84 / 100
第84話 王子様は何もわかっていない
なんだかよくわからないが、数々の難関を突破して、公爵家敷地内潜入に成功したフィリップ殿下だった。
「あちらにおられますわ」
侍女がご丁寧にも教えてくれた。
「かたじけない」
走り出すフィリップ殿下に、あわててついて走り始めながら、カーク殿はようやく殿下に話しかけることに成功した。
「殿下! どこへ行くのです? もし、行先が公爵家の警備兵だったらどうなさるおつもりで?」
「大丈夫!」
全然大丈夫ではないだろう。しかし、数歩もいかないうちに、カークは先ほどの侍女に止められた。
「お付きの方はこちらへ」
「殿下を一人にはできない」
しかし彼は招待客の誰かと思われる、豪華なドレスの婦人に捕まった。
「せっかくご招待しましたのよ。どうぞ、こちらへいらしてくださいませな」
カーク殿は、そのご婦人を見つめた。圧が凄い。
「あああ……殿下」
殿下は屋敷などには目もくれず、庭の中を進んでいく。
そして、彼は、ガセボに着いた。
地味な紺の衣装に身を包んだハンナが、静かに本を読んでいた。
周りには誰もいない。
フィリップ殿下は、胸がいっぱいになった。
なんて細い腰だろう。フィリップ殿下は、うっとりした。
その時、ガゼボに続く道を進む靴音に気が付いたハンナが顔をあげた。
うわあ。目が合った。
どうしよう。
あ、顔をしかめられた。かわいい。
「どうしてここへ?」
吸い寄せられるようにフィリップ殿下は、ガゼボに近づいた。
「あなたは僕との婚約を断ったのですね」
「あら」
ハンナは顔を赤らめた。
「そうではございません。ただ、私には身に過ぎたお話ですから」
「僕のことを嫌いなの?」
キラッキラの王子殿下は、ものすごくイケメンだったし、それだけでもハンナの身に過ぎた存在だった。顔がキラキラの上に今日は服もステキだ。カッコいい。マントみたいに翻している。
この方なら、喜んで結婚なさる外国の王家の姫君がたくさんおられるだろう。
殿下の生涯は、一介の伯爵家の娘とはかけ離れた名誉と格式に満ちたものであるはず。
エリック様の自由な発想は面白くて好きだったけど、王家の格式に縛られた生活は、ハンナには無理だ。
「殿下。仕方がございませんわ」
どう説明すればわかってもらえるのだろう。
飛びつきたいのに、お座りと言われた犬のよう。大型犬種みたい。耳を垂らして、恨めしそうな目つきをする。
王家の手中の玉として、ずっと甘やかされて育ってきたので、きっと、こういったことの重みがわからないのだ。
ハンナはため息をついた。
「殿下。私が畏れ多いと申し上げましたのは、それ相応の理由があってのことでございます。宮廷のどなた様も、同じことをおっしゃるでしょう」
「母上は、いいじゃない! と、言ってくれた」
出鼻をくじかれて、ハンナは、さらにため息をついた。
「それは……殿下のことをかわいがっていらっしゃるからでございましょう。私のような下々の者には考慮しなくてはならないことがございます」
「ハンナ」
殿下は真剣になって言った。
「僕は違うよ」
フィリップ殿下だって、どの王族とも同じだと思う。彼はかわいがられて生きてきた。ハンナもだ。だけど、暮らす世界が違うのだ。
「僕は王都から離れて暮らす」
ハンナは顔をあげた。
「王都での付き合いや、そう言ったことを心配しているなら、それはない」
「何をおっしゃっているのかしら」
ハンナはちょっと悲し気に微笑んだ。
こんな素敵な容貌の王子様はたちまち社交界で噂になって、きっとみんなから思うさまチヤホヤされて、華やかな暮らしをする運命だ。
色々なパーティに呼ばれ、ご身分柄、誰からも敬われ、そしてこの才気だ。
誰からどんな会話を投げかけられても、うまくいなすだろう。必ず称賛を浴びると思う。
黒いカツラと変なメガネ、顔をずっぽりと襟に埋めていても、彼の口から洩れる言葉は、変ではなかった。
あの格好を止めさせて欲しい。
エリザ嬢とジョゼフィン嬢の言葉が思い出される。
変な格好さえしなければ、フィリップ王子は王子中の王子様なのだ。
「ですから、きっと王都で華やかに光り輝く素晴らしい生活を送られますわ」
派手で。目立つ。
「人を見た目だけで判断しないで欲しい」
「でも、今日の格好はとても素敵ですけれども?」
「見た目で評価して欲しいと思った」
「気合が入っていますわ。そんなことも出来るのですね。いつもは、カツラとメガネと襟に埋もれておいででしたけど。社交界に今のお姿で出席なされば、さぞや楽しい時間が過ごせると思いますわ」
私には関係ない。殿下にまとわりつくつもりはない。ハンナは思った。
そう思わないわけにはいかなかった。
「ねえ。そんなことに興味はないんだよ」
フィリップ殿下が言った。
「あなたがイケメンを好きだったらなと思いはしたけど、僕は、本当に誰かにチヤホヤされたいとか考えていないんだ。そんなことどうでもいいんだ」
「あちらにおられますわ」
侍女がご丁寧にも教えてくれた。
「かたじけない」
走り出すフィリップ殿下に、あわててついて走り始めながら、カーク殿はようやく殿下に話しかけることに成功した。
「殿下! どこへ行くのです? もし、行先が公爵家の警備兵だったらどうなさるおつもりで?」
「大丈夫!」
全然大丈夫ではないだろう。しかし、数歩もいかないうちに、カークは先ほどの侍女に止められた。
「お付きの方はこちらへ」
「殿下を一人にはできない」
しかし彼は招待客の誰かと思われる、豪華なドレスの婦人に捕まった。
「せっかくご招待しましたのよ。どうぞ、こちらへいらしてくださいませな」
カーク殿は、そのご婦人を見つめた。圧が凄い。
「あああ……殿下」
殿下は屋敷などには目もくれず、庭の中を進んでいく。
そして、彼は、ガセボに着いた。
