真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

文字の大きさ
30 / 64

第30話 ベロス公爵、統括元帥になる

しおりを挟む
 ラルフはパロナ公邸に住まなかった。

 彼は以前から、公爵の書斎のそばに(泊りがけで仕事をする羽目に陥った時用の)小さな寝室を持っていた。

「いや、婿の君にこの部屋はひどい」

 さすがに父はそう言ったらしかったが、ラルフは立派な部屋を用意しようとする執事のセバスも止めて、その部屋に行ってしまった。

「早く南翼に、新婚の部屋を用意せねば」

 父はセバスに急いで手配するよう命じたが、今度は私が差し止めた。

「とにかくエレノアが出かけてしまうまで待ちましょう」

 でないと何か嫉妬だか勘違いを始めて、せっかくのダービィ行きを止めてしまう予感がした。

 幸いなことに、王家のパーティに嫌気が差したエレノアのお友達は大勢見つかったらしく、ダービィにある当家の広い別邸もすぐに満員御礼の札を下げることが出来た。

 ゲイリー・チェスターが呼び出した若い騎士見習の連中を、ダービィのリッチモンド邸に宿泊させることはさすがにできないので、近くの砦に滞在してもらうことになった。(若い娘と騎士連中を同じ館に住まわせるだなんて、予期せぬ人口増加に加担したくない)

 騎士連中も、エレノア達と知り合いになれるチャンスに胸高鳴らせているらしい。


 エレノアが怒ったように見せかけながら、その実、嬉しそうに出て行くのを見届けて、私はため息をついた。

 私の横では、母がため息をついていた。

 社交界の花として存在するには、陰でそれなりの舞台装置が必要だった。
 ダンスパーティの会場の準備だとか、晩餐会のメニューだとか、参加人数の把握だとか。

 筆頭執事見習いと女中頭その2が緊張した面持ちでエレノアについて行った。向こうの使用人だけでは手が足りるまい。母と私が手配した。

 どうやら私は、社交界の花として存在する側ではなくて、舞台装置を設営する側の人間だったらしい。気がついたら、そうなっていた。




 エレノア一人がいなくなっただけで、公爵邸はずっと静かになった。

 私は新婚用の部屋の模様替えをセバスに一任した。

「オーガスタ様のご希望は……」

「ないわ」

 私はそっけなく言い切った。新居だなんて言われても、全然興味ない。

「奇抜な部屋はやめてちょうだい。普通のでいいから。それからエレノアが出入りできないようにしておいて」

 私たちには秘密がある。本当の夫婦じゃないってことだ。私の結婚は王太子殿下から逃れるための偽装結婚なのだもの。殿下に知られたら、これまでの苦労が水の泡になるわ。

 せっかく婚約破棄できたのだから、のんびり社交に興じ、男性から歯の浮くようなセリフの一つも聞いてみたい。そう思っていたのだけど、かなわぬ夢だった。

 待っていたのは、別な政略結婚。

 ババリア夫人と言い、父の公爵と言い、みんな大喜びで歓迎してくれたけど。
 父なんか、「落ち着くところに落ち着いた」とか言ってたわ。
 ババリア夫人に至っては、私のことを、役に立つ力強い自分達側の陣営のメンバーだと言い切っていた。

 私はチヤホヤされて遊びたかったのよ! なんの役にも立たない令嬢でよかったのに。

 マリーナ夫人もババリア元帥夫人も、離婚なんか絶対に許す気はなさそう。この結婚を覆すことがだんだん難しくなっていく。

 緊急避難が、勝手に既成事実へと動いている。

 ラルフには正直な自分の気持ちを言ってしまったけど、それはこの状態を変えられないからだ。

 結婚をためらう娘達に、後から愛情は湧いてくるよ、心配しないで両親の言う通り結婚しなさいと説く言葉はよく聞かされた。

 これもそんなものなのかしら。

 ちっとも納得できないが、どうしようもなかった。自由に振る舞えるエレノアがうらやましい。



 呼ばれて、私は父の書斎で数日ぶりにラルフと会った。

 パロナ公邸にいた時より会う回数がぐっと減っている。公爵邸は広いし、ラルフは忙しい。それに会いたい訳でもない。

「エレノア様がダービィに向かったと聞きましたが……」

 ラルフが聞いてきた。全部、何でも知っているくせに。

「ご懐妊中のリリアン様と夜会でもめたそうです。これ以上、問題を起こさせないためにダービィにやりました」

 ラルフはうなずいた。

「今のこの不穏な時期にダービィに行っていただくのは賢明な措置でした」

 私はラルフの顔を見た。

 今のこの不穏な時期?

