20 / 47
第20話 ヘンリー君の求婚
だが、市場の定休日の前の日、私はこの謎のルーティン生活の絶望的な真実の意味にようやく気付かされたのだった。
「あのう、ローズさん、僕の両親に会っていただけませんか?」
もじもじもじもじ指をこねくり回し、真っ赤になって、汗をポタポタ垂らしながら、お話がありますといったあと、約十分ほど経過したのち、ヘンリー君が言い出した。
私は沈黙の像と化した。
なぜなら、グスマンおじさんが物陰に潜みながら、チラッチラッとヘンリー君と私を観察していたからだ。
私の店は終わり、いつもなら私とヘンリー君は仲良く私の家に向かうはずの時間だった。
「明日はお休みですので、両親がローズさんにお礼を言いたいと言ってます」
私はホッとした。
お礼か。よかった。結婚の申し込みでもされるのかと思った。
グスマンおじさんがこの前怪しいことを言っていたから、余計な心配をしてしまった。
「お礼なんかとんでもない。助けてもらっているのは私の方なので」
安心した私は大盤振る舞いをしてしまった。ヘンリー君に料理を作ってもらったばっかりに、食いつきのいい騎士様がエサに釣られて毎日やってくるのよ。料理の腕前を褒め称えられて、ややこしいことになってる。今更、誤解を解くのも面倒くさい。
「ローズさん、僕と結婚してください」
私は目の玉が飛び出るほど驚いた。
引きこもりのセリフじゃない。
「僕、体重が十キロほど減りました。懸垂も片手で出来るようになりました」
は? そのぜい肉付きで片手で? そりゃすごい。私はごくりと唾をのんだ。
「しかも右でも左でも、出来るようになりました。両親がそれなら結婚してもいいと言ってくれました!」
エッ? 私の都合は?
「私は結婚なんか考えていないので」
マッスル家の嫁は嫌だ。体を絞れとか言われたらどうしたらいいのだ。
半分隠れていたグスマンおじさんが、乗り出してきて、アチャーという顔をした。私と目が合うと必死でOKしろと謎の信号を送ってきた。余計なお世話だ。
「実は弟の生死が不明なんです。難破したと言われている船に乗っていたんです。私は弟の生死が不明なうちは、結婚なんかできません」
ペラペラと口が回った。意外と私、方便がうまいかもしれない。私に弟はいない。生死なんか永久にわかりっこない。うん、いける。
「弟のこと、知っています」
ヘンリー君は真剣になって答えた。
なんだって? どっから聞いてきた?
グスマンおじさんはヘンリー君の味方だ。しゃべったな。
横目でにらむとグスマンおじさんはうなずいた。自白か。
「さぞ心配だろうと思います。僕は調べました。安心してください、弟さんは生きています!」
「えっ、嘘!」
私は大声を上げてしまった。そのせいで、何人かがこっちを振り返った。
ヘンリー君は、そんなことにはお構いなしに続けた。
「驚くのも無理はありません。その船にあなたと同い年の学生は一人しか乗っていませんでした。船客名簿を調べたのです」
もはや、反応する言葉さえ失ってしまった。何たる偶然?
「ご実家の様子も調べました」
ちょっとヘンリー君は同情したように声が小さくなった。大勢の人が聞いていたので聞かせたくなかったのだろう。
「ええと、確かにまあ貧乏だそうです。うん。すごく。でも、僕は、そんなこと気にしません!」
「私は気になります」
いや、めっちゃ気になるわ。どこの家なんだろう。私の弟って誰?
「そうだろうと思います」
ヘンリー君は心の底から同情したように言った。なんか違う。
「あなたは、家の格差を気にするだろうと思いました。でも、そんなこと障害になりません」
どこにも誤解を解く糸口がないって、どうしたらいいんだろう。
「弟のアシュトン君はまだこちらに向かっている最中だと思います。二週間以上かかるそうですが、弟さんは無事にここへ帰ってきます。本人には会えませんでしたが事情を伝える手紙を送りました」
アシュトン君、めっちゃ驚いたのでは。
どうしよう。アシュトン君になんて説明したらいいんだろう。ずぶずぶ深みにはまっていくわ。
「あなたのご両親にも会ってみました」
「いつの間に?」
だって、ヘンリー君、朝から店手伝って、そのまま私の家に来て薬草摘みや料率売りに励んでたよね。帰るの夕方だったよね?
