グラクイ狩り〜真実の愛ってどこに転がってますか〜

buchi

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第68話 ローレンス博士が襲われる

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 翌日も私は押し黙ったまま、基地へ出勤した。当然のことだが、特に誰かと話したい気分ではなかった。

 だが、ジェレミーが呼びに来た。少佐の呼び出しだった。
 私は少佐のことは忘れていた。いや、覚えてはいたが、先日の少佐の芝居のあとの、少将の提案が彼の印象の上に塗り重なっていた。
 それは決して好印象ではなかった。

 おそらく少佐もなにか妙な雲行きだと、雰囲気を読み取っていたのだろう。自分で、直接、私を呼び出すことをしなかった。
 彼の責任ではないが、私は相当固いこわばった表情をしていたに違いない。
 彼は、私を例の防音設備のついた会議室へ連れて行った。

 だが、少佐も深刻な表情をしていた。私は、彼の表情に不安を感じた。この人は良くないニュースのときでも、深刻な顔をしない人なのだ。

「ノルライド、今朝、ローレンス博士の大学から連絡が来た」

 ドアが閉まったことを確認するや否や、少佐は言った。

 私ははっとした。

 ローレンス博士のことを忘れていた。

 彼は、もう一人のえさだ。博士のことに思い至らなかった。
 彼も狙われる立場の人だった。
 そうだ、私より彼の方が危険性は高いかもしれない。
 博士はスコットの握った秘密を研究しているのだ。軍の手助けと自分の大学の助けを借りて。

「大学から? 博士からではなく?」

「博士が銃弾で撃たれた。夕べのことだ。グラクイの犯行だ」

 私はショックを受けた。あんな中央で狙われる? そんなことが可能なのか? 一体どうやって?

「安心しろ。博士は死んではいない。命に別状はない。あんな中央でそんなことが起きるだなんて、誰も予想していなかった」

「詳細は?」

「まだだ。銃弾を受けたとだけ知らせてきた」

 人を殺すこととは、そんなに簡単に出来ることなのだろうか。
 ローレンス博士が邪魔だから、たったそれだけのことだけで、あんなにも長い時間を一緒にすごした人間を殺そうとするのか。本当にスコットの仕業なのだろうか。

「グラクイの仕業なのですか?」

「博士の証言だろう。だとすれば間違いない」

 今、スコットが必要としているのは時間だ。彼が世界を握るだけの時間的猶予だ。
 タマラ少将が多少の犠牲を省みず、リスクの高い作戦に打って出たのは、その時間をスコットに与えないためだった。

 ローレンス博士は彼の秘密を彼だけのものにさせまいと、優秀な部下を使いながら組織的に後を追いかけている。

 いずれ追いつかれてしまうだろう。

 追いつかれる前に、彼はグラクイを使いたがる全ての顧客を掴まなくてはならない。グラクイの保護案を提出しなくてはならない。
 博士の研究はスコットのこれらのプランをぶち壊すものだった。

 スコットが博士を狙うのはいわば理の当然だった。
 だが、現実問題としては、彼は治安のよい中央に住んでいた。赤道直下のそこは明るすぎて、グラクイは使えないはずだ。だから、私を含めて誰一人、博士の身の安全について心配しなかったのだ。

「事情がわかったら会議がある。この会議室だ。タマラ少将らがすぐにここへ来る。君も出なさい。ローレンス博士のことはよく知っているだろう」

「少佐、ローレンス博士が狙われたというなら、スコットは犯罪者です」

 私は少佐に向かって叫んだ。しかし、少佐は静かに答えた。

「問題は、その狙撃を行ったグラクイが、自分の意思で博士を狙ったのか、それとも誰かの命令に従ったのか、証明をしなくてはならない点だ。
 この証明は無理だろう。
 もし、証明できたとしても、誰からの命令なのか、ほんとうにスコット博士から出た命令かどうかの証明、これもまた困難だろう」

「でも、撃たれたのなら物的証拠というものが残っているのではないですか? 銃弾とか」

「警察の領域だな。可能性はあるが、おそらく銃弾の出所がスコット博士だという証明も難しいだろう。確かに物でつなげられれば、スコットの意図の立証が比較的容易になるが」

「では、わなをはりましょう」

「わな?」

「ローレンス博士は死んだことにしましょう。まず、これでローレンス博士の安全が確保される。
 次に、博士は亡くなったのですから、誰か研究を引き継ぐ者が必要になってくる。
 たとえば、私です。資料・データ類、特に前のジャニスの女の日記のような物的証拠を、ここへ返還することになったと発表するのです」

「日記のほうはデータでしか渡していないから、物そのものはローレンス博士の手元にはないよ」

「スコットはそんなこと知りません。
 ここへ送るといえば、彼はそれを盗むか消し去ってしまえと考えます。
 研究成果が消えてしまえば、それだけグラクイの制御の秘密の解明が遅れ、彼だけがグラクイを支配できる状況が続きます」

「データにはコピーがあるだろう。
 それに、なぜ、大学が研究を引き継がないのかね?
 ローレンス博士は研究を一人でやっていたわけじゃない。彼の研究を引き継ぐ優秀な研究者がたくさんいるだろうに」

