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第12話 社交界の花形 クリスチン

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エドワードは悄然としていた。

一晩中、彼は、フィオナが誰か知らない男と踊っている様子を見ているしかなかったのである。

腹が立った。

何ということだろう。

彼は、わざわざピアまで乗合馬車に乗ってやって来たのだ。
それも、気の毒なフィオナを助けてやろうと言う気持ちでだ。
きっとフィオナは大喜びするだろう。

それなのに、なんだ。
知らない、肌触りのいい、流行の服に身を固めた遊び人かも知れない男に騙されてついていってしまった。

「アンドルーに注意しなくちゃ」

自分たちとああいった人種は違うのだ。
連中は金はあるかもしれなかったが、品がない。昔から彼ら貴族が大事にしてきた風習ややり方、そんなものを尊重する気が少しもない野蛮人だ。

見かけの派手さに惹かれるとは、若い娘はやはりだめだ。きちんとしつけをしないといけないな。母のダーリントン伯爵夫人がダメダメなことは、アンドルーから聞いて知っていた。

「俺がかわりにやるしかないな。しかたない」

エドワードは、ため息をつきながら決意した。
アンドルーもアレクサンドラも忙しくて妹のことまで、手が回らないのだろう。


「おい、エドワード、今晩だけだぞ。明日は帰るんだろうな?」

フレドリックに断られたエドワードは、無理矢理、別の友達のところに押しかけて、肩身の狭い思いをしていた。

「もう5日泊めて欲しいんだけど」

友達は目をむいた。

「このロッジに1日いくらかかると思ってるんだ。いくらか払えよ!」

エドワードにそんな金はない。早く帰って、アンドルーに妹の素行について注意をうながした方がよさそうだった。




フィオナは、前と違って、複数の男性がダンスの相手に立候補してくるので、当惑していた。

「まあ、それだけ評判が良かったということでしょうよ」

あきらめ顔でジャックが教えてくれた。

仮面舞踏会で踊った連中が発信源だろう。

ダーリントン伯爵夫人の娘で、ろくなデビューの会もなかったと聞けば、たいていの男は様子見をする。何回も婚約破棄されてもいる。
顔はかわいらしいので、考えないわけではなかったが、とんでもない娘だったら困る。
仮面舞踏会は、相手に知られず、話をする絶好の機会だった。
会話してみれば、ダーリントン伯爵夫人的な残念系ではないと言うことがわかる。引っ込み思案、控えめなのは悪い素質ではない。
本人に自覚はなくとも、利発で反応がいいのは高ポイントだ。

「どういうわけか、修道院へ行くとか言ってるが……」

フィオナ嬢が誰かと踊っている様子を眺めながら、ブツブツぼやいていると、姉が友達と一緒にやって来た。しまった。見つかった。

「あら、ジャック」

思わず、ジャックはイヤな顔をした。

姉のクリスチンは、社交界では有名だった。その輝くばかりの美貌と気の強さとで。
すばらしい金髪に、サファイアのような目、美しい顔立ち、スタイルも抜群で、さらに大金持ちの娘だった。ジャックの姉だけあって話も気が利いている。当然、どこへ行っても注目の的で、パーシヴァル家のクリスチンと言えば、社交界の花形だった。

問題はその性格だった。

気まぐれで、すばらしい縁談を次々に断り、好きなことをやらかすのである。その度に大きな噂になった。母親の男爵夫人は頭を抱えていた。冒険が大好きなのとか言っているが、せめて出資するだけにして欲しい。魔法使いの弟子になりに、カリブ海に行くと頑張られた時は、ジャックも肝を冷やした。どうしてカリブ海なんだろう。エジプトあたりの方がまだマシではと勧めたが、ジャックは逆に父に叱られた。

「本気で行ったらどうするんだ。カリブ海はどうせ行けないから」

ジャックは知らなかったが、最近なんでもJ・T・ビートンとか言う名前のエジプト旅行をあっせんする会社が出来て大人気なんだとか。

「こっち風の寝具からアフタヌーンティーまで、砂漠で楽しめるように手配してくれるんだ。ベドウィン風の乗馬ショーもある」

「エジプトとベドウィンは、別ですよ? あっちは中東で……」

つい、ジャックは要らぬ指摘をしたが、父は目をむいた。

「客の方は何にもわかっちゃおらんのだ。このツアー、誰でも参加できると言う触れ込みだが、たいてい夫婦かグループ参加だ。クリスチンはひとり参加に決まっている。これ以上噂になったらどうするんだ」

