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第1章 鏡石(きょうせき)と多紀月(たきつ)
第1話 ホタル籠 前編
今日はよい日だ。部活の担当でもないし、こんな日は提出物の確認をしたり、たまっている仕事を処理しないと。
実験の用意や実験プリントも作らないと、今日くらいは少しは早く帰りたいし。
鏡石はうれしかった。会議も打ち合わせも無い日は、早くから自分の仕事ができる。こんな日が週に2日くらいないと、とてもじゃないが仕事が回らない。
教員は結構ブラックだけど、今更他の仕事もできないから。
そんなことを考えながら、赤ペンを手にした時、がらっと勢い良く準備室の扉が開いた。
「先生!」
アニ研の1年女子の多紀月(たきつ)が顔を出した。手に小さな何かを持っている。
「かわいいっしょ」
指に何かをひっかけて、ゆらゆらさせながら聞いてくる。
「なんだいそれは」
せっかくの時間を邪魔されたことは顔に出さないで、生徒が私を訪ねて来るなんてめったにあるもんじゃないから話を聞いてあげることにする。
「麦わらの飾りで、かわいいから買ったけど何かわからなくて」
手のひらサイズの四角垂を軽くねじったような形をしている。
「これは、今の時期ならサイズ的にオーナメントかな。」
顔を近づけて軽く確認してからそう答えた。
「オーナメント?」
語尾が上がりながら答えつつ、頭に?マークが浮かんでいる。
そうか、家でツリーを飾る家も少なくなったんだろうな。
椅子に深く腰掛けなおしながら、教えてあげる。
「クリスマス飾りだよ。ツリーやリースに飾る」
指先で空中に三角を描いたり、輪っかを描いたりして、イメージしやすいように助けてあげる。
「だから紐がついてるんだ。スマホのストラップかと思った。ストラップなんか最近付けるのはおぢさんばっかりだから、こんなかわいいの変だなと思ったんだ。」
目の高さに持ち上げながら、じっくりと全体を見ている。
「何の形かな」
オーナメントを少し持ち上げながらつぶやいている。
「さぁ何だろうね」
こっちを向いて無茶ぶりに訊ねてくる。
「何の意味があるの」
しっかり生徒に向き直って答える。
「神に対しての豊作の感謝だね。豊穣だね。」
オーナメントを手に軽く握りながら、驚いた顔をしながら聞いてくる。
「形が何かわからないのに、意味は分かるの?」
軽く足を組みながら説明する。日頃の運動不足に中年のお腹の肉付きが良くなって、足は深く組めなくなってきている。
「その形のものは、昔見たことがあるよ。古い古い時代に、ヨーロッパで【かまどの神】にささげる供物だったね。材料は麦だから、間違いなく豊穣神や大地の神或いは食べ物の神への感謝になる。」
また、はてなマークが浮かんでいるな。あたりまえだけど。
「それが何で、クリスマス?」
まあ、一般的には知らなくて当たり前か。そんなとこまで歴史では習わないからね。
「古い神は、キリスト教の布教とともに唯一神に集約されたからね」
少し納得した顔をしながらも、不思議そうな顔をしてまたオーナメントを見ながら、
「どうやって作るんだろう」
おそらく作りたいのではなくて、どんな構造なのかが知りたいんだろうな。
「作り方は、ネットを探せば出てくるよ」
若いのに眉間にしわが寄って、顔をしかめながら
「いや。英語はむり」
少し笑いながら、簡単な英会話なら何とか聞けるのかもしれないけど、説明の動画の英語はそりゃ無理だろうと思う。
「しっかり日本語だよ」
びっくりした顔で
「日本で作られているの?」
まあ、今の流れだとそう思っちゃうよね。全然違うんだけど。
「あぁ。そういうことじゃないんだ。」
鏡石は、自分のスマホをスワイプしながら説明する。
「実際にみたほうが早い。」
