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第14話 ラルフの苦渋の選択
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私の結婚はどうなってしまうの?
まずは情報を集めなければ。特に国王陛下と王妃様の意向だ。
父は疲労困憊だったので一度仮眠をとりに行き、母はエレノアに事情説明をすると言うつらい仕事に出かけた。
私はラルフと、父の仮眠の間だけ話をしようと思って、客間の一つに招いた。
私に呼ばれて、ラルフはちょっと用心深い表情を浮かべた。
これまで、見たことのなかった顔だった。
今まで、ラルフは表情を動かしたことなんかかなった。特に私の前では、笑うことさえ少なかった。
婚約者候補のラルフには少し違和感があったが、とにかく情報については彼に聞いておけば間違いはない。
「私の婚約について聞いておきたいの」
テーブルをはさんで私はラルフに問いかけた。
「一体何人くらい婚約者候補が立候補してきたのかしら?」
「詳しいことは知りません。ご両親が管理していらっしゃいます。私の業務外のことですから」
「それに関しては何も知らないのね」
「そうですね。実際に候補になりそうな方の名前くらいは知っています。情報を聞かれますからね。公爵が全くお考えになっていない方の名前までは存じません。あ、そうそう……」
急に何か思い出したらしく、ラルフは付け加えた。
「釣書の総合計数だけは知っています。確か、六十枚くらいでした」
ラルフに言われて私はゾッとした。
何人いるの? 私の婚約者候補。
「まあ、本人の希望というだけですから。あまり気にしなくても」
ラルフが妙な慰めかたをした。
「その中で、一番権力がありそうなのは誰?」
「権力ですか?」
ラルフは怪訝な顔をした。
「王太子殿下をやっつけてくれそうな人」
ラルフはおかしそうに口元を歪めた。
「そんな方はおられませんよ。王太子殿下より権力をお持ちの方なんて。国王陛下くらいでしょうか」
「じゃあ、一番爵位が高くてお金持ちの人。やっぱり権力のある人」
「まあ、ベロス公爵のビンセント様ですね」
ああ、忘れていた。そうなるわよね。
「あの方は、敵対している御一家の令嬢だとしても、平気で結婚しそうですけどね」
ちょっと笑ってラルフは言った。
「出自だとか、家格をやたらに気にされますが、別にだからといって、家格で相手への扱いを変える訳ではないので。まあ、誤解を呼び易いですけどね」
「損しているだけなのでは?」
「そうとも言えます。私に向かっては、わかっているので、特に言いたがるのです」
「わかっているって何を?」
「私が何を言われても気にしないことを知っているのです。身分に関して言えば、私は王家の直系ですからね。王孫です。身分では私の方が上とも言えます。ただ、領地がないので、爵位はあっても力がない」
ラルフが自分のことを話すなんて珍しかったので、私は黙って聞いていた。彼は自分のことをほとんど話さない。
「ねえ、ラルフ、王太子殿下から再婚約のお申込みが来たのだけれど」
「あの手紙ですね」
「私は結婚したくない」
「殿下と結婚したくないのですね」
静かな茶色い目が探るように見つめてくる。結婚が嫌なのか、相手が嫌なのか確認しているのだ。
ラルフは私との結婚を希望している。爵位や財産のために。つまり信用できない。
殿下の婚約者候補が、殿下にとって信用できない人物であるように。
でも、今の場合、ラルフは味方になってくれるだろう。なぜなら、ラルフは立場上、私と殿下が結婚したら困るのだから。
「リリアン嬢との話は公になっていないのでしょう?」
「ベロス公爵が娘を傷物にされたと脅迫している件ですか?」
端的に言えばそう言うことだけど、どうして妙齢の女性に向かってそこまでしっかり口にするのかしら? わかりやすいけど。
「だって、私、昨晩のパーティでは誰からもそのお話を聞かなかったのですもの。私、耳はいいのです。他の人同士のうわさ話でも聞いてしまえるくらい」
「隠しているのでしょう。万一うまく行かなかったら、リリアン嬢の嫁ぎ先に困りますからね。それに、そんな理由での結婚は祝福されにくい。貴族はもちろんですけれど、民衆がどう思うことやら」
王家って大変ね。全く関係のない外野の民衆の理解まで得ないといけないのね。