ヘンリー君はちょっと顔を赤らめた。
「あなたが薬を作ってる間に抜けて訪問したのです。この結婚話を、とても喜んでくれました」
私の両親は、絶対、喜ばないと思うけど。誰だ、その夫婦。勝手に人を売るんじゃない。
「僭越ながら、少々お金も渡しておきました。その方がいいような感じがしたので」
マジで売られた気分! 我ながらそのお金、どうやって回収したものか見当もつかないわ。あ、人ごとながらの間違いか。
「いくら渡したのですか?」
ヘンリー君はにっこり笑った。
「そんなことは気にしないでください」
「気になります」
真剣に気になるけど、ヘンリー君が思っているような理由からじゃないからね。私、いくらで売られたのかしら。
「僕の両親にも事情を説明しましたが、両親も気にしないから家に連れてこいと言いました」
グスマンおじさんがにっこり笑って、もう一度、うなずいた。誰か助けて。
その時、人をかき分けて、大柄な人物が割って入ってきた。
騎士様だった。笑っていた。
「ローズ!」
騎士様は死にそうなくらい笑いながら言った。
「面白いことになってるな! 弟って誰だ」
「騎士様……」
事情を知っている人に会ってほっとした。
「助けてください」
騎士様は大声で笑った。
「もちろんだ。お前の両親が見つかった」
「えっ?」
「今、知らせが届いた。よかったな、両親は無事だ」
無事?
私は目の前のことを全部忘れ、そのまま騎士様の元へ駆け寄った。
無事で良かった。会いたい。
騎士様がまた大声で笑った。
「両親のところへ連れてってやろう。来い」
「あのう、ローズさん、僕の両親に会っていただけませんか?」
もじもじもじもじ指をこねくり回し、真っ赤になって、汗をポタポタ垂らしながら、お話がありますといったあと、約十分ほど経過したのち、ヘンリー君が言い出した。
私は沈黙の像と化した。
なぜなら、グスマンおじさんが物陰に潜みながら、チラッチラッとヘンリー君と私を観察していたからだ。
私の店は終わり、いつもなら私とヘンリー君は仲良く私の家に向かうはずの時間だった。
「明日はお休みですので、両親がローズさんにお礼を言いたいと言ってます」
私はホッとした。
お礼か。よかった。結婚の申し込みでもされるのかと思った。
グスマンおじさんがこの前怪しいことを言っていたから、余計な心配をしてしまった。
「お礼なんかとんでもない。助けてもらっているのは私の方なので」
安心した私は大盤振る舞いをしてしまった。ヘンリー君に料理を作ってもらったばっかりに、食いつきのいい騎士様がエサに釣られて毎日やってくるのよ。料理の腕前を褒め称えられて、ややこしいことになってる。今更、誤解を解くのも面倒くさい。
「ローズさん、僕と結婚してください」
私は目の玉が飛び出るほど驚いた。
引きこもりのセリフじゃない。
「僕、体重が十キロほど減りました。懸垂も片手で出来るようになりました」
は? そのぜい肉付きで片手で? そりゃすごい。私はごくりと唾をのんだ。
「しかも右でも左でも、出来るようになりました。両親がそれなら結婚してもいいと言ってくれました!」
エッ? 私の都合は?
「私は結婚なんか考えていないので」
マッスル家の嫁は嫌だ。体を絞れとか言われたらどうしたらいいのだ。
半分隠れていたグスマンおじさんが、乗り出してきて、アチャーという顔をした。私と目が合うと必死でOKしろと謎の信号を送ってきた。余計なお世話だ。
「実は弟の生死が不明なんです。難破したと言われている船に乗っていたんです。私は弟の生死が不明なうちは、結婚なんかできません」
ペラペラと口が回った。意外と私、方便がうまいかもしれない。私に弟はいない。生死なんか永久にわかりっこない。うん、いける。
「弟のこと、知っています」
ヘンリー君は真剣になって答えた。
なんだって? どっから聞いてきた?
