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第16話 お茶会リスト
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取り急ぎソフィアの手を借りて、私はダンスパーティやお茶会のリストを作った。
招かれていない会もあったが、伝手をたどれば公爵家の娘はどこへでも入れるだろう。母にも依頼した。
「どうしてそんなに社交的になったの?」
母は、私の豹変に驚いたらしかったが、悪者になりたくない、評判を落としたくないと目的を伝えると、深くうなずいた。
「その通りだわ。よく分かりました。私も手伝いましょう。お茶会に出る時には気を付けるわ」
出来れば相手から質問を誘導して、恨みがましくなく事実のみを述べて、王太子が悪質だと言う結論にたどり着かせる。
たったそれだけのことだが、うまく行くかどうか。
そのためには、好印象が必要だ。
私はどんなに退屈でつまらない会話でも、熱心に聞いて、いちいち同意して相槌を打ち、喜ばれるような反応をやってのける覚悟だった。
しかし、出席者は女性ばかりのはずのエヴァンズ夫人のお茶会に臨んだ時、私はのけぞった。
私の席の真正面には、輝かしい美貌のビンセント様がキラキラ笑顔で待ち構えていた。
思わずエヴァンズ夫人を見つめたが、夫人は眉毛を下げて、ものすごく申し訳なさそうな顔をして、弱々しく微笑んで見せた。
「ごきげんよう。お久しぶりです。オーガスタ嬢」
どこへ行くにしてもドレスや化粧に手を抜いてはいけない。華やかでなくても、感じが良いと言われるために。それはレディの鉄則である。好感度を上げなくてはいけない今は特に。だが……
「なんとお美しい。いつもながら」
ビンセント様は感嘆の色を浮かべながら、本気でほめに来た。ビンセント様のために着飾ったわけじゃないの! そこ、誤解しないで。
結果、あからさまな賛辞を、みんなの憧れ、婿にしたいナンバーワン(身分的には多分)、公爵家嫡男にして美貌で有名なビンセント様からちょうだいしてしまった。
相当変人だという噂のある彼だが(いや実際、かなり変わっている我が道を行く貴公子なのだが)私の前では水も漏らさぬ完ぺきな紳士だった。紳士のふりをしていた。
回りのご婦人方のビンセントへの好感度はぐいぐい上り、ビンセント様に冷淡な私の好感度はどんどん下がっていった。
何をしに来たのかしら、私。
どんなに退屈な老貴婦人の昔話でも拝聴し、キモの部分に適切な質問を発し、にこやかに相手をするつもりだったが、ビンセント様の話題について行くのは難しかった。
やる気と意欲がどんなにあっても、出来ないことはある。
「本当におきれいです、オーガスタ嬢。僕が、今、どんな気持ちであなたを見ているかお判りでしょうか?」
え? どういう気持ちなの?
どう反応したらいいのかわからない。イエスなの? ノーなの?
「先日、あなたを僕の妻としてお迎えしたいと言う切なる希望を、父上の公爵様にお願いいたしました。父上からそのお話を聞いていらっしゃるでしょう?」
父からは聞いてない。ラルフから聞いたのだけれど、それは言えないわ。釣書、見てないし。
「え、ええ……」
「父上はどのようにおっしゃっていましたか?」
「特に意見は……」
「まだ決めかねていらっしゃるのでしょうか。次のダンスパーティには、必ず出席してくださいませんか。先日、ダンスを申し込んだのに、あなたに無視されてしまいました……」
無視って……私の評判を下げないでください……。
「王太子殿下が無理をおっしゃったのですわ、それで是非もなく……」
王太子殿下を下げるチャンス!
「私と踊りたかったのにとおっしゃっていただけるとは、歓喜の極みです。来週のパーティでは……」
待て待て待て! あなたと踊りたいとか、踊るつもりだったとか一言も言っていないではないか。勝手に話を盛らないで。
彼は華やかに微笑んで言った。
「ここにおわします皆様方に誓って、ぜひとも私とダンスを踊ってくださると、おっしゃってくださいませ」
エヴァンズ夫人はじめ全員が、このおもろい見物を食い入るように見つめている。
何人は芝居がかったビンセントの言い回しに耐えかねて、ひくつく口元をハンカチで抑えている。
「あの、わたくし、婚約を決めようかと思っておりまして……」
途端にビンセントの周りの温度が下がった気がした。
急にビンセントは黙り込んだ。黙って私を見ている。
「お相手は?」
「あの、従兄のラルフ・オールバンズと……」
好感度作戦だなんて、無理だった。
行く先々のお茶会で、私は申し込まれていること自体知らなかった謎の求婚者に出くわして、脈絡の合わない会話を続けることになった。
好感度なんか上るわけがなかった。全員断らなくてはいけないからだ。喜ばれるわけがない。
一度なんか、彼の母親の前で断る羽目に陥った。
こんなたくさん、申し込まれていたのか。そういや六十件とか言っていたような?