見つけたサイトの画像を、生徒に見せながら
「このサイトにある、これ同じ形だろ。」
麦わら細工 ホタルかごで検索をかけて出てきたサイトの画像を見せる。
驚いた顔をしてこっちを見る。目が真ん丸だよ。漫画みたいだ。
「ほんとだ。全く同じ形。」
スマホを机に戻しながら説明を続ける。
「作り方も動画でたくさん紹介されているから、底の部分が四角だったり、五角形だったりするけど。」
小首をかしげながら、頭には大きな?マークが浮かんでいる。
「なんで、同じ形しているの?」
声にもたくさん?マークが浮かんでいるように思える。
「そういう研究はないな。」
椅子に深く腰掛けなおしながらこたえる。
「研究が必要なの?」
研究の積み重ねが結果として知識になり、その知識がNETなんかで配信されていること、結果しか見ないから理解できないだろうな。その結果を得るための名もなき大勢の努力なんかも、理解できないんだろうな。
「民族学になるかな。ヨーロッパのオーナメントも、日本の麦わらかごも民俗学だから、分野が違うから、研究者が両方を知ることはないんだよ」
遠い遠い昔に諦めてしまった研究に対する憧憬が、少しだけ蘇る。
「めんどくさいんだね。」
そうだね。令和の女子高生にとっては、メンドクサイだけだろうね。
「まぁ。仕方ないかな。」
今は生活しなきゃならないし、夢を追いかけるには歳をとりすぎた。〈仕方ないかな〉
「なんで、先生は知っているの。」
成績にならない。点数にならないことまで知るのは、究極の無駄だと思っているでしょ。答えのない問いを考えていくのが、最も楽しい冒険なのに、どっかの歌にあったでしょ〈僕だけの正解をいざ探しにゆくんだ〉ってね。探しにゆける年齢制限はあるかもしれないけどね。
「僕は正式な研究者じゃないし。僕は、民族学、民俗学、考古学なんでも興味があるからね」
胸の前で腕を組んで難しい顔をした。
「また新しい言葉がでて来た。簡単に説明して、簡単に。」
次回 1月18日の後編に続くのであった。
実験の用意や実験プリントも作らないと、今日くらいは少しは早く帰りたいし。
鏡石はうれしかった。会議も打ち合わせも無い日は、早くから自分の仕事ができる。こんな日が週に2日くらいないと、とてもじゃないが仕事が回らない。
教員は結構ブラックだけど、今更他の仕事もできないから。
そんなことを考えながら、赤ペンを手にした時、がらっと勢い良く準備室の扉が開いた。
「先生!」
アニ研の1年女子の多紀月(たきつ)が顔を出した。手に小さな何かを持っている。
「かわいいっしょ」
指に何かをひっかけて、ゆらゆらさせながら聞いてくる。
「なんだいそれは」
せっかくの時間を邪魔されたことは顔に出さないで、生徒が私を訪ねて来るなんてめったにあるもんじゃないから話を聞いてあげることにする。
「麦わらの飾りで、かわいいから買ったけど何かわからなくて」
手のひらサイズの四角垂を軽くねじったような形をしている。
「これは、今の時期ならサイズ的にオーナメントかな。」
顔を近づけて軽く確認してからそう答えた。
「オーナメント?」
語尾が上がりながら答えつつ、頭に?マークが浮かんでいる。
そうか、家でツリーを飾る家も少なくなったんだろうな。
椅子に深く腰掛けなおしながら、教えてあげる。
「クリスマス飾りだよ。ツリーやリースに飾る」
指先で空中に三角を描いたり、輪っかを描いたりして、イメージしやすいように助けてあげる。
「だから紐がついてるんだ。スマホのストラップかと思った。ストラップなんか最近付けるのはおぢさんばっかりだから、こんなかわいいの変だなと思ったんだ。」
目の高さに持ち上げながら、じっくりと全体を見ている。
「何の形かな」
オーナメントを少し持ち上げながらつぶやいている。
「さぁ何だろうね」
こっちを向いて無茶ぶりに訊ねてくる。
