【毎日連載】古魔道具屋『レリックハート』の女房と猫

丁銀 導

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045<番外編②・下>シナノワ駅発魔石機関車【セリオン・ハルバード】

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目を覚ますと、見知らぬ天井が見えました。
横になっていたベッドから身を起こし、時計を見ると17時。
のろのろと立ち上がり、机の上を見ると『彼』からのメモが置かれていました。
『シナノワ駅18:46発・高原地方行き魔石機関車に乗れ。チケットは財布の中だ』
見ると、荷物はカートと小振りの鞄にまとめられ、身なりも整っています。
『彼』は随分と甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれたようです。
彼…もう一人の僕は恐ろしい人ですが、僕や僕が気を許した人に対しては、優しいのです。
僕はそんな彼の献身につい甘え、長々と引き篭もってしまいました。
けれどとうとう彼の堪忍袋の緒が切れたようです。
『起きろ』
厳しいその一言と共に、僕は精神の奥底から表に引き摺り出されてしまいました。
呼び掛けても、彼は何も応えてくれません…怒らせてしまったようです。
まあ、自業自得ですよね…。

まだ時間はありましたが、僕は荷物を持って階下に降りました。
「おや…丁度起こそうと思っていたところですよ」
一階のリビングでは、担当医のポオ先生が迎えてくれました。
優しくて優秀で、とても頼りになるお医者様なんですが、僕は正直ちょっと苦手です…。
僕と『彼』の事を、どこか面白がってるように感じるからだと思います。
にこやかで親切な人なんですが…。
「とうとうお別れですね。駅まで送りましょう」
言葉とは裏腹に、特にしんみりした様子もないポオ先生に、僕はちょっと安心しました。
白い魔法衣(これが先生の私服なのです)を颯爽と着こなしたポオ先生は、
馬車小屋から夕闇の中にあっても鮮やかな青い箱馬車を出してくれました。
目が眩みます…。
ポオ先生お抱えの御者は、青い箱馬箱はすいすいと操り
僕をシナノワ駅まで運んでくれました。
魔石から音楽が小さく響く箱馬車内では、ポオ先生と僕は特に話をしませんでした。
普段のポオ先生はどちらかと言えば饒舌で、患者さんに手品を見せて
楽しませてくれたりと賑やかな人なのですが…。僕への気遣いなのでしょう。
駅前に着くと、先に降りたポオ先生が恭しく箱馬車のドアを開けてくれました。
…ちょっと恥ずかしいです。
「ではワタクシ、来月様子を見に伺いますからね」
そう穏やかに言うポオ先生に、僕は頭を下げてお礼を言いました。
「セリオンさん。何がどうなろうと、貴方は貴方ですよ」
謎めいた、しかし優しい言葉を残し、ポオ先生の真っ青な箱馬車は
あっさりと夕闇の馬車路に消えて行きました。
もしポオ先生が担当医ではなかったら…考えたくもないです。
僕はもう一度頭を下げ、荷物を引いて駅に入りました。

平日のこの時間ともなれば、駅は帰宅ラッシュの最中のようで大変混雑しています。
しかし僕の乗る高原地方行き魔石機関車への通路は静かなものです。
発車までしばらくありますが、本でも読んで時間を潰せばすぐでしょう。
僕は『彼』が用意してくれたチケットを見ながら、
乗車する魔石機関車の乗車位置に向かいました。
そして、そこに佇む人影を見て、思わず足を止めました。

「来たか…セリオンくん」

エイデンさんの声も表情も、いつものように穏やかでした。
どうして…何故ここにエイデンさんが?
混乱しましたが、この魔石機関箱車に乗る事を知っているのは
『彼』とポオ先生だけです。
どちらかがエイデンさんに教えたのでしょう。
今日この時間、僕がここから発つのだと…。
しかし何故そんなことを?
そして彼は、僕についてエイデンさんにどこまで話したのでしょうか…。
どぎまぎして固まっていると、エイデンさんは優しく言いました。
「もう一人のセリオンくん…カイロスくんが教えてくれたんだ」
ああ…やっぱり。顔が一気に熱くなるのを感じました。
「見送らせてくれないか」
僕はその言葉に、ただ頷きました。
それから僕とエイデンさんは、ベンチに座っていつものように歴史の話をしました。
魔法学校では…この街ではつらい事がたくさんありましたが、
エイデンさんと出会ってからは、それまでの人生が嘘のように毎日が輝いていました。
エイデンさんのお店で古魔道具に囲まれて、大好きな歴史の話をする…。
ただそれだけの事だけど、僕にとっては何物にも替え難い、宝物のような時間でした。

