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これはまずい展開です

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 そんな旅を続けていたころ、とある町に辿り着いた。
 大分旅には慣れてきたとはいえ、俺は常に疲労困憊だったし足手纏いなのは変わらない。
 目新しい薬草や調合に使えそうな蟲の一部が手に入るのは非常に魅力的だったが、だからといって死への恐怖に勝るわけでもなかった。
 現状俺は、勇者様がいないとすぐに死んでしまうだろう。蟲は賢いのかなんなのか、力のない俺ばかり狙うし、というよりむしろ俺さえいなければ一行は蟲に襲われないのではと疑うくらいだった。
 だから久々に人々が住む町に着いたことは嬉しかったし、何よりこれで解放されると歓喜したのだ。


「……辞めたい? なぜ……と聞くまでもないですね……」
「これ以上足手纏いになるのも気が引けるので……。あの、代わりの薬売り見つけたんです。勇者様御一行とお供できるのなら、と喜んでいたくらいなので。この町では一番の薬売りらしいですし、多少の魔法も使えるとおっしゃっていて……」
「……フリー、私にそれを言うのは自由ですが、オーズディンがあなたの意思を許すとお思いですか?」
「ゆ、許すも何も……」

 白魔導士のマニに意を決して話したのは夕刻の事だった。
 久々の町だという事で、各自自由行動をしてもいいということになり俺たちは一ヵ月ぶりに一人の時間を楽しんだ。
 俺はその間に町に着く前から予定していた新たな調合師を見つける事を目的に駆けずり回り、そうして目星の良い人物に話までつけて宿屋に戻ってきた。
 宿屋の食堂で一人で酒を飲んでいたらしいマニを見つけ、これ幸いと話を持ちかけたのだが彼は苦笑いを浮かべて俺を見つめて続けた。

「オーズディンはあなたがいいと言ったんです。彼がそう言うのには理由があり、そしてそれを……、あなたも含めて知っている」
「で、でも僕、黒雲までなんてとてもじゃないが行けません。弱いし……怖いし、何よりもそんな体力もないと……」
「ええ、それはこの一ヵ月で知っています」
「なら勇者様もきっと」
「あの人はあなたを手放しませんよ、絶対に」
「……っ」

 そう言ってマニは葡萄酒を煽りこの話は終わりだと俺から視線を外すものだから、肩を落として食堂を後にした。
 残るは直談判のみだ。
 ちなみに勇者様の幼馴染は思った以上に使えないので論外である。


 当たり前のように宿屋の部屋を勇者様と同室にされた俺なわけだが、それを指摘すると勇者様の機嫌が悪くなるので文句ひとつ言わず従っている。
 意を決して部屋に入ったが、案の定勇者様の姿は見えず、さすがの勇者様も今夜はのびのびと町へ繰り出している事だろうと思った。
 この町は決して大きくは無いが飲み屋はそれなりにあったので、そこは女性と出会う場でもあるはずだ。
 現に勇者様の幼馴染は駆け足で飛び出して行ったし、黒魔導士に至っては無表情で町へ掻き消えたほどだ。恐らく彼は色恋に興味なさそうな素振りをしているがあれは絶対にムッツリなだけだろう。
 一ヵ月ぶりの町だし皆色々とやりたい事はあるはず。いつ帰ってくるか分からない勇者様を待つだけなのもあれなので、ひとまず風呂にでも入る事とする。
 というより一ヵ月ぶりのまともな風呂だぞ。ずっと水浴びだけだったから、それも途中で蟲に襲われたりと落ち着く暇もなかったし、だからこそこの、蟲の侵入がない壁ありの町が涙が出るほど嬉しい。

「はあ~さっぱりしたぁ」

 温かいお湯にたっぷり浸かって、身も心も清められたような気持ちで風呂を上がれば、ばっちりと勇者様と目が合って不意をつかれた俺は固まった。

「良い匂いだな。この宿の石鹸か?」
「……へ? ああ、こ、これは先程町で買った石鹸で……」

 一瞬でも素を見られたことに動揺を隠せない俺に、勇者様はす、と自然な動作で近寄り俺の濡れた髪に顔を寄せた。
 ええと、俺今タオル一枚なんです。
 しかも完全に勇者様が戻ってくることを失念していて肩にかけてるだけのおうちスタイル。
 勿論下半身は丸出しなわけでして。

「タナヨウの花の香りか。お前に似合う」

 勇者様はそう言って俺を見下ろし、伸びた髪の先に唇を寄せた。
 ぶわ、と腕に鳥肌が立った俺はこの時すでに己の運命を悟っていたのかもしれない。

「あ、あの……近い、です……」
「そうか」
「あああああの、近い」
「フリー……」
「い、いや……」

 じりじりと距離を詰めてくる勇者様から後退り、そうして背後のベッドに押し倒された俺は呆然とした表情で彼を見上げていただろう。
 仕事を辞めさせてくれと言うはずだった。
 新しい薬売りを紹介する、と。
 俺はこの町で離脱すると。

 でも勇者様はそんな俺の言いたい事をすべて知っているとばかりにじっと見つめ、瞳だけで黙らせたのだ。


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