グラクイ狩り〜真実の愛ってどこに転がってますか〜

buchi

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第80話 誰も知らない秘密

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 スコットの殺害は、当然、マスコミに発表された。オーツ中佐を中心に、作戦部はマスコミ対策を周到に練り上げていた。

 その結果、翌日の新聞には、でかでかとキャンベルと言う人物の殺害の記事が載っていた。
 多分、中央でも、とても大きく取り上げられたに違いない。
 中央に住む人々にとっては、ローレンス博士の殺人犯が捕まって殺害されたわけなのだから。

 そして、何に一番驚いたかと言えば、スコットの名前がキャンベルに変わっていたことだった。
  
「は? キャンベルって、誰……」

 思わず、口の中で呟いた。

 そして、そのまた翌日の新聞には、今回の事件の詳細が、とてもわかりやすく掲載されていた。

 それによると、キャンベルこそが、グラクイが引き起こした最近の一連の事件の黒幕にされていた。

 キャンベルは、グラクイを飼っていた変わり者の男ジャニスに近づき、言葉巧みに彼を説きつけ、グラクイの秘密を手中に収めた。レーザーガンなどの提供をしたのもキャンベルである。
 グラクイを思いのままに操れるようになった彼は、不可解で残虐ないろいろな事件を起こした。
 しかし、これらの犯行は軍の察知するところとなり、ローレンス博士ら研究者がおとりとなって、キャンベルをおびき寄せたが、キャンベルが彼らの殺害を図ったため、正当防衛で殺されてしまった。

 白黒をはっきりつけたこの解説はすっきりとしていてわかりやすかったし、ジャニスとキャンベルの狙撃事件はとてもドラマチックで、ドキドキするように書かれていた。

「しかし、これは、単なる警察絡みの事件では?」

「まあ、おれも、なんか少し、観点がズレてるような気がするが……」

「さすが、プロだけあって、惹きつけられる書きぶりだな……。勧善懲悪の、スッキリ読みやすい記事だ。軍が正義の味方だし……まあ、いいか」

 誰しもが劇的なその描写に惹きつけられるに決まっていた。おまけに、そこには狙撃チームの写真が載っていた。

 真ん中に血みどろの膝と、肩や腕に点々と血のあとを残したギルと、すらりと背の高いベッグ、すばらしい体格のオスカーとシン、隊長のバルク少佐は後ろのほうにいて、むしろ細い男だということ以外はよくわからなかった。
 見開きには、ギルのインタビューが載っていて、一流のカメラマンが撮った最高の出来の写真がニ枚添えられていた。

 この二枚の写真のおかげで、ギルはいきなり世界のアイドルに上り詰めた。

 真っ黒なグラクイをあやつって世界に挑んだ悪党キャンベルの野望を打ち砕いた、スナイパーの登場である。
 その写真のうちの一枚は、鍛え抜かれた体つきのたくましい重装備の兵の全身像だが、もう一枚はアップで、ひどく若くて、まだあどけなさが残っているような美しい顔立ちの青年の写真だった。

 いろいろなマスコミがこれに食いついた。女性週刊誌はもちろんやってきたし、まじめな経済ウィークリー誌まで写真を撮りに来た。軍の関係者、特にバルク隊のメンバーはひっきりなしに色々な取材を受けた。

 ギルをアイドルに仕立て上げ、軍のかっこいい面を大きくクローズアップすることにより、作戦部は狙いをそらした。

 キャンベルは悪で、その諸悪の根源は軍の手で摘まれた。もう恐れることは何もない。

 そして、本来、誰もが疑問に思うべき「キャンベルがそんなにしてまで欲しがったグラクイの秘密はなにか」という問題に、軍は狙撃銃の口径や射程距離だとか、糧食の試食会だとか、軍服のデザインと性能、ブルー隊のバッジのデザインだとか、ギルのベンチプレスのキロ数などで答えをそらしてしまって、肝心のキャンベルのたくらみについては、本人が死んでしまった為、わかりませんでとぼけていた。


 そして、その一方で、ローレンス博士は、ギル以上に、世間から注目を浴びていた。

 それは、そうだろう。

 あれほどまでに世間を震撼させた殺人事件の被害者だった。
 死んだはずだったのに、実は生きていて、一時亡くなったことになっていたのは、捜査への協力のためだったと言う。