「ところで、あなたの結婚話はどうなっているんでしょう?」
ハッと我に返って、私はラルフを眺めた。
ラルフはいつも通り、王宮に出入りする時のきちんとした身なりをして、生真面目な様子だった。
「殿下とは結婚したくないのでしょう?」
私はうなずいた。
「それなら、誰かと婚約しなくてはいけません」
「えっ?」
「殿下は強引に再婚約を結びに来るかもしれません」
ラルフが言った。
「あの殿下ですよ? 思った通りに事が運ばないと、直ぐに権力を振るいたがる。今までのところ、殿下が興味を持ったことと言えば、女性関係だけでしたから、大したことになっていませんが」
いや、相手の女性たちにとっては大した問題だ。特に私は被害者だ。
「私は被害者だと思うのよ?」
ラルフはうなずいた。
「でも、今までよりもっとまずくなるかもしれません。彼が王位についた時のことを考えると、頭痛がしませんか?」
それは確かに。被害の想像がつかない。
「しかも、止められるのは正妃くらいでしょう。殿下は女性には弱いですからね。ただし、うまく扱える女性に限りますが。あなたの妹は失格でした。殿下を自分のしもべのように使おうとしただなんて、扱いが下手過ぎる。殿下は無精者ですからね。それでだめになって、後釜があのリリアン嬢だなんて、どうしようもありません。殿下に悪い考えを吹き込みそうで、余計に不安です」
それはわかっていた。ずっと前から知っていた。殿下と知り合いになってからずっと知っていたことだった。
殿下のことは大嫌いだったが、それ以上に、不安だったのだ。
結婚してしまったら、運命共同体。
王太子殿下の行く末は王様だ。なにか致命的な失政をする可能性がある。
私がどんなに頑張ってフォローしても、ダメかも知れない。それこそ民衆に石を投げられるかもしれないのだ。妻だと言うだけで恨みを買って。
「殿下と結婚したくないわ、ラルフ」
「では、オーガスタ様、まず、お茶会やダンスパーティに出ましょう、オーガスタ様」
私はこのラルフの提案に目を丸くした。
「え? 何のために? 婚約破棄の件でみんなに笑われたり、殿下に再婚約を迫られている件でねたまれたりするために?」
「違います。婚約破棄の件で皆さんに同情され、自分勝手で理不尽な理由で再婚約を迫られている件をネタに、あんな王太子殿下では、いざ国王になれば、皆さんにも危険が及ぶかもしれないと言う恐怖を広めるためにです。そんな節制のない、考えなしの権力者は危険なのです」
「そんなこと言いふらして、反逆罪に問われたりしないかしら?」
「事実を述べるだけです。困っているところを見せてください。出来るだけ既婚夫人のいるパーティを狙って、夫たちにも共有してもらいましょう。殿下の評判を落とすのです。自分を守るのです。再婚約させるだなんてひどいと、皆さんから思われるように」
我知らず、うなずいた。
「あなたは被害者です。王家の都合でほんろうされた。名誉も希望も、めちゃくちゃにされたのです。それでも毅然として咲く花なのです」
「ちょっと詩的過ぎるわ、ラルフ」
私は笑った。本当はちょっと涙ぐんでいたのだけれど。だって、そう言われたら、その通りだった。
私はつらい思いをしてきた。
「あなたが再婚約を希望しなくても当たり前だ、そんなことになったら気の毒だ、殿下の婚約は希望する令嬢とすればいい、そう考えていただくのです」
いちいち気にしないで流してきたけれど、ラルフに言われれば、自分が我慢してきたことに気がついた。
「そして、それでもうまく行かないときは、私と結婚してください」
え? 何を言っているんだろう。
「安全圏に逃げるのです。既婚者と結婚するとは、王家の名誉にかけて言いません」
それは……確かに。しかし、それでは私がラルフの妻になってしまうではないか。
「私が妻になってしまったら、あなたは困るでしょう?」
いつか、ラルフには思い人がいるんじゃないかと感づいたことを思い出した。
いるんじゃないかしら? 私の鋭い勘をなめちゃいけないわ。
「あなたを守りたい」
「でも……」
「そこまで私をお嫌いですか?」
殿下と比べたら断然好きだ。何しろ、頭の作りが違うのだもの。おかしなことは仕出かさないし、安心できる。
「ラルフは好きよ。でも、結婚は……」
「そこまでしないと守れない。殿下は本気でしょう。白い結婚でもいい」
「白い結婚?」
私は首を傾げた。どういう意味なの?
