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約束を破るなら
しおりを挟む俺は決心した。
妹と恋歌をどうにか仲直りさせようと決心していた。
恋歌、妹共にバカじゃないんだ、話し合えばどうにかなると思い込んでいたんだが……。
「えへへ、兄さ~ん」
「…………チッ」
朝の通学路、手を握る妹は恋歌を見ようとせず、恋歌も妹を見ようとしない、それどころか話すらしない。
これじゃ先に進まないどころか、このまま決別する可能性だってあるだろう。
ここは俺が動かないといけないのは間違いないけれど、何をすればいいのか分からない。
「……あ、あー、今日も寒いな」
「確かに寒いです、だから兄さんに抱きついて暖を取るのは普通ですよね!」
俺が話すと妹は繋いでいた手を一瞬離して腕に抱きつく。
そして恋歌が妹を睨む。
この空気感が最悪なのはいくら俺でも分かる、分からなかったらそれはもう人間じゃないか、無神経かつ人の心を持たない化け物と言ってもいいだろう。
「そんなにひっつく必要ないんじゃないかな」
トゲトゲしい言葉が恋歌から飛ぶ。
だがそれを聞いても妹は平気な顔をして、ひっつきすぎだと指摘されたにも関わらず自分の胸の間に俺の腕を挟む。
まったく嬉しくない俺とは真逆に、妹はまるで『ふふん、妹の胸に挟まれて兄さんは幸せ者ですね』と言わんばかりのニヤニヤ顔を見せ、さらに恋歌の顔を暗くしていく。
「恋歌には胸がありませんからね、僻みですか? ほら兄さんは大好きな妹の大きな胸を鷲掴みにしてもいいんですよ、ほらほら」
変な設定を入れるな。
別に胸が好きとかじゃないっての。
冬月さんぐらいの普通でいいんだって。
「そういう事を言ってる訳じゃない、……もう我慢できない、ゆうかちゃんはそろそろ約束を守るべきじゃないかな」
恋歌がそう言うと、妹はとても嫌そうな顔をした。
俺がそれを見た瞬間、彼女はその顔を止めて俺にしか見せない笑顔を向けてくるが、確実に嫌な顔はしていた。
「なら恋歌の好きにすればいいのではありませんか? 貴女にその勇気があるとは思えませんけどね」
何故この場面で煽るんだこのバカ!
その勝ち誇ったような顔もやめろ、さっきまで恋歌を見ようともしなかったくせにこんな時だけ俺の横から覗き込むようにして恋歌を見るな!
あーもー!
こんな時に限って昔の妹みたいなお調子者を出さなくてもいいってのに!
「いいんだね? もう我慢しないよ?」
「いいですよ? でも失敗したら今の関係すらぶち壊し、もう二度と兄さんには近寄れませんけどね」
え、俺?
ここで俺が出るって何?
あ、いやそれよりも……。
「ゆうか、ふざけるにも程があるだろ、恋歌ちゃんに謝れ」
「でも……」
「お兄さん、少し話があります」
妹を注意していたが、恋歌は既に妹を見ておらず、さっきまでの妹を睨むように鋭くなっていた目は、真剣かつ覚悟を孕んだ物に変わっている。
あまりにも真面目な顔をするので、言われてないのに足を止めてしまっていた。
「悪かった、妹には後でキツく言っとく」
「いえ、それはもういいですしその話ではありません」
恋歌が話す度に妹が強く腕を抱きしめる。
だが、俺の意識は今恋歌の言葉に集中していて、胸が柔らかいとか、下着に押し付けられて腕が少し痛いとか、そんな事すら考えられていない。
「お兄さんかゆうかちゃんにとって必要なのは理解しています、でも、お兄さんが幸せになっちゃいけない訳じゃありません」
「……どういう事だ」
「お兄さんはゆうかちゃんの側に居なきゃいけない、それでも精神的に妹離れする事に何の問題もないはずです」
精神的な妹離れだと?