そもそも男性は誰も出現しない予定のお茶会のはずだった。結婚を迫られる予定もなかった。
王太子を下げて、王太子との結婚は「ないわー」と皆様に認めていただき、「ですよねー」と言う共通認識の醸成に邁進するはずだったのだ。
傷ついた令嬢が、しばらく結婚話は遠慮させていただくものやむなしと、皆様にご理解いただくはずだったのに、毎回必ず求婚者が一人ずつ出現し、口説かれ、結局、断る口実にラルフとの(偽装)結婚を持ち出さざるを得ず、ラルフとの結婚話が広まっていくと言う悪循環……。
「もうあきらめては、いかがですか?」
ある夜会で、私は思いがけず、ラルフに会った。
彼と夜会で会っても意味はないので、同じ会に出る予定は作っていなかった。
「いいえ。あきらめるわけにはいかないわ。あなたの結婚がかかっているのですもの。申し訳ないわ」
私は、すっかりやつれていたが、少なくともラルフの前では弱音を吐くわけにはいかなかった。
「すっかり痩せてしまって」
「そんなことはありませんわ!」
「ソフィアから、オーガスタ様がウエストを1インチ詰めたと聞きました」
なぜバラす、ソフィア。
「胸は1インチ半詰めたとか」
ラルフが気の毒そうに言った。
なんで、気の毒そうなのよ!
「王太子殿下はリリアン様と結婚されるご予定のようです」
私は驚いた。だが、ほっとした。
「では……助かったのね」
もう頑張らなくてもいい。
「よかった……思ったよりリリアン様の魅力が強かったのね」
ここ何日かの辛い日々を思い出した。
「結婚しなくて済むのね……あなたも自由になれるわ」
ほっとすると目に涙があふれだした。
「いえ、それが……」
ラルフが言いにくそうに言いだした。
「ずいぶんたくさんのお茶会やダンスパーティに参加してくださって……」
私は泣きながらうなずいた。
どの会にも、女性だけしか参加していない筈のお茶会にすら、婚約希望者の誰かが必ず参加していて、ビンセント様ほど口達者ではなかったが、二人きりになろうとしたり、結婚をほのめかされたり、希望されたり、要求されたり、強要されたりした。
全部、お断りしなくてはならなかった。
誰か、男性とお付き合いすることになれば、必ず王太子殿下が「自分と! 自分と!」と叫びながら、出てくることは目に見えていた。
あれからも何回か手紙ももらっている。
しかし、断られる男性たちも、なかなか強硬だった。問答無用で断られるのには納得がいかないと、せめてお付き合いくらいはと求められた。
結局、断る理由として、ラルフと結婚予定ですと言う羽目に陥った。偽装結婚だけど。
こんなことで、ラルフの名前を借りるのはとても心苦しかったのだけれど……。
「私と結婚予定だと、全部の会ではっきりおっしゃっていただいて……」
私はラルフの顔を見た。ラルフがものすごく晴れやかな笑顔でにっこりしている。
「は?」
ラルフはコホンと咳払いした。
「おかげさまで、私たちの婚約は国中に知れ渡りました。当然王太子殿下もお聞き及びになりまして、一応リリアン様との結婚を認められました」
「え……」
「ですから、結婚は既定路線です。私たちの結婚は絶対で、式は殿下たちより先に上げなくてはいけません」
あんなに頑張ったのに?
その結果、結婚は確実になり、すべての努力は全部無駄になったと言うの?
目からは、さらに涙があふれだした。
その時ガサリと足音がした。
エレノアだった。私が泣いているのを見て、呆れたらしかった。
「あら、お姉さま。ラルフとの結婚が決まってそんなにうれしいの」
違います!
