桜の下で、君に恋した春

ひかゆづ

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春 一目惚れ 2

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ひかりは前の机に頬杖をつきながら、少し離れたすずに声をかける。

 

「なんかまだ実感ないよね」

 

「高校生って感じしない」

 

すずは小さく笑う。

 

「それは分かるかも」

 

そのときだった。

 

ガラッ。

 

教室のドアが開いた。

 

スーツ姿の男性教師が入ってくる。

 

少しだけラフな雰囲気の先生だった。

三十代くらいだろうか。

 

先生は教卓の前に立つと、クラスを見渡した。

 

「よし、全員いるな」

 

出席簿を軽く閉じる。

 

「改めて自己紹介しておこう」

 

チョークを手に取ると、黒板に名前を書いた。

 

担任 山本

 

「このクラスの担任になった山本だ」

 

少し笑う。

 

「担当は現代文」

 

教室のあちこちで小さく頷く声が聞こえた。

 

先生は腕を軽く組んで言った。

 

「入学したばっかりだしな」

 

「まだ誰が誰か分からないだろ」

 

軽く教室を見回す。

 

「ということで――」

 

チョークを教卓に置いた。

 

 

「自己紹介でもやろうか」

 

 

教室が少しざわめく。

 

「えー」

 

「やっぱあるんだ」

 

そんな声があちこちから聞こえた。

 

先生は苦笑する。

 

「そんな嫌そうな顔するな」

 

「クラスの親睦を深めるためだ」

 

「名前と、中学の部活とか、好きなこととか」

 

「簡単でいい」

 

黒板を軽く指す。

 

「前の席から順番でいこう」

 

教室に少し緊張した空気が流れた。

 

最初の生徒が立ち上がる。

 

「えっと……」

 

声が少し震えている。

 

「田中です」

 

「中学ではサッカー部でした」

 

「よろしくお願いします」

 

ぱらぱらと拍手が起こる。

 

それから次々と自己紹介が続いた。

 

「山田です。バスケ部でした」

 

「佐藤です。吹奏楽部です」

 

「よろしくお願いします」

 

緊張している人。
元気よく話す人。
短く終わらせる人。

 

クラスの空気は少しずつ柔らいでいく。

 

やがて。

 

すずの前の席。

 

大翔の番になった。

 

大翔は勢いよく立ち上がる。

 

「山口大翔です!」

 

声がやたら大きい。

 

教室の何人かが驚いて顔を上げた。

 

大翔は気にせず続ける。

 

「中学ではバスケやってました!」

 

少しだけ笑う。

 

「あと、スポーツ全般好きです!」

 

そして最後に言った。

 

「楽しい高校生活にしたいんで!」

 

 

「みんなよろしく!」

 

教室に笑いが起きた。

 

先生も少し笑っている。

 

「元気だな」

 

大翔は照れくさそうに座った。

 

次は、すずの番だった。

 

すずはゆっくり立ち上がる。

 

少しだけ緊張する。

 

クラスの視線が集まる。

 

「一ノ瀬すずです」

 

声は小さめだったけれど、ちゃんと教室に届いた。

 

「中学では帰宅部でした」

 

少し考えてから言う。

 

「写真を撮るのが好きです」

 

教室の何人かが「へえ」と反応する。

 

すずは軽く頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

ぱらぱらと拍手が起きる。

 

席に座ると、前の夏希が小さく振り向いた。

 

「写真好きなんだ?」

 

小声で言う。

 

すずは少しだけ頷いた。

 

「うん」

「写真素敵だね。私、西野 夏希。これから宜しくね?」

すずは嬉しそうに答える。

「こちらこそ仲良くしてください」

夏希も嬉しそうな表情を浮かべて、

「席も近いし、3年間高校生活一緒だから、すず、と呼んでもいい?」

直ぐに友達が出来た気がした。

「勿論」と答える。


 

「次」

 