「いや、だから、ええと、いわば偽装結婚です。双方、後日教会の前でも離縁できるようにしておくのです。内緒にです。殿下にはわからないように」
「そんな方法があるのですか?」
それはいいわ。すてきじゃない?
形だけの結婚でいつでも解除できる。そんな便利な話ってあるのだろうか?
聞いたこともない。でも、とりあえず、その方法で殿下との婚約を回避出来と言うなら、助かるわ。
「あります。ありますが……」
私はラルフの顔を見た。めずらしいことに額に汗が浮かんでいる。少し苦しそうだ。
好ましくない話なのだろうか。
「お父さまには……」
「私から話してみます」
「ラルフ、無理をしないでいいのですよ」
ラルフの顔色から判断すると、これはラルフにとってうれしいことではないらしい。
申し訳ないが、それなら逆に安心だ。
後で結婚していたわけではありませんとバラすのね。
だけど、それまでの間、ラルフは結婚できないし、もしかして恋人がいたら勘違いされてつらい思いをするかもしれない。
ラルフは苦渋の選択という言葉がぴったりくる顔をしていた。
本当の恋人がいるんだったら、そうかもしれないわ。
「無理でも結婚の形を取らないと殿下と婚約させられます。それだけは避けたい」
それはそうだ。殿下と結婚なんかしたら、後からなかったことになんかできないわ。
私もだけれど、ラルフも、王太子殿下は施政者向きではないのだと認識していた。
そんな人と結婚してしまったら、公爵家も巻き込まれてしまう。
ラルフが身を挺してでも、阻止するのは当然なのだわ。
「ラルフ、ごめんなさい」
謝って済む話しではない。だけど、思わず謝ってしまった。
ラルフの顔から見ると、この結婚は希望とは違うらしい。
でも、ラルフは権力狙いだからいいんじゃないかしら。どうかしら。
「その代わりと言っては何ですが、お嬢様。私の願いをひとつだけ聞いてくれますか?」
「お願い?」
ラルフが願い事をするだなんて珍しい。
結婚は彼にとっても一生の一大事だ。それを偽装結婚なんかで汚されてしまっては、本当の恋人に言い訳が立たないかもしれない。
「何でも聞きます。助けてくれてありがとう、ラルフ」
「あなたに今、本当の恋人はいないのですね?」
ラルフは確認するように話しかけてきた。
「ええ」
「では、私に、本当の恋人を探す手伝いをさせてください」
私は変な顔をしたと思う。
「手伝い……」
「はい」
「それではお願いします」
なんだか意味が分からない。
ラルフの頼みとは思えないお願いだわ。まるで、私のお願いみたいだわ。
「それだけでは、申し訳が立たないわ、ラルフ」
私は心を込めてラルフを見た。公爵家には忠実なラルフだ。公爵家の娘だからと言う理由で、彼のプライベートまで捧げようとしているのだわ。申し訳なさすぎる。
私はまっすぐに彼の目を見て、誓った。
「私、一生懸命頑張りますわ。それとなく、徹底的に殿下の評判をおとしめますわ。殿下の自分勝手で節制のない性格が知れ渡って、リッチモンド家のオーガスタに再度婚約を申し込むことが、出来なくなるくらい頑張りますわ」
「無理をなさらないように、お嬢様」
「大丈夫ですわ。本気になれば出来ると思うの。そうすればあなたは結婚しないで済みます。ご迷惑をかけないで済みます。応援してくださいませ」
ラルフは微妙な顔をしていた。なんだか、ものすごく何か言いたそうだった。
私はラルフを押しとどめた。
「わかっています。出来ればこんなこと、なさりたくないでしょう。なんとかあなたとの結婚を回避しましょう。私、がんばりますわ」
まずは情報を集めなければ。特に国王陛下と王妃様の意向だ。
父は疲労困憊だったので一度仮眠をとりに行き、母はエレノアに事情説明をすると言うつらい仕事に出かけた。
私はラルフと、父の仮眠の間だけ話をしようと思って、客間の一つに招いた。
私に呼ばれて、ラルフはちょっと用心深い表情を浮かべた。
これまで、見たことのなかった顔だった。