 彼が、テレビに出てきた時は、ちょっとしたセンセーショナルな事件だった。

「では、ここで、思いがけない、素晴らしいニュースです」

 夜の、一番、視聴率の高い時間帯のニュース番組に、きちんとしたスーツに身を固めたローレンス博士が、にこやかに入ってくると、キャスターや解説者たちは、最初は、呆然とした。
 博士から、簡単に事情が明かされると、歓声と拍手が湧き上がり、興奮した人々は立ち上がって、彼の元へ走り寄った。

 大学には中継が入っていて、このニュースに涙ぐむ同僚や、喜んで手を叩く学生の姿が映し出された。

 素晴らしいニュースで、世界中が沸き立った。
 頭の回転の早い極悪人を、逆に一杯喰わせたのである。そして、世界を救った。博士はいろんなマスコミから引っ張りだこだった。

「グラクイについて、新たに発見された非常に重要な点がひとつあります。それは、これまで何年間も噂されてきたとおり、グラクイの吐く呼気こそが、空を暗くする化学的な原因だという可能性です」

 あるテレビのインタビューでローレンス博士は、黒い髪をブロンドに染め上げた美人アナウンサーに向かって力強く断定した。

 なかなか微妙な言い回しだった。

 可能性を断言しているのであって、それだったら、今までとなんの違いもない。
 「新たに発見された非常に重要な点」には、ならないだろう。

 彼が生物学者であって、生化学についてはその辺の化学専攻の大学生と同程度の知識しかないことを私は知っていたが、それは誰もきっと気にしないのだろう。

 アナウンサーは、重大な発表を聞いて息を飲んだ風だった。

 同時出演していたタマラ少将が、重々しくうなづいた。

「その通りです。我々はその可能性を追求する必要性を痛感しています。
 研究するとなると警戒が必要です。軍は研究者の護衛を続け、この問題の解明に全面的に協力するつもりです」

 タマラ少将は、ローレンス博士に点々とくっついて歩いて、できる限りテレビに映り続けた。
 軍のお手柄を、決して忘れてもらうわけにはいかなかった。
 犯人の名前をすげ替えたくらいなのだ。
 そして、そのおかげで、ローレンス博士とタマラ少将は、好き放題にキャンベルの悪口を言い、活躍できる自由を得ていた。

 とは言え、グラクイの吐く息になにか空を暗くする原因があると、高名な学者が公的に断言したのは初めてだった。
 世界中が初耳だろう。今回、そんなことが新たに解明できただなんて、私も初耳だった。
 アナウンサーが息をのむはずだ。私のほかにそんなことを知っている人間がいるなんて、聞いたこともなかった。

「はったりだな」

 私はつぶやいた。ひまそうに、テレビを一緒に見ていたジェレミーが、ちらりと私を見た。

「危険性のないグラクイを追いかける理由が欲しいのさ」

「まあ、ノッチ、大きな声で言うなよ。軍と世界的な研究者とのコラボさ。おれは、グラクイの追跡分析を同時に複数かけられるだけのCPUがある新しいコンピューターが欲しいし、君だってそいつがあればデータベースの計算と蓄積がはかどるわけだ。いい話じゃないか」

「私だって、文句はないよ。給料が上がればもっといいな」

 全知全能の二人は握手し、きれいに手入れされているが、どこか年寄り臭い歯並びを見せて、にっこりした。黒髪を派手なブロンドに染めたアナウンサーがしきりとうなずいていた。

 軍は、グラクイの研究に寄与して、空を明るくするために協力していることを強く印象付けた。


 軍だって来年の予算を勝ち取らなくてはならない。そして、ついでに世界のためという大義名分を発明して、グラクイを自分たちの思うがままに利用する方法を手中に収めるつもりだった。

 なんのことはない。スコット・キャンベルが夢見たものを、軍は彼を殺して取り上げたのだった。
 タマラ少将は、グラクイが力のある組織の手に渡れば危険極まりないといっていたが、グラクイは、軍という組織力のある第三のジャニスの手に着々と渡りつつあった。

 タマラ少将の心の中には、グラクイを掌握することにより、今よりはるかに強大な権力を持つ軍と、その頂点に立つ自分の姿が明確にイメージされていたに違いない。

 軍の中の者は誰一人、そこまで想像していなかったろう。基地の中で、このテレビ番組を見ていた者は退屈そうに番組を変えるか、テレビを切るかしていた。
 それよりも、ブルー隊やレッド隊の誰かがインタビューを受けているテレビ番組の方が、ずっと人気があった。
 ブルー隊の話はしょっちゅうマスコミに載っていた。取材陣は基地の中までは入れなかったが、ハンスの店にはよく来た。そのつどハンスは大喜びだった。

