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三節
出会う
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ーー チャイムが鳴らない。
夕暮れ時の教室。見慣れたはずの空間に、誰もいない。
窓の外は、まるで塗りつぶした絵の具のような黒に沈んでいる。
廊下に出ようと立ち上がった足音が、妙に響く。
声も音も気配もない。
それでも、どこかで”誰かが見ている”感覚だけが背後に張り付いていた。
(…なんか、変だ。)
健一は教室を出た。
薄暗い廊下。電灯はついてるのに、全体がぼんやりと色褪せている。
風が吹いてないのに、掲示物の隅だけがふわりとゆれた。
下駄箱の方へ歩き出そうとしたとき、廊下の奥、曲がり角の先に…
ーー 何かがいた。
制服を着た人影。立っている。
…ただ、その”立ち方”が、どこかおかしい。
少し屈んでいる。腕が異様に長く、手が床につきそうな位置にある。
次に背丈。最初に見た時は気づかなかったが、この距離でこの大きさ。
明らかに普通の人間よりでかい。
そして顔 ーー
いや、顔が逆だ。
上下が反転している。
目がこちらを見ているのに、口が上に、額の位置に笑って開いた。
その笑みが、にやり、と動いた。
ドン ーー。
足音。
”それ”が走り出してきた。
長い腕で壁を引っかき、四つん這いとも二足歩行ともつかない動きで突っ込んでくる。
健一は反射的に踵を返した。
「マジか……ッ!」
靴音が重なって響く。
後ろからドタドタと、獣のような足音。
風もないのに廊下の空気が渦を巻く。
角を曲がり、階段を下りようとする。
けれど視界の端に映った”それ”は、壁を蹴って曲がり角をショートカットしていた。
「意外とアクロバティックなのね?!」
体が重い。息があがってきた。
でも、止まったら終わりだ。
”アイツ”とはまだ距離はあるが着実に近づいてきてる。
階段を下りてすぐ、左に走る。”アイツ”はまだ階段を下りている。
早くこの校舎を出なければ…。
(出口…出口…!)
廊下の突き当りに外に通じるドアを見つける。
だがそのドアの外の景色が見えない。真っ暗だ。
そのとき、瞬時に悟った。
外には出れない
焦りと同時に今まで走り続けていた疲労も蓄積される。
辺りを見回すと教室が目に入る。
もう”アイツ”も近づいてきている。まだ視線は感じないが、健一はそう確信していた。
考える余裕などない。
健一は教室に飛び込んだ。
扉を閉めて教壇の影へ。
息を殺す。足音が近づいてくる。
カタ...カタ...とドアが震えていた。
教室の揺れが止まった。
”アイツ”は通り過ぎたのか。それとも...。
健一は教壇の影で膝を抱えたまま、じっと息をひそめる。
ふと、教室のドアに嵌め込まれたガラス越しに、廊下の向こうが見える。
ーー 廊下の空間に、細く光が走った。
ピシリ、とひび割れるように。
まるで現実が剥がれ落ちるような不自然な音とともに、空間そのものが”裂けた”。
そこから少女が現れた。
白髪。腰まで届く長い髪を、ひとつに束ねたポニーテール。
巫女装束に似た衣装。手には金色の錫杖。
無表情で、ただ真っ直ぐ前を見据えていた。
「..誰...」
健一は、思わず小さく呟いた。
彼女の視線の先、廊下の奥。
”アイツ”がいた。
逆さまの顔、裂けた笑み、異様に長い手足ーーまさに異形そのもの。
それが、四つん這いのような姿勢で彼女に向かって走りだす。
だが、彼女は逃げない。
一歩、前に出ると、
静かに、だが確かに言葉を紡いだ。
「ーー 払え、禍(まが)よ。」
その声と同時に、錫杖を横に一閃。
チリン。
高く澄んだ鈴の音が、空気を震わせた。
直後、”ヤツ”の左右 ーー 空間が光とともに爆ぜた。
まるで見えない何かが、両側から”挟み込む”ように放たれる。
ドガアアッ!!
光の衝撃波が”ヤツ”に直撃。
その巨体は文字通り吹っ飛ばされ、廊下の床を弾きながら後方に転がった。
空間がぐにゃりと歪み、時間すら撓んだような余韻が残る。
健一は教室の中からその一部始終を呆然と見ていた。
そのとき、彼女がふいにこちらを振り返る。
視線があった。
ほんの一瞬、彼女の表情が揺れた。
驚いたように、目を見開く。
(…夢前…さん?)
