壊れた妹と見えない束縛

ケイト

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恐怖からくる依存

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 恋歌から強烈なからかいを受け、それに耐えきれず頭から湯気を出し、"あう"だとか"あー"とか"あはは"みたいな義務教育を終えて高等学校に通っている現代の標準的日本人からは考えられない程の智能を彼女に晒してしまっている。
そんな俺を見て恋歌は嫌な顔こそしないものの、ニヤニヤとした顔は変わらず、少しづつだがますますその表情は笑顔に近づいていくような感じさえする。
 
「ね、お兄さん」
 
 俺の状態は分かっているだろうに、意地悪な彼女は手を掴んだまま話を始める。
そしてそれは……。
 
「僕はゆうかちゃんが好きだ、それにお兄さんの事も同じぐらい……好き、だから助けたいんだ」
 
 俺の待ち望んでいた言葉と、答え合わせだった。
 
「朝お兄さんに言いましたよね、お兄さんがゆうかちゃんを守るのはゆうかちゃんにとって必要な物ですしそれは認めています、この役割はお兄さん以外にできるものではないと思います」
 
「……まぁ今は恋歌ちゃんにも手助けしてもらってるけど、妹を他の人に任せるってのは無理だわな、そもそも本人が拒絶するだろうし」
 
 仮に妹が他の人に守ってもらいたいと言ったとしても、俺がソイツを信用できるかは別問題だし。
……無理だ、他の奴が妹を守るなんて考えられない、認められない。
仮に任せられるとしても、冬月さんのように頼りになる女性だ、男は下心を持って妹に接するに決まってんだから女性しかダメ。

「僕はこの話を聞いた時、お兄さんの幸せはどこに行ったんだろうって思ったんです」
 
 俺の幸せだと?
そんなの……求めるのは間違ってるだろ。
勿論あるに越したことはないが、約束を破って金を優先した卑しい俺がそれを求めるのは……妹も認めてくれない。
言うはずがないのは分かってる、その可能性が極めて低く、そんな事はしないと分かってる。
それでも、俺は妹から責められる事を恐れている。
 
"兄さんが約束を破ったから、私が怖い思いをしたんですよ"

 何度も脳内の妹はそう俺を責めた。
何かしようとする度に、脳裏に現れる彼女は冷たい目で、痣を見せながら俺を責めてくる。
幸いにもまだ現実になっちゃいないが、これがもし現実になったらと考えない日はない。

「お兄さんは満月先輩と付き合っていたのに、ゆうかちゃんが原因で別れましたよね?」
 
「まぁな、知ってるとは思うが……満月さんの事を妹が嫌がったんだよ」
 
「あの時のゆうかちゃんはかなり酷い状態でしたからね……でも、家族の為にその決断をしたお兄さんは間違ってないんです」
 
「だといいんだけどな、ま……満月さんには悪い事をしたとは思ってる、だがあの人は俺に嫌がらせをしたり、妹の事情は話してないけど、遠目でも見てたら妹が昔とまるで別人になってるって事ぐらい分かるだろ!? なのにあの人はそれを察する事もしてくれなかった、それどころか妹にもちょっかいかけようとしてきやがる」
 
 やはり、妹の事があろうと無かろうと、満月さんと別れたのは正解だったな。

「……僕なら、ゆうかちゃんの事情を理解しています」
 
「……へ?」
 
 そりゃ一緒に事件の時現場にいたんだし、今も協力してくれてんだから理解してくれてるだろ。
つーかしてくれてないと困る。
 
「僕はゆうかちゃんに寄り添える! 僕はお兄さんがゆうかちゃんを守るのに協力できる! 僕なら……お兄さんの隣にいても、ゆうかちゃんはきっとわかってくれる!」
 
「恋歌ちゃん、一旦落ち着いて」
 
 俺の制止は今の恋歌に届かず、彼女は俺の目を見ながら続ける。
 
「今のゆうかちゃんはお兄さんに依存してる、だけどこのままじゃお兄さんまでゆうかちゃんに依存してしまう!」
 
「俺は大丈夫だよ、妹は家族、血の繋がった相手に依存とか」
 
「してますよ、ゆうかちゃんから聞いてます、お兄さんとお風呂に入る時の目線がメスを見るオスだって事、一緒に寝ている時にお兄さんからゆうかちゃんを抱き締めている事、それに……ゆうかちゃんが他の男の話をした時、とても嫌そうな顔をしたのも、知ってます」
 