 だが、その中に一言半句たりともノルライド少尉の話は出てこなかった。

 数週間前まではスナイパーとして有名な人物だったが、何しろ少尉は今、レッド隊の所属になっていてブルー隊の所属ではなかった。
 だが、それだけではなかった。ノルライド少尉を取材させることは暗黙のタブーだった。慎重な手で、二重三重に防御の幕が張られていた。名前すらどこにも出てこなかった。

 沈着で気が利くジェレミーは、おっちょこちょいのナオハラやジョウがまずいことをしゃべらないように見張っていなくてはならなかった。
 私はレッドのコッティとシュマッカーを推薦した。ふたりとも目立たないから報道に目をつけられない上に気が利く。ハイディをつけておけば、女の子たちの動きも把握できた。
 この三人は気が利いて信用の置ける私の部下だった。彼らは私がマスコミ取材の対象から完全に外れていることを、ものすごく不思議に感じていたに違いないが、一言も聞かなかった。黙って命ぜられたことをやってのけていた。

 タマラ少将がどんな指示を発したのか、私は知らなかったが、予想はついた。私は存在しないほうがよかったのだ。

 そして、スコットの名前がキャンベルに勝手に変えられていることを認識している者は、タマラ少将と軍の幹部の一部、それと私以外は誰もいないに違いなかった。
 スコットが、キャンベルだろうが、何だろうが、もともと名前なんか大した問題じゃなかったのだ。誰も知らない人物だったのだから。

 でも、中央ではそうではなかった。
 
 彼の父は、ある大きな企業のオーナーだったし、一族は政界に力を持っていた。
 マスコミにバレたら、ただでは済まない。
 
 お金が動いたかどうかは、私は知らない。

 彼が死んでしまった今となっては、スコットの一家は、殺戮者として彼の名前が出ることに怖気を振るうだろう。

 タマラ少将は、軍の二十人が殺された件への復讐心や名誉棄損問題に関心はなかったし(家族への補償や心のケアには、結構腐心していたが)、おそらく彼にとっては、彼と軍の活躍を大々的に宣伝することが最優先だろう。
 スコットが有名なファミリーの一員だったとしても、この場合、それはあまり少将の計画上のメリットにはならなかった。

 ただの無名の悪人の方が、むしろ扱いやすい。軍がヒーローになるためには、それらしい悪辣な人物像に仕立て上げることが必要だ。スコット家から、名誉棄損で訴えられては面倒だろう。 

 だから、名前は変えられ、私は厳重に隠蔽された。

 おそらく軍を離れることは絶対に許されないはずだった。

 私は、グラクイの秘密を知りすぎていた。
 スコットのことも知りすぎていた。
 
 だから、万一、私が外へ出て行ったり外部と連絡を取ったりしたら、タマラ少将は疑いの目を向けただろう。

 私は、そのことをよく知っていた。全然外出しなかったし、出来るだけ基地につめていた。


 だが、それだけではなかった。私は、タマラ少将もバルク少佐も、誰も知らない爆弾をひとつ抱えていた。スコットが死に際にもらした一言だった。

「土を食べるグラクイは悪魔のような呼気を吐く」

 たった一言だったが、この言葉は致命的だった。

 飼育しているグラクイの吐く空気の成分は、他のどんな動物とも異なる点はなかった。我々はえさに土を与えたことなどなかったし、彼らも土など好まなかった。だから、いつまでたっても正解にたどり着けなかったのだ。

 私には、グラクイがどんな土なら食べるのか、その土のどの成分がそんな作用をもたらすのか全然わからなかった。
 だが、この点こそグラクイ研究の核心だった。それまでは推測に過ぎなかった問題を初めて具体的に立証できるかもしれなかった。
 それも比較的簡単に。

 だが、私はそれを誰にも話していなかった。グラクイのせいで空が暗くなるとスコットが語ったことまでは話したが、グラクイが土を食べる話は誰にもしていなかった。

 それは背信行為だった。

 タマラ少将が知ったら、激怒するだろう。
 ローレンス博士が知ったら、大喜びするだろう。

 それも十分わかっていた。
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