世界が、軋む音を立て始める。
床が裂け、空気が歪み、廊下の奥が白く滲んでいく。
彼女の姿も、光のノイズに飲まれるようにして、ゆっくりと消えていく。
ーー そして。
まぶたの奥が、ぼんやりと明るくなった。
「…っ」
健一は、飛び起きた。
窓から差す朝の光。静かな部屋。
呼吸が浅い。喉が渇く。
さっきの夢。
現実とは思えないのに、どこか”確かさ”が残っていた。
耳の奥に、微かに ーー 鈴の音が残っている気がした。
夕暮れ時の教室。見慣れたはずの空間に、誰もいない。
窓の外は、まるで塗りつぶした絵の具のような黒に沈んでいる。
廊下に出ようと立ち上がった足音が、妙に響く。
声も音も気配もない。
それでも、どこかで”誰かが見ている”感覚だけが背後に張り付いていた。
(…なんか、変だ。)
健一は教室を出た。
薄暗い廊下。電灯はついてるのに、全体がぼんやりと色褪せている。
風が吹いてないのに、掲示物の隅だけがふわりとゆれた。
下駄箱の方へ歩き出そうとしたとき、廊下の奥、曲がり角の先に…
ーー 何かがいた。
制服を着た人影。立っている。
…ただ、その”立ち方”が、どこかおかしい。
少し屈んでいる。腕が異様に長く、手が床につきそうな位置にある。
次に背丈。最初に見た時は気づかなかったが、この距離でこの大きさ。
明らかに普通の人間よりでかい。
そして顔 ーー
いや、顔が逆だ。
上下が反転している。
目がこちらを見ているのに、口が上に、額の位置に笑って開いた。
その笑みが、にやり、と動いた。
ドン ーー。
足音。
”それ”が走り出してきた。
長い腕で壁を引っかき、四つん這いとも二足歩行ともつかない動きで突っ込んでくる。
健一は反射的に踵を返した。
「マジか……ッ!」
靴音が重なって響く。
後ろからドタドタと、獣のような足音。
風もないのに廊下の空気が渦を巻く。
角を曲がり、階段を下りようとする。
けれど視界の端に映った”それ”は、壁を蹴って曲がり角をショートカットしていた。
「意外とアクロバティックなのね?!」
体が重い。息があがってきた。
でも、止まったら終わりだ。
”アイツ”とはまだ距離はあるが着実に近づいてきてる。
階段を下りてすぐ、左に走る。”アイツ”はまだ階段を下りている。
早くこの校舎を出なければ…。
(出口…出口…!)
廊下の突き当りに外に通じるドアを見つける。
だがそのドアの外の景色が見えない。真っ暗だ。
そのとき、瞬時に悟った。
外には出れない
焦りと同時に今まで走り続けていた疲労も蓄積される。
辺りを見回すと教室が目に入る。
もう”アイツ”も近づいてきている。まだ視線は感じないが、健一はそう確信していた。
考える余裕などない。
健一は教室に飛び込んだ。
扉を閉めて教壇の影へ。
息を殺す。足音が近づいてくる。
カタ...カタ...とドアが震えていた。
教室の揺れが止まった。
”アイツ”は通り過ぎたのか。それとも...。
健一は教壇の影で膝を抱えたまま、じっと息をひそめる。
ふと、教室のドアに嵌め込まれたガラス越しに、廊下の向こうが見える。
ーー 廊下の空間に、細く光が走った。
ピシリ、とひび割れるように。
まるで現実が剥がれ落ちるような不自然な音とともに、空間そのものが”裂けた”。
そこから少女が現れた。
白髪。腰まで届く長い髪を、ひとつに束ねたポニーテール。
巫女装束に似た衣装。手には金色の錫杖。
無表情で、ただ真っ直ぐ前を見据えていた。
「..誰...」
健一は、思わず小さく呟いた。
彼女の視線の先、廊下の奥。
”アイツ”がいた。
逆さまの顔、裂けた笑み、異様に長い手足ーーまさに異形そのもの。
それが、四つん這いのような姿勢で彼女に向かって走りだす。
だが、彼女は逃げない。
一歩、前に出ると、
静かに、だが確かに言葉を紡いだ。
「ーー 払え、禍(まが)よ。」
その声と同時に、錫杖を横に一閃。
チリン。
高く澄んだ鈴の音が、空気を震わせた。
直後、”ヤツ”の左右 ーー 空間が光とともに爆ぜた。
まるで見えない何かが、両側から”挟み込む”ように放たれる。
ドガアアッ!!
光の衝撃波が”ヤツ”に直撃。
その巨体は文字通り吹っ飛ばされ、廊下の床を弾きながら後方に転がった。
空間がぐにゃりと歪み、時間すら撓んだような余韻が残る。
健一は教室の中からその一部始終を呆然と見ていた。
そのとき、彼女がふいにこちらを振り返る。
視線があった。
ほんの一瞬、彼女の表情が揺れた。
驚いたように、目を見開く。
(…夢前…さん?)
世界が、軋む音を立て始める。
床が裂け、空気が歪み、廊下の奥が白く滲んでいく。
彼女の姿も、光のノイズに飲まれるようにして、ゆっくりと消えていく。
ーー そして。
まぶたの奥が、ぼんやりと明るくなった。
「…っ」
健一は、飛び起きた。
窓から差す朝の光。静かな部屋。
呼吸が浅い。喉が渇く。
さっきの夢。
現実とは思えないのに、どこか”確かさ”が残っていた。
耳の奥に、微かに ーー 鈴の音が残っている気がした。
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