今まで、ラルフは表情を動かしたことなんかかなった。特に私の前では、笑うことさえ少なかった。
婚約者候補のラルフには少し違和感があったが、とにかく情報については彼に聞いておけば間違いはない。
「私の婚約について聞いておきたいの」
テーブルをはさんで私はラルフに問いかけた。
「一体何人くらい婚約者候補が立候補してきたのかしら?」
「詳しいことは知りません。ご両親が管理していらっしゃいます。私の業務外のことですから」
「それに関しては何も知らないのね」
「そうですね。実際に候補になりそうな方の名前くらいは知っています。情報を聞かれますからね。公爵が全くお考えになっていない方の名前までは存じません。あ、そうそう……」
急に何か思い出したらしく、ラルフは付け加えた。
「釣書の総合計数だけは知っています。確か、六十枚くらいでした」
ラルフに言われて私はゾッとした。
何人いるの? 私の婚約者候補。
「まあ、本人の希望というだけですから。あまり気にしなくても」
ラルフが妙な慰めかたをした。
「その中で、一番権力がありそうなのは誰?」
「権力ですか?」
ラルフは怪訝な顔をした。
「王太子殿下をやっつけてくれそうな人」
ラルフはおかしそうに口元を歪めた。
「そんな方はおられませんよ。王太子殿下より権力をお持ちの方なんて。国王陛下くらいでしょうか」
「じゃあ、一番爵位が高くてお金持ちの人。やっぱり権力のある人」
「まあ、ベロス公爵のビンセント様ですね」
ああ、忘れていた。そうなるわよね。
「あの方は、敵対している御一家の令嬢だとしても、平気で結婚しそうですけどね」
ちょっと笑ってラルフは言った。
「出自だとか、家格をやたらに気にされますが、別にだからといって、家格で相手への扱いを変える訳ではないので。まあ、誤解を呼び易いですけどね」
「損しているだけなのでは?」
「そうとも言えます。私に向かっては、わかっているので、特に言いたがるのです」
「わかっているって何を?」
「私が何を言われても気にしないことを知っているのです。身分に関して言えば、私は王家の直系ですからね。王孫です。身分では私の方が上とも言えます。ただ、領地がないので、爵位はあっても力がない」
ラルフが自分のことを話すなんて珍しかったので、私は黙って聞いていた。彼は自分のことをほとんど話さない。
「ねえ、ラルフ、王太子殿下から再婚約のお申込みが来たのだけれど」
「あの手紙ですね」
「私は結婚したくない」
「殿下と結婚したくないのですね」
静かな茶色い目が探るように見つめてくる。結婚が嫌なのか、相手が嫌なのか確認しているのだ。
ラルフは私との結婚を希望している。爵位や財産のために。つまり信用できない。
殿下の婚約者候補が、殿下にとって信用できない人物であるように。
でも、今の場合、ラルフは味方になってくれるだろう。なぜなら、ラルフは立場上、私と殿下が結婚したら困るのだから。
「リリアン嬢との話は公になっていないのでしょう?」
「ベロス公爵が娘を傷物にされたと脅迫している件ですか?」
端的に言えばそう言うことだけど、どうして妙齢の女性に向かってそこまでしっかり口にするのかしら? わかりやすいけど。
「だって、私、昨晩のパーティでは誰からもそのお話を聞かなかったのですもの。私、耳はいいのです。他の人同士のうわさ話でも聞いてしまえるくらい」
「隠しているのでしょう。万一うまく行かなかったら、リリアン嬢の嫁ぎ先に困りますからね。それに、そんな理由での結婚は祝福されにくい。貴族はもちろんですけれど、民衆がどう思うことやら」
王家って大変ね。全く関係のない外野の民衆の理解まで得ないといけないのね。
「ところで、あなたの結婚話はどうなっているんでしょう?」
ハッと我に返って、私はラルフを眺めた。
ラルフはいつも通り、王宮に出入りする時のきちんとした身なりをして、生真面目な様子だった。
「殿下とは結婚したくないのでしょう?」
私はうなずいた。
「それなら、誰かと婚約しなくてはいけません」
「えっ?」