エイデンさん、僕はあなたが好きです。

…何度かそう言い掛けて、必死で飲み込みました。
これは言ってはいけない事なのです。エイデンさんにはジュナイさんがいるのですから…。
彼らの関係が今どうなっているのか、詳しく聞く勇気はありませんでしたが、
けれども我慢もしきれずに、とうとう聞いてしまいました。
「ジュナイさんは、お元気ですか」
何気ない風を装ったつもりですが、それでも話の流れから離れていたのでしょう。
ちょっと意外そうでしたが、エイデンさんはやはり穏やかに「ああ、元気だ」と言いました。
「最近は、張り切って会社勤めをしているよ」
古魔道具屋の店員を辞めてしまったとの事ですが、エイデンさんはどこか嬉しそうでした。
その横顔だけで、エイデンさんがジュナイさんをどう思っているのかが、痛いほど分かりました。
僕が介入する余地など、二人の間にはどこにもないのだという事も…。
不覚にも涙が出そうになりましたが、良いタイミングで魔石機関車がホームに滑り込んで
来ました。高原地方に着くのは2時間半後になるでしょう。
「セリオンくん、よかったらこれを」
エイデンさんは手にしていた紙袋を僕に渡してくれました。
中には、紫色の薄い布で包まれたお弁当が入っていました。
遺物横丁のお弁当屋さんで買ってくれたのだそうです。
僕はただ嬉しくて、何度も頭を下げてエイデンさんを恐縮させてしまいました。
恥ずかしいです…。
「エイデンさん、本当にありがとうございました」
「いつでも遊びに来てくれ」
発車のベルが鳴っても、僕は立ち去り難くて乗車口に立っていました。
他に乗ってくる人が居なかったのが幸運でした。
僕が小さく手を振ると、エイデンさんも手を振り返してくれました。
その穏やかな微笑みを見て、僕は幸せでした。
一人寂しく魔石機関車に乗り込むだけだと思っていたのに、
こんなふうに大好きな人に見送ってもらえるなんて、夢みたいです。

やがてドアが閉まり、ゆるやかに魔石機関車は走り出しました。
僕はエイデンさんの姿をギリギリまで見失いたくなくて、
ガラスに顔を近づけ、未練がましく過ぎ去ってゆくホームを見ました。
魔石機関車はまだゆるやかとはいえ動き出しているのに、彼の姿はまだ間近に見えました。

エイデンさんは、安全策を隔てた向こう側を走って、
僕を追い掛けてくれていました。

…療養所の帰りの駅で見た光景を思い出します。
走り出す魔石機関箱馬箱馬車に追い縋るようにして、家族に手を振っていた人々の姿を…。
僕はその光景が、本当に死んでしまいたいくらい羨ましかったのです。

たまらず涙が溢れ出し、僕はなりふり構わず
「エイデンさん」と何度も名を呼びました。
魔石機関車は加速し、ホームを走る彼の姿はあっという間に遠ざかり、
やがて視界から消えました。
最後に見たエイデンさんの表情と、口の動きが目に焼きついています。


『セリオンくん、元気で』


そう言ってくれていました。
僕は指定された席に向かう事も忘れ、その場に蹲ってみっともなく泣き崩れました。
…ここまで激しく泣いたのは、今までの人生では初めての事で自分でも戸惑いましたが、
不思議と心地よく、泣き止もうという気はなかなか起きませんでした。

どれくらいそうしていたのでしょうか。
他の乗客の方や車掌さんが心配してくれて、指定席まで連れて行ってくれました。
チケットを手に持っていてよかったです…。
「何があったのか知らないけど、元気出して」
「このチリ紙使ってよ」
「飴あげる。甘いものは気持ちが落ち着くからね」
皆さん、見ず知らずの僕に親切にしてくださって、
嬉しい反面とても恥ずかしかったです…。
座席に座り貰ったチリ紙で涙を拭きつつも、相変わらずめそめそしていましたが、
チケットを失くしたくないと思い立ち、財布を開けました。
ふとカード入れに見慣れぬ白い名刺を見つけて手に取ってみると、
それはエイデンさんのお店の名刺でした。
余白には尖った形のよい字で書付けられていました。
『セリオンへ。落ち着いたらエイデンに手紙書くこと』
…『彼』…カイロスが書いたものだと、すぐに分かりました。
同時に、さっきのエイデンさんの行動についても納得しました。
ああいうかたちで見送ってくれと、カイロスがエイデンさんにお願いしたのでしょう。
僕がああやって見送られることに、強く憧れていることを知っているのは
この世で僕とカイロスだけなのですから。
そしてエイデンさんは、それをそのとおりに実行してくれたのでしょう…。

また涙がぼろぼろと溢れましたが、
僕はそれを拭きもせず、流れるに任せました。
軟弱な涙は、ここで流し尽くしてしまおう。
そして、新しい土地では笑顔になろう。強く生きよう。そう思ったからです。
…僕にはそれが出来る筈です。ポオ先生、エイデンさん、そしてカイロス…
僕にはこんなにも親身になってくれる、優しい人々がついているのですから。
つらい過去も劣等感も羞恥心も、変わらず僕を責め続けることでしょう。
でも、僕はもう二度と自分を憐れんだりしません。
僕を信じて支えてくれる人々のためにも、僕自身のためにも、
僕は幸せにならなくてはならないのです。

…小一時間ほど過ぎたのでしょうか、泣き過ぎてお腹が減ったので、
エイデンさんが持たせてくれたお弁当を食べました。
とても美味しかったです。
ちょっとしょっぱく感じたけれど…。


この味も、今日の出来事も…
僕は一生忘れないと思います。

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