「何の意味があるの」
しっかり生徒に向き直って答える。
「神に対しての豊作の感謝だね。豊穣だね。」
オーナメントを手に軽く握りながら、驚いた顔をしながら聞いてくる。
「形が何かわからないのに、意味は分かるの?」
軽く足を組みながら説明する。日頃の運動不足に中年のお腹の肉付きが良くなって、足は深く組めなくなってきている。
「その形のものは、昔見たことがあるよ。古い古い時代に、ヨーロッパで【かまどの神】にささげる供物だったね。材料は麦だから、間違いなく豊穣神や大地の神或いは食べ物の神への感謝になる。」
また、はてなマークが浮かんでいるな。あたりまえだけど。
「それが何で、クリスマス?」
まあ、一般的には知らなくて当たり前か。そんなとこまで歴史では習わないからね。
「古い神は、キリスト教の布教とともに唯一神に集約されたからね」
少し納得した顔をしながらも、不思議そうな顔をしてまたオーナメントを見ながら、
「どうやって作るんだろう」
おそらく作りたいのではなくて、どんな構造なのかが知りたいんだろうな。
「作り方は、ネットを探せば出てくるよ」
若いのに眉間にしわが寄って、顔をしかめながら
「いや。英語はむり」
少し笑いながら、簡単な英会話なら何とか聞けるのかもしれないけど、説明の動画の英語はそりゃ無理だろうと思う。
「しっかり日本語だよ」
びっくりした顔で
「日本で作られているの?」
まあ、今の流れだとそう思っちゃうよね。全然違うんだけど。
「あぁ。そういうことじゃないんだ。」
鏡石は、自分のスマホをスワイプしながら説明する。
「実際にみたほうが早い。」
見つけたサイトの画像を、生徒に見せながら
「このサイトにある、これ同じ形だろ。」
麦わら細工 ホタルかごで検索をかけて出てきたサイトの画像を見せる。
驚いた顔をしてこっちを見る。目が真ん丸だよ。漫画みたいだ。
「ほんとだ。全く同じ形。」
スマホを机に戻しながら説明を続ける。
「作り方も動画でたくさん紹介されているから、底の部分が四角だったり、五角形だったりするけど。」
小首をかしげながら、頭には大きな?マークが浮かんでいる。
「なんで、同じ形しているの?」
声にもたくさん?マークが浮かんでいるように思える。
「そういう研究はないな。」
椅子に深く腰掛けなおしながらこたえる。
「研究が必要なの?」
研究の積み重ねが結果として知識になり、その知識がNETなんかで配信されていること、結果しか見ないから理解できないだろうな。その結果を得るための名もなき大勢の努力なんかも、理解できないんだろうな。
「民族学になるかな。ヨーロッパのオーナメントも、日本の麦わらかごも民俗学だから、分野が違うから、研究者が両方を知ることはないんだよ」
遠い遠い昔に諦めてしまった研究に対する憧憬が、少しだけ蘇る。
「めんどくさいんだね。」
そうだね。令和の女子高生にとっては、メンドクサイだけだろうね。
「まぁ。仕方ないかな。」
今は生活しなきゃならないし、夢を追いかけるには歳をとりすぎた。〈仕方ないかな〉
「なんで、先生は知っているの。」
成績にならない。点数にならないことまで知るのは、究極の無駄だと思っているでしょ。答えのない問いを考えていくのが、最も楽しい冒険なのに、どっかの歌にあったでしょ〈僕だけの正解をいざ探しにゆくんだ〉ってね。探しにゆける年齢制限はあるかもしれないけどね。
「僕は正式な研究者じゃないし。僕は、民族学、民俗学、考古学なんでも興味があるからね」
胸の前で腕を組んで難しい顔をした。
「また新しい言葉がでて来た。簡単に説明して、簡単に。」
次回 1月18日の後編に続くのであった。
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