「違うの、違うのよ、エレノア」
エレノアは、ラルフをにらんだ。
「ラルフ。お姉さまに少しだけ話があるの。少し離れててちょうだい」
相変わらず高飛車だな、エレノア。
涙でよく見えない視界から、ラルフが消え去っていくのがわかった。
エレノアがいつもの調子で私に向かって言った。
「ラルフの思い人ってご存知?」
「え?」
「恋人よ。ひそかに思っている人がいるって。アリサ・ボーネル伯爵令嬢が教えてくれましたの」
私は間の抜けた顔をした。どうしてアリサ・ボーネル嬢がそんなことを知っているんだろう。
「告白したそうよ」
「だ、誰が?」
「アリサ・ボーネル嬢がラルフに」
「あなた方、そんなに親しかったの?」
エレノアが悔しそうな顔をした。
「だって、私たち、一緒に殿下を追いかけていたのですもの」
戦友か。
「アリサ嬢は殿下以外にラルフにも声をかけていたの?」
「だって、殿下は無理そうだってことになって。ラルフは男ぶりもいいし、何より将来有望だって。それで何回も声をかけたそうよ」
「ラルフ、モテるのね」
「だから、お姉さまはダメなのよ。そんなことも知らないだなんて。アリサによると、本当に恋人がいるらしいのよ。さんざんアタックして、最終的にその返事だったって。何人かが聞いてみたけど、返事は同じ。全くブレない」
「それは……真剣なのね」
ちょっと意外だった。自分の女の勘が当たったわ。どうも、そっち系はダメなんじゃないかと思っていたんだけど、意外に私って鋭いのね。
「多分、かなわぬ恋だと思い詰めているらしいわ」
叶わぬ恋……もしかして、私との結婚が障害になっているのかしら……あり得るわ。確かにすごいくらい断りにくい障壁よね。
エレノアはうなずいた。
「とにかく、本気らしいわ。でも、あの通りラルフは自分のことは話さないし、仕事優先だから。そんな男でも、好きな女性はいるのね」
エレノアが肩をすくめた。話が聞こえないくらいの距離で一人佇むラルフが、別の人みたいに思えてきた。
そうか……。そうだったのか。
なんかかっこいいな。私にも、そんな恋人が出来たらいいのに。心の内に秘めた恋か。
「だから、お姉さま、勘違いしちゃダメよ。そう言う噂に疎いことは知っているんだから」
エレノアは、それだけ話し終わると、逃げるように行ってしまった。
ラルフが戻ってきた。
何人かの貴婦人、貴族たちが、私たちに気が付いたようだった。
「もしや、感動のプロポーズですか」
「いやいや、お邪魔しました」
「美人の涙は感動しますなあ」
ああ、みんな誤解しているわ。そうじゃないの。ラルフは自分を犠牲にしてまで、公爵家を守ろうとしているのよ。
_________________________
誤解……
招かれていない会もあったが、伝手をたどれば公爵家の娘はどこへでも入れるだろう。母にも依頼した。
「どうしてそんなに社交的になったの?」
母は、私の豹変に驚いたらしかったが、悪者になりたくない、評判を落としたくないと目的を伝えると、深くうなずいた。
「その通りだわ。よく分かりました。私も手伝いましょう。お茶会に出る時には気を付けるわ」
出来れば相手から質問を誘導して、恨みがましくなく事実のみを述べて、王太子が悪質だと言う結論にたどり着かせる。
たったそれだけのことだが、うまく行くかどうか。
そのためには、好印象が必要だ。
私はどんなに退屈でつまらない会話でも、熱心に聞いて、いちいち同意して相槌を打ち、喜ばれるような反応をやってのける覚悟だった。
しかし、出席者は女性ばかりのはずのエヴァンズ夫人のお茶会に臨んだ時、私はのけぞった。
私の席の真正面には、輝かしい美貌のビンセント様がキラキラ笑顔で待ち構えていた。
思わずエヴァンズ夫人を見つめたが、夫人は眉毛を下げて、ものすごく申し訳なさそうな顔をして、弱々しく微笑んで見せた。
「ごきげんよう。お久しぶりです。オーガスタ嬢」
どこへ行くにしてもドレスや化粧に手を抜いてはいけない。華やかでなくても、感じが良いと言われるために。それはレディの鉄則である。好感度を上げなくてはいけない今は特に。だが……
「なんとお美しい。いつもながら」
ビンセント様は感嘆の色を浮かべながら、本気でほめに来た。ビンセント様のために着飾ったわけじゃないの! そこ、誤解しないで。
結果、あからさまな賛辞を、みんなの憧れ、婿にしたいナンバーワン(身分的には多分)、公爵家嫡男にして美貌で有名なビンセント様からちょうだいしてしまった。
相当変人だという噂のある彼だが(いや実際、かなり変わっている我が道を行く貴公子なのだが)私の前では水も漏らさぬ完ぺきな紳士だった。紳士のふりをしていた。
回りのご婦人方のビンセントへの好感度はぐいぐい上り、ビンセント様に冷淡な私の好感度はどんどん下がっていった。
何をしに来たのかしら、私。
どんなに退屈な老貴婦人の昔話でも拝聴し、キモの部分に適切な質問を発し、にこやかに相手をするつもりだったが、ビンセント様の話題について行くのは難しかった。
やる気と意欲がどんなにあっても、出来ないことはある。
「本当におきれいです、オーガスタ嬢。僕が、今、どんな気持ちであなたを見ているかお判りでしょうか?」
え? どういう気持ちなの?