 風呂の時に見てしまうのは、妹の腹にある痣だ。
決してそんな目で見ちゃいない。
寝ている時は……寝てるから分かんない。
そして妹が他の男の話をした時は……。
 
 目の前の彼女はさっきまでの表情とは違い、とても真面目な雰囲気を出し、真剣に俺の事を思ってくれている。
そう感じてしまい、俺も思っていた事を口にした。
妹の事は異性として好きじゃないけれど、妹が他の男と一緒にいる事は耐えられないと言う事、そして心に芽生えた微かな嫉妬心と、その際に家族に向けてはならない感情が見えかくれした事情を、全て伝えた。
 
「……実はさ」
 
 恋歌は満月さんのように途中で茶化したりはしなかった。
俺が無意識に妹を求めていて、自分を犠牲にしてでも妹を守ると決めた覚悟も、一切否定する事なく聞いていてくれる。
他の男の話をされて感じたあの嫉妬心についても話したが、恋歌は気持ち悪がる事はせず。
 
「よく話してくれましたね、信用してくれてるんですね、嬉しいです」
 
 そう言って、受け止めてくれたんだ。

「お兄さんが思った事、辛かった事から楽しかった事、何でも僕に話して下さい、ストレスが溜まったなら僕をサンドバッグにしてくれても大丈夫です、少なくとも兄妹で変な関係になるより健全だと思いますから」
 
「サンドバッグって……俺は恋歌ちゃんに当たったりとかはあんまり……」
「お兄さんがスッキリできるなら殴ってくれてもいいですよ」
 
 恋歌の顔は本気のそれだった。
掴まれた手には力が入っていて、それでいて、体温ではない別の熱い何かが伝わってくるような気さえしてくる。
 
「僕はお兄さんの都合のいい女になります、ゆうかちゃんに変な気持ちを抱いたらそれをぶつけて下さい、イライラしたら僕を殴って下さい、僕はお兄さんの為なら何だってします」
 
「俺の為にそこまで言ってくれる事は素直に嬉しいよ、でもさ、恋歌ちゃんは自分を大切にした方がいい」
 
 この提案は絶対に拒否しないといけない。
恋歌ちゃんを変な目で見た事は無いし、殴りたいとも思っていない。
自分の事は自分が一番分かると言うが、この甘い提案に載ってはいけない。
弱った自分は絶対にこれに依存してしまうだろう。
今はまだそんな事考えないが、きっと……俺は恋歌に酷い事をする。
 
 これ以上、巻き込んじゃいけないんだ。
 
「俺は君の事も妹と同じぐらい大切に思ってる、だからそんな事を言わないでくれ、これは俺達兄妹の問題だからこれ以上関わる必要は」

「……僕が祭りに誘ったから、ですか?」
 
 手が離れていく。
座っていた彼女はベンチから離れて、俺の前に立つ。
暗い空の下でも、恋歌が涙を流している事に気づくのに時間はそこまでかからなかった。
 
「僕が祭りに誘ったから、お兄さんは彼女と別れて、ゆうかちゃんは壊れてしまった、そんな元凶である僕はもう関わるなって事ですか?」
 
「違う! そういう事じゃ」
 
「だったら協力させて下さいよ! お兄さんは優しいから言わないかもしれませんけど、僕も怖いんです……お兄さんが僕を拒絶するかもしれないって、誘ったのは僕だから僕が悪いって……だから必要として下さい! 突き放すような事は言わないで、お願いですから」
 
 彼女も彼女で苦しんでいたんだ。
俺が妹から責められる事を恐れているように、責められない為に妹の希望通り動いているように。
俺にとっての妹が、恋歌には俺なのだろう。
だから恋歌は……こんな提案をしている。
俺から責められない為に、俺に必要とされようとしている。
 
「恋歌ちゃん……」
 
「お願い……します」
 
 責めたりしないと言っても彼女は納得しないだろう。
優しい言葉は、頭を下げる恋歌に届くはずがない。
だって、俺も妹から優しい言葉をかけられて、何も自分の中で解決しなかったのだから。

「……これまで以上に頼るから、それでいいか?」
 
 だからここは彼女の意見を受け止めるしかない。
それ以外に、彼女の心を軽くする方法を知らない。

 大丈夫、これは俺の問題だ。
恋歌ちゃんに依存しなければいいだけだ。
辛い事があっても、これまで通り、ひとりで乗り越えればいいんだ。
 
 
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