グスマンおじさんはヘンリー君の味方だ。しゃべったな。
横目でにらむとグスマンおじさんはうなずいた。自白か。
「さぞ心配だろうと思います。僕は調べました。安心してください、弟さんは生きています!」
「えっ、嘘!」
私は大声を上げてしまった。そのせいで、何人かがこっちを振り返った。
ヘンリー君は、そんなことにはお構いなしに続けた。
「驚くのも無理はありません。その船にあなたと同い年の学生は一人しか乗っていませんでした。船客名簿を調べたのです」
もはや、反応する言葉さえ失ってしまった。何たる偶然?
「ご実家の様子も調べました」
ちょっとヘンリー君は同情したように声が小さくなった。大勢の人が聞いていたので聞かせたくなかったのだろう。
「ええと、確かにまあ貧乏だそうです。うん。すごく。でも、僕は、そんなこと気にしません!」
「私は気になります」
いや、めっちゃ気になるわ。どこの家なんだろう。私の弟って誰?
「そうだろうと思います」
ヘンリー君は心の底から同情したように言った。なんか違う。
「あなたは、家の格差を気にするだろうと思いました。でも、そんなこと障害になりません」
どこにも誤解を解く糸口がないって、どうしたらいいんだろう。
「弟のアシュトン君はまだこちらに向かっている最中だと思います。二週間以上かかるそうですが、弟さんは無事にここへ帰ってきます。本人には会えませんでしたが事情を伝える手紙を送りました」
アシュトン君、めっちゃ驚いたのでは。
どうしよう。アシュトン君になんて説明したらいいんだろう。ずぶずぶ深みにはまっていくわ。
「あなたのご両親にも会ってみました」
「いつの間に?」
だって、ヘンリー君、朝から店手伝って、そのまま私の家に来て薬草摘みや料率売りに励んでたよね。帰るの夕方だったよね?
ヘンリー君はちょっと顔を赤らめた。
「あなたが薬を作ってる間に抜けて訪問したのです。この結婚話を、とても喜んでくれました」
私の両親は、絶対、喜ばないと思うけど。誰だ、その夫婦。勝手に人を売るんじゃない。
「僭越ながら、少々お金も渡しておきました。その方がいいような感じがしたので」
マジで売られた気分! 我ながらそのお金、どうやって回収したものか見当もつかないわ。あ、人ごとながらの間違いか。
「いくら渡したのですか?」
ヘンリー君はにっこり笑った。
「そんなことは気にしないでください」
「気になります」
真剣に気になるけど、ヘンリー君が思っているような理由からじゃないからね。私、いくらで売られたのかしら。
「僕の両親にも事情を説明しましたが、両親も気にしないから家に連れてこいと言いました」
グスマンおじさんがにっこり笑って、もう一度、うなずいた。誰か助けて。
その時、人をかき分けて、大柄な人物が割って入ってきた。
騎士様だった。笑っていた。
「ローズ!」
騎士様は死にそうなくらい笑いながら言った。
「面白いことになってるな! 弟って誰だ」
「騎士様……」
事情を知っている人に会ってほっとした。
「助けてください」
騎士様は大声で笑った。
「もちろんだ。お前の両親が見つかった」
「えっ?」
「今、知らせが届いた。よかったな、両親は無事だ」
無事?
私は目の前のことを全部忘れ、そのまま騎士様の元へ駆け寄った。
無事で良かった。会いたい。
騎士様がまた大声で笑った。
「両親のところへ連れてってやろう。来い」
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。
夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。
真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。
そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。
数量は合っている。
だが、なぜか中身の重量だけが減っている。
違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。
そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。
しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。
それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。
「では、正式な監査をお願いいたします」
やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり――
隠されていた不正はすべて暴かれる。
そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。
これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、
“正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
死ぬまでに叶えたい十の願い
木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」
三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。
離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する——
二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
成功条件は、まさかの婚約破棄!?
たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」
王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。
王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、
それを聞いた彼女は……?
※他サイト様にも公開始めました!