どう反応したらいいのかわからない。イエスなの? ノーなの?
「先日、あなたを僕の妻としてお迎えしたいと言う切なる希望を、父上の公爵様にお願いいたしました。父上からそのお話を聞いていらっしゃるでしょう?」
父からは聞いてない。ラルフから聞いたのだけれど、それは言えないわ。釣書、見てないし。
「え、ええ……」
「父上はどのようにおっしゃっていましたか?」
「特に意見は……」
「まだ決めかねていらっしゃるのでしょうか。次のダンスパーティには、必ず出席してくださいませんか。先日、ダンスを申し込んだのに、あなたに無視されてしまいました……」
無視って……私の評判を下げないでください……。
「王太子殿下が無理をおっしゃったのですわ、それで是非もなく……」
王太子殿下を下げるチャンス!
「私と踊りたかったのにとおっしゃっていただけるとは、歓喜の極みです。来週のパーティでは……」
待て待て待て! あなたと踊りたいとか、踊るつもりだったとか一言も言っていないではないか。勝手に話を盛らないで。
彼は華やかに微笑んで言った。
「ここにおわします皆様方に誓って、ぜひとも私とダンスを踊ってくださると、おっしゃってくださいませ」
エヴァンズ夫人はじめ全員が、このおもろい見物を食い入るように見つめている。
何人は芝居がかったビンセントの言い回しに耐えかねて、ひくつく口元をハンカチで抑えている。
「あの、わたくし、婚約を決めようかと思っておりまして……」
途端にビンセントの周りの温度が下がった気がした。
急にビンセントは黙り込んだ。黙って私を見ている。
「お相手は?」
「あの、従兄のラルフ・オールバンズと……」
好感度作戦だなんて、無理だった。
行く先々のお茶会で、私は申し込まれていること自体知らなかった謎の求婚者に出くわして、脈絡の合わない会話を続けることになった。
好感度なんか上るわけがなかった。全員断らなくてはいけないからだ。喜ばれるわけがない。
一度なんか、彼の母親の前で断る羽目に陥った。
こんなたくさん、申し込まれていたのか。そういや六十件とか言っていたような?
そもそも男性は誰も出現しない予定のお茶会のはずだった。結婚を迫られる予定もなかった。
王太子を下げて、王太子との結婚は「ないわー」と皆様に認めていただき、「ですよねー」と言う共通認識の醸成に邁進するはずだったのだ。
傷ついた令嬢が、しばらく結婚話は遠慮させていただくものやむなしと、皆様にご理解いただくはずだったのに、毎回必ず求婚者が一人ずつ出現し、口説かれ、結局、断る口実にラルフとの(偽装)結婚を持ち出さざるを得ず、ラルフとの結婚話が広まっていくと言う悪循環……。
「もうあきらめては、いかがですか?」
ある夜会で、私は思いがけず、ラルフに会った。
彼と夜会で会っても意味はないので、同じ会に出る予定は作っていなかった。
「いいえ。あきらめるわけにはいかないわ。あなたの結婚がかかっているのですもの。申し訳ないわ」
私は、すっかりやつれていたが、少なくともラルフの前では弱音を吐くわけにはいかなかった。
「すっかり痩せてしまって」
「そんなことはありませんわ!」
「ソフィアから、オーガスタ様がウエストを1インチ詰めたと聞きました」
なぜバラす、ソフィア。
「胸は1インチ半詰めたとか」
ラルフが気の毒そうに言った。
なんで、気の毒そうなのよ!