地味な紺の衣装に身を包んだハンナが、静かに本を読んでいた。
周りには誰もいない。
フィリップ殿下は、胸がいっぱいになった。
なんて細い腰だろう。フィリップ殿下は、うっとりした。
その時、ガゼボに続く道を進む靴音に気が付いたハンナが顔をあげた。
うわあ。目が合った。
どうしよう。
あ、顔をしかめられた。かわいい。
「どうしてここへ?」
吸い寄せられるようにフィリップ殿下は、ガゼボに近づいた。
「あなたは僕との婚約を断ったのですね」
「あら」
ハンナは顔を赤らめた。
「そうではございません。ただ、私には身に過ぎたお話ですから」
「僕のことを嫌いなの?」
キラッキラの王子殿下は、ものすごくイケメンだったし、それだけでもハンナの身に過ぎた存在だった。顔がキラキラの上に今日は服もステキだ。カッコいい。マントみたいに翻している。
この方なら、喜んで結婚なさる外国の王家の姫君がたくさんおられるだろう。
殿下の生涯は、一介の伯爵家の娘とはかけ離れた名誉と格式に満ちたものであるはず。
エリック様の自由な発想は面白くて好きだったけど、王家の格式に縛られた生活は、ハンナには無理だ。
「殿下。仕方がございませんわ」
どう説明すればわかってもらえるのだろう。
飛びつきたいのに、お座りと言われた犬のよう。大型犬種みたい。耳を垂らして、恨めしそうな目つきをする。
王家の手中の玉として、ずっと甘やかされて育ってきたので、きっと、こういったことの重みがわからないのだ。
ハンナはため息をついた。
「殿下。私が畏れ多いと申し上げましたのは、それ相応の理由があってのことでございます。宮廷のどなた様も、同じことをおっしゃるでしょう」
「母上は、いいじゃない! と、言ってくれた」
出鼻をくじかれて、ハンナは、さらにため息をついた。
「それは……殿下のことをかわいがっていらっしゃるからでございましょう。私のような下々の者には考慮しなくてはならないことがございます」
「ハンナ」
殿下は真剣になって言った。
「僕は違うよ」
フィリップ殿下だって、どの王族とも同じだと思う。彼はかわいがられて生きてきた。ハンナもだ。だけど、暮らす世界が違うのだ。
「僕は王都から離れて暮らす」
ハンナは顔をあげた。
「王都での付き合いや、そう言ったことを心配しているなら、それはない」
「何をおっしゃっているのかしら」
ハンナはちょっと悲し気に微笑んだ。
こんな素敵な容貌の王子様はたちまち社交界で噂になって、きっとみんなから思うさまチヤホヤされて、華やかな暮らしをする運命だ。
色々なパーティに呼ばれ、ご身分柄、誰からも敬われ、そしてこの才気だ。
誰からどんな会話を投げかけられても、うまくいなすだろう。必ず称賛を浴びると思う。
黒いカツラと変なメガネ、顔をずっぽりと襟に埋めていても、彼の口から洩れる言葉は、変ではなかった。
あの格好を止めさせて欲しい。
エリザ嬢とジョゼフィン嬢の言葉が思い出される。
変な格好さえしなければ、フィリップ王子は王子中の王子様なのだ。
「ですから、きっと王都で華やかに光り輝く素晴らしい生活を送られますわ」
派手で。目立つ。
「人を見た目だけで判断しないで欲しい」
「でも、今日の格好はとても素敵ですけれども?」
「見た目で評価して欲しいと思った」
「気合が入っていますわ。そんなことも出来るのですね。いつもは、カツラとメガネと襟に埋もれておいででしたけど。社交界に今のお姿で出席なされば、さぞや楽しい時間が過ごせると思いますわ」
私には関係ない。殿下にまとわりつくつもりはない。ハンナは思った。
そう思わないわけにはいかなかった。
「ねえ。そんなことに興味はないんだよ」
フィリップ殿下が言った。
「あなたがイケメンを好きだったらなと思いはしたけど、僕は、本当に誰かにチヤホヤされたいとか考えていないんだ。そんなことどうでもいいんだ」
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々
佐藤 美奈
恋愛
エリーゼ・ダグラス公爵家の令嬢は、フレックス・グリムベルク王子と婚約していた。二人の結婚は間近に迫り、すべてが順調に進んでいると思われた。しかし、その幸せは突然崩れ去る。妹のユリア・ダグラスが、フレックスの心を奪ってしまったのだ。婚約破棄の知らせが届くとき、エリーゼは絶望に打ちひしがれた。
「なぜ?」心の中で何度も繰り返した問いに、答えは見つからない。妹に取られたという嫉妬と、深い傷を負ったエリーゼが孤独に沈んでいた。そのとき、カイル・グリムベルク王子が現れる。
彼はエリーゼにとって、唯一の支えであり安らぎの源だった。学園で『氷の王子様』と呼ばれ、その冷徹な態度で周囲を震えさせているが、エリーゼには、その冷徹さとは対照的に、昔から変わらぬ温かい心で接してくれていた。
実は、エリーゼはフレックスとの婚約に苦しんでいた。彼は妹のユリアに似た我儘で気まぐれな性格で、内心では別れを望んでいた。しかし、それを言い出せなかった。
夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!
佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。
「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」
冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。
さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。
優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。