【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

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第53話 鋼鉄の殿下

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セス様が私の顔を見て、本気で聞いた。

「保護魔法を二人分同時に掛けるだなんて、そんなことできるのか?」

私はムッとした。できるに決まっているじゃない。

「変装しなくていいのよね? 顔貌を変えないで、保護魔法だけなら負荷が軽い。あなたの分まで大丈夫よ、婚約者さま」

「その設定、まだ引きずるの?」

ちょっとうんざりしたようにセス様は言った。


大本営の建物の周りは、急ごしらえの倉庫と荷馬車であふれていた。現場へ向けて大本営から、泥道が続いていて、嫌がる馬をなだめながら、荷馬車が続いている。

「乗せてもらいましょう」

「え? みんな規定一杯一杯まで荷物を載せているはずだ。俺たちなんか乗せてくれないと思うけど」

「御者に掛け合うのよ」

事情はだいたい分かった。

ここは戦場だ。

私は手近にいた荷馬車の御者に話しかけた。

「ねえ、私たちを乗っけてってくれない?」

御者はヒュンと鞭を空で切った。

「ダメだ。満員だよ」

「私は魔術師よ。私を乗せてくれたら、あなたに保護魔法をかけてあげる」

御者は眉を寄せた。中年の痩せた男だった。

「なんだ、保護魔法って?」

「保護魔法にかかってれば、万一、砲弾を浴びてもケガひとつしないわ」

「本当か?」

冴えない中年の目の色が変わった。

「その鞭で、私を打ってみなさい」

御者は恐る恐る、私の手の先の方に鞭を向けた。

「あれ?」

手の数ミリ先で鞭は止まってしまう。

今度は、彼は、私の足目掛けて鞭を振り下ろした。

「あっ」

鞭は私の体に触れることなく、まるで私がガラスで包まれているかのように、鞭は何もない空中を打ってピシリと言う音を響かせた。

「分かった?」

御者は私の顔を見つめ、震え声で言った。

「どうぞ。どうぞ、乗ってくだせえ」

元帥だと言った爺さんの言った通り、戦場は『このすぐ下』で行われていたが、実際には距離があった。荷馬車が多くて人が歩くには危険だったから、馬車に乗って正解だった。

「お嬢様、あなたは誰なんです?」

御者は恐る恐る尋ねた。

「私はベリー公爵夫人の孫よ」

「ひええええ」



「ポーシャ様」

むっつりと黙り込んでいたセス様が言い出した。

「ものだけ置いたら帰りますよ」

「いやよ。私は戦うわ」

「無理ですね。あなたは保護魔法やポーションの名人だが、戦闘力も探査能力もない。実戦は無理です」

「できることをしたいのよ」

セス様はため息をついた。これじゃまるで、いうことを聞かないわがまま娘と常識的なお付きみたいじゃないの。
実際には逆なのに。

明らかに御者は、そう思っているみたい。能力ばかり高いけど、使い方を間違えている愚かな令嬢だと思っているのだろう。

「あ……」

振動で馬車が揺れて、行列が止まった。

「ダメだ。始まった」

御者が言った。

レイビックのセス様の居宅で映像として見た光が、実際にはものすごい勢いで弾丸は放たれていく。
音と閃光。
すさまじいエネルギーだ。
余波で、空気がビリビリと震えているのがわかる。

「殿下だ」

セス様が呟くように言った。
その調子には畏怖が含まれていた。

中年の、いかにもうだつの上がらなさそうな御者もぼやいた。

「王子様が一人混ざってんのは知ってる。その方だけが、すごい魔力を持っていることも。そいで、悪獣をどうにか出来るのは、そのお方だけだってことも」

戦場を見に行ってどうするつもりなんだろう、私。
結構な迫力だと思っていたけど、近づいて見ないと、ここまですごいだなんてわからなかった。
保護魔法だけで足りるのだろうか。
完全な計算違いだわ。

