【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

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第60話 集団陳謝

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「ポーシャ。ずっとこうしていたい」

耳元で熱く囁く。

殿下はすごく嬉しそうだったが、あいにくドアをノックする音がした。

「帰ってきたのかい?」

ガチャリ。

セス様だった。

助かった!

「セス様あー。助けてー」

セス様はドアの前で固まった。

「おのれ、セス! 人の婚約者と婚約するとは!」

私の叫びと、殿下の唸り声が同時だった。

「あ? えーと? 殿下?」

セス様が突然挙動不審になった。

「デート、楽しめましたー?」

いつもより甲高い声で、セス様が聞いた。

「これからって時に! お前さえ割り込んでこなければ、順調だったのに!」

順調? 何が順調?

「あ、そう。そうなんです! すっごく順調なんですよ、殿下!」

少々うわずった感じがするセス様の声が響いた。

「ぜひとも報告しなくちゃと思ってですね、取り急ぎ参上した次第です。もうそろそろポーシャ嬢がご帰還の時間だと思いましたので!」

セス様が窓の外を指すので見ると、早くももう夕方だった。

私たち、何をしてたんだろうか。

「なにしろ、本当に悪獣の襲撃が減ってきてまして!」

え?

「あんな毒が効くなんて思ってもなかったですよ! 子どもの遊びかなー?なんて」

「なんだとお?」

私は殿下の腕の中から、抜け出して、セス様に向かって言った。

「効くに決まってるでしょう!」

殿下のこの有様を見てちょうだい!
かっこいい戦士が、女性の首にしがみついて、デロデロの体たらく。
被害届を出したいくらいよ!
媚薬を作った犯人が自分だから、出せないだけよ!

「正直、殿下の骨休みのつもりでしたから。二人でデレデレ出来たでしょう?」

「そんなことしてない!」

「デレデレ出来たのは今日の午後半日だけだ!」

「言わなくていいから!」

セス様がニヤリとしたのを私は見た。
もしかして、これは……

「殿下、真面目な話、あの毒は効果抜群でした。すごいです」

殿下は鼻息も荒くうなずいた。

「その通りだ!」

「私の報告は以上です。それでは、お楽しみのところ、失礼しました。なお、ポーシャ様は婚約したなどとほざいておられますが、私は承諾してませんので!」

「裏切る気なの?」

私はつきまとう殿下の手をなんとか振り払いながら叫んだ。

しかし、セス様は無慈悲にもドアをガチャリと閉めて出て行ってしまった。

「ポーシャ」

殿下がサッと振り返った。ダメだ。まだ、媚薬が効いている。

「邪魔者は居なくなった。大好きだ、ポーシャ。わかって欲しい……」

殿下は移動式の絨毯をガッツリ握りしめていたが、この家には普通の絨毯がちゃんとある。

「だああああッ」

私は意味不明な大声をあげて、殿下がちょっとひるんだところを飛び出した。

寮だ、寮! 男子禁制!

絨毯が設置されていさえすれば、どこへでも殿下は出入りできるはずだが、あそこだけはストップが掛けられている。

私だって、普通の絨毯なら簡単に操作できるもの。

「え? あ? 待って、待ってー! どこ行くの? ポーシャアアアー」


そして、私は寮に舞い戻った。


寮は静かで……何事もなかったかのようだった。

私はペタリと床に座り込んだ。


なんてことだ。

殿下の手の感触、なにより首筋に押しつけられた鼻と頬の感触が、ゾクゾクする。


推しこそは遠きにありて見ゆるもの。そして密かに想うもの。作:ポーシャ


無理矢理抱かれて、ゴリゴリ接近されたらものすごく困るじゃないか。

私、どうしたらいいの? 
たっとびたいと、切に願っているのにも関わらず、売れ残り商品の最安値たたき売りみたいに、向こうから押せ押せで買ってくださいって、私の殿下はそんなに安くないッ。決して手が届かない崇め奉る高額商品なんだって!

「ま、まあ。あの殿下は殿下じゃない」

私は鏡に向かって弁解した。

「殿下は媚薬で狂っていて、手あたり次第、女性でありさえすればよかったみたいだし」

つまり私、女性だったの?
鏡の中の私が、ちょっぴり赤くなっている。いやだああ。私は鏡を裏向けた。

「よし、寝よう」

とにかく食べて、風呂に入って、歯を磨いて、それから寝た。疲れていたので、あれほどいろんなことが勃発した日だったのにも関わらず、私は眠ることが出来た。


翌日から、私は冒険心や国を救おうだとか、壮大で、身の程知らずなことは考えないことに決めた。

例えば、殿下のお手伝いをしようとか、そんな大それたことには、手を出さない。

私だって、殿下を陰から(ここ重要)援助しようと思ってたのに、主役の殿下が、突然、飛び込んできたもんで、ドキドキして、何が何だか分からなくなって、自分が自分でなくなってしまう程、大混乱してしまったの。

