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第20話 エドウィン元王太子、来たる

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「もう、クリスティーナったら、心配したのよ?」

両親が押し寄せてきた。

「ガレンなんか、叩きつぶしてやりたいくらいだ」

兄がうらみがましく言った。

「ティナをこんな目にわせるだなんて! 王太子妃だなんてとんでもない。まあ、王太子は死んだらしいが」

兄がどことなく満足げに言った。

「エドウィン王太子は、それでもクリスティーナを助けようと剣を取ったらしい。そして、そのせいで行方不明だ。そんなに彼を非難してはいけない。それよりも、今後ガレンをどう扱うかだが」

父が兄に向かってさとし始めたが、その時、母が私を呼んだ。

「さあ、ティナはこっちへいらっしゃい。難しい話はきるでしょう? 新しいドレスを作ったのよ。一緒に見ましょう。あなたの好きなショコラとクリームタルトも用意したの」

兄が父に言っているのが聞こえた。

「ガレン内が混乱していると言うのなら、チャンスではありませんか?」

「ダメだ。戦いは始まりより、どう終わらせるかが重要だ」

「しかし、陛下。チャンスです……」

私も仲間に入れてほしい。クリームタルトの方じゃなくて、今後のガレンへの対応の方だけど。

「私も戦いたいわ!」

「新作のドレスを作らせたの! それから、最近流行のクッキーもあるわ」

戦いたい。え? 無視?


「お母様、私ももうすぐ十六歳になります。もう大人です。ガレンと戦うなら、一緒に戦場に出たい」

母は、正真正銘呆れたと言う顔をした。

「何言ってるの。剣も使えないくせに」

「剣が使えなくてもですね……」

ものすごいしかめめっ面をしたおばあさまと目があった。どう見ても、その顔には魔法厳禁と書いてあった。

平穏な、しかし出番のない日々が続くのか……。

蝶よ花よと育てられた深窓の姫君、それが私だ。

見た目も、薄い色合いの金髪と青い目、兄姉の誰よりも華奢で色白。悔しいことに小柄で、いつも愛らしい、可愛らしいと言われ続けてきた。

だけど、ガレンの王城で私は頑張った。

あのジェラルディン嬢のあおりを受けても柳に風と受け流したし、城に行ってからは魔法力を磨き、リンデの村の困窮に際しては、食料品を買い込み続けて危機を救った(ないしは軽減した)。

もう、立派な大人だと思うの!

「大変だったわね。寂しかったでしょう? もっと早く帰れたらよかったのに。なにせおばあさまが、へたってしまって。修道院で一休みしていたのよ」

「え? あのおばあさまが?」

「そうなの。最近は口ばっかりでね。お父様も、おばあさまの言う通りにしておけというものだから。でも、アルクマールに帰ってきた以上は安心よ。もうあなたを国外に嫁に出すなんてこと、絶対にしないわ!」



だが、翌々日、私はエドウィン王子の来訪を受けた。

「え?」

お母様の王妃様の侍女が、それはそれは不愉快そうな顔をして、私を呼びにきた。

渦中かちゅうのエドウィン王子が来られました」

「あの、エドウィン王子といえば、ガレンの王太子のエドウィン王子ですか?」

「ええ。臆面おくめんもなく」

私は母の部屋に急いだ。


母は、侍女に劣らず、それはそれは嫌そうな顔をしていた。

「ガレンの元王太子殿下がここまで来られました」

ものすごく、来なくていい感がみなぎっている。

「なんの用事で来られたのでしょう?」

当然、私は聞いたが、母の王妃様はいかにも見下げ果てたと言ったようすで答えた。

「なんでも王位を取り戻すために、アルクマールの力を貸して欲しいそうですわ」

「……割と、あつかましい」

母の解説に、私は憤慨してつぶやいた。

「本当にそうよ。うちのティナを危険な目にあわせたくせに。でも、国王陛下とうちの王太子殿下(兄のことだ)は、大目に見てやれって言うのですよ」

「大目……」

「そうなの。ビスマス侯爵が言うには、殿下はあなたを守ろうと最後まで頑張ったそうなの。自軍がアルクマールの姫君を襲っているのですものね。当然でしょうけれど。でも、結局、誰も王太子殿下の言うことを聞かなかったのよ」

そりゃだめだ。

「そんな王太子殿下、意味ないでしょう」

「見た目はいいんだけれどねえ」

母はため息をついた。

私と母は趣味が違うので、王太子殿下の容貌に期待は持てないらしいと悟った。
まあ、肖像画通りなのだろう。

「それで、力を貸して欲しいと言うのだけれど、その代償にあなたとの婚約解消を申し出たの」

代償? 意味がわからない。

わたしは変な顔をして、母を見つめた。


アルクマールが、婚約者を守れもしないヘッポコ王子と婚約を解消するのは当然だ。

なにしろ、王女に落ち度はない。それどころか、王女様は悲惨な目に遭っている。すんでのところで片腕を失うところだったと聞いた。今、聞いても身震みぶるいする。散々な目にあっている。

母は説明した。

「でも、まあ、婚約破棄は人聞きが悪いわよね。アルクマールが落ち目になった王子を見捨てることになる。でも、王子本人からの申し出なら円満解決よね。自分はふさわしく無くなったからって」

ああ、なるほど。

「万一、エドウィン王子がガレンの王位を取り戻したなら、王女の結婚も考えられるけど。取り戻せなかったら、エドウィン王子はただの浪人ですからね、浪人」

母は妙な単語を強調した。

「ガレンの王太子の座を落とされたら、無一文の気位ばかり高い平民よ。その妻なんて、やりきれないわ。全部アルクマール持ちになるじゃありませんか。その上、援助がバレたら、ガレンと敵対する。ガレンと敵になってもいいことなんかないわ。好きなだけ、内輪揉めすればいいのよ。内戦になったら、国境線を攻めるかも知れないけど」

母は意外に肉食系だった。

「まあ、殿下もそこのところは理解しているようで、婚約解消を言ってきたのね。もちろん、王位を取り戻したあかつきには、再考願いたいと思うけれどって言う、あつかましい一言がついてきたけど。まあ、その頃には、クリスティーナは誰かステキな男性と結婚しちゃってるに決まってるわ」

何か、こう、エドウィン王子に対しては悪意的な母の解説だったが、婚約は解消方向に向かっているらしい。別に結構だ。ジェラルディン嬢本命の男なんか頼まれてもお断りだもの。


婚約はなくなった。

私は自由だ。

エドの顔がチラチラしてきた。

エド違いだけど。


「それで、あなたのお父様は、今夜の晩餐に顔を出しなさいっておっしゃるの。殿下が出るので」

「何の為にでしょう? 婚約を解消するのなら、出ないほうが良いのではありませんか? お互い気まずいだけだと思います」

「ビスマス侯爵によると、ガレンの元王太子殿下は、力一杯戦ったらしいの。だから、その件に関しては直接御礼を言った方がいいと言うの。右腕を切られ、大怪我おおけがをしたそうなので」

「そうなのですか……?」

そろいで右腕に怪我をしたのか。

「だから晩餐ばんさんに招いたそうなの。一応出てちょうだいな」
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