「怖気づいたのですよ。グラクイの研究をしていれば、災難に襲われると考え始めたと発表してもいいでしょう。
 それに、もともとこの研究は軍からの依頼です。軍がいったん成果を取り戻し、別な大学に再委託するとしても決しておかしな話ではありません。
 とりあえず、発注元の軍にいったん返されるのは自然な話です」

「そこへ、スコット博士が、現れるというわけか。」

「そうです。今スコット博士が最も必要としているのは時間です。彼が勢力を伸ばすために必要なだけの猶予期間です」

「勢力を伸ばす?」

「スコットはグラクイの有効利用を考えているに違いありません。
 たとえば優秀な暗殺者として、いろいろな小悪人どもに売ったり貸したりすることも考えられる。
 赤道直下の都市でも、有効だとすれば、顧客は増えるでしょう。
 今回の暗殺事件が知られれば、赤道直下のエリアでもグラクイは有効だというよい証明になります。
 グラクイは口が利けない。したがって依頼主の名がもれることは絶対にありません。
 でも、今彼が画策しているのはグラクイを大量生産して、ばら撒くことでしょう」

「なんだ、それは。なにか意味はあるのか?」

「たとえば、ある地域から、グラクイを一掃してしまう。
 グラクイの呼気が、空中の塵や氷のかけらなどが地上に落ちてくるのを阻害する、空気の層のようなものを作る役割を果たしているらしいという推論はずっと昔からありました。
 その層が太陽光を遮り、空を暗くしていると言われています。
 グラクイがいなくなってしまえば大豊作です。一挙にその地域は潤う。
 逆にスコットの意に反するエリアに、グラクイの大群を送り込むことだって出来るかもわからない」

「そんなことが出来るのか?」

「今はまだ無理でしょう。でも、最終的にはそういった力を望んでいるのかもしれません。アサシンという言葉がありますよね」

「暗殺者のことか?」

「あれは、昔、若者たちを麻薬で絶対服従させ、暗殺者として働かせたという話でした。でも、グラクイには麻薬は必要ない。命令すればいいだけです。しかも絶対服従です」

「確かに使い道があるだろう。絶対服従で殺人も厭わないとなれば……あまりいい使い方とは限らないかもしれないが……」

「だからその前に、そんな客と結びついて力を得る前に、グラクイの力をバックにスコット博士が力を伸ばす前に、たたいてしまいたい」


「ノルライド少尉」

 突然タマラ少将が背中から現れ声をかけた。

 私はかなり驚いて振り返った。
 話に夢中で彼が入ってきたことに気がつかなかったのだ。

「君の忌憚のないところの意見を聞いたよ」

 私はあわてて頭を下げた。よく見ると後ろに何人かの将校が続いていた。

 タマラ少将は普段と違って見えた。目が光りよく動いていた。

「オーツ中佐によると、感服するほど頭脳優秀な私のプランには、君は少々不満があるらしいな。だが、そこにいる少佐は実は無関係なんで、一応伝えておこう。
 少佐の件については、私は全くの無実だ。私が、隊員の私情にそこまで詳しいはずがないことはわかるだろう。
 あれは中佐の勝手なフライングだ。説明が悪かったのは察しが付く。だが、私と少佐を君の怒りの対象のリストから外してくれると助かる。代わりに中佐をリストインしてやってくれ」

 一瞬、何の話か分からなかったが、すぐに、この間の晩の、中佐の訪問の時の話だと分かった。誰かが、多分中佐自身が、少将にこの話をしたんだろう。

「それから、誰もなにも言わなかったことにまで気が回って、毎日危険なパトロールに出てくれてありがとう。私はそこまで考えていなかったよ。とは言え、もしかすると、頼みに行ったかも知れないがね。
 それから、今のプランだが、買うことにした。言い値で買おう。ポイントは君が今言ったとおり、時間だ」

 それから、くるりとオーツ中佐に向き直った。

「わかったね。手配したまえ。」

 中佐は話の流れに全くついていけていなかった。目に見えてあせっていた。

「はっ‥‥‥あの‥‥‥‥」

「この若者はなかなか頭がいい。まあ、さすがローレンス博士の愛弟子だ。いずれ作戦部でこき使うといい。なにかと便利だろう。ところで、頭のいいノルライド少尉だが忘れていることがひとつある。なんだかわかるかな?」

 私はびっくりした。少将は笑った。

「警察だよ。この事件は殺人未遂事件として取り上げられている。当然、警察にも手を回さねばならない。そしてその部分は、私が出来る領域だ。警察を黙らせるのは君には出来ないぞ。普通の人間には絶対出来ない荒業だ。
 君も近視眼的だな。この地方にうずもれていればそれも仕方ない。
 今回ばかりは、恐らく今までとは、全く異なる扱いになるだろう。
 グラクイの舞台が、とうとう中央になったのだ」

 少将の言うとおりだった。私にも理解できた。

 パレット中佐隊二十名が全滅しても、世界はどこか遠い場所で起こった偶発的な事件としか扱わなかったが、中央での殺人事件となれば話は別だ。
 たとえ殺されかけたのが、有名な学者でなかったとしても、結果は一緒だ。
 世界は初めてグラクイの恐怖を自分自身のものとして、切実に感じ取ることになるだろう。

 私は少将を横目で観察した。
 今、少将は張り切っていた。中央でもスコットに挑み、組織力をあげて彼に挑み、勝利するつもりなのだ。  
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