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不運なあらまし言いますと
しおりを挟むあー、辞めたい。
あーあーもうやる気ない。
帰りたい、眠りたい、ふかふかの自分のベッドで好きなだけ眠って、
命を脅かされる心配なんてないあの家でただひたすらに。
「はあ……」
仕事を辞めたい。
王都から離れ早一年。
都会育ちの俺がここまで遠く離れた地へ旅するだなんて、一体誰が想像しただろうか。
海面を漂う名も知らぬ鳥の尻を眺めながら、深い溜め息をつく。
海を目にすることなんて一生ないと信じていた。
見たいと思ったこともなかったし、そこに行くまでに命を落とす心配の方が遥かに上回っていたから、外の世界に一切興味などなかったのだ。
そんな俺が、こうして実際に自分の住む町から遠く離れたこの地まで来れるなんて誰も予想していなかっただろう。
人生ってなにがあるのわからない。こわい。
そもそもの始まりは一年前。
いけ好かない勇者の気まぐれが発端だった。
十五歳で薬売りとして生きるために調合資格を持った俺は、王都にある数ある薬屋の一つの調合師として働いていた。祖父の代から続く店は地元住民の薬屋として長く愛されていて、祖父も父も未だ現役で元気に職務をこなしている。
そんな親子三代が営む店は小さいながらも繁盛していて、それは祖父や父が長く信頼と安心を築き上げてきた賜物だ。だからこそ俺も店の名に恥じぬよう、必死で勉強し薬売りとなり、地元住民の人々とも愛想良く接してきた。
元々俺は他人と話すのは得意な方ではない。寡黙な祖父の血を濃く継いだのだと母は言ったが、祖父と正反対の父はとにかくお喋り好きで、調合の手を止めてまで近所のおばちゃんと長話をするような男だった。
だが成長するにつれ父のそのお喋りが楽しみで来ている人もいるのだと知り、だからこそ祖父も父を咎める事もせずにいたのだと気付いたとき、俺も愛想というものを覚えた。
最初は自分から誰かに話しかけることはできずにいたが、この店を繁盛させ家が潤えば自分の給料ももちろんあがる。コミュ力って滅茶苦茶大事だ。
そして調合師としてもお客さんと基本的なコミュニケーションがとれないと仕事にもならない。体のどこが悪いのか、前日は何を食べたのか、そういった基本的なことも、そしてそれ以外の愚痴もついでに聞いてやったりするだけで、客は自分を信用してくれるのだ。
いつの間にか、外面というものが出来上がっていた。いや、みんなそういった部分はきっとあるだろう。きっとあるけど、今考えればそれが一番駄目だったんじゃないかなって後悔している。
つまり俺は、自分の考えや拒否したいことですら既にうまく口で言えなくなっていたのだ。
◆
「王都中の薬売りを呼び出し?」
その一報が届いたのは遙か遠くの北方の空が暗闇に包まれて二週間ほど経ったある日だった。
何かで切り取ったかのように黒く丸い雲がずっとその場にとどまっている北方の空は、その一部分だけ暗く不気味である。空に刻みこまれた紋様のように黒雲が浮かび続けるその不思議な現象は、多くの人々の不安を煽った。
遂には世界の終わりだと悲観するものまで多数現れたあたりで、それまで沈黙を守ってきた国王が正式に声明を出した。
『北方の海上に現れた黒雲は、蟲の王が蘇った証だとされる。古の伝承によれば蟲の王を破る力は必ずどこかに現れる。余は早急にその者を見つけ出し、更にはその者を導き支える者も募る事とする』
蟲の王。
蟲と言う生き物はここでは切っても切れないものだ。
特に町には蟲除けの結界が張られ、大きな壁で囲まれているからその姿は無いが、一歩外を出れば蟲たちの天下だと言う。
小さなものから大きなものまで様々な種類と形を持つ蟲は、はっきり言って人間には太刀打ちできない相手だ。外に出れば人は蟲の捕食対象となり、餌と化す。
故に他国との繋がりは薄く、壁の外に出る者も限られている。
それは、魔法を扱える人間や極端に戦闘力がある人間のことだった。
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