1 / 13
不運なあらまし言いますと
しおりを挟むあー、辞めたい。
あーあーもうやる気ない。
帰りたい、眠りたい、ふかふかの自分のベッドで好きなだけ眠って、
命を脅かされる心配なんてないあの家でただひたすらに。
「はあ……」
仕事を辞めたい。
王都から離れ早一年。
都会育ちの俺がここまで遠く離れた地へ旅するだなんて、一体誰が想像しただろうか。
海面を漂う名も知らぬ鳥の尻を眺めながら、深い溜め息をつく。
海を目にすることなんて一生ないと信じていた。
見たいと思ったこともなかったし、そこに行くまでに命を落とす心配の方が遥かに上回っていたから、外の世界に一切興味などなかったのだ。
そんな俺が、こうして実際に自分の住む町から遠く離れたこの地まで来れるなんて誰も予想していなかっただろう。
人生ってなにがあるのわからない。こわい。
そもそもの始まりは一年前。
いけ好かない勇者の気まぐれが発端だった。
十五歳で薬売りとして生きるために調合資格を持った俺は、王都にある数ある薬屋の一つの調合師として働いていた。祖父の代から続く店は地元住民の薬屋として長く愛されていて、祖父も父も未だ現役で元気に職務をこなしている。
そんな親子三代が営む店は小さいながらも繁盛していて、それは祖父や父が長く信頼と安心を築き上げてきた賜物だ。だからこそ俺も店の名に恥じぬよう、必死で勉強し薬売りとなり、地元住民の人々とも愛想良く接してきた。
元々俺は他人と話すのは得意な方ではない。寡黙な祖父の血を濃く継いだのだと母は言ったが、祖父と正反対の父はとにかくお喋り好きで、調合の手を止めてまで近所のおばちゃんと長話をするような男だった。
だが成長するにつれ父のそのお喋りが楽しみで来ている人もいるのだと知り、だからこそ祖父も父を咎める事もせずにいたのだと気付いたとき、俺も愛想というものを覚えた。
最初は自分から誰かに話しかけることはできずにいたが、この店を繁盛させ家が潤えば自分の給料ももちろんあがる。コミュ力って滅茶苦茶大事だ。
そして調合師としてもお客さんと基本的なコミュニケーションがとれないと仕事にもならない。体のどこが悪いのか、前日は何を食べたのか、そういった基本的なことも、そしてそれ以外の愚痴もついでに聞いてやったりするだけで、客は自分を信用してくれるのだ。
いつの間にか、外面というものが出来上がっていた。いや、みんなそういった部分はきっとあるだろう。きっとあるけど、今考えればそれが一番駄目だったんじゃないかなって後悔している。
つまり俺は、自分の考えや拒否したいことですら既にうまく口で言えなくなっていたのだ。
◆
「王都中の薬売りを呼び出し?」
その一報が届いたのは遙か遠くの北方の空が暗闇に包まれて二週間ほど経ったある日だった。
何かで切り取ったかのように黒く丸い雲がずっとその場にとどまっている北方の空は、その一部分だけ暗く不気味である。空に刻みこまれた紋様のように黒雲が浮かび続けるその不思議な現象は、多くの人々の不安を煽った。
遂には世界の終わりだと悲観するものまで多数現れたあたりで、それまで沈黙を守ってきた国王が正式に声明を出した。
『北方の海上に現れた黒雲は、蟲の王が蘇った証だとされる。古の伝承によれば蟲の王を破る力は必ずどこかに現れる。余は早急にその者を見つけ出し、更にはその者を導き支える者も募る事とする』
蟲の王。
蟲と言う生き物はここでは切っても切れないものだ。
特に町には蟲除けの結界が張られ、大きな壁で囲まれているからその姿は無いが、一歩外を出れば蟲たちの天下だと言う。
小さなものから大きなものまで様々な種類と形を持つ蟲は、はっきり言って人間には太刀打ちできない相手だ。外に出れば人は蟲の捕食対象となり、餌と化す。
故に他国との繋がりは薄く、壁の外に出る者も限られている。
それは、魔法を扱える人間や極端に戦闘力がある人間のことだった。
17
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる