【完結】貧乏伯爵令嬢は男性恐怖症。このままでは完全に行き遅れ。どうする

buchi

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第1話 修道院に入りたい

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母がダメダメだと言うことは、年頃の娘フィオナにとっては致命的であった。

母親が娘を社交界に押し出し、面倒を見てやり、適当な男性のいるパーティなどに連れ出さなければ、年頃の男性と知り合いになる機会がない。

その点、ダーリントン伯爵夫人は、失格どころではない、みごとなくらい何の役にも立たなかった。

彼女はそもそも社交界が好きでなかった。あまり、気の利く方ではなかったので、若い時分にいろいろとヘマをやらかしている。自然な成り行きとして、社交界も彼女に対して冷たく、足が遠のくのも当然だった。

「あんな難しいところは、気が詰まるわ」

いやいや、夫人にとってはそうでも、ほとんどの娘が社交界にデビューして、なんとかかんとか結婚までこぎつけている。
そして、娘のフィオナをどうにかしてやるのは、母親の義務である。

母が尻ごんでどうする。

父のチャールズは、母の目を盗んで、昔は浮気をしていたことがあったらしい。
これは貴族社会ではよくあることで、とにかく男も結婚はしなくてはならない。お家断絶は何があっても避けたいところだ。したがって、頃合いの、身分が釣り合う年頃の娘がいれば、親の意向も手伝って、結婚になだれ込むことはままある。後で、合わないと思っても離婚は忌み嫌われたからできない。そのかわり、同じような境遇の令夫人との自由恋愛は(ある程度の範囲内で、ルールに従っていれば)容認されていた。
ダーリントン伯爵夫人の方にそんな才覚はなかったし、浮気をする男の気持ちも全然わからなかった。だから、彼女は夫のことを恨んでいた。

そんないきさつもあって、フィオナはあまり社交界にも結婚にも夢を抱いていなかった。

社交界に出ても、結婚できなければ、よほど魅力のない娘だと烙印を押されてしまう。

残ってしまうのは、やはり、容貌が劣る女、性格に難がある女、無気力な女、あるいは貧乏な女や親族の評判が悪い女などになる。早い話がちっとも名誉なことではない。
だが、見事結婚にこぎつける自信がフィオナには全くなかった。


* * * * *


「あなたの妹のフィオナだけど、どうするつもり?」

フィオナが、書斎で小説本に夢中になっていると、何処かから声が聞こえた。

義姉のアレクサンドラだろう。兄のアンドルーに向かって話しているらしい。アンドルーが、ボソボソなにか答える声が聞こえた。

「だから、あの娘の結婚ですよ。ほっとくつもりなの?」

ああ、いやだ。聞きたくない。でも、ここから出ようとしたら、見つかってしまうだろう。

「二回も婚約破棄されてるのよ? しかも、一人は殺されたって言うじゃないですか。もう一人は、お父様が急死した為だとか。縁起が悪いったらありゃしない」

確かに、婚約破棄というか婚約解消は、2回に及ぶ。
ただ、それも随分前の話でフィオナはまだ十歳くらいだったろうか。誰かが死んだ為の婚約破棄というのは、確かに人聞きが悪いが、偶然に過ぎない。

そんなことより、根本的な問題はダーリントン伯爵家が貧乏だということだった。結婚相手を見つけるなら、社交界にデビューさせなければならないのだが、それにはお金がかかる。貧乏伯爵家には負担だった。

「あの子は、暗いし、無気力だし、見た目も……」

見た目が悪いんですね。はいはい、どうせ、そんなところでしょうよ。

「売り出したって買い手がつかないわ。とにかく、ドレス代がもったいないわ」

そう。問題はそこである。お金だ。(前半も聞き捨てならないが)

2回も婚約破棄の憂き目にあったフィオナの場合、美しく着飾って社交界デビューを果たし、どこかの殿方に見染めてもらうしかないのだが、そのためには、費用が嵩む。その費用をかけたところで、肝心のフィオナが……要するにまったくモテないだろうというのが義姉の見解なのだ。

したがって、アレクサンドラ的には、社交界デビューは全くのお金の無駄だと言いたいのだろう。

「でもなあ……年頃の娘を社交界デビューもさせないとしたら、家の恥だぞ」

「でも、良縁なんかあの陰気な娘には無理に決まってるってこと、兄のあなたはよくご存じでしょう。それなのに、高いドレスだのパーティ参加のためのお金なんか本当にもったいないですわ。ですからね……」

なんだかアレクサンドラの声の調子が変わって来た。

「修道院にもやらない、デビューもあのご面相では無理。だったら、どこかのお金持ちに下げ渡したらいいじゃないですか」

「金持ち?」

「平民の金持ちよ。貴族の娘なら、嫁にもらいたがる平民がいるかもしれないわ。フィオナはブスだし、頭も悪そうだけど、家柄だけは大したものよ。それに若いし。うんと金持ちと結婚させればいいわ。そしたら、この家にもお金が入ってくるんじゃないこと?」

さすがにフィオナも憤慨した。それではまるで人身売買ではないか!

「平民の金持ちなら、フィオナだって大喜びよ! 結婚したら贅沢ができるわ」

お義姉さま、知ってらっしゃることと思いますが、私は本さえ読めればそれでいいんです。贅沢したいのはあなたの方で、私がそんな望みを一度でも口にしたことがありますか?

