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春 一目惚れ1
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入学の日。
新しい一年の始まりに、胸が少しだけ高鳴っていた。
高校生活がどんなものになるのか、まだ想像もつかない。
けれど、中学からの親友と同じクラスになれたと知ったとき、胸の奥にあった小さな不安は少しだけ軽くなった。
――きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、私は教室の前に立つ。
新しいクラス。
まだ誰も知らない場所。
少しだけ緊張しながら、私はゆっくりとドアを開けた。
ガラッ。
乾いた音が教室に響く。
中には、すでに何人かの生徒が集まっていた。
同じ制服を着ているのに、どこか落ち着かない空気が漂っている。
きっと、みんな同じだ。
新しいクラスに、少しだけ緊張している。
そんなことを思いながら教室を見渡した、そのとき。
「すず!」
聞き慣れた声が飛んできた。
声の方を見ると、窓際の席で手を振っている親友の姿があった。
その瞬間、張りつめていた気持ちがふっとほどける。
思わず笑って、小さく手を振り返した。
「ひかり!」
私はそのまま彼女の席へと駆け寄る。
「すず! よかった、同じクラスだね」
嬉しそうに言うひかりに、私も自然と笑ってしまう。
「うん。これからよろしくね」
高校生活が始まる。
わくわくと、少しのどきどきが胸の中で混ざり合っていた。
そう言いながら、私は自分の席を探そうと教室を見渡す。
そのときだった。
ガラッ。
教室のドアが開く音がして、思わずそちらへ視線を向けた。
そして――
息が止まりそうになる。
入ってきたのは、あの男の子だった。
桜の木の下で、ひとり静かに立っていた男の子。
花びらが舞う中で、なぜか目を離せなくなってしまった、あの人。
胸が、どくんと大きく鳴る。
彼は教室を一度ぐるりと見渡すと、壁に貼られた席順を確認して、静かに自分の席へ向かった。
(隣の席だったらいいな……)
ほんの一瞬、そんな期待が頭をよぎる。
けれど現実は、そんなに都合よくはいかない。
彼の席と私の席は、教室の端と端だった。
私は小さく息をつく。
(そんな少女漫画みたいな展開、あるわけないか)
自分でも少し可笑しくなって、心の中でくすっと笑った。
そうして自分の席に腰を下ろした、そのとき――
また、教室のドアが開いた。
何気なく視線を向けた瞬間、私は思わず目を疑った。
そこに立っていたのは、
息をのむほど可愛い女の子だった。
整いすぎているくらい整った顔立ち。
思わず目を引くような存在感。
教室の空気が、一瞬ざわめく。
その子はゆっくりと教室へ入ると、壁に貼られた出席番号の紙をじっと見つめた。
ほんの数秒。
けれど、その時間が妙に長く感じられる。
やがて視線を外すと、迷いのない足取りで歩き出した。
向かった先は――
窓際の席。
あの人が座っている場所だった。
周りの生徒たちが、思わずその様子を見つめている。
誰も声を出さない。
まるで、
時間が止まったみたいに。
彼女は彼の隣まで来ると、少し身をかがめて声をかけた。
「久しぶり」
鈴の音のように澄んだ、可愛らしい声だった。
その一言で、止まっていた空気がふっとほどける。
教室のざわめきが、ゆっくりと戻ってきた。
声をかけられた彼も、ゆっくり顔を上げる。
「……久しぶり」
「高校に入っても同じクラスだね。よろしくねー!」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべると、当たり前のように隣へ腰を下ろした。
教室は相変わらず賑やかなはずなのに。
どうしてか、その二人の会話だけが――
私の耳に、やけに鮮明に届く。
その瞬間、分かってしまった。
ああ、終わったんだ。
胸の奥で密かに育てていた恋のときめきは、
春の花びらみたいに、あっけなく散っていく。
私はただ、
黙ってそれを見ているしかなかった。
初めて見る二人なのに、誰がどう見てもお似合いだった。
まるで最初から並ぶことが決まっていたみたいな、美男美女。
しかも、あの様子を見る限り――
初対面ではなさそうだ。
胸の奥が、少しだけきゅっと痛む。
私は、あんなふうに人の目を引くほどの美少女じゃない。
笑っただけで教室の空気を明るくするような、そんな華もない。
だから――
この一目惚れは、胸の中だけにしまっておこう。
憧れは憧れのまま。
それ以上は期待しない。
あんな綺麗な人が隣にいるなら、
勝ち目なんて、最初からないのだから。
そう思いながら、ぼんやりと二人のやり取りを眺めていた、そのとき。
前の席の男子が、くるりと振り返った。
ふいに目が合う。
彼は少し困ったように、苦笑いを浮かべた。
「初めまして。俺、山口大翔って言います。よろしく」
軽く頭を下げると、少し言いづらそうに続ける。
「それで……初対面でこんなお願いするの図々しいんだけどさ」
胸の前で手を合わせる。
「席、変わってくれない?」
思わず瞬きをした。
別に席にこだわりなんてないし、断る理由もない。
「いいよ」と言おうとした、その瞬間。
隣の席の女子が、彼の肩を軽く小突いた。
「ちょっと。何、勝手に後ろの席変わろうとしてんの」
呆れた声が続く。
「男女じゃないと座っちゃダメでしょ。席順ちゃんと見てみなよ」
小突かれた男子は露骨に顔をしかめた。
「ちぇっ……」
唇を尖らせてぶつぶつ文句を言う。
「席ぐらいいいじゃんかよ」
その横顔を見ながら、私は小さく息をついた。
――なんだか、変な人。
そう思ったのに。
このときの私はまだ知らなかった。