俺は別に妹に依存してはいないはずだし、それは妹だけの話だろう。
「恋歌は分かってるんですか? 今の私には兄さんが常に必要なんですよ?」
依存している本人はさらに強く俺の腕を抱きしめる。
もう痛いだけなので、これ以上強くするのは止めて欲しい。
この間、妹が他の男の話をした時に感じたアレはきっとまた妹が巻き込まれるんじゃないかって恐怖であり、何処かに行ってしまうと思ったからじゃないはずだ。
兄が妹にそんな感情を抱く訳が無い。
「分かってる、だからお兄さんがゆうかちゃんの側にいる事は認めてるし僕はそれを制限する訳じゃない、僕はゆうかちゃんだけじゃなくてお兄さんも助けたいんです」
俺を……助けるだと?
「僕がお兄さんを必ず救ってみせます、僕の為、お兄さんの為、そしてゆうかちゃんの為にも……僕がお兄さんを」
「私から兄さんを取らないで下さい!」
恋歌が何かを言おうとした瞬間、妹は俺の隣から一歩踏み出し、俺と恋歌の間に立った。
この冷たい気温の中で、妹の体で温められた腕がようやく解放されるのと同時に冷えていくのを感じつつ、俺の手を握らずに妹が立っている事に驚いている。
「兄さんは私の物なんです! 私のせいで兄さんは彼女と別れて、私生活はおろか学校生活すら普通に過ごせずにいるのは理解してます、だから私が兄さんの彼女と友達をやらなきゃいけないんです!」
「ゆうかちゃんはお兄さんの気持ちを考えてないんだよ! 妹が彼女の代わりになんてなれないし、お兄さんだってそんなの受け入れられる訳が無い!」
「貴女に兄さんの何が分かるんですか!」
「ゆうかちゃんこそお兄さんの事を何も分かってない! 君は罪悪感でお兄さんを縛り付け、自分の理想の兄に仕立て上げているだけじゃないか! 押し付けられた他人の幸せなんて辛い物をいつまでもお兄さんに背負わせるな!」
周囲の目が痛い。
いや普段から痛い目線に晒されてはいるんだが、これは別の意味で目線が痛い。
普段は"うわ妹と恋人繋ぎしてるシスコン男じゃんキモッ!"って目線だが……。
「貴女は兄さんの事を何も分かってません!」
「今のゆうかちゃんより僕の方がお兄さんの事を分かってる! 妹が兄の恋人なんておかしいだろ!」
いつの間にか空いていた手は恋歌に握られている。
それを見た妹も俺の手を握っている。
つまりだ、今俺は後輩二人(一人は妹)に手を繋がれたまま両隣の女子(一人は異性としてカウントしない)が喧嘩をしている状態で一人おろおろしている状態だと見られている。
ふむふむこれは……良くないよなぁ!
「えーっと……その、恋歌ちゃんもゆうかも落ち着いて、な?」
「兄さんの事で妥協はしません! 私の兄さんです!」
「いくらお兄さんの頼みでもここは退けません! ゆうかちゃん、そろそろ納得してくれないかな!?」
何でもいい、とにかくこの針のような目線に刺されまくって穴だらけになる前に終わらせてくれよ。
あ……。
満月さんが登校してる。
こっちを見てから、顔をしかめて。
それでいて汚物を見るような目で俺を見たかと思いきや、急に驚いた表情を作った。
きっと俺が妹以外の女性と一緒にいる事が意外だったとか、そんな理由だろうけど……俺はお前が嫌いだからどうでもいい。
ハァ……とにかく、二人を落ち着かせねぇとな。
「ゆうか、今すぐ黙らないと今日は一緒に寝てやらないぞ?」
「はうっ……そ、それは……ぐぬぬ、兄さん卑怯です! でもこれが惚れた弱みとやらでしょうか……従います」
あまり使いたくなかった奥の手を使うと、妹は目に見えておとなしくなり、また腕をホールドしはじめた。
恋歌はため息をつきつつ、スマホに指を走らせている。
『今晩のいつもの場所で、話があります』
そのメッセージは受信音よりも早く、彼女のスマホから読み取る事ができた。
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