 どうやら、宮廷がもめているだけではないらしい。ラルフが説明した。

「海沿いの集落や一部の港湾がアウサ族に襲われているのですよ」

 アウサ族……そう遠くない対岸の国アレキアに住む、好かれているとは言えない連中だった。海賊稼業が生業なりわいだったからだ。

 王妃教育がこんなところで役立つとは思わなかった。

「今回は、結構、大きな被害があるそうです。港……と言っても漁船が出入りするだけの小さなものですが、それが占拠されてしまったと派兵の陳情がありました。治安の問題なので派兵はしませんけどね」

 私はうなずいた。海賊と言えば、聞こえはかっこいいかもしれないが、アウサ族の場合はコソ泥みたいなものなのだ。

「でも、今回の連中は、アレキアの援護を受けているらしい。そして沖合にはアレキアの母船がこっそり潜んでいる」

 私は驚いた。

「どうしてアレキアの船が?」

「どうしてでしょうね? 大国アレキアがアウサ族なんかの支援をするとは思えない」

 ラルフは私に一枚の手紙を差し出した。

「姉のパロナ公妃から結婚祝いの手紙がきたのです。そして知らせてきた」

 私は不審に思った。アウサ族の盗賊と関係があるの?

 ラルフはソファから立ち上がると、私の後ろに回った。
 身をかがめ、私の耳のそばでラルフはささやいた。

「ルフランとパロナの間には金鉱が存在します」

 あいにく、私はちっとも驚かなかった。だって、知ってるもん。

 ラルフは私が驚かないのを見て、ちょっと悔しそうだった。

「五年ほど前に発見されたものです。リッチモンド家と合同で、その規模や質を調査していた。だが、アレキアがその存在に気が付いたらしいのです」

 私はびっくりしてラルフを見た。そっちは驚きだ。ラルフは私が驚いたのを見て、満足そうに頷いてみせた。

「そう。沖合に船を停めて、港湾を密かに占拠する。アウサ族を隠れみのにして、その隙に内陸に進む準備を整える」

「ラルフ! 今すぐ軍の派遣を……」

「ダメですよ。出来ないのです。三週間ほど前の話ですが、ベロス公爵はあなたの父上に対抗して、軍の最高責任者になりました。統括元帥と言う役職を新たに作って就任しました」

 なんですって?

「ババリア元帥がいるのに? 統括元帥になるのですか?」

 意味が分からない。ベロス公爵は商人だ。金勘定は出来ても、軍事なんかさっぱりのはずだ。

「王太子妃の父として、力を得たいのです。ただ、ベロス公爵も政治力であなたの父上に対抗できるとは考えなかったようです。商人なだけに、あなたの父上の実力はよく御存じなのでしょう。だから、軍事を掌握しょうあくしようと考えたのでしょう」

「でも、ベロス公爵は、軍事には全くの素人のはずよ! 本当に戦争が起きたら、どうするつもりなのかしら?」

 ラルフは頭を振った。

めているのですよ。何も起きないと」

「そんな……。それこそ国が危ないわ」

 私はブヨブヨ太ったベロス公爵の姿を思い起こした。あの様子では、ウマにも乗れないのではないか。
 ラルフの口の端がほんの少し持ち上がった。

「ねえ、オーガスタ、確かに、ここ十年ほど何事も起きていません。でも、起こせばいいと思いませんか?」
しおりを挟む
感想 63

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

一番悪いのは誰

jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。 ようやく帰れたのは三か月後。 愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。 出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、 「ローラ様は先日亡くなられました」と。 何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。 仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。 愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。 ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。 ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。 二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。 時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し…… 全ては、愛する人と幸せになるために。 他サイトと重複投稿しています。 全面改稿して投稿中です。

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

処理中です...