教室の視線が、窓際の席に向く。

 

湊だった。

 

湊は静かに立ち上がる。

 

教室が、ほんの少しだけ静かになる。

 

「藤沢湊です」

 

落ち着いた声だった。

 

「中学では弓道をやっていました」

 

その言葉に、何人かが反応する。

 

「弓道?」

 

「珍しくない?」

 

小さなざわめきが起きる。

 

湊は気にする様子もなく続けた。

 

「よろしくお願いします」

 

短い自己紹介だった。

 

それでも、どこか印象に残る。

 

すずは思わずその横顔を見ていた。

 

そのあと。

 

次に立ち上がったのは――

 

花音だった。

 

教室の空気が、また少し変わる。

 

誰もが自然と目を向ける。

 

花音は柔らかく笑った。

 

「東雲花音です」

 

声が澄んでいる。

 

「中学では藤沢くんと同じクラスで、バレー部でした」

 

少しだけ視線を動かす。

 

そして言った。

 

「みんなと仲良くなれたら嬉しいです」

 

ふわっとした笑顔。

 

「よろしくお願いします」

 

教室の空気が一瞬明るくなった気がした。

 

男子たちが小さくざわつく。

 

すずはその様子を見ながら思う。

 

(やっぱり……)

 

(すごく可愛い)

 

そして。

 

ふと、窓際を見る。

 

花音の隣には湊がいる。

 

その光景が、なぜか胸に少しだけ引っかかった。

 

クラスの自己紹介は、まだ続いていく。

 

こうして。

 

少しずつ。

 

このクラスの関係は、形になり始めていた。

教室の空気は、まだ少しだけ緊張している。

先生は軽く手を叩いた。

 

「じゃあ――」

 

一度教室を見渡してから言う。

 

「隣の人と少し話してみろ。」

「自己紹介の続きでもいい。」

「同じクラスになったんだからな。」

 

その言葉と同時に、教室のあちこちで椅子が動く音がした。

 

すぐ隣で、夏希がくるっと振り向く。

 

「ねえ、すず!」

「めっちゃ緊張したよね!」

 

すずは思わず笑った。

 

「うん、した。」

「声、ちょっと震えてたかも。」

 

向かいの席から大翔が笑う。

 

「俺も。」

「途中で何言うか一瞬忘れそうになった。」

 

夏希が驚く。

 

「えー!全然そんな風に見えなかったよ!」

 

「ほんと?」

 

「うん!」

 

三人で笑い合う。

 

すると――

 

すずの隣の席の男子が、少し体をこちらへ向けた。

 

「あのさ。」

 

少し困ったように笑う。

 

「三人だけで盛り上がってない?」

 

夏希が「あっ」と声を上げて笑った。

 

「ごめんごめん!」

 

男子は肩をすくめる。

 

「さっき先生、隣と話せって言ってたよね?」

 

「俺、一応一ノ瀬さんの隣なんだけど。」

 

大翔が吹き出す。

 

「確かに。」

 

夏希も笑った。

 

「ごめん、完全に忘れてた!」

 

男子は冗談っぽく言う。

 

「いや、いいんだけどさ。」

 

「このままだと俺だけぼっちみたいになるから。」

 

教室のあちこちでも笑い声が聞こえる。

 

すずも思わず笑った。

 

「ごめんね。」

「一緒に話そう?」

 

男子は少し嬉しそうに笑う。

 

「やっと仲間入りできた。」

 

そのとき――

 

ふと、すずは前の席を見る。

 

窓側の席。

 

藤沢湊が座っている。

 

その隣には東雲花音。

 

花音が体を少し傾け、湊に話しかけていた。

 

湊も静かに答えているようだった。

 

声はここまでは聞こえない。

 

けれど、二人が自然に会話していることはわかる。

 

(同じ中学なんだよね……)

 

自己紹介の言葉を思い出す。

 

隣同士の席。

 