「殿下は強引に再婚約を結びに来るかもしれません」
ラルフが言った。
「あの殿下ですよ? 思った通りに事が運ばないと、直ぐに権力を振るいたがる。今までのところ、殿下が興味を持ったことと言えば、女性関係だけでしたから、大したことになっていませんが」
いや、相手の女性たちにとっては大した問題だ。特に私は被害者だ。
「私は被害者だと思うのよ?」
ラルフはうなずいた。
「でも、今までよりもっとまずくなるかもしれません。彼が王位についた時のことを考えると、頭痛がしませんか?」
それは確かに。被害の想像がつかない。
「しかも、止められるのは正妃くらいでしょう。殿下は女性には弱いですからね。ただし、うまく扱える女性に限りますが。あなたの妹は失格でした。殿下を自分のしもべのように使おうとしただなんて、扱いが下手過ぎる。殿下は無精者ですからね。それでだめになって、後釜があのリリアン嬢だなんて、どうしようもありません。殿下に悪い考えを吹き込みそうで、余計に不安です」
それはわかっていた。ずっと前から知っていた。殿下と知り合いになってからずっと知っていたことだった。
殿下のことは大嫌いだったが、それ以上に、不安だったのだ。
結婚してしまったら、運命共同体。
王太子殿下の行く末は王様だ。なにか致命的な失政をする可能性がある。
私がどんなに頑張ってフォローしても、ダメかも知れない。それこそ民衆に石を投げられるかもしれないのだ。妻だと言うだけで恨みを買って。
「殿下と結婚したくないわ、ラルフ」
「では、オーガスタ様、まず、お茶会やダンスパーティに出ましょう、オーガスタ様」
私はこのラルフの提案に目を丸くした。
「え? 何のために? 婚約破棄の件でみんなに笑われたり、殿下に再婚約を迫られている件でねたまれたりするために?」
「違います。婚約破棄の件で皆さんに同情され、自分勝手で理不尽な理由で再婚約を迫られている件をネタに、あんな王太子殿下では、いざ国王になれば、皆さんにも危険が及ぶかもしれないと言う恐怖を広めるためにです。そんな節制のない、考えなしの権力者は危険なのです」
「そんなこと言いふらして、反逆罪に問われたりしないかしら?」
「事実を述べるだけです。困っているところを見せてください。出来るだけ既婚夫人のいるパーティを狙って、夫たちにも共有してもらいましょう。殿下の評判を落とすのです。自分を守るのです。再婚約させるだなんてひどいと、皆さんから思われるように」
我知らず、うなずいた。
「あなたは被害者です。王家の都合でほんろうされた。名誉も希望も、めちゃくちゃにされたのです。それでも毅然として咲く花なのです」
「ちょっと詩的過ぎるわ、ラルフ」
私は笑った。本当はちょっと涙ぐんでいたのだけれど。だって、そう言われたら、その通りだった。
私はつらい思いをしてきた。
「あなたが再婚約を希望しなくても当たり前だ、そんなことになったら気の毒だ、殿下の婚約は希望する令嬢とすればいい、そう考えていただくのです」
いちいち気にしないで流してきたけれど、ラルフに言われれば、自分が我慢してきたことに気がついた。
「そして、それでもうまく行かないときは、私と結婚してください」
え? 何を言っているんだろう。
「安全圏に逃げるのです。既婚者と結婚するとは、王家の名誉にかけて言いません」
それは……確かに。しかし、それでは私がラルフの妻になってしまうではないか。
「私が妻になってしまったら、あなたは困るでしょう?」
いつか、ラルフには思い人がいるんじゃないかと感づいたことを思い出した。
いるんじゃないかしら? 私の鋭い勘をなめちゃいけないわ。
「あなたを守りたい」
「でも……」
「そこまで私をお嫌いですか?」
殿下と比べたら断然好きだ。何しろ、頭の作りが違うのだもの。おかしなことは仕出かさないし、安心できる。
「ラルフは好きよ。でも、結婚は……」
「そこまでしないと守れない。殿下は本気でしょう。白い結婚でもいい」
「白い結婚?」
私は首を傾げた。どういう意味なの?
