物言いが悪く、申し訳ない。短刀直入に聞く、今回来られた理由を教えてくれ。』と宗治が、恵瓊に訪問理由を聞く。

『ハッ!実は、既に講和に向けて織田方と話し合いが始まっておりまする。』

『見ての通り、城の周りが水に囲まれ、城に兵糧を送る事も、城の前で戦かう事も出来ませぬ。更に、先程少し説明致しました一部の水軍の裏切りも有り、我らは前と後ろに敵を持つ状況になっておりまする。』

『このような状況になってしまったので、皆様には織田方へ降伏して頂きたく、それを伝えに参りました。』

『皆様が降伏し、仮に織田方へついたとしても、毛利はそれを罪とは思いませぬ。』と恵瓊は関を切ったように語り出し、結論迄ゆっくりと落ち着いた声で言い切った。

『何じゃ、それは、あれだけの大軍を連れてきて、一戦もせず、降伏しろというのはどういう建前じゃ!恥ずかしくないのか。』と月清は、皆が思っていても言えない事をワザとぶつける様に呟いた。

『兄上!』と月清を注意するような口調で、弟難波宗忠が月清を呼ぶ。

『・・・。恵瓊殿、解せませぬ。何故我々に降伏を勧め、織田方についても良いなどと、講和条件で揉めておるのですかな。』

『此処迄きて、隠し事等必要ありませぬ。我らにすべてをお話下され、織田が出している講和条件とは何なのですか?』と宗治が恵瓊を問い詰める。

『・・・・・。』、宗治に詰められ恵瓊は黙り込む。

『命を賭けている我らに、ダンマリとは失礼であろう。』と宗治の声が強まる。礼儀正しく話していた宗治の声が突然、怒りを込めた様な声になった。

『・・・我らの殿達は、皆様の命を救うべく、城の者達の命の保証を条件に備中・備後・美作・伯耆・出雲の五国の割譲を織田方に申し入れた。』

『何と、5国も。』と末近信賀が驚き、声をあげる。

『わが軍は其処迄追いつめられていたのか・・・。』と月清も流石に驚きを隠せない。

『しかし、織田方はそれでも納得せず、もう一つ条件を付けてきた。・・・。』と恵瓊は言い、悩む顔をして沈黙する。

『その追加された条件とは、何なのですか?』と宗治は答えを聞く。

厳しい顔をしながら、恵瓊は言葉をふり絞る様に言った。

『宗治殿、貴殿の命じゃ・・・。隆景様と元春様は、忠義の士である貴殿の命を救う為、ワシに貴方がたへの降伏の説得を命じられた。』

『宗治殿、お優しいお二人の気持ちを察して下され・・・。』と恵瓊は言い、涙を流した。

『小早川の殿も、尽力してくれたのだな・・。ワシなんかの為に。』と、自分の主君を思うように呟いた。

『ワシの命一つで、城の者達の命が救えるのであれば、安い物じゃ、この首にそれ程価値をつけてもらえるとは、有難い物じゃ、この清水宗治、城の者達の命と引き換えであれば、ワシの命など喜んで差し上げましょうぞ。』と宗治は平然に言った。

『本望です。恵瓊殿、今すぐ、織田方へ嘆願書を書きますので、それを持って織田の陣へ行って下され。』

『ワシも、宗治についてゆくぞ、清水家の嫡男はワシじゃからの、弟だけを死なすわけにもいかんじゃろうて。』と月清が言う。

『一人だけ、置いてけぼりは嫌です。城代である私も、兄者たちと共に行きます。』と宗忠も続く。

『この、末近信賀も、共にいきまする。』と末近信賀も迷いなく続く。

3人の言葉を聞き、宗治は3人は死ぬ必要は無いと自分に殉じる事は無いと、必死に説得を試みるが、自分の死に場所は自分で決めると3人は言い張り、結局4人の名前が書かれた嘆願書を恵瓊は持ち帰る事になったのであった。

彼らの名前を、彼らの顔を、嘆願書を書く迄の4人のやり取りの情景を、安国寺恵瓊は自分が死ぬまで忘れる事は無かった。

恵瓊は、先ず毛利の陣へ嘆願書を持って帰り、4人との話し合いの状況を伝えた。

4人の決断と様子を聞いた小早川隆景と吉川元春は子供の様に泣いた。先ずは自分達の不甲斐なさに泣いたのである。

家来を助ける為に自ら進んで命を投げ捨てる自分達の部下達。

その主君である自分達は、指を咥えて見ている事しか出来ない、そんな自分達が許せなかったのである。

そして、宗治の兄と弟が、彼に殉じる決断した心情を思いやり、泣いたのであった。

恵瓊は二人に報告した後、羽柴秀吉と直接会い、4人の様子を詳細に語り嘆願書を渡した。

秀吉とその弟秀長の兄弟は、その嘆願書に書かれた3兄弟の名前を見て、堪えきれず泣いた。

小早川隆景と吉川元春の兄弟と同じように3兄弟の兄弟愛に泣いてくれたのであった。

秀吉は、嘆願書を読んで、自分がしようと思っていた時間稼ぎを恥じた。そして、彼は信長に許可を得ず、初めて自分の裁量で講和を決めたのであった。

安国寺恵瓊が羽柴秀吉に好感を持ったのは、その時の秀吉が流した涙を見たからであった。

講和条件は整い、二日後の6月4日に宗治達が切腹する事が決まった。

6月2日の朝、その時京都では既に本能寺の変が起こっていた事は、その時誰も知らなかったのである。
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