すずはほんの少しだけ視線を逸らした。

 

そのとき。

 

「すず?」

 

夏希が顔をのぞき込む。

 

「どうしたの?」

 

「え?」

 

すずは慌てて笑った。

 

「ううん、なんでもない。」

 

大翔が笑う。

 

「まだ緊張してんじゃない?」

 

「最初だし。」

 

「そうかも。」

 

すずは小さく笑った。

 

けれど心のどこかでは――

 

前の席が、少しだけ気になっていた。

 

(藤沢湊……)

 

その名前を、もう一度心の中でそっとつぶやく。

 

「はい、そこまでー。」

 

山本先生が教卓の前で手を叩いた。

 

教室で話していた生徒たちが一斉に先生を見る。

 

「そろそろ入学式行くぞー。」

 

「体育館に移動するから、廊下に並べ。」

 

教室が少しざわつく。

 

椅子を引く音が重なり、生徒たちが立ち上がる。

 

夏希が背伸びをしながら言う。

 

「いよいよ入学式だね。」

 

「なんかドキドキしてきた。」

 

大翔が笑う。

 

「今さら?」

 

「さっき自己紹介してたじゃん。」

 

夏希がじとっと見る。

 

「それとこれとは別なの。」

 

すずも思わず笑った。

 

そのとき――

 

元気な声が聞こえた。

 

「すずー!」

 

すずが振り向く。

 

ひかりがこちらへ小走りで駆け寄ってきた。

 

「やっと話せた」

 

すずの前で止まり、にこにこしながら周りを見る。

 

「さっきから気になってたんだけど!」

 

「もう友達できてるじゃん!」

 

すずは少し照れたように笑う。

 

「うん、席が近くて。」

 

夏希が笑って言う。

 

「西野夏希!」

 

「よろしくね。」

 

ひかりも元気よく言う。

 

「月島ひかり!」

 

「よろしく!」

 

大翔が軽く手を上げる。

 

「山口大翔。」

 

「どうもー。」

 

そのとき。

 

すずの隣の男子が少し身を乗り出した。

 

「……あのさ。」

 

みんなが見る。

 

男子は苦笑いした。

 

「なんか俺、今から入っていい感じ?」

 

一瞬沈黙して――

 

夏希が吹き出す。

 

「あ、ごめん!」

 

大翔も笑う。

 

「確かに。」

 

男子は肩をすくめる。

 

「さっきから楽しそうに話してるからさ。」

 

「俺も一応いるんだけど。」

 

ひかりが笑う。

 

「じゃあ一緒に話そうよ!」

 

男子はほっとしたように笑った。

 

「やっと仲間入りできた。」

 

そのとき――

 

「はい、廊下並べー。」

 

先生の声が響く。

 

クラスはぞろぞろと教室を出ていった。

 

廊下にはすでに他のクラスの列もできていて、少し賑やかだった。

 

すずはひかりと並んで歩く。

 

横には夏希。

 

後ろには大翔たち。

 

そのとき――

 

前から別の列が歩いてきた。

 

同じクラスの後ろの席のグループ。

 

すずの胸が小さく跳ねる。

 

その中に――

 

藤沢湊がいた。

 

静かに歩いている。

 

姿勢がまっすぐで、どこか落ち着いた雰囲気。

 

隣には東雲花音。

 

二人は何か話しているようだった。

 

列が近づく。

 

そして――

 

すれ違う。

 

その瞬間。

 

湊がふと顔を上げた。

 

ほんの一瞬。

 

目が合った気がした。

 

すずの胸がドキッと鳴る。

 

慌てて前を見る。

 

心臓が少し速くなる。

 

「すず?」

 

ひかりが小さく言う。

 

「どうしたの?」

 

「え?」

 

すずは慌てて笑った。

 

「ううん、なんでもない。」

 

夏希がくすっと笑う。

 

「入学式緊張してきた?」

 