「少々器量に難があっても、陰気で気が利かない娘でも、若いんだから年寄りなら喜ぶわ」

フィオナは身震いした。

「ただ、心当たりがなあ?」

兄! そこで、乗るんじゃない!

「まだ、今のうちが売りですよ。もっと年をとってしまったら、あんな娘、誰も貰い手がつかないわ!」

* * * * *

決してうぬぼれが強いとは言えないフィオナだったが、そこまでブサイクだとは思っていなかった。
結構、衝撃だった。やはり、自分には甘いのかなあと反省する。
書斎のぼんやりした鏡に映る自分は、平凡な栗色の髪がぼさぼさしていて、暗い青い目が陰気そうにこちらを見返している。確かに人目を引くような娘ではない。


いっそ、修道院入りの方が……修道院に持っていくだけのお金さえあれば、結婚だの考えずに、静かに暮らすことができるのに……

でも、修道院に入りたくても入会金が必要だ。アレクサンドラが「うん」と言うはずがない。
両親も兄も、義姉の剣幕に負けてしまうことはわかっていた。

お金がなければ、着ていくドレスがないし、目立つドレスがなければ男をつかまえられない。シンデレラさえ、ドレス問題で苦労していたのである。
それに同じドレスばかりを着ていくわけにはいかない。おとぎ話のお姫様は現れるやいなや王子をモノにしていたが、あれは圧倒的な美貌があるからである。ドレスの枚数が少なければ、パーティへの参加回数が減る。つまり少ないチャンスで効率的に男性を攻略しなくてはならなくなり、難易度がダダ上がりである。

「絶対に無理」

フィオナは手を握りしめた。ほんの子どもの頃、親戚や祖父が親しかった友人の男の子たちと遊んだことはあるが、今のフィオナは男性が怖い。

考えただけでも大変だ。もう、そこは迂回して、修道院に直行したい。ただ、噂によると、修道院内でも上下はあるらしく、売れ残りの娘はやはり敗者として蔑まれるらしい。

「同じ修道院に行くにしても、そうね、恋人が出来たけど、死んでしまったりとか、成約過程のどこかで、不可抗力の事情が起きて、何か悲劇のヒロインになれれば、誰からも尊敬されて、修道院でも居心地よく暮らせるかも……」

そんな悲劇のヒロインになるためには、まず、恋人をゲットする必要がある。本末転倒ではないか。そんなに簡単に男をつかまえられるなら苦労はない。
自分でハードルを上げてどうする。

「でも、修道院もダメ。ロクなところへ行けないわ。だって、結局、お金がないのですもの」

入会金がなければ、労働力で補うことになる。つまり、修道院で勤労にいそしむわけだ。結婚できないとチクチク嫌味を言われながら、実家にいる方がましかもしれなかった。

兄と兄嫁が出て行ってしまったあと、こっそりフィオナは、書斎から脱出した。

自分のことを美人だと思っていたわけではなかったが、アレクサンドラにそこまで批評されると結構辛かった。




「いいこと? アンドルーとも話し合ったけれど、年頃の娘が家でくすぶっていても仕方ないから、今度、パーティのお誘いが来た時には、一度参加していらっしゃい。社交界デビューよ。すばらしいじゃない」

社交界デビューだなんて……

「そんなの、無理に決まってますわ」

そもそも着ていく服がない。

「なんて無気力なの! 普通の令嬢なら、社交界デビューを考えるだけでウキウキするものなのに……変人よねえ、この子。変わっているわ」

着ていくドレスがないから……と、言ったら、義姉が激怒するのは目に見えていた。
義姉は出来るだけフィオナにお金を使いたくないのだ。

兄夫婦には、幼い子どもが三人いる。
フィオナにお金をかけるくらいなら、自分の子どもに使いたいのだ。

「行くも行かないも、あなたの自由だけど。行かないのなら、そう言ってちょうだい。私たちはチャンスを与えたんだから、あとで文句は言わないようにね」

フィオナは、ぼんやりと義姉の顔を見つめた。
これまでだって、美人だなんて思ったことがなかったが、今日はむしろ醜いような気さえする。
黒い髪をひっつめたように結い、角ばった顎と、顔色はいつも悪いのに唇だけは妙に赤い。

アンドルーが体面を気にしていたから、アレクサンドラは、フィオナが社交界デビューを断った形にしたいのだろう。
変人で、頑なに社交界デビューを嫌がったと。

フィオナは、義姉にゆっくりと言った。

「ドレスがあれば、いきますわ」

義姉の顔がゆがんだ。

「そういうことは、ご両親におっしゃい。私たちは、あんたにチャンスをあげたいだけですから」

嘘だ。

伯爵家の実権は兄が握っている。つまり、その妻であるアレクサンドラが仕切っているのだ。彼女がOKしない限り、ドレス代なんかでやしない。

アレクサンドラが、やや荒れ気味に部屋を出て行き一人になると、フィオナは先月亡くなった大伯母のジョゼフィンを思い出した。
大伯母だけは、フィオナの話を聞いてくれ、励ましてくれた。優しかった。

父も母も、フィオナの話を聞いても、困ったような顔をしてアレクサンドラに聞いてごらんとしか言わないのだ。

その人も、もういない。


「フィオナ、明日は、ジョゼフィン大伯母さまの遺言を聞きに行くぞ」

一家そろっての夕食の席で、普段はあまり話をしない父が声をかけて来た。

「少しでも、遺産が入るといいな。なあ、フィオナ」
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