「いや、だから、ええと、いわば偽装結婚です。双方、後日教会の前でも離縁できるようにしておくのです。内緒にです。殿下にはわからないように」
「そんな方法があるのですか?」
それはいいわ。すてきじゃない?
形だけの結婚でいつでも解除できる。そんな便利な話ってあるのだろうか?
聞いたこともない。でも、とりあえず、その方法で殿下との婚約を回避出来と言うなら、助かるわ。
「あります。ありますが……」
私はラルフの顔を見た。めずらしいことに額に汗が浮かんでいる。少し苦しそうだ。
好ましくない話なのだろうか。
「お父さまには……」
「私から話してみます」
「ラルフ、無理をしないでいいのですよ」
ラルフの顔色から判断すると、これはラルフにとってうれしいことではないらしい。
申し訳ないが、それなら逆に安心だ。
後で結婚していたわけではありませんとバラすのね。
だけど、それまでの間、ラルフは結婚できないし、もしかして恋人がいたら勘違いされてつらい思いをするかもしれない。
ラルフは苦渋の選択という言葉がぴったりくる顔をしていた。
本当の恋人がいるんだったら、そうかもしれないわ。
「無理でも結婚の形を取らないと殿下と婚約させられます。それだけは避けたい」
それはそうだ。殿下と結婚なんかしたら、後からなかったことになんかできないわ。
私もだけれど、ラルフも、王太子殿下は施政者向きではないのだと認識していた。
そんな人と結婚してしまったら、公爵家も巻き込まれてしまう。
ラルフが身を挺してでも、阻止するのは当然なのだわ。
「ラルフ、ごめんなさい」
謝って済む話しではない。だけど、思わず謝ってしまった。
ラルフの顔から見ると、この結婚は希望とは違うらしい。
でも、ラルフは権力狙いだからいいんじゃないかしら。どうかしら。
「その代わりと言っては何ですが、お嬢様。私の願いをひとつだけ聞いてくれますか?」
「お願い?」
ラルフが願い事をするだなんて珍しい。
結婚は彼にとっても一生の一大事だ。それを偽装結婚なんかで汚されてしまっては、本当の恋人に言い訳が立たないかもしれない。
「何でも聞きます。助けてくれてありがとう、ラルフ」
「あなたに今、本当の恋人はいないのですね?」
ラルフは確認するように話しかけてきた。
「ええ」
「では、私に、本当の恋人を探す手伝いをさせてください」
私は変な顔をしたと思う。
「手伝い……」
「はい」
「それではお願いします」
なんだか意味が分からない。
ラルフの頼みとは思えないお願いだわ。まるで、私のお願いみたいだわ。
「それだけでは、申し訳が立たないわ、ラルフ」
私は心を込めてラルフを見た。公爵家には忠実なラルフだ。公爵家の娘だからと言う理由で、彼のプライベートまで捧げようとしているのだわ。申し訳なさすぎる。
私はまっすぐに彼の目を見て、誓った。
「私、一生懸命頑張りますわ。それとなく、徹底的に殿下の評判をおとしめますわ。殿下の自分勝手で節制のない性格が知れ渡って、リッチモンド家のオーガスタに再度婚約を申し込むことが、出来なくなるくらい頑張りますわ」
「無理をなさらないように、お嬢様」
「大丈夫ですわ。本気になれば出来ると思うの。そうすればあなたは結婚しないで済みます。ご迷惑をかけないで済みます。応援してくださいませ」
ラルフは微妙な顔をしていた。なんだか、ものすごく何か言いたそうだった。
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