後ろから大翔の声。

 

「まだ始まってないぞ。」

 

すずは小さく笑った。

 

「大丈夫。」

 

でも――

 

胸のドキドキは、まだ少し続いていた。

 

クラスの列は体育館へと入っていく。

 

大きな体育館の中には、すでにたくさんの新入生が並んでいた。

 

床のきしむ音。
椅子を引く音。
少し緊張したようなざわめき。

 

先生の声が響く。

 

「はい、クラスごとに座れー。」

 

生徒たちは並んだ椅子に順番に座っていく。

 

すずはひかりと並んで座った。

 

左隣はひかり。

 

そして――

 

右隣は、教室で隣の席だった男子。

 

前には夏希と大翔の姿が見える。

 

やがて音楽が流れ始めた。

 

入学式が始まる。

 

校長先生の話。
来賓の挨拶。

 

体育館は静まり返っている。

 

……けれど。

 

しばらくすると――

 

ひかりが少し体を寄せてきた。

 

「すず。」

 

小さな声。

 

すずも少し顔を寄せる。

 

「ん?」

 

ひかりは前の方をちらっと見て、小声で言った。

 

「さっき廊下ですれ違った人。」

 

すずの胸が少しだけ跳ねる。

 

ひかりは続けた。

 

「背高くてさ。」

 

「黒髪の。」

 

すずはすぐにわかった。

 

藤沢湊。

 

ひかりが言う。

 

「……あの人、かっこよくない?」

 

すずの心臓が一瞬止まりそうになる。

 

慌てて前を見る。

 

すずは小さく言った。

 

「ひ、ひかり。」

 

「今それ言う?」

 

ひかりはくすっと笑う。

 

「だって暇なんだもん。」

 

「話長いし。」

 

すずは少しだけ前を見る。

 

少し離れた列。

 

そこに――

 

湊が座っていた。

 

姿勢よく前を見ている。

 

胸がまたドキッとする。

 

ひかりがまた小さく言う。

 

「すず、見てたでしょ。」

 

「さっき廊下で。」

 

すずは慌てる。

 

「み、見てないよ。」

 

「ちょっとだけ。」

 

ひかりはニヤッと笑う。

 

「やっぱ見てたじゃん。」

 

そのとき。

 

右隣から声がした。

 

「ねえ。」

 

すずがびくっとする。

 

隣の男子だった。

 

「二人とも。」

 

小声で言う。

 

「めっちゃ楽しそうに話してるけどさ。」

 

「俺も会話混ざっていい?」

 

ひかりが笑う。

 

「いいよ。」

 

男子はすずの方を見て言った。

 

「てかさ。」

 

「一ノ瀬さんって静かだよね。」

 

すずは少し驚く。

 

「え?」

 

男子は肩をすくめる。

 

「教室でもあんまり話してなかったし。」

 

「もっと静かなタイプかと思った。」

 

ひかりがすぐ言う。

 

「そんなことないよ!」

 

「すず普通に話すし!」

 

すずは少し笑った。

 

「いや、でも最初だから……」

 

男子はうなずく。

 

「まあね。」

 

少し間があってから言う。

 

「さっきの話。」

 

「誰のこと?」

 

ひかりが答える。

 

「さっき廊下ですれ違った人。」

 

男子は少し考える。

 

「前の席の?」

 

「藤沢?」

 

すずの心臓がまた跳ねる。

 

ひかりが言う。

 

「そうそう!」

 

「藤沢くん!」

 

男子は小さく笑った。

 

「まあ確かに。」

 

「目立つよね。」

 

すずは前を見る。

 

少し離れた場所。

 

湊の背中。

 

胸がまた、少しだけドキドキする。

 

入学式の話は――

 

ほとんど耳に入ってこなかった。

 

このときの私は、まだ知らなかった。

 

この出会いが、私の高校生活を全部変えてしまうなんて。



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