この男子が、これから先――
私の高校生活を、大きくかき回すことになるなんて。
新しい一年の始まりに、胸が少しだけ高鳴っていた。
高校生活がどんなものになるのか、まだ想像もつかない。
けれど、中学からの親友と同じクラスになれたと知ったとき、胸の奥にあった小さな不安は少しだけ軽くなった。
――きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、私は教室の前に立つ。
新しいクラス。
まだ誰も知らない場所。
少しだけ緊張しながら、私はゆっくりとドアを開けた。
ガラッ。
乾いた音が教室に響く。
中には、すでに何人かの生徒が集まっていた。
同じ制服を着ているのに、どこか落ち着かない空気が漂っている。
きっと、みんな同じだ。
新しいクラスに、少しだけ緊張している。
そんなことを思いながら教室を見渡した、そのとき。
「すず!」
聞き慣れた声が飛んできた。
声の方を見ると、窓際の席で手を振っている親友の姿があった。
その瞬間、張りつめていた気持ちがふっとほどける。
思わず笑って、小さく手を振り返した。
「ひかり!」
私はそのまま彼女の席へと駆け寄る。
「すず! よかった、同じクラスだね」
嬉しそうに言うひかりに、私も自然と笑ってしまう。
「うん。これからよろしくね」
高校生活が始まる。
わくわくと、少しのどきどきが胸の中で混ざり合っていた。
そう言いながら、私は自分の席を探そうと教室を見渡す。
そのときだった。
ガラッ。
教室のドアが開く音がして、思わずそちらへ視線を向けた。
そして――
息が止まりそうになる。
入ってきたのは、あの男の子だった。
桜の木の下で、ひとり静かに立っていた男の子。
花びらが舞う中で、なぜか目を離せなくなってしまった、あの人。
胸が、どくんと大きく鳴る。
彼は教室を一度ぐるりと見渡すと、壁に貼られた席順を確認して、静かに自分の席へ向かった。
(隣の席だったらいいな……)
ほんの一瞬、そんな期待が頭をよぎる。
けれど現実は、そんなに都合よくはいかない。
彼の席と私の席は、教室の端と端だった。
私は小さく息をつく。
(そんな少女漫画みたいな展開、あるわけないか)
自分でも少し可笑しくなって、心の中でくすっと笑った。
そうして自分の席に腰を下ろした、そのとき――
また、教室のドアが開いた。
何気なく視線を向けた瞬間、私は思わず目を疑った。
そこに立っていたのは、
息をのむほど可愛い女の子だった。
整いすぎているくらい整った顔立ち。
思わず目を引くような存在感。
教室の空気が、一瞬ざわめく。
その子はゆっくりと教室へ入ると、壁に貼られた出席番号の紙をじっと見つめた。
ほんの数秒。
けれど、その時間が妙に長く感じられる。
やがて視線を外すと、迷いのない足取りで歩き出した。
向かった先は――
窓際の席。
あの人が座っている場所だった。
周りの生徒たちが、思わずその様子を見つめている。
誰も声を出さない。
まるで、
時間が止まったみたいに。
彼女は彼の隣まで来ると、少し身をかがめて声をかけた。
「久しぶり」
鈴の音のように澄んだ、可愛らしい声だった。
その一言で、止まっていた空気がふっとほどける。
教室のざわめきが、ゆっくりと戻ってきた。
声をかけられた彼も、ゆっくり顔を上げる。
「……久しぶり」
「高校に入っても同じクラスだね。よろしくねー!」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべると、当たり前のように隣へ腰を下ろした。
教室は相変わらず賑やかなはずなのに。
どうしてか、その二人の会話だけが――
私の耳に、やけに鮮明に届く。
その瞬間、分かってしまった。
ああ、終わったんだ。
胸の奥で密かに育てていた恋のときめきは、
春の花びらみたいに、あっけなく散っていく。
私はただ、
黙ってそれを見ているしかなかった。
初めて見る二人なのに、誰がどう見てもお似合いだった。
まるで最初から並ぶことが決まっていたみたいな、美男美女。
しかも、あの様子を見る限り――
初対面ではなさそうだ。
胸の奥が、少しだけきゅっと痛む。
私は、あんなふうに人の目を引くほどの美少女じゃない。
笑っただけで教室の空気を明るくするような、そんな華もない。
だから――
この一目惚れは、胸の中だけにしまっておこう。
憧れは憧れのまま。
それ以上は期待しない。
あんな綺麗な人が隣にいるなら、
勝ち目なんて、最初からないのだから。
そう思いながら、ぼんやりと二人のやり取りを眺めていた、そのとき。
前の席の男子が、くるりと振り返った。
ふいに目が合う。
彼は少し困ったように、苦笑いを浮かべた。
「初めまして。俺、山口大翔って言います。よろしく」
軽く頭を下げると、少し言いづらそうに続ける。
「それで……初対面でこんなお願いするの図々しいんだけどさ」
胸の前で手を合わせる。
「席、変わってくれない?」
思わず瞬きをした。
別に席にこだわりなんてないし、断る理由もない。
「いいよ」と言おうとした、その瞬間。
隣の席の女子が、彼の肩を軽く小突いた。
「ちょっと。何、勝手に後ろの席変わろうとしてんの」
呆れた声が続く。
「男女じゃないと座っちゃダメでしょ。席順ちゃんと見てみなよ」
小突かれた男子は露骨に顔をしかめた。
「ちぇっ……」
唇を尖らせてぶつぶつ文句を言う。
「席ぐらいいいじゃんかよ」
その横顔を見ながら、私は小さく息をついた。
――なんだか、変な人。
そう思ったのに。
このときの私はまだ知らなかった。
この男子が、これから先――
私の高校生活を、大きくかき回すことになるなんて。
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