【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi

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第93話 足りない何か

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私はその晩、公爵邸ではなくて、学校の寮にいた。

公爵邸は花だらけ。居場所がないような気がした。使用人たちは、殿下と婚約するのだと浮かれ切っていたし、もう、訳が分からない。


誰も他には住む人がいない寮は、何の物音もしない。静まり返っていた。

公爵邸とは比べ物にもならないボロ机。薄暗い照明。

固いベッドとお世辞にも上等とは言えないザラザラした寝具類。

それからクローゼットの中には灰色の平民服が残っていた。なつかしい。

でも、今の私には似合わない。

今の私は、高い身分とお金がある、とても贅沢な身の上。
舞踏会に出れば注目の的で、たちまちパートナー候補者に取り囲まれる。
多分、男性だけではなくて、女性もお友達になりたがる方が大勢いるのかもしれない。
学校も校長先生以下、がらりと態度が変わった。
なんとなくギクシャクしている山羊先生をのぞいて、みんな、私の魔力に興味津々だ。そして、私に自分の教科を受けてもらいたいらしく、とても愛想がいい。

何より、夢だったポーション作りは絶好調。
そんなつもりはなかったのに、害獣よけのための決定打を作ることが出来た。
この後もきっと、いろんなポーションを作ることが出来るだろう。
順風満帆だ。

「いいんだけど……」

何かが致命的に足りない。





ガタンと言う音がして、部屋のドアが開いた。

「ひどいよ、ポーシャ、どうして僕を捨てるの?」

出た。

こいつだ。
どうやってここまで来たんだろう。絨毯の魔法は、朝の数時間しか殿下を通さない筈じゃなかったのか。

殿下は私の疑問にすぐ気がついて答えた。

「ダメです。誓約のキスをかわしたら、全部スルー出来る」

こいつが原因だ。割と大きな原因だ。私は自分の信じた道を突き進むつもりだったのに、至る所でちょろちょろと心をかき乱された。ちっともスッキリしない。

「スッキリしないのは僕の方だよ。どうして、いつもいつも拒絶するの?」


私は殿下を睨みつけた。

殿下を見ると、むかっとする。感情がブレブレになってしまう。

あんなにひどい婚約破棄を、モロゾフみたいな公開の場所でやるだなんて、一体どんな神経をしているのかしら。

それに、胸のサイズだけが判断基準だなんて知らなかった。

「もっとマシな男だと思ってたわ」

薄暗い中でも、殿下が、え?みたいな顔になるのがわかった。

「とにかく、そばへ来ないでちょうだい。王宮へ戻って」

「ポーシャ。なぜ?」

殿下が一生懸命話しかけてきた。

「どうして婚約破棄だなんて言うの?」

私は努めて冷静に答えた。

「婚約破棄をして来たのはあなたではありませんか」

殿下は目に見えて驚いた。芝居がお上手ね。

「いつ? どう言う誤解?」

私はつっかえながら返事した。こんな返事をするのは嫌なのよ。私はあなたを信じていたから。

「昨日。モロゾフで」

「昨日、モロゾフで?」

「ええ。ですから、私、別な結婚相手を探さなくてはならなくなりました」

「ちょっと待って。ちょっと待って? どうしてそうなるの? 僕と婚約してくれてるはずではなかったの?」

「あなたはご自分で、私みたいな女性は嫌だとおっしゃったではありませんか」

「何の話だ……」

殿下は呟いたが、私は知ったこっちゃなかった。

正直、ずっと信じてきた。今だって、本当は違うと言って欲しい。
だけど、フェチ問題は、そう簡単に宗旨替えできるような問題ではない。結婚してから実は……なんて告白、嫌だし。

「僕はあなたみたいな女性……ではなくて、あなたが好きだ。あなたみたいな女性はこの世に一人もいない。あなたみたいな女性が好きなわけではないんだ」

私は黙っていた。

「その突っ走るところが好きだ。悪獣退治の時も、命のポーションを病気の子どもに与えた時も、必死だったよね。でも、自分の為じゃない」

「それって、全部、私にできることで、必要な事だったのよ」

殿下はとてもやさしく微笑んだ。

「自分自身のことは、いつだって忘れているだろう。そんなあなたが大好きだ。……違うな。大事過ぎて、ほっとけない。好きだ」

「いつも見た目ばっかり褒めるから……」

殿下は決まり悪そうに答えた。

「だって、女性を褒める時は見た目からっていうじゃないか。どんな見た目だったとしても関係なかったんだけど、どうやって気を引いたらいいのか全然わからなかった。なぜ好きなのか、どこが好きなのかって、説明しにくいよ」

私も説明しにくい。なんで、殿下のことになるとこんなに腹が立つのか良くわからない。誰かが、巨乳フェチでも、どうでもいいのに。

「僕が、あなたの面倒を見ないと、あなたはきっと手柄を取られてしまったり、お金を抜き取られてしまったり、そんなことに嫌気がさして、どこか遠くに行ってしまうと思った」

「そこまで間抜けではありませんよ」

私はムッとした。

「でも、気が変われば遠くへ行ってしまうだろう。僕は自分のことしか考えていないのかもしれない。だけど、あなただって、たった一人で生きていくことは淋しいかもしれない。誰か一緒に暮らす人が欲しい時があるかもしれない……」

本気でわからない。今は、殿下に無性に腹が立つ。

「その時のために一緒にいたい」

彼が一歩近づくと、私は一歩下がる。

「あなたを心から大事に思っている。婚約破棄なんかしていない。どうして、そんなふうに思ったの?」

「……ひんにゅう……はお嫌いだと」

「なに?」

「いえ。何も」

「教えて」

殿下が強引に……思いだしたら、この人はいつも強引だった……私の手を引き寄せた。

「だから、アデル嬢がモロゾフで言ってたでしょう? 私は、その、ちっとも胸がふくよかではないので殿下のお好みではないと」

殿下の視線が胸元に集まった。

「確認させてもらっても?」

「ダメです」

何を言ってるんだ。そういう強引なところが嫌いなの、私は。

「あなたでありさえすれば、僕はどうでもいいんだけど、でも、そう言うご要望があるなら、ぜひ」

ひぃぃぃ。止めて、来ないで。

手が伸びてきた次の瞬間、すごい警報音が鳴り響き、殿下は雷のような光にうたれてバッタリと倒れ込んだ。

「ギャー」

わたしは叫び、身動き一つしない殿下に震え上がった。

「殿下!」

死んじゃったのかしら? どうしたら? どうしたらいいの?

しばらくすると、警報音に驚いたのかざわざわと人の気配がして、隣の絨毯部屋からどやどやと人が大勢私の部屋に入って来た。

「おやまあ。何してるんだい、ルーカス」

おばあさまだった。

「おー、ルーカス、何してんだ」

始めてみる顔だった。

「あ、もしかしてポーシャちゃん? オレ、王太子殿下」

「えっ?」

目つきは鋭いが、小柄でまるで威厳のない男性がニカッと笑って自己紹介した。
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