「け、結構な迫力なのね?」

御者がケッというような顔つきになって、さも軽蔑したみたいな調子で吐き捨てるように言った。

「ほんとに人騒がせなだけだろ。見に行きたいだなんて。遊びじゃないんだからさ」

自分が悪いかもしれなかったけど、私はムカッとした。

「憎まれ口をたたくと、保護魔法、解除するわよ」

まあまあといった様子でセス様が割って入った。御者と公爵令嬢の口げんかなんて前代未聞だろう。

「あれだけの魔力を放てる者は他にいない。砲に魔力をまとわせているのだ。悪獣を狙い撃ちしている」

「ありがたいんだろうけど、あの砲弾だけは馬も真剣にビビるんだ。行列も止まるし……それにすごく怖いんだ」

御者は、ものすごく小さな声で言ったけど、私は猛烈に耳がいいので、聞き漏らさなかった。

「バケモンだよ。あんなすさまじい魔力があるだなんて。人間じゃねえよ」



轟音と光が静まると、荷馬車は粛々と進んでいく。

荷馬車の御者は、私たちを宿営地の門のところで無言で降ろした。

セス様が私を促して、妙に明るい中央の広場に連れて行った。



そこには黒々とした森に向けて砲台がずらりと並んでいた。ここは高台で、私たちを驚かせた轟音はここから出ていた。

砲と人間がずらりと並んでいて、撃ち続けていた。音がすごい。

「本当なら、こんなところへ連れてくるわけにはいかない。危ないからね」

「兵士の人達はいいの?」

「だって、誰かがこれをしなくてはいけない」

私は目を凝らした。

「殿下はあそこだ」

言われなくてもわかった。たった一つだけ、真紅の光を放つ砲があった。

そこには二人の人物がいた。一人の兵士と助手だ。
砲弾を詰めるのは助手の仕事だったが、砲を放つのは、兵士の仕事だった。
見ていると、準備が整ったらしく、兵士が砲を撃った。
他のどの兵とも全く同じ動きなのに、全く違っていた。

撃つと同時に、地響きするような音と共に砲が放たれて、赤い鋭い線が空中に弧を描く。

「殿下の魔力の色だ」

足元の地面がビリリと振動を伝えて来てしびれるようだ。馬や人が怯える気持ちがわかった。本気の殺意だった。

耳元でセス様が言った。

「高台から遠距離で攻撃するしかない。ここからなら、安全だから」

安全は大いに結構だが、成果は望めるのだろうか?

セス様は首を振った。

「ほかに方法がない。接近戦をしたかったとしても、無理だ。なぜなら敵が見えないから」

「見えない?」

私の声は絶対セス様に聞こえなかったと思う。
いくつかの砲が爆発音を立てていたから。
だが、セス様は私が聞きたかったことを正確に把握して答えた。

「悪獣の姿をつぶさに見ることのできる人間がいないんだよ。俺や殿下や、ベリー公爵夫人、それにポーシャ様、あなたくらいなものだ」

じゃあ、今撃たれているあの砲弾、全部、無駄弾なの?

「極端なことを言えばそうだな。威嚇止まりか。悪獣の数が多くて、押しとどめることしかできていない。このままだと膠着状態だろう」

「私には守勢一方に見えますが」

セス様は渋い顔をした。

「使える魔術師がいない」

周りを見回した。砲は数多く並んでいる。他にも人は大勢いるではないか。

「ダメだ。魔力を砲にまとわせて撃ち込むことが出来る人間はほとんどいないんだ」

一呼吸おいてセス様は言った。

「保護魔法をかけられる人間が少ないのと同じ理屈さ」




「ポーシャ!」

突然、遠くから声がかかった。殿下だった。

「探査魔法だ。すぐに気がついたな」

セス様が小さい声で言った。


仕事を中断すると、彼はつかつかと歩いてそばまでやって来た。

「ポーシャ、何しに来た」

それは冷たい厳しい顔で、私は初めて殿下が怖いと思った。

「それは……」

私が答えるのを殿下は聞いていなかった。

「セス」

殿下はセス様の方に向き直った。とても怖い顔をしていた。

「なぜ、連れて来た」

「それは……」

セス様もたじたじで、返事に窮していた。

殿下の顔は、まるで何の感情も表していない無表情に変わっていた。

「早く連れて帰れ。邪魔だ」

いや、帰るわけにはいかない。
私は背中から一升瓶を引っ張り出して殿下に渡した。

「お土産です」

「は? 土産?」

「命のポーションです」

「……一升瓶で?」

殿下は、一口分ずつ分けられた命のポーションしか見たことがなかっただろう。

「グビグビいっちゃってください。疲労が回復します!」

私は早口で言った。

「おい、これはケガ人を治したり、病人のためのもので、疲労回復なんかに使うもんじゃない」

「あと一本あります。そっちでケガ人は治療します」

「セス、これは兵站の仕事だろう。持っていけ。そしてポーシャは、早く王都に戻れ。帰ってくれ、ポーシャ」

殿下は平板な口調で言った。

「俺はここで仕事がある。君は邪魔だ」
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