アネンサードの人々

buchi

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フリースラント

第58話 ドイチェ氏を金山運営に引き込む

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 翌朝、起きて、確認すると、幸いなことに全員が、宿に帰ってきていた。
 そして、全員二日酔い状態だった。さらに、自力で帰れた者は一人もいなくて、みんな店が宿を探してくれて、それでどうやら帰ってこれたものらしかった。

 そんなわけで、全員、かなりしょぼくれていた。

「馬車を取って来るから」

 先に朝食を済ませていたフリースラントは馬車屋へ出かけ、子供とみて値段を吹っ掛けて変更しようとしてきた馬車の持ち主の親父の目の前で、鉄柵を次から次へ飴のように曲げて見せる芸を披露して、5フローリンほど逆にまけさせ、ウマを付けて宿に帰ってきた。

 それから、有り金全部をゴーバーで使い果たした(ゾフを除く)全員に代わって、宿の支払いを済ませて、川岸の修道院の倉庫に行って、積み荷を受け取った。

「馬車は?」

「あれだ」

 残念ながら、ゾフ以外は二日酔いがかなりの重症だったので、使い物にならず、荷物はフリースラントが一人で積み込んだ。

 しかし、一人で担げる限界とされている三袋ではなくて、十袋をいっぺんに積み込む様子に、岸壁の人夫どもがあきれ返った。

「しかもスピードが速い」

 一緒に来た三人は、青い顔をしてその様子をながめていた。

 荷物がきちんと積み込まれると、荷馬車は出発した。

 当初の予想と異なり、三人はかなり縮こまり、礼儀正しく逆ルートを走っていった。
 見た目が貧乏そうな一行が、大きな袋を荷に乗せて通行する様子に、追剥は誰も興味を持たなかった。袋の中味の値段に見当がついたからだ。少なくとも、金目のものではあるまい。

「以前、幅を利かせていた追剥連中が、襲ったヤツに返り討ちに遭って全滅させられたことがあったから、多分そのせいです。連中、今、元気ないんですよ」

 ゾフの仲間のうちの一人が、フリースラントに教えてくれた。

「それで、この奥に、旅の安全祈願の神様の像ができましてね。大変なご利益があるんですよ」

「そうなの?」

 フリースラントは疑わしそうに返事した。

「それで、ぜひ、フリーさんも拝んでいった方がいいですよ」

 彼らは熱心に勧めた。

「ここを通る人はみんな必ず寄るんです」

「犯人が捕まった場合はどうなるんだい? その人が神になるのかな」

「犯人て、人聞きの悪い。神様が退治してくださったのです。何十人も賊はいたんです。一晩で、全員死んでました。天罰以外の何物でもありません」

 フリースラント以外全員が信者だったので、ここでもまた、フリースラントは拝みに行かされる羽目に陥った。

「お布施の行き先がとても気になる」

 フリースラントはつぶやいた。

「僕でもいいと思うんだがな」



 帰ってきて、すぐに宿に馬車と厩の手配を頼み、彼はゾフたちに賃金を払った後、宿の亭主に新しいうわさは何かないかと聞いた。

「フリーさんて、意外に噂好きですねえ」

 そういう意味で聞いているわけじゃないんだがと彼はぼやいた。

「でも、まだ一週間しかたってませんからね。あいにく、何もありませんよ」


 フリースラントはドイチェ氏のもとへ急いだ。

 フリースラントの訪問をドイチェ氏は待っていたらしかった。

 スリースラントが不在の間も、山からはどんどん注文が着て、材木だの燃料だの、人夫だのが流れていく。

「フリー君、そろそろ私は不安になって来たよ。あなた方はいったい何をしているの?」

 フリースラントはニヤリとした。

「うわさになっていますか?」

「そりゃ……。発注者は私だし、私に皆が聞きに来るのだ。私は、お金さえもらえればそれでいいんだが、不安で仕方ないのだよ。ワッターバル氏は、陰でいろいろと言っているらしいし」

「何を?」

「ええと……」

 ちょっと言いよどんだが、ドイチェ氏は、思い切って正直なところを言ってしまおうと言った感じだった。

「フリーは得体の知れない詐欺師だ、きっと、山でおかしなことをしているに違いない、あんな奴にかかわっていると、今に、大損をするぞって」

「それはまた、ずいぶん悪意的な言い分ですね? 根拠もないのに、なぜ、そこまで言うんでしょうね?」

「それは、おそらくワッターバル氏の利益にはなっていないからだと思うよ。私が多額の利益を独占していると恨んでいるのだろう」

 フリースラントは例の背負子を用意してきていた。ロドリックが以前使っていたものである。

 宿まで一緒に歩いて行って、ドイチェ氏を背負子に乗せた。

「わ、私は太っているし、かなり重いんだが……それに、高いところが苦手で」

 持ち上げられた時、ドイチェ氏は小さく悲鳴を上げた。

「しっかり捕まっていてくださいね。山まで3時間です」

「あのー、あのー、ユキヒョウの狩場のあたりまでなら8時間かかるって聞いたんだが……」

 フリースラントは速足で歩きだした。背負子には、ドイチェ氏以外にも荷物が載っており、そのほかコマのついた荷物運び用の箱のようなものも曳いていた。中身は例のわざわざベルブルグまで取りに行った袋である。