「はあ……」




今日も姉は注目の的だった。ジャックなんか、ほっといてくれればいいのに。姉が来ると、たいていろくなことにならない。

「ねえジャック、友達のカザリンを紹介しようと思ってきたのよ」

「誰すか、それ」

ジャックはつぶやいた。
カザリンは良く太って背の低い、思い切り着飾った娘だった。

「友達なの。すごくいい子。一曲踊ってみない? ヒマしてるんでしょ?」

「約束した子を待ってんの」

「どうせ、どっかの令夫人でしょ? あなたも、もう年なんだから、真面目に結婚を考えたらいかが?」

その言葉、まんま姉に返したい。ジャックはこの時ほど切実にそう感じたことはない。いくらでも機会があったはずなのに、勝手ばかり言って、すべての機会を見事に逃し、姉は彼の一家のお荷物と化しつつあった。

「いったい、今は誰の追っかけをしているのですか?」

「追っかけだなんて人聞きの悪い」

姉はツンと澄ましかえったが、カザリンが解説してくれた。

「グレンフェル侯爵ですよ」

「また、そんな手が届かなさそうな……」

グレンフェル侯爵と言えば貴族議員で海軍にも在籍していたこともある結構な大物だ。それに昔からの由緒正しい侯爵家だ。とんでもない。

「どこかに婚約者がいるって聞いたことがある」

「噂よ噂」

「本人が言っているんですよ。婚約者がいるってね」

カザリンがにこやかに解説してくれた。

「きっと、虫よけよ」

姉は言った。虫はあんただろう。

「では、私は行くわ」

クリスチンは、婉然と微笑んでその場を去った。ジャックは、ほっとしたが、カザリンが残って、にこやかにジャックの隣に座り込んで、姉に手を振った。

「ちょっと!」

なんで当たり前みたいに隣に座り込むんだ。

「お相手がいなくて困ってらっしゃると聞きましたのよ」

カザリンが愛想よくジャックに言った。

「そんなことはありませんが……」

「お寂しいといけないと、お姉様に頼まれましたの。女性に話しかけるのが、お上手ではないとお姉様がおっしゃるので」

ジャックは、まじまじとカザリンを見た。なにウソを教えてるんだ。カザリンはちょっとばかり赤くなった。

「私はお姉様と一緒にフィニッシングスクールに行ってましたの。お姉様の方が私より3つも年下なのに、まるで私が妹のようでしたわ」

姉とジャックは2つ違いである。ガタンとジャックは席を立った。こんな女、マジどうでもいいわ。
しかし遅かった。
向こうから、フィオナが誰か男に送られてくる途中だった。

「おお、パーシヴァル、お相手がいるのか。では、フィオナ嬢、もう一曲……」

フィオナの声は小さくて聞き取れない。だが、男は彼女の方に耳を近寄せ、抱き寄せんばかりになった。
だが、フィオナはそれを断って、ジャックの方に近づいて来た。

「今晩は、ありがとうございました。もう、迎えが来る時間ですの」

彼女は知らないカザリンにもちょっと目礼した。カザリンの方は顎を突き出した。

「ジャックの婚約者ですの」

カザリンがツンとしてフィオナに自己紹介した。
フィオナの目が大きく見開かれた。

「まあ、申し訳ございません。ちっとも存じ上げませんでした。これは失礼を……」

「違います!」

ジャックはあわてた、なんてことを言い出すんだ、この女は!

「まあ、ジャック!」

カザリンが悲しそうに言った。

「今日会ったばかりですよ! この女性!」
ジャックが唾を飛ばさんばかリの勢いで、フィオナに説明し始めた。

「フィオナさんとおっしゃるの?」

カザリンがずいっと割り込んだ。

「え? ええ。はい」

「あ、もしかして、二度も婚約破棄になったとかいう?」

カザリンは薄ら笑いを浮かべて、フィオナに聞いた。フィオナは少しばかり渋い顔をした。

「あのダーリントン家の? 伯爵夫人の評判がとても……そう、とても」

カザリンは含み笑いをした。

ジャックは、真っ青になった。なんてことを言うんだ、この女!

「……あの、それでは失礼します」

フィオナは、それでもひるむことなく平静だった。そんな言葉は聞きたくなかったに違いない。だが、彼女は何も動じた様子なく、そのまま、さっきの男のところに戻ると、その男がフィオナに話しかけ、馬車まで送っていくようだった。あれは、俺の役目だったのに!
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