今後は、大人しく、ただの貴族として分相応な生活に勤しむ。

殿下に見つからないように努めて、殿下に忘れてもらって、そして心穏やかに、遠くから殿下にときめいて、無責任に陰でステキとか褒め称えていたい。でないと心臓がもたない。

そう。私の次の目標は、その他大勢になること。

その他大勢は目立たない。でも、自由だと思う。
心の安寧のためには、必要なことだ。

そのために、問題は起こさない。山羊先生を脅してみたり、セス様と婚約してみたり、そんなことはもうしない。
バスター君は雇うけど。

私は残りの夏休み、寮に立て篭もり、時々モンフォール街十八番地まで行って、ポーションを作ったり、食料品を買い込んで料理してみたりした。学校の食堂はまだ閉まっていたからだ。
ちょっとだけ働いた翼亭の料理は美味しかったけど今まで食べたことのない味わいだったので、その再現を試みたり。
ポーションは、折角なので、体内に取り込めば瞬殺系(即効性の毒薬)と、気化したものを吸い込んだら瞬殺系(毒ガス)も作ってみた。
実際に目にした時の悪獣の恐ろしさときたらもう、一挙に全員、この世から退出していただきたくなってしまったわ。


平和で穏やかな残りの夏休みを過ごすうちに、ぽつぽつ生徒たちが寮に戻って来た。

学校が始まる前、私は山羊先生の呼び出しを受けた。

うむ。

まずい。

その他大勢&目立たないを信条とすると決めたのだ。

この前は、先生を脅しまくってしまった。女公爵たる私を平民扱いして退学を求めたりして、そのうち、先生にも処分が及ぶかも知れませんことよー、オーホッホッホ(高笑い)とかやってしまった。

少々、方針が変わったのだ。今後は大人しくて目立たないご令嬢を目指す所存である。

だが、山羊先生の部屋に行って、驚いた。
だって、山羊先生のほかにも何人か他の先生たちが、ぎっしり整列していたからだ。

「一体、なにがあったのですか?」

これだけの人数が入ると、結構広いと思っていた山羊先生の部屋が、狭苦しく思えるほどだ。

そして先生方の顔を見ると、全員、思い詰めたような表情をしていた。

「アランソン公爵閣下」

彼らはうやうやしく声をそろえた。

は?

今まで、ポーシャって呼び捨てだったのに?

「これまでの私どもの公爵閣下に対する数々の無礼をどうかお許しくださいますよう」

代表らしい年配の先生がそう言うと、全員が一斉に頭を下げた。
代表の先生を年配かなと思ったのは、頭を下げると、黒々とした艶のある巻き毛の髪が、ファサと顔の周りに縦ロールとなって垂れ下がり、脳天を中心にこれまたツヤツヤした栄養のよさそうな地肌が輝いているのが見えたからだ。

あっけに取られた。

「あ、どういうことです? それに、も、もし、あやまると言うなら、学校長から一言もらえば済む話ですわ。こんなところで……」

すると、さっきの代表の先生が大慌てで弁解を始めた。

「誠に申し訳ございません。公爵閣下のおっしゃる通りでございます。まず、学校長ですが、この度の事態を起こした責任を取って退職いたしました」

「え……」

学校長って誰だったっけ? 顔が思い出せない。

「そして、私が新しく後任となりました。ボウルマンと申します」

そして改めて深々と頭を下げた。顔がまた覚えられないままで終わってしまいそう。だってさっきから頭を下げっぱなしなんだもの。

「頭を上げてくださいな。顔がわかりませんわ?」

学校長は更に深く頭を下げた。脳天しか見えない。艶々しいな。お肌も髪も。

「また、こんな場所にお呼び立ていたしまして、本当に申し訳ございません。ですが、私どもが女性の寮に押しかけるわけにはまいりません。そうかといって、教室でお詫びしても、食堂でお詫びしても、お越しいただくことに変わりはありませんので、寮から一番近いチーゲスト先生の部屋にお越しいただきました」

すごくどうでもいいんだけど。

しかし教師陣は本当に相当数が入れ替わったらしく、全員が懸命に自分の名前を名乗って、私に好印象を持ってもらおうと必死だった。変われば変わるものである。

「閣下にご無礼を働くことなど二度とないよう、かつ誠心誠意、公平で平等、生徒の成長にのみ良心的に尽くすことを誓います!」

誓いの言葉の後、全員がうやうやしく一礼して部屋を出て行った。

その後には、山羊先生一人だけが残った。

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