 酔いそうだ……とドイチェ氏は思ったが、酔わなかった。それどころか、それは素晴らしい体験だった。山の景色はきれいだし、背負子の旅は思ったよりずっと快適で、とても人間業とは思えないほど速かった。

 目的の場所に着いた時、彼はたまげた。

 こんな山中には、不釣り合いな、かなりの大きさのしっかりした家があった。決して豪華ではなかったが、十分立派だった。

「中へどうぞ」

 フリースラントは、ドイチェ氏を下ろすとドアを開けた。

 中は一部屋だけで、冬に備えて暖炉があり、戸棚や机やいすが並べられていた。

 机の前にはロドリックが座っており、フリースラントがその横の椅子に腰かけた。
 ドイチェ氏は、まごつきながらも、指示された向かいの椅子に着席した。

「ここは、何なのかね?」

 ドイチェ氏は当惑して尋ねた。


「ようこそレイビック金山へ」

 ロドリックが答えた。

 ドイチェ氏が言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかった。

「レイビック金山?」

 ドイチェ氏は、あえいだ。

「レイビック金山だなんて……それは、百年前にもう、掘り尽くしたと聞いた。最後は火事と落盤で何もかもダメになり、工場から毒の薬が漏れ出し、このあたりは荒れ地になった。金はもう出ないと……」


 フリースラントは、首を振った。

「その幻の金山は本当にあったのだ」

 彼はそばにあった革袋に手を伸ばした。

 彼の冷たい顔立ちは、何の表情も表していなかったが、いかにも重そうな革の袋を傾けると、粗末な木の机の上にざらざらと音を立てて、金の粒が流れ出した。

 ドイチェ氏は目の前の光景に呆然とした。

 何と言う金の量だろう!
 その黄金の輝きは、薄暗い室内で鈍く輝き、発光しているようだった。

 こんなことがあるのだろうか、
 どんなに大胆な夢だったとしても、これほどの夢は想像したことすらなかった。

 我を忘れて、金を見つめ、それからはっと我に返って、彼はフリースラントを見た。

 フリースラントは静かな目でドイチェ氏を見つめていた。

 ドイチェ氏は、この瞬間にようやく気が付いたことがあった。

 目の前に立っているこの男は、彼が思っていた人物ではなかった。

 いや、最初にフリースラントを自宅の晩餐会に招いた時に、実は勘づいていたのだ。ただ、無意識のうちに否定していただけなのだ。

 ドイチェ氏は、フリースラントのことを、財産も教育もない若い男が、腕一本で相当な稼ぎを期待できるハンターになろうと、レイビックにやって来たのだと信じていた。
 それは当然のことだった。フリースラント自身、そう口にしていたではないか。

 だが、そのハンターたちの誰ともフリースラントは違っていた。

 ユキヒョウハンターの呼称を得ても、彼は全く嬉しそうではなかった。

 今だって、そうだ。

 これだけの額の金を手にしたら、ふつうの場合どうするか……ドイチェ氏はフリースラントを見た。

 大抵の人間は舞い上がってしまって、やけに饒舌になり、将来の計画を語り始め、いたるところで会った人間に金をちらつかせてみたり、いろんな、それまで手が届かなかったものを買いあさったりするものなのだ。

 だが、目の前の男は、全然違っていた。

 フリースラントは、金をありがたがっていなかったし、目の色を変えている訳でもなかった。
 ただ、ドイチェ氏の反応を見ているだけだった。

『金が目的ではないのだ』

 多額の金に全く動じてもいなければ、喜んでいるようでも、得意がっている様子もない。

 もともと、金を持っていた人間なのだ。
 ドイチェ氏は自邸で開いた晩餐会の夜を思い出した。
 召使に饗されても、会話が回ってきても、ごく当然と言った身のこなしと見事な礼儀作法だった。話の内容もそうだった。教育のないハンターの若造の話し方ではなかった。最初から、全く違っていたのだ。

 その落ち着いた様子は、理由もなく身分違いと言う言葉を思い起こさせた。

 我知らず彼は、呼びかけた。

「フリー様」

 フリースラントはちょっと驚いて軽く眉をあげた。「様」付けで、呼ばれたことがなかったからだ。ドイチェ氏の心中の変化など彼が知る由もなかった。

「私は何をしたらよろしいでしょうか?」



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