「王太子殿下はリリアン様と結婚されるご予定のようです」
私は驚いた。だが、ほっとした。
「では……助かったのね」
もう頑張らなくてもいい。
「よかった……思ったよりリリアン様の魅力が強かったのね」
ここ何日かの辛い日々を思い出した。
「結婚しなくて済むのね……あなたも自由になれるわ」
ほっとすると目に涙があふれだした。
「いえ、それが……」
ラルフが言いにくそうに言いだした。
「ずいぶんたくさんのお茶会やダンスパーティに参加してくださって……」
私は泣きながらうなずいた。
どの会にも、女性だけしか参加していない筈のお茶会にすら、婚約希望者の誰かが必ず参加していて、ビンセント様ほど口達者ではなかったが、二人きりになろうとしたり、結婚をほのめかされたり、希望されたり、要求されたり、強要されたりした。
全部、お断りしなくてはならなかった。
誰か、男性とお付き合いすることになれば、必ず王太子殿下が「自分と! 自分と!」と叫びながら、出てくることは目に見えていた。
あれからも何回か手紙ももらっている。
しかし、断られる男性たちも、なかなか強硬だった。問答無用で断られるのには納得がいかないと、せめてお付き合いくらいはと求められた。
結局、断る理由として、ラルフと結婚予定ですと言う羽目に陥った。偽装結婚だけど。
こんなことで、ラルフの名前を借りるのはとても心苦しかったのだけれど……。
「私と結婚予定だと、全部の会ではっきりおっしゃっていただいて……」
私はラルフの顔を見た。ラルフがものすごく晴れやかな笑顔でにっこりしている。
「は?」
ラルフはコホンと咳払いした。
「おかげさまで、私たちの婚約は国中に知れ渡りました。当然王太子殿下もお聞き及びになりまして、一応リリアン様との結婚を認められました」
「え……」
「ですから、結婚は既定路線です。私たちの結婚は絶対で、式は殿下たちより先に上げなくてはいけません」
あんなに頑張ったのに?
その結果、結婚は確実になり、すべての努力は全部無駄になったと言うの?
目からは、さらに涙があふれだした。
その時ガサリと足音がした。
エレノアだった。私が泣いているのを見て、呆れたらしかった。
「あら、お姉さま。ラルフとの結婚が決まってそんなにうれしいの」
違います!
「違うの、違うのよ、エレノア」
エレノアは、ラルフをにらんだ。
「ラルフ。お姉さまに少しだけ話があるの。少し離れててちょうだい」
相変わらず高飛車だな、エレノア。
涙でよく見えない視界から、ラルフが消え去っていくのがわかった。
エレノアがいつもの調子で私に向かって言った。
「ラルフの思い人ってご存知?」
「え?」
「恋人よ。ひそかに思っている人がいるって。アリサ・ボーネル伯爵令嬢が教えてくれましたの」
私は間の抜けた顔をした。どうしてアリサ・ボーネル嬢がそんなことを知っているんだろう。
「告白したそうよ」
「だ、誰が?」
「アリサ・ボーネル嬢がラルフに」
「あなた方、そんなに親しかったの?」
エレノアが悔しそうな顔をした。
「だって、私たち、一緒に殿下を追いかけていたのですもの」
戦友か。
「アリサ嬢は殿下以外にラルフにも声をかけていたの?」
「だって、殿下は無理そうだってことになって。ラルフは男ぶりもいいし、何より将来有望だって。それで何回も声をかけたそうよ」
「ラルフ、モテるのね」
「だから、お姉さまはダメなのよ。そんなことも知らないだなんて。アリサによると、本当に恋人がいるらしいのよ。さんざんアタックして、最終的にその返事だったって。何人かが聞いてみたけど、返事は同じ。全くブレない」
「それは……真剣なのね」
ちょっと意外だった。自分の女の勘が当たったわ。どうも、そっち系はダメなんじゃないかと思っていたんだけど、意外に私って鋭いのね。
「多分、かなわぬ恋だと思い詰めているらしいわ」
叶わぬ恋……もしかして、私との結婚が障害になっているのかしら……あり得るわ。確かにすごいくらい断りにくい障壁よね。
エレノアはうなずいた。
「とにかく、本気らしいわ。でも、あの通りラルフは自分のことは話さないし、仕事優先だから。そんな男でも、好きな女性はいるのね」
エレノアが肩をすくめた。話が聞こえないくらいの距離で一人佇むラルフが、別の人みたいに思えてきた。
そうか……。そうだったのか。
なんかかっこいいな。私にも、そんな恋人が出来たらいいのに。心の内に秘めた恋か。
「だから、お姉さま、勘違いしちゃダメよ。そう言う噂に疎いことは知っているんだから」
エレノアは、それだけ話し終わると、逃げるように行ってしまった。
ラルフが戻ってきた。
何人かの貴婦人、貴族たちが、私たちに気が付いたようだった。
「もしや、感動のプロポーズですか」
「いやいや、お邪魔しました」
「美人の涙は感動しますなあ」
ああ、みんな誤解しているわ。そうじゃないの。ラルフは自分を犠牲にしてまで、公爵家を守ろうとしているのよ。
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