桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

文字の大きさ
3 / 25

春 一目惚れ1

しおりを挟む
入学の日。

新しい一年の始まりに、胸が少しだけ高鳴っていた。

高校生活がどんなものになるのか、まだ想像もつかない。
けれど、中学からの親友と同じクラスになれたと知ったとき、胸の奥にあった小さな不安は少しだけ軽くなった。

 

――きっと大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら、私は教室の前に立つ。

新しいクラス。
まだ誰も知らない場所。

少しだけ緊張しながら、私はゆっくりとドアを開けた。

 

ガラッ。

 

乾いた音が教室に響く。

中には、すでに何人かの生徒が集まっていた。
同じ制服を着ているのに、どこか落ち着かない空気が漂っている。

きっと、みんな同じだ。

 

新しいクラスに、少しだけ緊張している。

 

そんなことを思いながら教室を見渡した、そのとき。

 

「すず!」

 

聞き慣れた声が飛んできた。

声の方を見ると、窓際の席で手を振っている親友の姿があった。

その瞬間、張りつめていた気持ちがふっとほどける。

思わず笑って、小さく手を振り返した。

 

「ひかり!」

 

私はそのまま彼女の席へと駆け寄る。

「すず! よかった、同じクラスだね」

嬉しそうに言うひかりに、私も自然と笑ってしまう。

「うん。これからよろしくね」

 

高校生活が始まる。

 

わくわくと、少しのどきどきが胸の中で混ざり合っていた。

そう言いながら、私は自分の席を探そうと教室を見渡す。

 

そのときだった。

 

ガラッ。

 

教室のドアが開く音がして、思わずそちらへ視線を向けた。

そして――

 

息が止まりそうになる。

 

入ってきたのは、あの男の子だった。

桜の木の下で、ひとり静かに立っていた男の子。
花びらが舞う中で、なぜか目を離せなくなってしまった、あの人。

 

胸が、どくんと大きく鳴る。

 

彼は教室を一度ぐるりと見渡すと、壁に貼られた席順を確認して、静かに自分の席へ向かった。

 

(隣の席だったらいいな……)

 

ほんの一瞬、そんな期待が頭をよぎる。

けれど現実は、そんなに都合よくはいかない。

彼の席と私の席は、教室の端と端だった。

 

私は小さく息をつく。

 

(そんな少女漫画みたいな展開、あるわけないか)

 

自分でも少し可笑しくなって、心の中でくすっと笑った。

そうして自分の席に腰を下ろした、そのとき――

 

また、教室のドアが開いた。

 

何気なく視線を向けた瞬間、私は思わず目を疑った。

 

そこに立っていたのは、

 

息をのむほど可愛い女の子だった。

 

整いすぎているくらい整った顔立ち。
思わず目を引くような存在感。

教室の空気が、一瞬ざわめく。

 

その子はゆっくりと教室へ入ると、壁に貼られた出席番号の紙をじっと見つめた。

ほんの数秒。

けれど、その時間が妙に長く感じられる。

やがて視線を外すと、迷いのない足取りで歩き出した。

 

向かった先は――

 

窓際の席。

 

あの人が座っている場所だった。

周りの生徒たちが、思わずその様子を見つめている。

誰も声を出さない。

 

まるで、

 

時間が止まったみたいに。

 

彼女は彼の隣まで来ると、少し身をかがめて声をかけた。

 

「久しぶり」

 

鈴の音のように澄んだ、可愛らしい声だった。

その一言で、止まっていた空気がふっとほどける。

教室のざわめきが、ゆっくりと戻ってきた。

声をかけられた彼も、ゆっくり顔を上げる。

 

「……久しぶり」

 

「高校に入っても同じクラスだね。よろしくねー!」

彼女は屈託のない笑顔を浮かべると、当たり前のように隣へ腰を下ろした。

 

教室は相変わらず賑やかなはずなのに。

 

どうしてか、その二人の会話だけが――

 

私の耳に、やけに鮮明に届く。

 

その瞬間、分かってしまった。

 

ああ、終わったんだ。

 

胸の奥で密かに育てていた恋のときめきは、
春の花びらみたいに、あっけなく散っていく。

 

私はただ、

 

黙ってそれを見ているしかなかった。

 

初めて見る二人なのに、誰がどう見てもお似合いだった。

まるで最初から並ぶことが決まっていたみたいな、美男美女。

 

しかも、あの様子を見る限り――

 

初対面ではなさそうだ。

 

胸の奥が、少しだけきゅっと痛む。

私は、あんなふうに人の目を引くほどの美少女じゃない。
笑っただけで教室の空気を明るくするような、そんな華もない。

 

だから――

 

この一目惚れは、胸の中だけにしまっておこう。

 

憧れは憧れのまま。
それ以上は期待しない。

 

あんな綺麗な人が隣にいるなら、

 

勝ち目なんて、最初からないのだから。

 

そう思いながら、ぼんやりと二人のやり取りを眺めていた、そのとき。

 

前の席の男子が、くるりと振り返った。

 

ふいに目が合う。

 

彼は少し困ったように、苦笑いを浮かべた。

「初めまして。俺、山口大翔って言います。よろしく」

軽く頭を下げると、少し言いづらそうに続ける。

「それで……初対面でこんなお願いするの図々しいんだけどさ」

胸の前で手を合わせる。

 

「席、変わってくれない?」

 

思わず瞬きをした。

別に席にこだわりなんてないし、断る理由もない。

「いいよ」と言おうとした、その瞬間。

隣の席の女子が、彼の肩を軽く小突いた。

「ちょっと。何、勝手に後ろの席変わろうとしてんの」

呆れた声が続く。

「男女じゃないと座っちゃダメでしょ。席順ちゃんと見てみなよ」

小突かれた男子は露骨に顔をしかめた。

 

「ちぇっ……」

 

唇を尖らせてぶつぶつ文句を言う。

「席ぐらいいいじゃんかよ」

 

その横顔を見ながら、私は小さく息をついた。

 

――なんだか、変な人。

 

そう思ったのに。

 

このときの私はまだ知らなかった。

 

この男子が、これから先――

 

私の高校生活を、大きくかき回すことになるなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

処理中です...